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2章
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ユタリア=ハリンストンからユタリア=ブラントンに名前を変えて早1年。
ブラントンに籍を移すと同時期に、王都の中にあるエリオット=ブラントン所有の屋敷が私の新しい住居となった。城下町からもほど近く、時折露店のお菓子が恋しくなることもあるが、景観もよく、過ごしやすいところである。
結婚してばかりの頃は、夫婦揃って毎晩夜会に繰り出しては挨拶回りをし、私もブラントンの妻として昼はお茶会を渡り歩いたものだった。夜会の招待がやっと落ち着いたのはつい最近のことである。お茶会は相変わらずだが、元より付き合いのあった方々とのもので苦にはならない。
そして結婚直後から送られてくるミランダからの手紙も恒例化した。いつだって使用人を伴わずにブラントン屋敷へと移った私を、息苦しくはないかと心配してくれている。そしていつでも顔を見せに帰ってきてもいいのだと言う彼女の言葉を真に受けて、この一年で距離的にはそう遠くはないハリンストンの家へと顔を見せに行ったことも何度かある。その度にせめてこれを……!と、すでに用意していたのかと思うほどの大量のオススメ本を持たされては、暇な時間を潰すのに大いに役立たせてもらった。
そしてエリオットとの関係だが……彼は夜会の評判通りの紳士的な男ではあったものの、城下町でユリアンナと話をしていた時のように近しい仲にはなれていない。夫婦となっても、エリオットにとって所詮私は他人だからだろう。そんなところは少しだけ寂しく、そんな関係でしかないため、なかなか本が欲しいとは言い出せないのだ。
言わずとも用意してくれた毛糸やレース糸で、新たな物を作り出したり、ミランダから定期的に送られてくる手紙が私の楽しみである。そしてある日を境にミランダからの手紙には、何回かに一度、ライボルトからのものも含まれるようになった。初めにミランダの選んだ桃色の封筒に、見覚えのある便せんが混じっていたのは、吹く風に花の香りが纏う季節のことだった。
リーゼロット=ペシャワール様と婚約を結んだ――とのその知らせだった。
ついにライボルトの新たな婚約者が決まったのかと嬉しくなり、そしてそのお相手があのリーゼロット様だと言うことに驚いた。だが私の驚きはそれだけには止まらなかった。
あの……あの、ライボルトが自らペシャワールに婚約を申し出たと言うのだ。
きっかけはペシャワールの屋敷の一部を占める、驚くべきほどの蔵書数であったらしいが、リーゼロット様の知識にも惹かれたらしい。
学園在籍中もリーゼロット様は王子の婚姻候補者として誰よりも努力をし、学生の見本たれといつだって気を張って行動して、そして勉学に励んだ。それはペシャワール家に生まれた者としての矜持がそうさせていたのだろう。私がハリンストンの娘としてのプライドと役割があるように彼女にもそれがあった。そんなリーゼロット様は元々文学に興味があったらしく、特に文学の勉強を熱心に行っていた。だからこそライボルトと話があったのだろう。
ライボルトからその知らせが来るまでの間、一度だってリーゼロット様が夜会やお茶会に参加したという話は聞かなかった。ショックで未だ塞ぎ込んでいるのだろうと心配はしていたのだ。だが彼女の様子を確かめる術などなく、それは思うだけに留まっていた。
なぜライボルトがペシャワール家に、リーゼロット様の元に訪れることになったかは知らないが、ハイゲンシュタイン家次期当主から熱心にアプローチをされ、好条件のその誘いにペシャワール家も乗ったのだろう――そう思っていた。
けれど違ったのだ。ライボルトがリーゼロット様に惹かれたように、彼女もまたライボルトに惹かれたのだ。そのことを知ったのはリーゼロット様の誘いを受けて、ペシャワール家にお邪魔した時のことだった。
「父からユタリア様とエリオット=ブラントン様の結婚を聞きまして、私も前に進まなくてはと思いましたの。そんな時、ライボルト様と出会いましたの。『家族にならないか』との言葉に胸を打たれましたわ。きっと私は、ユグラド王子やクシャーラ様のように相手に恋することは出来ません。けれど……ライボルト様のような素敵なお方と家族になれることを誇らしく思いますわ」
リーゼロット様はいつだって責任感から固まってしまっていた表情筋を緩めて、桃色に染まった優しい顔で私に打ち明けてくれた。
長い間、共に王子の婚姻者候補を勤め上げていたからだろう。こうして彼女の背中を押すキッカケとなったことを喜ばしく思えた。
そして何より、大事な従兄弟にも家族になりたいと思えるような女性が出来たことにホッと息を吐いた。自分でも気づかないうちに、ライボルトとの婚約を断ってしまったことを気にしていたのだろう。けれどリーゼロット様となら、誰よりも貴族としての誇りを持ち、そして本を慈しんでくれる女性なら、私よりもいい夫婦になれることだろう。
私とライボルト、リーゼロット様のたった3人ぽっちのお茶会を機に、リーゼロット様は少しずつ夜会やお茶会に顔を出すようになった。
そして瞬く間に彼女の噂は社交界に広がった。
リーゼロット様は以前よりもよく笑うようになった――と。
『社交界の赤薔薇』は一度そのツボミを閉じてしまった。だがトゲを落とし、一層美しく咲き誇るようになった。
そしてその隣に寄り添うのは、婚約者に逃げられた私の従兄弟様である。
2.
仲のいいライボルトとリーゼロット様を羨ましく思う私といえば、最近、エリオットとの仲はよろしくない。……というよりも以前よりもエリオットのよそよそしさが増しているのだ。
何かがおかしいなと気づいたのはつい3日ほど前のことである。だが思い返してみれば、最近のエリオットは私と視線が合いそうになると逸らすようになっていた。そしてそれをキッカケに記憶を辿ってみたところ、ここ1ヶ月ほどエリオットの帰りが遅いことに気がついた。仕事なのかと思ったが、それにしては目を逸らすようになった時期と同じくらいからなのだ。けれどその肝心の、キッカケとなった出来事をわからない。だから困っているのだが、可能性として私の頭に真っ先に上がったのが、以前、リガードの言っていた『エリオットの好きな女性』だ。
てっきりエリオットはその女性を諦めて、ブラントンにより利益のあるよう、ハリンストンの娘と縁を結ぶことを選んだのだと思っていたのが、あくまでそれは私の推測である。そして新たに同じように推測の幅を広げるわけだが、もしもエリオットがその相手と関係を望んでいる、もしくはすでに何かしらの関係にあり、今後も継続をしていくつもりならば……それは少しだけ厄介だ。
なにせリガード曰く、町娘では絶対に勝てない権力を持った相手なのだ。そこそこの地位にある女性と判断していいだろう。
平民ならばどんな風にでも、愛人として迎える方法はいくらでもある。だがそうでないなら、貴族なら地位が高ければ高いほど厄介だ。相手だって体裁がある。結婚をしないわけにはいかないだろう。するとその女性のお相手の方もどうにかしなければいけないのだ。
もしブラントンの家を揺るがすようなことがあれば――そう、考えずにはいられないのだ。
そこのところはどうなのか?
もしもリガードがユリアンナに告げた情報は間違っていて、相手が平民であるならば、使用人として迎え入れたり、家を与えて囲ったりと、何かしらの方法は考えているのか――そう問いたいところなのだが、いかんせん一番時間の取りやすい夜にはエリオットはすぐに寝てしまう。それも私の方に背中を向けて。初夜を含め、何度か義務のように抱かれることはあった。だが最近はそれすらなくなった。
『オンナ』であることを私には求めなくなったのだろう。それも誰か他に相手がいるのではないかと私が勘ぐる理由の一つである。元々私は愛人の存在を非難するつもりなどない。別に相手がいるならいるで構わないのだ。なんなら愛人と子どもを作ってもらっても一向に構わない。
だがその話くらいはしてほしい。愛人と出来た子どもは養子として迎え入れるか否かは結構重要な問題なのだから。
「ただいま」
「おかえりなさい、エリオット様」
今だってエリオットと私の視線が交わることはない。その代わり、罪悪感がこもっているような眼差しを私の背中へと向けるのだ。
罪悪感なんてものを覚えてしまうくらいなら早く話してくれればいいのに……。そう思いはするものの、今日もまた直接口に出すことはできないでいる。ユリアンナとしてなら言えるだろう。だがここに居るのはユタリアとしての私なのだ。家名が変わってもまた、私はハリンストンの名前を背負ってここに居る。
私は怖いのだ。
ブラントンにハリンストンが軽蔑されることが。
あの日、いつかエリオットは私を受け入れてくれるだろうと思っていた。だが現実はそう上手くはいかない。この一年で私が私でいられる時間は、結婚する前と変わらず、ハリンストンの人間の前でだけなのだから。
3.
今日もまたハリンストンの屋敷を訪れることにした。こんな短期間で何度も訪れるなんて、迷惑であろうとは分かっているのだが、定期的にハリンストン屋敷に戻って、素の自分に戻れるのは最大の息抜きみたいなものなのだ。ブラントン屋敷は未だに『外』としての認識が強く、エリオットが留守の間だって気を抜くことは出来ないでいる。本を読むときですら身体は緊張してしまっているのだ。だからこうして、たまに身体の力を抜きに行く。
いつものように、私の来訪を歓迎してくれたミランダとのお茶会を楽しんで居ると、彼女の指示によって部屋へと運び込まれた大量の本は私の前にズラリと並べられた。以前に持たされ、読み終わったからと返すために持ってきた前回の本よりも遥かに多い。
「ミランダ、これは……」
あまりの多さに続く言葉さえも紡げずにいると、ミランダはその山々を指差して説明を始めた。
「えっと、こっちが私のオススメ、これはユラので、そっちはお母様の、そしてこの無駄に多いのはライボルトとリーゼロット様から」
「ライボルトとリーゼロット様からもあるの!?」
どうやらこれはミランダの選んだ本だけではないらしい。お母様とユラからならまだしも、まさかここでリーゼロット様の名前まで出てくるとは驚きだ。あのライボルトがまさか婚約者と共に本を選んで、従姉妹に送るまでの関係に発展しているとは……。
なぜだか彼らだけがこの半年近くで、妙に先に遠くに進んでしまったように思える。
2人の幸せを願わないわけではないのだ。こうやって気にかけてくれることは嬉しい。……ただハリンストンの家に帰ってくることが予想されていたのはちょっと複雑なのだ。
「ええ。ライボルト、初めは何も考えずにお姉様達の住むお屋敷に送ろうとしたのよ? だから全力で止めて、預かっておいたわ」
そうか、初めはあの屋敷に……と納得しかけて首をひねる。
「え? なんで止めたの?」
一年前に私の部屋だった場所も含め、ハリンストン屋敷に本を置いておく場所なんていくらでもある。
だがわざわざ止める必要はあったのだろうか?
それもあのライボルトがよくもまぁそれで納得したな、と疑問に思わずにはいられない。するとミランダは一体何を言っているのだと驚いたように目を見開いた。
「だって新婚夫婦の元に、いくら従兄弟とはいえ、他の男から贈り物が贈られてくるなんて、不貞を疑われても仕方ないわよ?」
「ああ、そっか。それも……そうね」
危ない、危ない。ミランダが機転を利かせなければ、危なくブラントンに離縁の機会を与えるところだったのだ。
妻側の不貞が原因で離縁したとなれば、他の女性を想うエリオットとしては、意中の相手を迎え入れやすかろう。だが私としてはたまったもんじゃない。たかだか数冊の本でハリンストンの家名を汚すなどあってはならないことだ。
もちろん、本は読みたい。
送ってくれたライボルトとリーゼロット様には読み終わり次第、手紙をしたためる所存である。だがそれとハリンストンは天秤にはかけられない。
「ミランダ、ありがとう。助かったわ」
頭の回転が鈍っていた私に代わり、ライボルトを止めてくれたミランダの頭に手を伸ばし、髪をすくように撫でる。昔からミランダは私にこうされるのが好きなのだ。今もまた彼女は気持ちよさそうに目を閉じて微笑んでいる。
ああ、やっぱり私の妹は可愛い。可愛すぎる!
ミランダの嬉しそうな表情に私までも幸せになってくる。帰るたびにこうして頭を撫でてあげたいし、久々の再会に抱きしめてしまいたい。けれどそんなことをしてしまったら、きっとミランダは今まで以上に私を心配することだろう。
うまくいっていないのではないかと。
辛いことでもあったんじゃないかと。
ただでさえミランダは数年もすれば婚約者である彼を婿に迎えて、いずれはハリンストン領を夫と2人で治める役を担っているのだ。これ以上、心配などかけられない。
私が出来るのはただ一つ。
ハリンストンに産まれた者として、ブラントンに迎え入れられた女として、これからもエリオットの妻の役目を果たすことだ。
サラサラの髪を撫でながら、私は自分の役目を再認識したのであった。
――のだが、ハリンストン屋敷を最後に訪ねてから早1ヶ月。お茶会、夜会共に社交の問題はなく、屋敷から持ち帰ってきたオススメ本をあらかた読み終えた頃、事件は起きた。
それは明け方のこと。
健康的すぎる生活を送る中で、こうして日が昇るとともに目が覚めることは珍しくもなかった。そんな時は決まってどうでもいいことを考えるのだ。今回は同じベッドで寝ることに意味はないんじゃないかと、そろそろ自室にシングルベッドでも設置してもらうべきかと思案していた。もちろんそんなこと言い出せるわけもないから、あくまで考えるだけなのだが……今から思えば無理にでも目を閉じて、二度寝でも決め込んでおけば良かったのだ。
そう、反省したところで過ぎた時間は、そして聞いてしまった言葉はなかったことにはならない。
寝返りを打って、私の方へと寝顔を見せたエリオットはとある名前を口にしたのだ。「ユリアンナ」――と。たしかに彼はそういった。
「え?」
それに驚いた私はつい声を上げてしまった。その時のエリオットは寝ぼけていて、そのまま何事もなければ忘れてしまったかもしれないのに。そして運悪く、エリオットは私の声でハッキリと目が覚めてしまった。
そしてみるみる顔を白くすると「悪い」と謝罪して、足早に部屋を後にしてしまったのだ。
いつからバレていたのだろう?
いや、バレるも何も、社交界の時のようにメイクを施してなければ顔はユリアンナそのものなわけだが。だがそれにしても、なぜ今になって彼はその名前を口にしたのだろう。
寝ぼけていたから、つい?
頭が覚醒していなかったにしても、一年以上も前に、たった1ヶ月ほど共にオヤツを食べただけの女の名前を口にするか?
知っていたのならなぜ今まで私にそのことを告げなかったのか。もしやエリオットはそれを離縁のためのカードにでもするつもりなのだろうか。いい身分の女性が、1人で城下町に繰り出すなんてあまりほめられたこととは言えない。だがそれだけではあまりにも離縁の権利をもぎ取るには力が弱すぎる。
それにエリオットは去り際に私に「悪い」と告げた。
それは何に対しての、誰に対しての言葉なのだろう?
ユタリア、それともユリアンナ?
わからないことだらけだ。
社交界で腹の探り合いには慣れたつもりだったのが、エリオットの気持ちは全くわからないまま、だからこそこんなにも頭を抱える。
私が望んだのは愛のない、ドライな結婚生活。半分ほど実現しているのに、まさかこんなにも悩むことになるとは、まだ王子の婚約者候補者の一人でしかなかった数年前の私は想像もしていなかっただろう。
それからというもの、私とエリオットとの距離はますます開くこととなった。今まではどんなに遅くとも、毎日帰ってきていたエリオットが帰らない日もポツポツと出るようになってきたのだ。
話し合いも切り出せぬまま、時間だけが過ぎていく。だがそれと同時に、エリオットから離縁を申しだされることもないが不幸中の幸いだった。そんなことになれば全力で、場合によってはハリンストンの権力を傘にして対処するが、だがそれまでは、私はこの場を誰かに譲ることはしない。
どんなにエリオットとの関係が冷え切ってようが、私はまだユタリア=ブラントンなのだから。
4.
そんな関係になろうとも、夜会の時は必ず付き添ってくれる。そして私達の関係が悟られないように、私もエリオットも貴族の笑みを貼り付けるのだ。…………なら、この関係で居続けるのも悪くないのかもしれない。
エリオットが『ユリアンナ』の名を口にしてからもう、いくつもの夜が明け、その度にいつ離縁を言い渡されるのだろうかと怯えていた。けれど未だ、エリオットが何かしらの行動を起こす様子もない。
帰りが遅くて、それどころか家に帰らない日があって、私と視線を合わせやしない。……けれど、言い換えればたったそれだけなのだ。
エリオットが起こすかもしれない行動に怯えるのも、ハリンストンへの被害を心配するのも……もう疲れてしまった。彼と結婚してから、まだ1年と少ししか経っていない。けれどこれから何事もなければずっと、どちらかが死ぬまで共に過ごすのだ。それなのにいつまでもこんなことを心配していては身体が持つわけがない。
私には手紙を送ってくれる妹がいる。オススメの本を見繕ってくれる母や従兄弟がいる。実家に顔を見せれば温かく迎え入れてくれる家族がいる。そしてエリオットとも、共にお菓子を食べた、楽しかった思い出がある。
ならばそれを抱えて、残りの数十年を生きればいいだけだ。難しいことなんて何も考えなくてもいい。私はただ今まで通りに自分に割り振られた役目を果たすだけでいいのだ。――そう思うだけで、私の心はサーカスでもらう色とりどりの風船のように軽く浮き立った。
「ユタリア様、お久しぶりです」
「お久しぶりです、クシャーラ様。お身体の方はもう、よろしいのでしょうか?」
「ええ、もうすっかり」
ユグラド王子18歳の誕生パーティーもとい、王子妃発表パーティー後、しばらくして全国民を挙げて盛大な結婚式が行われた。それ以来クシャーラ様はしばらくの間、公の場に姿を見せることはなかった。ユグラド王子との子を身ごもったらしい。結婚から1年経ってもその様子すら見せない私とは大違いだ。そして今から1ヶ月ほど前、元気な御子様が産まれたのだが、その後のクシャーラ様の体調は芳しくなかった。だが彼女の身体も次第に良くなってきたようで、今宵の夜会は回復したクシャーラ様が久々に顔を見せる場として催されたものである。
クシャーラ様は今や王子妃となり、そして一児の母にもなったからか、以前のような柔らかな、どこかフワフワとした雰囲気は姿を潜ませている。今の彼女はどこか、学園在学時のリーゼロット様に似ていた。その身体には大きすぎるほどの責任感を背負っている。けれど以前のリーゼロット様と明確に違うのは、隣にはユグラド王子という、彼女を支えてくれる相手がいることだろう。2人には愛があって、以前よりも互いを信頼しあっているのがありありと伝わってくる。
8年もの間、少なからず行動を共にしていて、クシャーラ様にはいい感情がなかったのに、離れてみてやっと彼女を好意的に見ることが出来た。もしかしたら変わったのは立場の変わったクシャーラ様、そして今宵も美しく人々を魅了するリーゼロット様だけではないのかもしれない。
私も、変わったのだろうか?
いや変わってしまったのだろう。以前ならこんなにウジウジと悩んだりはしなかった。そっちがその気ならこっちだって叩き潰すまでよ! と心の中ではいつだって戦闘準備を整えていたはずだ。場合によってはお父様にもある程度の事情を伝えて、準備をしてもらっていたかもしれない。
だが私はそうしなかった。今もまだエリオットが『オヤツ仲間』である、という意識は抜けきれていないのだろう。もう一年以上も共にオヤツを食べていないというのに。
本当に、バカみたい……。
エリオットがユグラド王子と話に花を咲かせている中、私はふと王子の背中からチラリと見えた男に目を奪われた。
リガード=ブラッドだ。
珍しく顔を出しているのは王家主催の夜会だからだろう。いつもは何に対しても興味のなさそうな、そしてすぐに気分を悪くして会場を後にしてしまうリガードが、なぜかこちらを、正確には私の顔を凝視していた。そして時折眉を顰めて、首をかしげる。リガードが婚約者も誰も連れ添わずに来るのはいつものことで、誰も彼の行動を気に止めるものはいない。もちろん彼のすぐ近くで、ライボルトとリーゼロット様と話す機会を今か今かと待ちわびて、順番待ちをしている者たちも、だ。
視線を感じる私以外は誰もリガードに注目などしない。何かあったのだろうかと気になったものの、それからすぐに彼は会場を後にしてしまう。おそらく直前に彼の前を通り過ぎたご婦人方の、複数の香水が混じり合った何とも言えない香りにやられたのだろう。夜会に出席するようになってから数年も経った今、私はすっかりその香りにも慣れっこになってしまった。だがリガードにはまだその刺激は強すぎたようだ。遠くからでもわかるほどに彼の顔からは血の気が失せていた。
たった一度だけだが共にケーキを食べた仲で、リガードの事情を知っているため、出来ることなら彼を解放してやりたいのだが、生憎、私の隣には未だエリオットがピタリとくっついている。さすがに冷え切った関係とはいえ、夫である彼を放って他の男の元に行くなど許されることではない。
「ユタリア、どうかしたのか?」
リガードのことばかり気にし過ぎたせいか、エリオットはあの日以来、一度も呼んだことはなかった名前を口にする。王家の夜会に出席しているのだから、気を抜くなとでも言いたいのだろう。わざわざそんなことをエリオットに言わせてしまうとは、私も公爵夫人としてまだまだだ。
「いえ、何でもありませんわ」
その言葉を発すると同時に、詮索はするなとお得意の笑みを浮かべる。そしてリガードのことを頭の隅に追いやった。きっと今頃、休憩室で休んでいることだろう。今の私にはただ元気になってくれと祈ることしか出来ずにいる。
その後、私はブラントン夫人なのだ! という意識を持ちながら行動していたのだが、エリオットは何度も私の方を気にしたようにチラチラと視線を向けた。また私が目の前の相手を差し置いて、意識をどこかへ飛ばすか心配しているのだろう。そこまで信用ないのか……と呆れつつ、せめてこの夜会が始まるよりも前にあったほどには、彼からの信頼値を戻せるように立ち回るのだった。
5.
あの夜会である程度吹っ切れた私は、あれからあまりエリオットの行動が気にならなくなった。結局、夜会中に信頼値を取り戻そうという試みは見事に失敗し、あれから頻繁にエリオットの視線を感じるようになったが、気にしたら負けである。やましいことがあるわけでもないため、エリオットが飽きるのを待つだけだ。
「はぁ~、いい。やっぱりいつ読んでも、ニコ=スミスの本は最高だわ……」
今日は特にこれといった用事もなく、一人寂しく部屋に閉じこもっては、ミランダが持たせてくれた本と共に幸せな時を過ごしていた。
今回の本のヒロインは人質として隣国へ嫁いで行った設定だ。お相手は軍事国家と呼ばれるほどの大国の王子。初めは彼に怯えて過ごすも、次第に2人は惹かれあっていき……とまぁよくあるような話なのだが、そこはさすがニコ=スミス。王道であろうとも彼女の手にかかれば大輪のブーケのように美しく彩られるのだ。大事なのはテーマではない、どう登場人物を生かすかである!――私はこの本で嫌という程にそれを理解させられた。
この本の中のように幸せな結婚生活は送れないが、作家達に紡がれた数多くのストーリーに浸れるのなら……。
――私はそんな呑気なことを考えていた。まさかエリオットがその本を没収するとも知らずに。
「これらの本は没収する」
ある日唐突に私の部屋へと踏み込むと、エリオットは机に積んであった何冊もの本を使用人に撤去させた。
「なぜですか! せめて、せめて理由を教えてください」
もちろん私は抵抗した。エリオットの服を握りしめて、私の数少ない楽しみを返してくれと。けれどエリオットは今までに見たことがないほど冷たい目で、本を一瞥すると私の手を解いた。そして私を見ることなく、冷酷な言葉を落とし部屋を後にしようとドアノブに手をかける。
「……必要ないだろう」――と。
その途端、私を繋いでいた細い糸がプツンと切れた。そしてそれと同時に石膏のように固く塗り固められていた『窓際の白百合』の仮面が崩れ落ちた。
「……けないで」
「ユタリア?」
エリオットは私の微かな声に足を止める。それ幸いと私は沸きあがる怒りを全てぶつけることにした。
――それほどまでに私にとって、本は重要なものなのだ。ここでみすみす引き下がって本を手放すくらいなら、私は僅かに残ったその仮面を自らの手で外すのみだ。
「ふざけないでって言ってるのよ! 本は私の癒しよ。必要ないわけないでしょう? 自分に必要がないものが他人にとってもそうだとは限らないわ。勝手に判断しないでちょうだい!」
「私と君は他人だと言うのか?」
「ええ、そうよ。一緒に暮らすし、夜会には一緒に行く。けれどそれは公爵家の妻として契約を結んだだけで他人であることには変わりない。そうでしょう?」
私は頭に思い浮かんだ言葉をエリオットに向けて次々と吐いていく。けれど気持ちは一向に軽くなって来ない。むしろその逆だ。私の言葉は私の心を海の底のように深い場所へと突き落としていく。本を没収されてしまうほど、妻としての信頼が地ほどに落ちたのかと。それはなんだか情けなくて涙がこぼれ落ちてくる。
城下町で出会った優しかったエリオットはもう、どこにもいない。
愛してほしいなんてワガママは言わない。
愛人なら勝手に作ればいい。
私のことが嫌いなら、視線を合わせなくたって、家に帰らなくたって構わない。
けれどなぜ数少ない楽しみを、心の拠り所を奪われなければいけないのだろうか――そう思うとこの生活を送り続けることに限界すら感じる。
お父様、お母様、ミランダ、ごめんなさい。
心の中で大好きな家族に謝る。そして目の端に溜まった涙を指で拭って、エリオットの顔を見据えた。
「私は今から外出してきます。夜には戻ってくる予定ですので、それまでに今後、どうするかをお決めになってください」
「どういう、ことだ?」
「私とこのまま夫婦で居続け、愛する人を妾として囲うか。それとも私とは離縁するか。詳しいことは私達ではなく、家同士の話合いになるでしょうけど……」
それだけ吐き捨てて、エリオットとドアの僅かな隙間を通り抜けて部屋を後にする。
「もし、もし君がライボルト=ハイゲンシュタインと夫婦になっていたら……」
去り際にエリオットはしきりにライボルトの名前を呟いていた。だが今のこの状況でなぜわざわざ『ライボルト』の名前を挙げるのか、私には理解できなかった。だってもしライボルトが私と結婚していたところで、彼が読み終わらないほどの膨大な量の本を用意することはあっても、私から本を取り上げることなどあり得ない。そんなことがあったら私は世界の終わりでもやって来るのではないか?と早々に諦めるだろう。つまりもし私が一年前、ライボルトと結婚していたところで今と同じ状況にはなり得ないというわけだ。
比較の対象になんて、なる訳がない。
6.
