17 / 26
第一部『第006世界』
3-1:罪悪感
しおりを挟む第三話 『弧洞』
· · • • • ✤ • • • · ·
御幡に連れられるまま訪れた部屋は、調四の装備控え室だった。
白い蛍光灯が天井から無機質な光を落とし、磨かれた壁に反射して目を刺すほど眩しい。空調の低い唸りだけが、沈黙の中で響いていた。
中にいたのは四人。
壁に並ぶロッカーの数に比べれば、あまりに少ない人数だった。
全員の視線が、部屋に入った二人へ同時に向けられる。
誰も声を出さない一瞬の間。渚は胸の奥がざわりと波立つのを感じ、服の上から心臓のあたりを掴んだ。
自分の中で、自分ではない何かの感情が沸き立つ。
恐れではない。もっと鈍く、重たい感覚。寂しく、そして申し訳のない感情。
――罪悪感に近いものだ。
(なんで……?)
渚は疑問に思った。この身体の持ち主である椎野渚が感じていたものだとしたら、なぜ。
「あ……。な、渚ちゃん、おかえり。怪我が治って、よかった」
茶髪を肩で切り揃えた女性が、おどおどと声をかけてきた。名前は思い出せない。あとで確認しよう。
彼女の声は柔らかいが、覇気がなかった。
渚は視線を巡らせ、すぐにその違和感を掴んだ。
「前回の任務、大変だったよな」
「渚ちゃんが助かってよかった」
次々と声を掛けられる。
違和感の正体は明白だった。言葉と表情が、噛み合っていない。空気は不自然な温度差を孕んでいる。
心から安堵しているようには見えなかった。
「……でも、どうして渚ちゃんだけ」
「矢羽さん!」
「あっ……」
矢羽と呼ばれた女性は、すぐに口元を押さえた。自分でも気づかぬうちに、胸の底に沈んでいた淀みが零れ出たのだろう。
部屋全体に、目に見えない糸がぴんと張り詰めた。
渚は立ったまま、胸の奥にぽっかりと空洞が生まれるのを感じた。彼らの中には、何か、渚へのわだかまりが渦巻いている――それだけは確かだった。
「ね! 暗い表情はやめよう。なぎちゃんだって必死に戦ってるんだよ」
御幡が口を開いた。庇うような言葉だが、重苦しい空気は晴れず、部屋はどんよりと陰った。
「ごめんなさい。責めたいわけじゃなくて。違うの。けど、ちょっと……複雑で……」
矢羽が苦しげに言った。
「それを言うなら、僕を責めてくれ」
「和久田副班長!」
「防げなかったのは僕の失態だ。重症を負った椎野さんも、他のメンバーも悪くない」
庇うような声音だったが、渚は気づいていた。
この場にいる誰一人として、副班長の言葉を真正面から受け止めていない。矢羽の目にはまだ淀みが残り、他の者も視線を逸らしている。
言葉が途切れ、再び沈黙が落ちた。
――ピピ、ピピ、ピピ、ピピ。
沈黙を破ったのは、突然鳴り出した腕時計型のデバイスだった。通知が浮かび上がるように表示され、任務のアラートが部屋中に響き渡る。
「招集だ」
和久田が顔を上げる。
「皆、行こう」
仲間たちの顔色が、さらに悪くなる。恐れているのは、あの坂田――班長の存在だろう。だが、そこに渚がどう関わっているかが問題だった。
(――この世界の椎野渚、あなた……一体、何をしてきたの)
彼らのぎこちなさは、坂田ではなく、渚に向けられている。
形を持たない重みが背骨の奥に沈み込んでくる。渚は頭を抱えたくなった。同僚の全員が、先のない暗闇をそれぞれ抱え込んでいるように見える。
「渚ちゃん、早く行こう」
「……うん」
御幡に声をかけられ、渚は戸惑いのまま頷いた。漠然とした不安が胸に広がる。
「装備はもう用意できてる?」
「うん」
「――椎野さん」
不意に肩を叩かれ、渚は振り返った。
茶髪の男――痩せ型で、覇気のない目。口元には疲労の色が滲んでいる表情。先ほど渚を庇うように発言した、副班長の和久田だった。
デバイスに届いていた、もう一件の未読メッセージ。
送り主の『副班長』――和久田は渚を見ると、ぎこちなく笑みを浮かべた。
「メッセージ……見てなかっただろ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる