モブ令嬢は脳筋が嫌い

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番外編

ローザの逃避④

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 二人がいなくなってからしばらく経った頃、バッカスは本を捲りながらとある提案を投げかけた。

「ローザ嬢さえよければ卒業後、一緒にカルドレッドに行かないか?」
 カルドレッドに行けば、今よりも多くの情報を知ることが出来る。イーディスを魔道書の外に出す方法も見つかるかもしれない。カルドレッドに滞在するには条件を満たす必要があるが、試してみる価値は十分にあるだろうーーと。
 バッカスの提案に、ローザは一も二もなく頷いた。それから休みの日は二人で各地を巡り、現状で集められる魔の文献を漁った。レトア家にも足を運んだ。そんな二人の関係を、周りは恋人のような関係だと話しているのを耳にしたことも一度や二度ではない。だが気にはならなかった。むしろ手紙が送られる頻度が減ったことで調べ物の時間が増えたことは喜ばしくもあった。バッカスも誰かと婚約をするつもりはないようで、いつからか夜会が開催される時は二人で揃って参加するようになった。
 長期休暇には二人でカルドレッドにも向かった。貴族がカルドレッドを見学しにやってくるのは珍しいらしく、他国の研究者達と同じ案内で申し訳ないと何度も頭を下げられたが、魔について詳しく知りたい二人からすれば都合が良かった。その後も何度もカルドレッドに手紙を送り、二度、三度と見学をさせてもらう。そして五度目の訪問で、カルドレッドに長期滞在する条件を教えてもらえた。突破はかなり難しく、人によっては精神を病むこともあると言われた試験だが、ローザとバッカスにはすんなりと魔法道具が馴染んだ。

 それが三年生の終盤のこと。
 父にはすでに卒業後、カルドレッドに行くことを相談しており、必要があれば分家から養子を取るという話も進んでいた。順調に進んでいたと思われた計画だが、大きな問題に突き当たった。


「スチュワートと結婚して欲しい」
 父が詳しい訳も告げずに城に連れてきた時から嫌な予感はしていたのだ。だがまさか王の間に入ってすぐに陛下と王妃様が二人揃って深く頭を下げることは想像もしていなかった。驚きと戸惑いを隠せず、ローザは眉間に皺を寄せる。
「それは、二年前にお断りしたはずです。陛下も了承してくださったと認識しておりますが」
「ああ、確かに了承した。だが、事情が変わったのだ」

 苦々しい表情でそう切り出した陛下は、この二年間の出来事を説明してくれた。
 ローザとの婚約解消が成立してから他の令嬢達を婚約者に据えようとしたこと。だが年の近い令嬢の多くが魔に犯されていたか、犯された者を間近で見ていたこと。子ども達だけではなく、親たちも魔に怯えていること。希望を託されているメリーズとアルガは精一杯働いてくれているが明らかなオーバーワークで、もう一つの希望であるリガロもイーディスを失った悲しみから立ち直れていないことで、社交界の不安は日に日に大きくなっていること。

 このままでは近いうちに学園と同じ状況が社交界でも発生してしまい、国が滅びるーーと。

「勝手な願いだとは承知の上で、どうか頼む。そなたにしか頼めぬのだ」
 陛下はローザ相手に深く頭を下げ、どうかと繰り返す。
 この二年で屍のようになってしまったリガロを何度も目にしてきた。イーディスさえ隣にいればあんなことにはならなかったはずだ。リガロはイーディスを心から欲していたから。彼を見ていると愛しているという言葉が安く聞こえてしまうほど。そんな彼からイーディスを奪ったのはローザだ。ここでまた逃げたらローザはもう息をすることさえ出来なくなってしまう気がして、気付けば口が勝手に動いていた。

「そのお話、お受け致します」
 イーディスの安否が分からぬ今、ローザのせめてもの罪滅ぼしは国に尽くすこと。そしてイーディスが帰ってきた時、少しでも彼女の力になれるよう模索することである。

 あの日、イーディスに語った『スチュワート王子を支えたい』という気持ちがなくなった訳ではない。それでも、ローザにとって幼い頃から育ててきた恋心や使命感よりもイーディスは大きな存在になっていたのだ。
 バッカスに事情を話し、共にカルドレッドに行けなくて申し訳ないと頭を下げた。
 彼はローザを責めることはせず、むしろ一人残す形になってしまってすまないと謝ってくれた。

 卒業後、まもなくローザはスチュワート王子と結婚した。子を成さなければならないとの義務のもと、毎晩王子と夜を共にしたが、王子に愛を囁かれる度に精神に小さなヒビが入っていくようだった。

『一人だけ幸せになるなんて許さない』
 初めは脳内で繰り返されていただけの言葉はいつしか形を持ち、ローザの前に幻影となって現れる。イーディスの形をしたそれから目を背けることは出来ず、代わりにスチュワートから目を背ける。
 彼との間に必要なのは子どもである。魔に犯されなかった娘と王家の血を引く子どもがいればいい。恋情なんて必要なく、ローザは子作りと公務を果たしさえすればいい。これは義務である。そう自分に言い聞かせ、悲しげな顔をする彼のことも見えない振りをする。今、ローザが壊れてしまっては意味がない。血を繋げるため、ローザはまた『逃げた』のだ。
 だが城の一室で怯えているだけしか出来なければきっと第一子を成した時点で幻影に飲み込まれていただろう。けれど友人達はそんなローザの現状を察するかの如く、手紙を送ってくれた。
 バッカスに至ってはローザがシンドレアに残りながらもカルドレッドとの情報共有を行えるようにと便宜を計ってくれた。出産と子育てが落ち着いたらこちらに協力して欲しいなんて一文を加えて。それはローザにもまだイーディスの役に立つ方法が残されているという、バッカスなりの激励だった。

 カルドレッドからの情報協力が得られることを陛下に報告すれば、目を丸くして驚いていたが喜んでもくれた。そしてローザが子育てが落ち着いたら頻繁にカルドレッドに足を運びたいのだと話せば、条件付きとはいえすぐに了承をしてくれた。

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