これからどうするか、全くの無計画で屋敷を飛び出した私が向かったのはハイゲンシュタイン屋敷だった。
本好きのライボルトならきっと味方にはなってくれなくとも、話は聞いてくれるだろうと思ったのだ。それにライボルトもまた私の家族なのだ。取り繕う必要などなく、愚痴を包み隠さず吐き出すことが出来る。心配事があるとすれば、ライボルトが都合よく屋敷にいるかどうかである。そう、たったそれだけなのだ。
外出していないでよ! と心の中でライボルトの在宅を強く願いながら馬車に揺られる。そして門の外から見えたハイゲンシュタイン家の馬車に拳を固めた。ハイゲンシュタインの使用人への挨拶はそこそこに、ライボルトの部屋に向かって階段を駆け上がる。
「ライボルト!」
「うわっ! ユタリア、どうしたんだ?」
だが話をちゃんと聞かなかったせいだろう。
「ユタリア様?」
完全に家族向けのサボテン令嬢モードで突入したライボルトの部屋にはリーゼロット様が居たのである。
元より2人とも趣味や共通点が多いということもあり、以前の婚約者とは違い、仲を深めているようで何よりだ。従姉妹としては非情に嬉しい光景ではあるものの、ライボルトとリーゼロット様からすれば約束もなしに突如として乱入した邪魔者である。
「あ、えっと……その……」
さすがにここで自分の愚痴を爆発させるほど、私は非常識ではない。なんて今さら言っても遅いかもしれない。だが言い訳をさせてもらえるなら、荒ぶる頭ではライボルトの部屋に他の女性がいると導き出すことは出来なかったのである。自分の仕出かしたことの重大さに思わず、頭を抱えてしまう。この状況、ロマンス小説と同じ展開を辿るならばリーゼロット様が私とライボルトの関係を疑うことだろう。だがライボルトが小説のヒーローのように上手く説明できるとは思えない。こんなことで関係がこじれたなんてことがあれば、私は……。必死で自分の頭から絞り出せるだけの語彙力を絞り出し「ええっと」と口を開く。
けれどリーゼロット様とライボルトが私へと向ける視線は優しいものだった。
「どうなさったんですか?」
「今、ユタリアの分のお茶を用意させる」
そして彼らは邪魔者でしかない私を心配して、優しく受け入れてくれた。私はその優しさに甘えて、今までの出来事を全て彼らに打ち明けた。
どうやらエリオットには想い人がいるらしいということ、私が気に入らないらしいということ。そして今日、ついに本を没収されそうになって気持ちを爆発させてしまったこと。もちろん、怒りに任せて離縁してもらっても構わないとまで言ってしまったことも包み隠さず――。
2人は私の話が全て終わるまで、聞きに徹してくれた。そして全てを打ち明けた今、リーゼロット様はぽつりと言葉をこぼした。
「だから最近、元気がなかったのですね」
「え?」
「本当はこの前、夜会で見かけた時に声をかけようとしたんだ。けどユタリア、なんか疲れているみたいだったから止めたんだ。だから落ち着いた頃にお茶会にでも誘おうってリーゼロットと話していたところだったんだ。けどそんなに弱っているなら早く声、かけとけば良かったな……」
「私、そんなに分かりやすかった?」
取り繕えていたつもりだったが、もしかしたらもっと前から仮面は少しずつ崩れていたのか……。それはエリオットも怒り出す訳だ。だがあれ以上、取り繕えるかと聞かれればNOである。私の技量ではあれが限界なのだ。だったらさっさと離縁してもらった方が双方のためではなかろうか。
嫁に出して一年もしないで帰って来た、なんてハリンストンにとっては大きな汚点となることだろう。その時は王子妃に選ばれなかったショックで気が狂ってしまったとかなんとか適当に言い訳を作って、王都からうんと離れた修道院にでも入れてくれればいい。外の人間とは気軽に会えなくなるだろう。だが今は本を没収するだけのエリオットがいつか外出さえも許さなくなる可能性だって十分あり得るのだ。理由は、分からないけれど……。
「はぁ……」
ため息を零してカップを持ち上げる。すると目の前に美味しそうなショートケーキが乗せられたお皿が差し出された。
「とりあえず甘いもの食べて元気だせ?」
「ありがとう、ライボルト……」
元気がないから食べられない……なんてそんなか弱さは持ち合わせていない。そんなこと、ライボルトにはお見通しなのだろう。そして自分のショートケーキからイチゴを取って、私のショートケーキの上に着陸させるリーゼロット様にも。
やっぱりこの2人、お似合いだわ。
夜会に出席するライボルトは、本来の性格さえ知らなければ誰でも好青年だと信じて疑うことはないだろう。それに彼にはハイゲンシュタイン家の長男という素敵なレッテルだって貼られている。だからライボルトの妻になりたいと望むご令嬢は結構多いのだ。だがそんな多くのご令嬢の中には彼に『相応しい』ご令嬢はいなかった。そして家の格が釣り合うだけではどうにもならないことはライボルトと元婚約者の女性がすでに証明してしまっている。
だからこそリーゼロット様がこうして自然体でいるライボルトを認めてくれることが、私は嬉しくてたまらないのだ。
7.
私が遠慮なく、ショートケーキを頬張っていると一度、ライボルトは席を外す。かと思えば、すぐに数冊の本が運び込まれた。台車に乗せてくる辺り、ライボルトは本気である。
もう、こんな慰め方してくれるなんて……さすが同士ね!
「ユタリア様。実は私、エリオット様のお気持ちが全くわからないというわけではないのです。……けれど、けれどそれとこれとは話が別です! 本を取り上げるなんてあんまりだと思います! もちろん、これから夫婦間での話し合いは不可欠でしょう。ですがこの場ではそんなことを気にせずに読書を楽しんでいただけませんか? そして是非! 是非、私達に感想を教えていただきたく…………!」
初めの方こそ落ち着いた言葉を紡いでいたリーゼロット様であったが、後半は明らかに欲望が爆発している。
本当にこの一年でリーゼロット様は変わった。それは明らかに隣でウンウンと彼女の意見に賛同するように頷いているライボルトの影響だろう。以前の彼女なら、例え親しい者しかこの場にいなかったとしても、こんなに興奮状態にはならなかったはずだ。けれどその変化が私には嬉しく思える。だって今のリーゼロット様とならお友達になれそうな気がするから。もちろん親族にはなるだろうけど、それはまた別の話である。
「ありがとうございます。是非、読ませていただきますわ」
その好意に甘えて、追加で出してもらった美味しいお菓子とお菓子に合わせて甘さを控えたお茶、そして2人のオススメする本を存分に堪能することにした。
「いかが、でしたか?」
本を閉じるとリーゼロット様は恐々と私の顔を覗き込む。その隣のライボルトは私との付き合いが長いだけあって、私の顔を見ただけで全てを悟ったらしく、勝ち誇った表情を浮かべている。
このストーリーは家族を失い孤児となった少年は養父に引き取られるところから始まる。けれど少年が青年へと変わる頃、養父は老衰でこの世を去るのだ。そしてその別れを境に、青年は旅に出る。養父に引き取られてからというもの、村から出たことのなかった青年はたくさんの人と出会い、そして別れる。ラストシーンでは道中に出来た親友とも別れ、青年はまた一人っきりになってしまうのだ。けれど青年は再び歩き出すことを決めた。人は常に歩み続けなければ生きていけないと悟ったからである。
――と大まかな内容はこんなところで、もっと簡単に言えば、一人の男が成長していくストーリーである。
「登場人物達の行動が荒々しいのとは対照的に空の描写が繊細で……とても感動しましたわ!」
作中で何度も出てくる空の描写は、まるで今まさに自分が空を見上げているのではないかと錯覚しそうなほどに、読者を引き込むものだった。読み終わってパタリと本を閉じた今も、作中に出てきた空を思い出すことが出来るほどだ。
すると、リーゼロット様もまたその描写に引き込まれた1人だったようで、嬉しそうに息を飲んでは身体を前にのめらせた。
「……私もですわ!! どのシーンが一番感動しましたか? 私は、親友との決闘後の……晴れた空がお気に入りで」
「俺は養父との死別のシーンだな。曇天でも、嵐でもなく、虹がかかった空とは……一本取られたって感じだな」
「どれも良かったのですが……私はラストの、暗闇に染まった空が徐々に開けていくシーンが好きです」
「いいですよね!」
「確かにラストは泣けるな……!」
ああ、こういうの久しぶりだな。
手紙では何度となく繰り返してきていたが、やっぱりこうして対面で話し合えるのが一番だ。最近は本にも、誰かの感想にも飢えていたから、余計にその嬉しさが身体に染み込んでいくのだ。
リーゼロット様のオススメの本を持ち帰れない代わりに、私のオススメの本をいくつか紹介することにした。どの本も今は手元にはないが、ハリンストン屋敷に置いたままにしてある。けれど手紙でミランダに伝えておけばすぐに見繕ってくれることだろう。
「なら今度、俺がハリンストン屋敷に取りに行ってくる」
「ライボルト様、お願いしますわ。ユタリア様、読み終わったら、絶対に感想をお送りしますから!」
「楽しみにしておりますわ」
こうして私は2人の同胞の熱い視線を受けながらハイゲンシュタイン邸を去った。
そして久々の温かい雰囲気に浸かった私は、エリオットが待つブラントン屋敷に帰る足取りが少しだけ重く感じた。
馬車で揺られる間、浮かんだのはリーゼロット様の言葉だった。
『私も、エリオット様のお気持ちが全くわからないというわけではありませんわ』
あの時はつい聞くタイミングを逃してしまったのだが、彼女はエリオットが何を思ってあの行動をとったかわかるのだろうか?
