回帰の果てに逢いましょう ――滅亡する世界で、回帰の英雄に殺されないための六つの方略――

藤橋峰妙

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第一部『第006世界』

3-7:ERROR

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 指先が触れ、坂田が結晶を引き抜いた。


 すると、床の円環模様がひときわ強く脈動するように光を放った。
 空間全体が揺れ、壁を覆っていた花々が一斉に萎び、灰のように崩れ落ちていく。

 まさしく異様だった。

 甘ったるい香りは一瞬で消え失せ、代わりに鉄錆の匂いが肺の奥にまで流れ込んだ。低いうなり声が、奥から響いてくる。洞窟全体が生き物のように震えている。

 次の瞬間、渚の手首のデバイスが音もなく激しく振動した。画面が警告色の赤に染まり、明滅を繰り返した。


「これ……赤い、けど……」


 《異形反応検知》
 《E-Index:142……176……180》

 数値が跳ね上がり、ゲージは瞬く間に、最大値「200」を振り切った。表示が《ERROR》に切り替わり、警告音の代わりに、無音の赤い画面に染まる。


「うそっ、計測不能!?」


 渚がデバイスから顔を上げると、御幡が目を見開いたまま硬直していた。普段は数値で示される脅威レベルが、今回はただ『ERROR』と赤く光っている。

「班長! 撤退しましょう!」和久田が叫ぶ。「これはもう手に負えません!」

「まだ上がってる……!」
 
 矢羽も血の気を失った声で言う。そして数値は振り切れ、表示が切り替わった。


《E-Index:計測不能》

《危険度:判定不能》


 そして息を呑む間もなく、足元の枯れた花の根元が、内側から破裂した。その内部から黒い塊が飛び出し、狼のような四足の異形が、濁った咆哮を上げながら襲いかかってくる。


「くっ――!」


 和久田が手をかざす。《結界具現化》の能力で、光の粒子が空間に散り始めた。だが、展開が形を成すより早く、獣の一体が御幡に跳びついた。


「あああっ!」

 
 肩口に牙が食い込み、御幡が悲鳴を上げた。


「そんなっ」


 渚が駆け寄ろうとした、その瞬間だった。坂田が御幡の身体を乱暴に突き飛ばした。
 

「《囮になれ!》 お前らで食わせて――《時間を稼げ》!」


 怒鳴り声が、雷のように洞窟内を打ち震わせた。


「なっ……!」


 渚の頭が一瞬で真っ白になる。

 坂田は仲間を見捨て、囮にした。
 掛原も古藤も息を呑み、矢羽は短く悲鳴を漏らす。反発と恐怖が交錯するのが、渚にもはっきりと分かった。


 だが、誰一人として逆らえなかった。
 命令に背けば、自分たちが囮にされる。それを全員が理解していた。

 
 ただ一人、和久田だけが御幡の前に飛び出し、結界を展開した。言葉で抗うことはできずとも、和久田は仲間を守ることを諦めていないようだ。

 
 渚も御幡に駆け寄った。肩から血を流しながらも、御幡は意識を保ち、必死に立ち上がろうとしていた。


「みんな下がれ! 入口へ!」


 和久田が後退を告げる。
 矢羽が銃を構え、射撃を続けた。放たれた弾丸は矢羽の能力である《加速》によって速度を増し、異形の身体を貫く。


 だが、数は減らない。
 黒い獣が、次々と湧き出していた。そして、そのうちの一体が、渚めがけて跳びかかってきた。


「ひっ……!」

 
 喉がひゅっと鳴り、身体が後ずさる。
 足がもつれ倒れそうになりながら、渚は腰の短剣を抜いた。


 震える手で振るった刃は空を切った。獣の爪が肩を裂く。熱い痛みが走り、衝撃で短剣を取り落としていた。


 迫る影。
 武器を失ったことを理解するより早く、恐怖が身体を支配する。渚は、腰のホルスターから拳銃を抜いた。


 「ああっ……!」


 引き金の引き方は分かっていた。
 乾いた音が洞窟に反響し、反動で固定していなかった腕が跳ね上がる。弾丸は壁を砕くだけで、獣にはかすりもしない。


 「あ、あたらない……!」
 

 破裂音に耳が痛み、心臓が喉から飛び出しそうだった。


 恐怖と焦りで視界が滲む。
 もう避けきれない――そう思った途端、掌がじんと痺れた。
 

 指の間から、少量の液体が噴き上がるように溢れだした。奔流となって獣の顔を直撃し、勢いよく弾き飛ばす。


「な、なにっ?」


 自分の力だと理解するまで、ほんの一拍遅れた。


「そ、そっか……能力!」

 
 間髪入れず、別の獣が飛びかかってきた。渚は反射的に掌を突き出す。喉に焼けつくような渇きを感じると同時に、手のひらからまた液体が沸き上がった。

 生成されたのは――ほんのり塩味を帯びた、スポーツドリンクのような液体。それは獣の口を塞ぎ、獣は苦し気にのたうつ。


「こ、来ないで……っ!」
 
 

 
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