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番外編
ローザの逃避⑤
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陛下に出された条件は王子との間に三人の子を成すこと。性別は男女どちらでもいいらしい。一人でも生き残ってくれれば男女関係なく次期国王にすると。
シンドレアの歴代王は全て男性である。男児が残ればそちらを王にするのだろうが、それでも他から男児を迎えずにというのは異例中の異例である。
今はローザとメリーズ、そして二人の剣聖がいる。
だがこの中の一人でも欠ければ、例えば高齢であるザイル=フライドが亡くなってしまえば、このギリギリを保った状態は簡単に崩れ落ちる。いや、ザイルよりもリガロの心配をするべきなのかもしれない。王子付きの騎士となった彼はイーディスが消えた直後よりもマシになったとはいえ、まだ危うさが残っている。バランスを保つには支えがいる。
その支えがローザの子どもなのだ。
ローザは再び魔の研究に打ち込むため、王子と三人の子を成した。
三人目が乳離れをするまでの間、度々様子を見に来てくれるマリア・キースと意見を交わし、バッカスとは毎週のように手紙を交わした。
妻を伴って訪問するキースはともかく、バッカスとの文通は不貞を疑われる要因となっているらしく、バッカスとの関係がまだ続いているのではないかなんて噂が立ち始めた。
だが子どもは三人とも王子の特徴を引いている。ローザの面影などほとんどないくらいだ。当然、バッカスの髪色や目の色なんて混じっているはずもない。噂の出所は城内の誰かだろうと予想はついたが、三人の子どもが王家の血を引いていると証明出来ればわざわざ否定する必要を感じなかった。
カルドレッドに通うようになってからはますますその噂が広がるようになり、王子からは何か言いたげな視線を向けられることも増えた。だが彼にはすでに何度とバッカスとはただの友人関係だと告げているのだ。それでも疑われ続けるのならば、信頼が築けていないと諦めるしかないのだろう。
もう学園入学前のような関係には戻れない。
自分は罪を滅ぼすために一生を尽くすのだーーそう思っていた。
イーディスが戻ってきてからも彼女の力になろうと尽力してきたつもりだ。
だがイーディス=フランシカという少女はローザが思っていたよりもずっと強い女性であった。十年という空白をものともせず、カルドレッドという集団を率いて変革を遂げてしまったのだ。リガロの葬式を取り仕切りながら、もう何年も前の父の言葉を思い出した。
「どんなに怖くても、フランシカから目を背けるなよ」
その言葉の意味はずっと贖罪に生きろということだと思っていた。罪から逃げるなと。
だが父の言いたかったことはそんなことではなかったのだ。信じ続ければ、目を背けなければ彼らは必ず救ってくれる。きっと父はそう言いたかったのだろう。父は当然のようにフランシカを信じていたから。
都合の良い解釈かもしれないが、それでも彼女の帰りを待ち続けたからこそ今がある。光を見せてくれたのは、信じさせてくれたのは間違いなくイーディスである。
火の中に入れた花が燃えるのを見守りながら、自分を繋ぐ罪の鎖が解き放たれたような気がした。
いや、元々そんなものなかったのだ。イーディスはローザを責めてなんていなかった。あれはローザが生み出した幻聴・幻影でしかなく、鎖だってローザが自らの首に勝手にはめただけだったのだから。
だがこれで全てが終わったという訳ではない。
ローザは二度も魔に関する事件現場に居合わせた者として、剣聖の活躍の語り部とならなければならない。これは逃げたローザにしか出来ないことだから。それにオーブは改良していかなければならないし、聖母がいなくなった後も均衡を保てるように今から意識改革を行っていく必要もある。この先も長い道のりになることだろう。それこそ一生をかけて働かねばならない。だがそんな仕事に携われることを、ローザは誇りに思うのだ。
……それに役割があれば、以前のように頻繁にカルドレッドに足を運ぶ理由も出来る。
「今日も、行くのか?」
「はい」
「そうか……」
まだやることがあるのは事実だ。だが事件の現場となった会場の整備が終わってから、友人達に家族と向き合うように言われるようになった。皆、言葉は違うけれど、これからも自分の生活を『犠牲』にする必要はないと言う。リガロなんて俺のせいかもしれないけれど、なんて頭に付けて王子と向き合ってくれと頼んでくる。王子への気持ちなどとうに彼らにはバレているからだろう。彼らがローザに望んでいるのは幸せであり、同時に依存からの脱却でもある。分かっている。分かってはいるのだ。だが今さらどうしろというのだ。散々目を逸らしてきたものと今さら向き合う勇気など出なかった。だから毎回何かと理由を付けてカルドレッドへと向かう。
今日はちゃんと用事があるのだが、ろくに話をせずに背を向けるなど逃げたのと同じだ。いくつになっても逃げてばかり。いい加減、自分が嫌になる。
シンドレアの歴代王は全て男性である。男児が残ればそちらを王にするのだろうが、それでも他から男児を迎えずにというのは異例中の異例である。
今はローザとメリーズ、そして二人の剣聖がいる。
だがこの中の一人でも欠ければ、例えば高齢であるザイル=フライドが亡くなってしまえば、このギリギリを保った状態は簡単に崩れ落ちる。いや、ザイルよりもリガロの心配をするべきなのかもしれない。王子付きの騎士となった彼はイーディスが消えた直後よりもマシになったとはいえ、まだ危うさが残っている。バランスを保つには支えがいる。
その支えがローザの子どもなのだ。
ローザは再び魔の研究に打ち込むため、王子と三人の子を成した。
三人目が乳離れをするまでの間、度々様子を見に来てくれるマリア・キースと意見を交わし、バッカスとは毎週のように手紙を交わした。
妻を伴って訪問するキースはともかく、バッカスとの文通は不貞を疑われる要因となっているらしく、バッカスとの関係がまだ続いているのではないかなんて噂が立ち始めた。
だが子どもは三人とも王子の特徴を引いている。ローザの面影などほとんどないくらいだ。当然、バッカスの髪色や目の色なんて混じっているはずもない。噂の出所は城内の誰かだろうと予想はついたが、三人の子どもが王家の血を引いていると証明出来ればわざわざ否定する必要を感じなかった。
カルドレッドに通うようになってからはますますその噂が広がるようになり、王子からは何か言いたげな視線を向けられることも増えた。だが彼にはすでに何度とバッカスとはただの友人関係だと告げているのだ。それでも疑われ続けるのならば、信頼が築けていないと諦めるしかないのだろう。
もう学園入学前のような関係には戻れない。
自分は罪を滅ぼすために一生を尽くすのだーーそう思っていた。
イーディスが戻ってきてからも彼女の力になろうと尽力してきたつもりだ。
だがイーディス=フランシカという少女はローザが思っていたよりもずっと強い女性であった。十年という空白をものともせず、カルドレッドという集団を率いて変革を遂げてしまったのだ。リガロの葬式を取り仕切りながら、もう何年も前の父の言葉を思い出した。
「どんなに怖くても、フランシカから目を背けるなよ」
その言葉の意味はずっと贖罪に生きろということだと思っていた。罪から逃げるなと。
だが父の言いたかったことはそんなことではなかったのだ。信じ続ければ、目を背けなければ彼らは必ず救ってくれる。きっと父はそう言いたかったのだろう。父は当然のようにフランシカを信じていたから。
都合の良い解釈かもしれないが、それでも彼女の帰りを待ち続けたからこそ今がある。光を見せてくれたのは、信じさせてくれたのは間違いなくイーディスである。
火の中に入れた花が燃えるのを見守りながら、自分を繋ぐ罪の鎖が解き放たれたような気がした。
いや、元々そんなものなかったのだ。イーディスはローザを責めてなんていなかった。あれはローザが生み出した幻聴・幻影でしかなく、鎖だってローザが自らの首に勝手にはめただけだったのだから。
だがこれで全てが終わったという訳ではない。
ローザは二度も魔に関する事件現場に居合わせた者として、剣聖の活躍の語り部とならなければならない。これは逃げたローザにしか出来ないことだから。それにオーブは改良していかなければならないし、聖母がいなくなった後も均衡を保てるように今から意識改革を行っていく必要もある。この先も長い道のりになることだろう。それこそ一生をかけて働かねばならない。だがそんな仕事に携われることを、ローザは誇りに思うのだ。
……それに役割があれば、以前のように頻繁にカルドレッドに足を運ぶ理由も出来る。
「今日も、行くのか?」
「はい」
「そうか……」
まだやることがあるのは事実だ。だが事件の現場となった会場の整備が終わってから、友人達に家族と向き合うように言われるようになった。皆、言葉は違うけれど、これからも自分の生活を『犠牲』にする必要はないと言う。リガロなんて俺のせいかもしれないけれど、なんて頭に付けて王子と向き合ってくれと頼んでくる。王子への気持ちなどとうに彼らにはバレているからだろう。彼らがローザに望んでいるのは幸せであり、同時に依存からの脱却でもある。分かっている。分かってはいるのだ。だが今さらどうしろというのだ。散々目を逸らしてきたものと今さら向き合う勇気など出なかった。だから毎回何かと理由を付けてカルドレッドへと向かう。
今日はちゃんと用事があるのだが、ろくに話をせずに背を向けるなど逃げたのと同じだ。いくつになっても逃げてばかり。いい加減、自分が嫌になる。
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