1年も共に暮らしてきて、彼に嫌われているのだと気づいたのはつい最近のことだ。夜会でしか顔を合わせる機会のないリーゼロット様が気づくことに、私が気づくまでこんなにも時間を要した。それほどまでに私が鈍感だということか。人の悪意には敏感であったはずだったのに。
「はぁ……どうしよ……」
貴族として鈍感なフリをすることはあれど、実際にそうとなれば、欠点にしかなり得ない。いつのまにか付け込まれて、気づいた時にはもう手遅れ……なんてことになるのだから。
冷たい空気に触れた私は、目の当たりにした自分の欠点に頭を抱えるのだった。
8.
そして私はブラントン屋敷に近くに連れて徐々に膨らんでいく重苦しい気持ちを抱えて、ついにエリオットの待つ場所へと足を踏み入れた。
一体いつから待っていたのか、玄関を開くやいなや、エリオットの顔が目に入る。すうっと長めに息を吸い込んで、そして彼の顔を正面からしっかり捕らえる。
もう逃げはしない。
その意思がエリオットにも伝わるようにと願いながら。
「エリオット様。結論は出ましたか?」
口から出た声は自分でも驚くほどに低く、そして冷たいものだった。その声にエリオットは悲しそうに眉を下げる。けれどここで負ける訳にはいかないのだ。私にはきっと、エリオットの望むようないい妻であり続けることは不可能なのだ。けれど私達のどちらかが、もしくは両方が譲歩しなければこの夫婦関係は成り立たない。そしてずっと目を逸らしてきたそれを今、解決しなければならないのだ。
「ユタリア……。先ほどのことは私が悪かった。だからどうか、離縁するなんて言わないでくれ。君が居なければ私は……」
「張りぼてだろうとも誰かしらそれなりに家柄を持った妻がいなければ困りますよね」
「そういう意味じゃ!」
焦りだすエリオットに優しく首を振り、焦らなくてもいいのだと、分かっているのだと告げる。所詮、貴族同士の結婚なんてそのほとんどが政略結婚で、仮面夫婦である。ユグラド王子とクシャーラ様、そしてライボルトとリーゼロット様が特殊だっただけ。身近に二組もいるとつい感覚が鈍ってしまいそうになる。けれど当たり前ではないからこそ、多くの御令嬢はロマンス小説に深くハマっていくのだ。自分もそうありたいと、叶わないことが分かっていながらヒロインに重ねて楽しむ。そうでなければこんなに大流行することはなかっただろう。そして私もその1人だったはずなのだ。いや、今もそして今後もその1人であり続けるだろう。だって私は、貴族の娘なのだから。
「それでいいのです。今日の一件で、私も自分の悪いところが分かりました。もし、エリオット様がこれからも私に多少の自由を認めてくださるのであれば、これからも公爵家の妻として尽くさせていただきます」
「自由、か……」
「はい。それを約束してくだされば愛人を囲われても、その子どもを認知することも構いませんので」
「ユタリア、君は私に愛人がいると……そう思っているのか?」
「ええ。ユリアンナという名前の女性がいるんでしょう?」
「そ、それは……」
まさかエリオットが、私が名乗った偽名と同じ名前の女性に惚れているとは思わなかった。だが『ユリアンナ』なんてごくごくありふれた名前である。珍しくも何ともないのだ。だから私はこの偶然を恨むことはない。もちろん、エリオットが他の誰かを好きになったことも。ただ、私はその名前を一生忘れることは出来ないだろう。
ユリアンナという名前を聞くたびに胸を締め付けられて、きっと夜は枕を涙で濡らすのだ。
これがロマンス小説を夢見た少女の結末なんて寂しすぎる。けれどこれが、まぎれもない現実なのだ。夢の時間はもうとっくに終わってしまっている。ならば私は現実と向き合わなければならない。
いくらその身に自身を重ねたところで決して私は彼女にはなれない。私は私。いくら取り繕ったところで、所詮私は私にしかなり得ないのだ。
「では私は今後ともブラントンの妻ということでよろしいでしょうか?」
自分の口から出た言葉に胸が痛くなる。この言葉に頷かれたら最後、私は正真正銘の張りぼての妻だ。
自由を勝ち取った代わりに、一生満たされることのない溝を生み出すことだろう。もう二度とエリオットの隣でデザートを頬張ることはない。
それがなんだか悔しくて、寂しくて。
エリオットに見られないように俯いて、唇に歯を立てる。後はエリオットの返事を待つだけ――そんな時だった。
「エリオット! エリオットはいるか!」
つい数刻前の私と同じようにリガードが登場したのである。もうとっくに陽がくれているというのに、構わずズカズカと。それには思わずポカンと呆けた顔を浮かべてしまう。割り込まれる当人になってみると、ますますあの時の私って相当邪魔だったわよね……と反省してしまう。だってこんなんじゃ、話を中断せざるを得ないのだから。
9.
「リガード!? どうしたんだ、突然。まぁ、いい。すぐにお茶でも用意させる」
エリオットなんかよほど困惑しているのか、それともいつものことなのか、少し驚いたかと思えばすぐに使用人を呼びつけてお茶の準備をさせようとする。けれど他でもないリガードがそれを手で制す。
「いや、いい」
そしてそれだけ告げると、リガードはエリオットの隣を通り過ぎ、私の前で立ち止まった。そしてかつて喫茶店でそうしたようにクンクンと鼻をヒクつかせた。
「リガード? 何やってるんだよ」
エリオットは様子のおかしいリガードを私の前から引き剥がす。けれどリガードははエリオットの言葉を無視して、私へと問いかけた。
「なぁ、あんた。城下町にある『リオン』って名前の喫茶店、知ってるか?」
「え? ええ」
突然の問いかけに驚きはしたものの、リガードと入った喫茶店が確かそんな名前だったはずだと思い出して、正直に答える。するとその答えにリガードは「そうか」とニタリと笑った。だがそれがどうしたのか、と私が尋ねるよりも早くエリオットがそれを口にする。
「リガード、ユタリアがその店を知っているからなんだって言うんだ」
自分だけ仲間外れにされた気分で焦っているようにも思えるが、それは私も同じである。この質問の真意を分かるものはまだ、リガード本人だけだ。だがやはりリガードはエリオットの問いかけを無視して、己の質問を続ける。
「あそこは喫茶店にはしては珍しくテイクアウトもできるから、知ってるかなと思ってな。あんた、あそこのケーキ食べたことあるか? 特にモンブランが絶品で、俺は定期的に使用人に買ってきてもらうんだが……」
「何が言いたい?」
2度の問いかけを無視されたエリオットの声は怒気が孕んでいた。友人と形ばかりの妻とはいえ、貴族の男として、2人きりの会話は許せないのだろう。
するとさすがのリガードもそれには困ったようで頬をポリポリと掻きながら、質問の意味をエリオットに説明する。
「いや、彼女は甘いものが好きだって聞いたから、食べたことあるかなと思って」
その姿は少し可哀想に思えて、私は素直にリガードの質問に答えることにした。
「ありますよ。モンブランではなく、ガトーショコラですが……」
「ガトーショコラ、ね……。貴族のご令嬢であるあんたが、わざわざ城下町まで足を運んで食べに行ったのか?」
「え?」
「知らなかったのか? ガトーショコラはテイクアウトメニューには含まれない。正確に言えばテイクアウトサービスが出来る前にあの店からガトーショコラ自体がメニューから消えた」
「……………………」
「あの店は材料にこだわっていてな、もちろんガトーショコラもそうだ。店長が厳選に厳選を重ねて選び出したチョコレートが安定した仕入れが出来なくなったから出すのをやめたんだ。けどあんた、知らなかっただろう? なんせそれは全部、この一年にあったことだからな」
そんなの初耳だ。だがメニューが消えることはあり得ない話ではない。リガードの言葉に嘘はないのだろう。
「リガード、何がいいたい」
「なぁ、あんた……ユリアンナなんだろ?」
……だがまさかそんな理由でこうして窮地に立たされるなど夢にも思わなかった。自分の甘さを実感していると唇を噛み締めていると、エリオットが驚いたように声を上げた。まさかリガードと私が知り合いだとは思わなかったのだろう。
これで終わりだ。そう、覚悟まで決めた――だがリガードはまさかの一言を続けた。
「ユタリア=ハリンストンとはいつ入れ替わった?」
「は?」
力強く封じられていた口が開いて出たのはあまりにもこの場には相応しくない声だった。だがリガードのどこからやって来たのかもわからない結論には、こんな素っ頓狂な声が一番合っていた。
10.
「いや、は? じゃなくてだな……。いつユタリア=ハリンストンと入れ替わったのかって聞いてるんだ。結婚式の前か? その後の、この1年でのことか?」
けれどリガードはいたって真面目なようで、私の心の中を覗き込もうとでもするかのように、真っ直ぐと力強い視線を私へと注ぐ。
「いやいやいやいや。リガード、あなた、それ本気で言ってるの?」
これにはさすがに取り繕うことさえ忘れて、リガードの本気度を探ることに専念する。
「俺は本気だ」
けれどリガードのその言葉に偽りはないようで、呆れるしかない。決定打と言えるような情報を引き出しておいて、何をどう考えたら入れ替わり大作戦が行われたことになるのだ。
「……エリオット様。エリオット様はリガードの言葉をどうお思いになりますか?」
だからエリオットにこの話題を投げてみたのだが……。
「私は……まだ信じられないでいる。まさか君がユタリアと入れ替わっていただなんて……。ずっと共にいて、君がユタリアではないなんて疑いもしなかった……」
「…………」
エリオットもまた、リガードの提唱した、ユタリアとユリアンナが入れ替わっている理論を信じる者だった。なぜそんな回りくどいことをしたと思うのだろうか。それに貴族の、それも公爵令嬢の立ち回りは技術だ。生まれてきた時から細かいことを習得し、デビュタントを迎えてからは周りを見てその技を磨いていく。一朝一夕で身につくようなものではない。そんなに簡単に身につくならダンスの先生を筆頭とした家庭教師は職を失ってしまうだろう。そんなことは斜め上の思考を行くリガードはともかくとして、この一年数えるのが嫌になるほどの夜会を共に出席したエリオットならば分かって当然のことだろう。だが彼ときたら全くそのことに気づく様子はない。
「ユリアンナ、君を責めたりはしないから。どうか、リガードの問いに答えてはくれないだろうか?」
「……私はユタリア=ハリンストン及び、ユタリア=ブラントンとは入れ替わってなどいません」
すっかりリガードの入れ替わり説を信じてしまっているエリオットに、私はもうどう説明していいのかわからない。……というよりももう、認めなければいい話なんじゃないかなと自分なりの終着点を模索していた。けれど、話はそう簡単に終わるわけではなかった。
「なんだと? だが確かにあんたからはあの日のユリアンナと同じ香りが……まさか!?」
1年を共にしたエリオットよりも、数える程しか顔を合わせたことのないリガードがとある答えを導き出したからだ。
「そのまさかよ、リガード。あなたと、そしてエリオット様と会っていたのはずっとユタリア=ハリンストンだったのよ。ユリアンナっていうのは偽名」
まさか……!?と言いたいのは私の方だ。
香りで、体臭でバレるなんて思わなかった。そんなこと思い浮かぶはずがないだろう。普通の人は一度会った人物の体臭を覚えているなんて有り得ないのだから。私はますます、リガードが犬に見えてならない。けれど過程はともかくとして、事実は事実だ。知られてしまった以上、もう隠し通すことは不可能だ。
「…………あそこまで町に馴染んでいたら貴族の、それも公爵家の令嬢だなんて思わないだろう、普通……」
「それで、エリオット様。私はユリアンナであったと告白しましたが、この後一体どうするおつもりですか?」
リガードの言葉はまるっと無視して、未だに信じられないと目を見開くエリオットへと身体を向ける。
私が正体を明かしたのだから、あなたも手の内を曝け出せと。
「え?」
「城下町を一人でふらつくような女に離縁でも申し出ますか? 先ほどとは状況がまるで違いますから、判断を変えていただいても構いません。その場合、やはりハリンストン家との話し合いになりますが」
「それでも私の意思は変わらない」
「そう、ですか……」
「でも良かったな、エリオット。ユリアンナが見つかって」
「へ?」
ユリアンナが見つかる? リガードがしみじみと口にしたそのなんてことない言葉に私の思考は一時停止する。
まさかエリオットが口にした『ユリアンナ』って私のことだったの!? 思わず飛び出た気の抜けたような声に、エリオットは顔を赤く染め上げる。
じゃあエリオットにいたのは愛人ではなく、ただの探し人だったというのだろうか?
だがそれにしても疑問は残る。確かに私は彼に別れを言うことなく、城下町へ行く足を止めた。けれど私と彼はたかがオヤツ仲間である。約束もなく、ただ顔を合わせた時には一緒にお菓子を食べるだけの仲だ。だというのに、なぜわざわざそんな女を探す必要があるのだ。
これはちゃんと理由を説明してもらわねばならない。恥ずかしそうに顔を背けるエリオットの顔をじいっと見つめて、彼からの説明を待ち続ける。
しばらくどうにかこの場から逃れようとしていたエリオットだが、ようやく私の視線から逃れられないことを察したらしい。普段からは想像できないほどに小さな声でポツリと事の真相を話してくれた。
「……ユタリアと結婚してからも、ずっとユリアンナのことが忘れられなかった。あの『窓際の白百合』をようやく手に入れたと思ったのに、君の顔を見るたびに頭に浮かぶのは城下で出会ったユリアンナだった」
「もし城下町でユリアンナを見つけ出したとしても、あなたはどうするおつもりだったのですか?」
「あの頃のように露店でお菓子を買って、そして……ちゃんと別れを告げようと思った。そうすればユタリアに真正面から向き合えるようになると……」
友人らしき女のことがいつまでも気にかかって仕方がなかっただけとは…………。今までの行動は私の気にしすぎだったと言うわけだ。エリオットはなかなかに不器用な男だが、私はなかなかの勘違い女だ。気にして損したわ。何とも呆気ないことである。そして私がユリアンナである、ということの証明をしたかっただけのリガードはお茶も飲まずに帰って行った。
「まぁ、なんだ……2人とも仲良くやれよ!」――とそれだけを残して。
本当に不思議な男である。
だが私達が彼に助けられたのは疑うことのない事実である。
今度、モンブランでも差し入れようかしら?
働きに対してお礼が小さな気もするが、ミランダにも協力してもらい、一推しのモンブランをプレゼントすればきっと喜んでくれることだろう。もちろんマロングラッセが頭の上に鎮座しているのが最低条件である。
11.
それからもまだ私がユリアンナであると信じきれていないエリオットのために、一度ハリンストン屋敷に戻ってお忍びセットを取って来ることになった。
お忍びにはお馴染みとなったお手製ポンチョを羽織った、ユリアンナの姿を見せるとエリオットはひどく驚いた様子で、私の周りを何周かすると「ユリアンナだ!」とようやく納得したようだった。
そしてエリオットの希望により、その姿で城下町で買い食いをすることとなった。
食べるのはあの店のクレープだ。ユリアンナとしての私とエリオットが初めて出会った場所、というのもあるがただ単純に2人とも食べたい物が合致したのだ。
「やっぱり美味しい……」
まさかもう一度食べられるとは夢にも思っていなかった。モチモチの生地によって、ひとときの幸せへと誘われている私を横目で見て、エリオットは「本当にユリアンナなんだな……」と呟いた。
ユリアンナ=ユタリアという式が成り立ったところで、一気にエリオットとの距離が近づいた私は帰りの馬車で彼にこう切り出した。
「あ、そうだ。エリオット様、もしも愛人が出来た時は遠慮なく言ってください。私はそういうの、気にしないので」
勘違いを起こすというのは意外と疲れるものなのだ。たかが愛人が出来たぐらいでこの疲労感に襲われるなんてたまったものではないと、先に宣言しておくことにした。
「ユリアンナとユタリアが同一人物と判明したからこそ言えることではあるが、私が愛人を囲うことは一生ない! 神に誓ってもいい!」
「いや別に神様に誓わなくても……」
「それじゃあダメなんだ。愛人がいるなんて勘違いされたら私は今度こそ死んでしまいそうになる」
「そんな大げさな」
「私がどれだけ悩んだか知らないから言えるんだ!」
そんなに重要なことなのかしらね?
まぁ、いい。そんなことよりも、距離が一歩でも前進した今、どうしてもエリオットに聞いておきたい、重要なことがある。
「エリオット様、実はお聞きしたいことがあるんですけど……」
「なんだ?」
「本を没収したのは何故ですか?」
リーゼロット様はその訳を知っているような様子だったが、エリオットに嫌われていたわけではないと分かったからには、その理由が私にはてんで見当もつかない。
「あー、えーと……その……」
「話せないというなら無理には聞きませんが」
「いや、話す。これ以上、すれ違うのは勘弁したいからな」
すれ違うとは何のことだろうか?
首を傾げる私の目の前で、エリオットは胸に手を当てて深呼吸を何度も繰り返す。
そんなに勇気のいることなのかしら? まるで一世一代のプロポーズでもするかのようだ。いや、告白の方がいいかしら? どちらにしても今から告げられるのは愛の告白なんてロマンチックなものではないだろう。恥ずかしがるほどしょうもない理由なのかしら。だとしたら笑いを零さないように気を付けないと!――なんて構えていた私に告げられた言葉は予想もしていなかったことだった。
12.
「嫉妬、していたんだ」
「は?」
「ライボルト=ハイゲンシュタインに嫉妬していたんだ!」
「えっと……なぜです?」
その言葉には驚きと疑問が湧きあがって、どちらを優先すべきか頭が混乱してしまう。まさかここでライボルトの名前が出てくるとは思わなかったのだ。だがよくよく考えてみれば、確かにあの時もエリオットはライボルトの名前を口にしていた。だがエリオットがライボルトに嫉妬する理由が思い当たらない。なにせ相手はあのライボルトである。なぜよりによってライボルトなのだ。彼にももちろんいいところはあるが、嫉妬する相手だと言われると納得できない。
それが本を没収する理由なんて……。
首を左右に捻ってもなかなかその答えが浮かんで来てはくれない。あの一言で全てを打ち明けたつもりらしいエリオットには悪いが、もう少し詳しく説明してほしいところだ。
真っ赤な顔でこれ以上言わせるつもりなのかと震えるエリオットに「教えてください」と懇願する。するとエリオットは泣きそうな表情を浮かべながらも、逃げられないと悟ったらしく顔を背けながら答えてくれる。
「私は一度結婚を断られているが、ライボルト=ハイゲンシュタインは君と結婚するつもりだったんだろう? 私だって、無理に結婚を迫った自覚はあるんだ。だからこそ、夫婦にならずとも君と変わらぬ仲で居続ける彼が羨ましかったんだ……」
なんというか……それって「子どもみたい……って、あ!」
無意識に開いていた口を両手で押さえるも時すでに遅し。こんな狭い空間でエリオットの耳に届いていないはずがないのだ。
「子どもみたいで悪かったな! それでもずっと好きだったんだから仕方ないだろ!」
「え、好きって、誰が?」
「私が」
「誰を?」
「ユタリアを、に決まっているだろ! ユグラド王子がクシャーラ嬢を選んだと聞かされてからしばらくは夢か現実かも分からぬまま過ごしたんだ。それくらい、嬉しかったんだ……。初めて見た時から惹かれて、何度奪ってしまえればいいものかと考えたことか……」
エリオットからはもう恥ずかしがる様子は見られない。言葉遣いも若干崩れてしまっている彼は、もうそんなものとは吹っ切れたのだろう。その代わり、私の顔が真っ赤に染まっていく番である。
だって初めて見た時って10年近くも前のことでしょう? そんな時から想いを寄せられていたなんて……。
心臓がバクバクと今まで体験したことないくらい激しく震え初め、頭では何度も『好き』という言葉が繰り返される。
ロマンス小説のヒロイン達も同じ気持ちだったのかしら? 押し寄せる気持ちに口元を押さえ、目には嬉しさをふんだんに含んだ涙が浮かぶ。
「ユタリア?」
心配そうにのぞき込むその顔は愛おしい彼のもので、その男は私を好きなのだと告げてくれる。
まるで小説の中の出来事だ。
けれどここにいるのは絶世の美少女ではなく、白百合よりもサボテンが良く似合う私である。
けれどエリオットは白百合の面もサボテンの面も知っていて、それでもなお伝えてくれたのだ。
「嬉しい……です。エリオット様。私もあなたの事が好きです」
だから私も自分の思いを正直に伝えることにした。恥ずかしいけれど、きっとここで言わなければ後悔するから。
こうして結婚してから一年経って、ようやく思いを通じ合わせることが出来た私達はどちらともなく、抱き合った。お互いに相手の熱を感じたくて、その心地よさに身を任せていたのだった。
「そうだ。エリオット様、よろしければその本を返していただけませんか? あれはどれも借り物なので」
「……ユタリアの妹さんには私から返しておく」
「いえ、それはミランダからのだけではなく……」
ここまで言って、まぁいつもミランダ経由で借りたり返したりしているからいいかと口をつぐむ。
「ミランダさんだけではない……だと?」
するとエリオットは衝撃的な事実を聞いてしまったとばかりに頬をヒクつかせる。あの量だから相当な人数に借りてきたと、返す手間が想像以上にかかるかもしれないと、安請け合いをしてしまったことを後悔しているのだろう。
「そうなのですが、ミランダに渡せばあの子が返してくれると思うので……。いえ、やはり私が直接返しに行きます。借りたのも私ですし……」
「その中には、ライボルト=ハイゲンシュタインからの借り物もあるのか?」
「ライボルトから、ですか? はい、ありますが……」
なぜここでピンポイントにライボルトの名前が出るのだろう?
まさかまだライボルトに嫉妬しているとか?
いや、でもちゃんと私の気持ちは伝えたし、そんなことはないはずだ……と思いたい。もしくはそこまで私の交友関係は狭いと思われているのだろうか。事実、そんなに広くはないが。だがこうも真っ先に従兄弟の名前を挙げられると、複雑なものがある。確かにライボルトは読書の仲間ではあるが、やはり身内であることには変わりはない。
「やはり私が各方に返しに行こう。もちろんライボルト=ハイゲンシュタインにも」
「いえ、そんな手間をかけさせるわけには……」
『ライボルト=ハイゲンシュタイン』の名前をそんなにも強調するエリオット。やはりライバル視しているのではなかろうか。だが理由が分からなかった以前のように不安になることはもうない。それだけで私には大きな一歩である。
「手間ではない。後それと、ユタリア。読みたい本があったら今度からは私に言ってくれ。どんな本でも用意させる」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
訂正する。前進したのは一歩どころではなかった。こればかりはゲンキンなものだと言われても構わない。
だが本解禁と共にどんな本でも用意させるとの約束までもらえて、エリオットを抱きしめて喜んでしまうほどに私は本が好きなのだ。
13.
「あの、エリオット様。やはり私一人で行きますので……」
「いや、私も行く。いい、機会だしな」
溝が無くなった……かと思えば、私とエリオットは今度はとあることで揉めている。喧嘩とかそういうのではない。
エリオットがハリンストン家のミランダの元と、ハイゲンシュタイン家のライボルトの元へ行くと言って、その意思を頑なに曲げようとはしないのだ。それだけならいい。日々、疲れて帰ってきているのにわざわざ手間をかけさせて悪いなぁ……程度にしか思わない。問題はエリオットの姿勢が明らかに私の身内に会いに行く様子ではないことだ。気のせいでなければ、彼はピリピリとした緊張感にも似た何かを発している。改めて言うが、エリオットと私が今から会いに行くのは敵でもなんでもなく、身内だ。そんなに嫌なら私一人で行くのだが、エリオットは一緒に行くと言って聞かない。
かれこれこんな問答は、貴重なエリオットのまる1日の休暇のうち、2時間も消費してしまうことになった。
結局、私が折れる形となり、今はブラントン家所有の馬車でハリンストン屋敷まで向かっているのだが、なぜだろう。エリオットの顔は戦に赴く戦士のように強張っていく。
「あの、ここまで来ていただいてこんなこと言うのもなんですが……。エリオット様は馬車の中で待っていてもらっても構いませんよ? これをミランダに返すだけですし……。何ならミランダに頼んでライボルトから借りた分も返してもらうというのも……」
「私も行く」
「……そう、ですか」
いくら私の勘違いが全て泡のように無くなっていったとはいえ、この様子のエリオットとミランダを会わせるのは少しだけ戸惑う。あの、心配性のミランダのことだ。エリオットに向かって何を言い出すことか……。
――そしてその心配はわずか5分も経たずに現実のものとなった。
「お姉様、おかえりなさい!」
私が帰ってきたと知るや否や、熱烈な歓迎をしてくれたミランダだったが、初めてハリンストン屋敷を訪れたエリオットには人見知りでもしているのか、野良猫のように鋭い視線で威嚇をしていた。
「ミランダ。結婚式の時にも会ったと思うけど、こちら私の旦那様のエリオット様よ」
「知ってますわ。エリオット=ブラントン様でしょう?」
ミランダは私よりも可愛らしいだけではなく、賢い子なのだ。もちろん身内モードとお外モードは切り替えることはお手の物で、いくら私がブラントンに嫁いだからといって、エリオットにこんな失礼な態度をとるなんてことは普段のミランダならありえないことなのだが……。どうやら今日のミランダは随分虫の居所が悪いらしい。
エリオットの休暇に合わせて来てしまったのだが、ミランダには悪いことをしてしまったようだ。そして機嫌の悪いミランダはそれからもエリオットを威嚇し続ける。
「姉妹というものはこの世に生を受けたその瞬間から熱い絆で結ばれている者達のことを指すのです。よもや、政略的な結婚をして夫となったあなたが、妹であるこの私よりもお姉様と仲良くなれるなんて思っておりませんよね?」
なぜか途中から姉妹の素晴らしさについて語りだしたのだが、相変わらずミランダの発する威圧感には驚かされる。
「ミランダ、いきなりどうしたのよ?」
「私、エリオット様にお会いしたら絶対に言おうと思っておりましたの。なのに、牽制するよりも先に私からお姉様を取り上げようとなさるなんて……ひどいお方だとは思いません?」
思いません? と言われても、エリオットは何もミランダから私を取り上げるつもりなど全くないだろう。
そりゃあ、まぁ思いを通じ合わせたし、今後は今までより親密な関係になることもあるだろう。けれどそれは妹の関係と比較するようなものではない。だというのにこの子は……。もしかして最近顔を見せなかったから落ち込んでこんな考えに至ったのだろうか。私もなかなかシスコンだけど、ミランダもミランダでお姉ちゃんっ子だからなぁ~。嬉しいけど、嬉しいけどエリオットに八つ当たりはしてほしくはないのだ。
どう説明すればいいかしら? なんて考えていると、なぜかエリオットは妙に神妙な面持ちでミランダの瞳を覗き返していた。
「……あなたの要望を聞こう」
「私の要望はお姉様と私の交流を邪魔しないこと、ただ一つですわ。もちろん、お姉様から本を取り上げるのも許しませんわよ。感想の交わし合いというのも、引き離された姉妹の貴重な交流ですから」
「……わかった」
「ああ、後もう一つだけありました。……お姉様を大切にしてください」
「もちろんだ」
だがどうやら私がどうこうすることもなく、サクッと話はついたらしい。2人は何かの交渉を成立させると、その証として熱い握手を交わしていた。
14.
「またいつでもいらしてくださいね!」
悩み事も消え、サッパリした表情でミランダに見送られながら、私達はその足でライボルトの待つハイゲンシュタイン邸へと向かった。
いくらハリンストンの親戚関係にあるとはいえ、ハイゲンシュタイン家までは少し距離がある。ハリンストン邸から遠ざかり、馬車で揺られる度に、エリオットの表情は再び強張っていく。いや、ハリンストン邸に向かう際のアレはただの緊張だったのではないかと思うほどに今の彼の表情は固い。
「エリオット様? そんなに緊張なさらなくても……」
そんな私の言葉さえも聞こえていないようである。たかだか妻の従兄弟に会いにいくだけだというのにこの緊張はないだろう、と言いたいところだが、エリオットもエリオットなりに考えることがあるのだろう。
「久しぶり、でもねぇか。ユタリア、元気だったか?」
「御機嫌よう、ユタリア様」
私達2人を迎えてくれたのは、ライボルトだけではなくリーゼロット様も、だった。
おそらくライボルトから私達が今日ハイゲンシュタイン邸にやってくることを聞かされていたのだろう。目的は聞かずとも、彼女の爛々と輝く目を見ればわかる。これはあくまで予想でしかないのだが、客間に通されれば私の前には何冊もの本が積み上げられることだろう。それも私好みの。
早速客間に通された私は以前のように、使用人の手で大量の本が運ばれてくるものだろうと期待したのだが、それはこの状況で今なお、緊張状態を崩そうとはしないエリオットによって阻まれた。
「ライボルト様。私の妻が本を貸していただいたようで、ですが今後はこのようなことがないよう、妻には言って聞かせますので」
ミランダの時は彼女の一方的な睨みから始まっていたのだが、今度はエリオットがライボルトを敵視している様な気がしてならない。それに対して当のライボルトといえば嬉しそうにニコニコと、いやニヤニヤとしながら、エリオットが机に滑らせるようにして差し出した本を受け取った。
「いやぁ、前から嫌われてるとは思っていたが、まさかここまで敵視されてるとはなぁ……」
「エリオット様……。私の口から言うのもどうかとは思ったのですが、ここは正直に言わせていただきます。嫉妬深い男性は嫌われますわよ?」
「なっ……」
「あ、なら俺からも言わせてもらおう。俺達を牽制してるだけじゃ何も進まないぞ? あんたも薄々気づいているんだろうが……ユタリアは自分に向けられた好意にひどく鈍感だ」
「そ、そんなことは!!」
ない、と言い切れないのは今回の一件があったからである。エリオットが私のことを思ってくれていたなんて、言われるまで全然気づかなかったんだもの……。今回のことがなかったら一生かかっても分からない、なんてことも十分にあり得る話である。
だがそれはきっとエリオットが隠すのが上手かっただけで……。そう続けようとすると、リーゼロット様は遠い目をしながら衝撃な事実を落とす。
「ユタリア様。私、てっきりユグラド王子の時や学園時代、いくつも寄せられる想いを分かっていて敢えて気づかないフリをしているのだとばかり思っておりましたの」
「え?」
「やっぱり気付いてなかったんだな。だろうと思ったが……これでわかっただろエリオット。ユタリアは想像以上に鈍感だ。ユラからロマンス小説を借りて、少しは気付くかと思ってたんだが……全くその兆しはない。この手のことは面倒臭がらず言葉にしねぇとまたすれ違うぞ?」
私ってそんなに鈍感なのかしら……。ライボルトとリーゼロット様に「頑張れ」と肩を叩かれるエリオット。さすがにもう彼も嫌がる様子はない。ライボルトを敵視するのを辞めさせてくれたのは嬉しいけど、思いを伝えて数日しか経っていない相手に変なイメージを植え付けるのは遠慮していただきたい。
いや、私が鈍感なのが悪いんだけどね!
だってあの時はいかにやり過ごすかしか考えていなかったのだ。だがそのお陰でユグラド王子はクシャーラ様と結ばれ、私はエリオットと結ばれた。……結果としてみんな幸せになれたのだから良かったのだろう。終わりよければ全てよしである!
帰り際、リーゼロット様はハイゲンシュタイン家の使用人を呼びつけて数冊の本を私に見繕ってくれた。もうすっかりハイゲンシュタインの未来の奥方様である。そう思うと自然と頬が緩んでしまう。
「じゃあな、ユタリア」
「感想、お待ちしておりますわ」
去り際にライボルトからは抱擁を、そしてリーゼロットの熱い握手を求められた。こうして顔を合わせる度にリーゼロット様からのスキンシップが増えるのはライボルトの影響だろう。……だが、エリオットは目の前の事実が信じられないといったように震えている。
私もリーゼロット様もライボルトとのスキンシップにすっかり慣れてしまったのだが、よくよく思い返せばリッター王国に抱擁の文化はない。ライボルトのそれは異国から嫁いできた叔母様であり、エリオットには衝撃的な光景に映ったのだろう。
その時は口に出すことはなかったのだが、2人きりになった途端にエリオットはあの行為の説明を求めた。
「あなたとライボルト様はいつもあんな風に……その……抱擁をするのか?」
「ライボルトと、ですか? はい、します」
「ハリンストン家やハイゲンシュタインの習慣のようなものなのか?」
「習慣といいますか、ライボルト限定と言いますか……」
「限定!?」
「いえ、他の親戚ともすることはありますが、ライボルトだけ頻度が多いといいますか……」
あればかりはライボルトの性格だろう。彼の態度は興味があるとないのでは雲泥の差が生じる。興味がない相手には抱擁どころかろくな見送りしかしない男だ。だが私が彼の同士だからだろう。強さや時間は違えど、昔から必ず顔を合わせるたびにそうして来たのだ。ライボルトのあの行動は『友愛』を意味するもので、それ以上の意味などないのだが……それを補足する暇などないまま、エリオットはウンウンと唸り始めてしまった。
その翌朝も説明するタイミングをすっかり逃してしまい、エリオットが帰ってきたら今日こそはちゃんとあの行動の意味を説明しよう!――と決意していたのだが、彼までもライボルトの影響を受けたのか、帰って来るやいなや私へとズンズンと近寄り、そしてその勢いからは考えられないほどに優しく私を包み込んだ。
「エリオット、様? どうかなさいましたか?」
エリオットなりにあの行動の意味を理解したのかもしれないが、それにしても唐突だ。ライボルトの抱擁のように私にもその行動の意味が伝わっていれば、焦りはしないのだが、こうも唐突に抱きしめられると、妙に胸のあたりがバクバクと忙しなく脈を打つ。
エリオットの背中をトントンと叩き、訳を説明してくれと急かすと、彼は私と少しだけ距離を取った。そしてその手に収まっていた大きな花束を私へと差し出した。
「ユタリア、受け取って欲しい」
全て白百合で構成された花束だ。それを包み込む包装も、リボンでさえも全て真っ白い。
「白百合、ですか? ……私には似合わないでしょう?」
『窓際の白百合』としての私しか知らなかった頃ならともかく、エリオットはユリアンナとしての、素の私のことも知っているのだ。それなのに白百合を差し出すなんて……まさかエリオットは未だに白百合としての私に幻想でも抱いているのだろうか?
憧れていてくれたのなら、信じたくないという気持ちがあったとしてもおかしくはないだろう。それに、名家ブラントンの妻となるのなら、『窓際の白百合』と称されていた姿でい続けた方が体裁がいいはずだ。そう思うと胸の辺りがギュッと締め付けられる。
「私は、『窓際の白百合』と呼ばれた君に憧れて、けれど城下町で会ったユリアンナにも惹かれた……。どちらも私にとって大事な女性で……その、だから、ユタリアにはこれからも私の隣にいて欲しい」
「エリオット様……」
それはあまりに拙い言葉であったが、私の不安を解消するには十分すぎる言葉だった。
「ちゃんと言葉にしてなかったからな……。受け取ってくれるか?」
返事なんてもちろん決まっている。エリオットから白百合の花束を受け取って、そしてそのまま彼に抱き着いた。
今もまだ、私には白百合なんて似合わない。けれどそれでいいのだ。今ならそれでもいいと思える。だってもう私は人目を気にして窓際に佇む必要はないのだから。
私の場所はもう窓際なんかじゃない。エリオットの、愛する男の隣である。
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