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第一部『第006世界』
3-3:初めての任務
しおりを挟む御幡の唇は真っ青になり、和久田も息を殺している。
坂田の声には、命令の圧だけでなく、界律能力の等級そのものに存在する威圧があった。
A級。
天災対策特務機関では、界律能力は、その特性と測定値によって等級分けされている。
調査第四部隊に所属する《界律者》はほぼC級で、A級には力すらも及ばない領域だ。高い等級の《界律者》に、低い等級の《界律者》は本能的に逆らえない。そこには、天と地ほどの差があった。
逆らえば孤立させられ、いずれ消される。坂田はそれを日常的に見せつけてきた。全員がその現実を知っているからこそ、誰一人として、坂田に言い返そうとしなかった。
「任務の目的は調査だ。弧洞の脅威度を確かめ、異能石があるなら回収する。簡単なことだろう?」
声は穏やかで、底に濁った欲が沈んでいる。その言葉を聞くたびに、渚の喉がきゅっと乾いた。
(この人は、きっと私たちを駒としか見ていないんだ……)
ふ、と呼吸を整え、強張った肩を無理やり下げると、渚は言った。
「……分かりました。指示に従います」
坂田の口元に笑みが浮かんだ。
「なんだ椎野、今日は素直じゃないか。いい子だ。お前の水は使い道が多いからな。今日も頼んだぞ」
どうやら坂田は、渚の能力を買っているようだ。
椎野渚の界律能力――【特殊液体生成】。
口にしたことのある液体なら、どんなものでも操り、生成できる能力だ。水、ジュース、酒、弧洞内の特殊な液体、治療用の薬液さえ。
とても便利な能力だと思われるが、渚の能力はC級に留まる。
なぜなら、一度に生成できる液体の量は多くなく、能力を使えば使うほど、渚は強烈な喉の乾きにさいなまれるからだ。
それを、坂田は最初から知っていた。
たとえ渚が限界でも、自身が負傷したら治療薬を生成させ、危険な液体すら飲ませた。渚の体がどうなろうと知ったことではないという顔で。
そういう扱いを、椎野渚は受け続けてきた。そして渚は、それを黙って受け入れていた。
だが――、今は違う。
胸の奥で、言葉にならない反発が膨れ上がった。一歩、踏み出しかけて――、御幡の青い唇が視界に入った。
言葉や行動にすれば、きっと取り返しがつかない。坂田を睨み返すこともできず、ただ視線を外し、渚は奥歯を噛みしめる。
ここで反抗すれば、御幡たちまでさらに巻き込む。それだけは避けなければならないと、渚の知らない心が訴えている。
そんな渚の葛藤など気づきもしないまま、坂田は薄く笑みを広げた。
「さあ、行くぞ! 俺のために成果を持って来いよ。お前らの死も無駄にはしない。C級のお前たちでも、役に立つところを見せてみろ!」
隊員たちは無言のまま装備を身にまとい、坂田の背中を追うように部屋を出る。廊下は無機質なコンクリートが剥き出しで、足音だけがやけに響いた。
エレベーターの中は、息が詰まるほどの静寂だった。坂田だけが、ポケットに手を突っ込み、鼻歌のような喉鳴りをこぼしている。
「おいおい、そんなに顔をこわばらせるな。今日は非活性化だ。俺に恥かかせるような真似さえしなきゃ、お前らも無事に帰れるさ」
やがて外へ通じる扉が開き、冷たい空気が頬を撫でた。
渚たちは小型の装甲車へと乗り込んだ。重たいエンジン音が床を揺らし、行き先を告げるように低く唸った。
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