9 / 26
第一部『第006世界』
2-3:違和感
しおりを挟む『今週のDDAニュースの時間です。それでは真野乃キャスター、お願いします!』
突然の声に渚は弾かれたように顔を上げ、音の出どころを探した。
意識の外にあったテレビの音声が、その瞬間だけ倍に膨れ上がったように響く。
男性アナウンサーの呼びかけと同時に、ポップなBGMと鮮やかなテロップが流れ、画面が切り替わった。
『ハーイ! アナウンサーの真野乃です! 私は今、DDA本部の入口前にいまーす!』
軽快な女性アナウンサーの声。
渚だけではなく、両親二人もつられて顔を向けていた。
画面の向こうで、明るい笑顔を浮かべた女性が、大きなビルの前で元気よく手を振っている。女性はマイクを片手にビルを指し、用意された原稿を読み始めた。
――それでは、今日の天災関連ニュースをお伝えします。
――DDA本部は第五十八弧洞での作戦終了を発表しました。これに伴い、周辺市民への緊急避難指示は昨日午後六時をもって解除されています。
アナウンサーの声は滑らかに響く。
ニュースの内容は異様だった。
それなのに、言葉は不思議なほど自然に胸に染み込んでいく。知らないはずの世界の情報が、どこか懐かしいもののように感じられた。まるで、以前から知っていたかのように。
――当局によると、現時点で市民への被害は確認されていません。今回の「第五十四弧洞掃討作戦」は、DDA、《天鳴グループ》、《白緑組合》の三者共同で実施された大規模作戦であり、一か月前の第五十三弧洞作戦以来となる中規模弧洞への対応でした――。
――しかし市民の間ではDDAの対応力を疑問視する声もあり、民間組織との協力を歓迎する意見と、国家依存の弱体化を懸念する意見が分かれています――。
アナウンサーの言葉が続く。
市民の声、国家依存の是非。DDA。グループ――。考えれば考えるほど違和感は増し、霞のような思考の鈍さが渚を縛った。
――次は「発生危険度推定値」のお知らせです。DDA本部は新たな弧洞の発生に関する情報を提供しています――。
――また本日、《天鳴グループ》の天鳴吉野会長は、DDA研究開発部門との正式提携を発表しました――。
「……ぎさ、渚!」
急に呼ばれて、渚は短く息を吸い込んだ。母親が心配そうな顔で渚を見つめていた。
「本当にぼうっとして。明日から機関に戻るんじゃないの?」
「きかん?」
母親は眉尻をわずかに下げる。
「特別休暇。今日で終わりでしょう?」
(特別休暇?)
また身に覚えのない言葉だった。
呆然とした渚に、父親がテレビを消した。柔らかな声が余韻を残しながら消え、食卓はしんと静まり返った。
ゆっくりと茶碗から立ち上る湯気に、渚はぼんやりと視線を落とす。ふっくらと白く輝く白米の粒が、やけに鮮やかに見えた。
「もう少し延ばしてもらえないの?」
母親の心配が、藪をつついたようにざわめく。
「それに、ねえ。この間の任務で分かったと思うけど、やっぱり隊員になるのは、あなたの能力じゃ無理なのよ。C級の界律能力なんだから」
「……え?」
界律能力。
渚はその言葉にもどこかで覚えがあった。
「前の前の時だって大怪我で帰ってきて、心配しているの。後遺症だって、まだ分かってないってお医者さんも言ってたじゃない。それなのにまた行くの? ご飯も食べないで部屋に籠もるなんて、見ていたくないの」
母親の声は震えていた。押し込め切れていない心配が食卓の空気をさらに重くした。
「それに、特務機関じゃなくて、民間の組織のほうだっていいじゃない。そっちのほうで後方支援に回してもらうことだって……」
心配している――その言葉に渚の胸が締め付けられる。
自分の親が、自分を心配している。
縫い付けられていた傷口が緩んでいく。奥底に溜めていた感情が引きずり出されそうになる。その場にいることが居たたまれず、渚は強く口元を引き結んだ。
何も言わない渚に、母親は小さくため息をついた。
「お母さんも、お父さんも、渚のことが心配なのに、どうして分かってくれないの?」
抑えきれない焦りと心配が奥底に潜んでいた。
渚は心の奥に重く沈んでいく感覚を覚えながら、湯気を立てている茶碗を手に取った。『心配している』なんて言葉を、渚は一度も言われたことがない――。
「わ、わかってる」
それで精一杯だった。
自分の声なのに、どこか遠い場所から出てくるような。現実が夢のようで、夢が現実のようで――どちらか確かめたいのにその術はない。
渚は目の前の白米をほんの少し口へと運んだ。
甘くて、温かい。こんな味は知らない。初めての温もりが、逆にこの世界での自分の異物感を際立たせる。
母親はさらに何か言いかけ、結局その言葉をのみ込み、再び静かにため息をつく。
残りのごはんはもう喉を通りそうになかった。だが、残せば、またあの顔をさせてしまう。渚は通らない喉に無理やり朝食を押し込んだ。
「ご……ごちそうさま」
「もういいのか?」
口を閉ざしていた父親が言った。
「うん」
渚は立ち上がって、手早く食器をキッチンの流しへ入れ、食卓の重苦しい空気から逃げるように階段を上った。背中に二人の視線が刺さるのを感じながら、振り返ることはしなかった。
部屋に戻り、ドアを閉める。ベッドに腰を下ろして、すぐに膝を抱え込んだ。
深く息をつきながら、部屋の窓越しに見える薄暗い空をぼんやりと眺める。
「ここは……どこなの? どうなってるの……」
空は青い。
しかしその下に群れをなす建物は、渚が知る日本の景色とは似て非なる。近未来的な建物が林立し、まるでSF映画の中に迷い込んだかのよう。
(――会えるなんて、思ってもみなかった)
ずっと逢いたいと願っていた頃の自分は、もういないはずなのに。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる