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第1章 変則ポーカー
第2話 ルール説明 その②
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「ポーカーに、少しだけ手を加えた物を。それで良いですか?」
「ふむ? テキサス・ホールデムの類かな?」
「いえ、そういうフロップ・ポーカーじゃなく、スタッド・ポーカーをベースにします」
いま幸太が口にしたフロップポーカーとは、参加者の全員が手札として使える表向きの札をゲームに使うポーカーであり、それに対してオープン・ポーカーとも呼ばれるスタッド・ポーカーは、参加者に裏向きのカードと同時に表向きのカードを配るゲームである。
どちらも相手の役がある程度予想できる為、駆け引きやハッタリなどの心理戦がより強く楽しめるポーカーだった。
「ルールは口だけで説明するより、まずは試しでやってみた方が手っ取り早いですから、カードを一セット貰えますか?」
幸太の呼び掛けに、
「未来君、用意してくれるかな?」
真志は振り返ることなく頼み、後ろで佇んでいた未来は生徒会室に備え付けの戸棚から、封を切っていないカードのセットを取ると幸太に渡す。
「市が卜占社に委託して製造しているカードです。視覚的にも触覚的にもイカサマはありませんよ」
「でしょうね」
そう返しながら、幸太は封を解いたカードを執務机の上に置き、横に緩く弧を描いて広げる。
目と指で、イカサマが無いかを確かめているのだ。
「用心深いわね」
「自分の役目に忠実なだけです。貴女だって、そうするでしょう?」
幸太の返しに未来は、
「ええ、もちろん。それが私たちディーラーの役割だもの」
僅かに矜持を滲ませ返した。
いま二人が口にするように、イカサマの有無を確認することも、現在ではディーラーに求められている。
二十年前にギャンブルが合法になって以来、ディーラーの役割がより強く求められた結果、皆に望まれたのだ。
つまりはゲームの進行役と同時に、公正明大な審判として。
それを目指す未来も、もちろん幸太も、その理念から外れる事は無い。
決して、イカサマを許す事も、ましてや自らが行うことなど在り得ないのだ。
「イカサマをするとしたら、僕たちプレイヤーがするしかないよねぇ」
幸太がカードを確認している最中、突然真志は言った。
これに新和は軽く首を傾げながら、
「いきなり怖いこと言わないで下さい先輩。イカサマなんて、しませんよ」
つまらない冗談に愛想笑いをするかのように返した。
これに真志も笑みを浮かべ返す。
「そうだねぇ。そもそも出来るかどうかも問題だしね。君のディーラーがそれを見逃さないように、僕のディーラーも決して許さない。イカサマをする余地なんてどこにもないさ」
「ええ。だから正々堂々、楽しみましょうね、先輩」
新和が言い終ると同時に、幸太はカードを配り出した。
「これからルール説明を兼ねた模擬戦を行います。二人には、裏にした五枚ずつのカードを配っています。それを裏にしたまま前に横一列で並べて下さい」
幸太の指示に従って二人は、裏のまま五枚のカードを横一列に並べる。
「では、先攻と後攻を決めて下さい」
「ふむ。未来君、良いかな?」
幸太の呼び掛けに、真志が未来を呼ぶ。
その呼び掛けと同時に、いつ取り出したのか分からないほど巧妙な動きで指に五百円玉を挟んでいた未来は、親指で上に跳ね上げる。
未来は、くるくると回転しながら落ちて来たそれを手の甲で受け止めると、即座に残った掌で重ね隠した。
「表と裏、どちらにします?」
「レディファーストだよ。お先にどうぞ」
「ありがとうございます、先輩。それじゃ、表で」
新和の選択と同時に、未来は確認する。
「裏です。会長が先攻ですね」
「僕からか。さて、ここからどうすれば良いのかな?」
真志の問い掛けに、幸太は返す。
「左端のカードを一枚捲って下さい」
真志は言葉を返すことなく、自分の運の巡り合わせを楽しみながらカードを捲る。
「ハートのK。どうせなら本勝負で出て来てくれれば良かったのに」
残念そうな言葉とは裏腹に、真志の楽しそうな笑みは崩れない。そんな彼に、幸太は説明を続ける。
「先攻が一枚目のカードを捲った時点で、先攻に最初のベットの額を決めて貰います。最小でチップ一枚、最大で十枚です」
「なるほど。なら、最初は小手調べで五枚ベットしよう。チップは……未来君、獏兎コインを用意してくれるかな?」
その呼び掛けに、未来は備え付けの戸棚から手持ち金庫を取出し中身を出すと、新和と真志の前に山積みにする。
兎が描かれたそれは、漠兎市限定で使われる地域通貨だ。中にICチップが内蔵されたそれは、漠兎市内であれば通常のお金と同額で同様に使うことが出来る。
いま未来が取り出したコインの額は一枚一万。それを平然と五枚、真志は賭け金として積み上げた。
「さて、これで僕のターンは終わりかな?」
「はい。次は後攻のターン。新和、まず最初に、会長と同額を積んで」
これに新和は少しだけ黙考したあと、
「……後攻には、レイズする権利は無いの?」
少しでもゲームを有利にするべく問い掛ける。これに幸太は返していく。
「ああ、このゲームで後攻はレイズすることは出来ない。出来るのは、先攻がベットした額と同額を賭け勝負を続けるコールか、同額を積んで勝負を降りるフォールドだけだ」
「……ちょっと待って。勝負を受けるか勝負を降りるか、それはどの時点で決めるの?」
「フォールドはチップを積んだ後、カードを捲らずに。カードを捲れば自動的にコールしたことになる。それとフォールドした場合、それまで積み上げた金額は相手の物になるぞ」
「……後攻も、無傷でフォールドは出来ないってことね。最低でも、先攻が最初にベットした額は失うんだ……なら、ここはコールするよ」
新和はそう言うと、真志と同じく左端のカードを捲る。
ハートの2。ポーカーにおける最弱の数字。けれど、
「好かった。今日も来てくれたんだ」
新和は嬉しそうに微笑んだ。
「随分と嬉しそうだね」
新和の表情に真志が尋ねると、
「この子、よく来てくれる子なんです。かわいいんですよ。きっと、幸運を運んで来てくれてます。だって、今日は最初に来てくれたんだもの」
確信を感じさせる笑顔で返した。
「ジンクスかい?」
「可笑しいですか?」
「いや、全く。人事を尽くした先に残るのは運だけだ。読むにしろ引き寄せるにしろ、掴み取る努力はするべきさ」
新和の笑顔とは質の異なる笑みが真志に浮かぶ。それは新和を『敵』として認め喜ぶ笑顔。
「楽しいね。さあ、ゲームを続けよう」
急かすように言う真志に、ディラーである幸太は説明を続ける。
「先攻と後攻、それぞれの手順が終わりましたから、再度先攻にターンが戻ります。
一巡目とは異なり、二巡目からは先攻もフォールドが出来ます。
その場合は、カードを捲ることなくフォールドして下さい。
この場合、追加でコインを積む必要はありません。
そうでない場合は、最初に捲ったカードの隣を1枚捲り、レイズして追加のチップを更に積み上げて貰います。
この時レイズ出来るのは、最初と同様に一枚から十枚までです」
「ふむ。ならレイズしよう」
そう言うと真志は、二枚目を捲る。スペードの8。それを確認すると即座に、
「十枚、レイズだ」
漠兎コイン十枚を追加で積み上げる。
既に場に出ているのは二十万相当のコイン。本勝負ではなかったが、それでも積み上げられた重さに、学生でしかない新和にはプレッシャーが圧し掛かってくる。
そんな彼女に幸太は勝負を促す。
「新和、次はそちらのターンだ。コールかフォールド、どちらか選んでくれ」
すぐには新和は返さない。僅かに黙考したあと、問い掛けた。
「このままフォールドせずに最後まで進めたら、全てのカードが表になった状態で勝負がつくことになるの?」
「そうだ。役の強さは通常のポーカーと同じ。
今回のゲームは最初に配られたカードを交換しないものだから、役なしの可能性が高くなるけど、その時はカードの数字が、より強い物を持っていた方が勝者になる。
今回はトランプ柄の強弱は関係無し。
その代り、お互い最強の数字がかち合った場合は、次点で強いカード同士を比べて勝敗を決める。
まずありえないが、五枚全ての数字が同じだった場合は、引き分けとして無効勝負になるぞ」
全てを聞き終わると、新和は自分のカードを見詰める。
その表情には、それまでの余裕めいた笑みは一切なく、何かを掴み取ろうとする必死さがあった。そして、コインを十枚積み上げると、
「フォールドします」
新和は、自分が感じた最善を口にした。
「見切りが早いね。それとも諦めるのが早いのかな?」
挑発めいた言葉を掛けてくる真志に、新和は艶やかな笑顔で返す。
「違いますよ。こんな所で、運を使いたくないだけなんです」
「……その言い方だと、この勝負、勝てたと思ってるみたいだね」
「確かめてみます?」
その言葉に誘われるように、真志は裏のままのカードに手を伸ばす。
しかし届く寸前、幸太が止めた。
「待って下さい。それを確認できるのは、フォールドした方だけです」
「……どういうことかな?」
「今回のゲームでは、フォールドしたプレイヤーは、その勝負で敗北する代わりに、裏になったままのカードを確認する権利を得ます。
これにより知ることの出来た数字は対戦相手に伝える必要はありません」
「……ということは、使い終わったカードは戻さず、残ったカードで勝負を続ける、という事でいいのかな?」
「はい、その通りです。一セット五十二枚。これが尽きる五回戦まで、今回は勝負をして貰います」
全てのルールが知らされた瞬間、新和と真志は目まぐるしく思考を巡らせる。
先攻と後攻、どちらが有利でリスクはどうなるのか?
フォールドによる損失と、代わりに得られる相手の知り得ぬ数字という優位。
五戦しか行われない中で、どう立ち回っていけば最善なのか?
その全てを可能な限り思考する。
その中で真志は一手以上、出遅れているのを実感していた。
なぜなら新和が示した、バレなければイカサマありのルール、これに意識を割かれているからだ。
十中八九、それがブラフだとは思っている。
なにしろ新和には、イカサマをする者特有の確信を感じられない。
成功さえすれば絶対に勝てる、という余裕と言っても良い。
それが新和には無い。上っ面で隠してはいるが、内心ではビクビクと臆病に尖っているのを感じとれる。
(なんて、考えてる時点で、こっちは出遅れてるんだよねぇ)
にこやかな笑顔のまま、真志は実感する。
(こちらに余分な考えをさせる。それがイカサマ云々の本当の目的だろうね。要は、こちらに全力を出させない。うん、なんていうか――)
気付かれないよう自分の舌を噛みながら、真志は歓喜した。
(かわいいなぁ。こんなにも必死になってくれるなんて)
「……会長、喜び過ぎです」
ツッコミを入れてきた未来に、
「しょうがないよ。嬉しいんだもん」
声を弾ませながら真志は返すと、
「さあ、遊ぼう。君が僕を負かした分だけ、このコインは君の物だ」
一枚一万円相当の獏兎コインを、無造作に掴む。
「勝負は五回。最大で二百五十枚が君の物だよ」
額の大きさに、新和は思わず息を呑む。
「……良いんですか? 部の予算にしては大き過ぎますけど」
「大丈夫。だってこれは僕の私物だもん。別に学校には迷惑を掛けないから、心配しなくて良いんだよ」
無邪気とさえ言っても良い笑顔で返す真志。
それはまるで、怯える小動物を安心させる為に無防備になっているかのようだった。
もちろんそれは、狩人の見せかけの甘さ。
狩り獲れる距離に来るよう、誘っているだけでしかない。
それに、新和は気付く。
(怖い……)
可能ならば、今すぐこの場から逃げ出したい。勝つか負けるか、その二択しかない場所に居たくなんてない。けれど――
(――勝たないと)
勝たなければ得られない者がある。その為に勝負をしないのなら、欲しい者を眺めているしかない。
そんなのは、嫌だ。
臆病者の欲望を胸に、新和は言った。
「それじゃ、始めましょう、先輩」
「ああ、始めようか。まずは、先攻と後攻を決めよう。方法は……勝負に使うカードは五十枚で二枚ほど余るから、それを使おう。より強いカードを選んだ方が先攻を手に出来る、というのでどうかな?」
「はい。それで良いですよ、先輩」
その言葉と共に、勝負は始まった。
「ふむ? テキサス・ホールデムの類かな?」
「いえ、そういうフロップ・ポーカーじゃなく、スタッド・ポーカーをベースにします」
いま幸太が口にしたフロップポーカーとは、参加者の全員が手札として使える表向きの札をゲームに使うポーカーであり、それに対してオープン・ポーカーとも呼ばれるスタッド・ポーカーは、参加者に裏向きのカードと同時に表向きのカードを配るゲームである。
どちらも相手の役がある程度予想できる為、駆け引きやハッタリなどの心理戦がより強く楽しめるポーカーだった。
「ルールは口だけで説明するより、まずは試しでやってみた方が手っ取り早いですから、カードを一セット貰えますか?」
幸太の呼び掛けに、
「未来君、用意してくれるかな?」
真志は振り返ることなく頼み、後ろで佇んでいた未来は生徒会室に備え付けの戸棚から、封を切っていないカードのセットを取ると幸太に渡す。
「市が卜占社に委託して製造しているカードです。視覚的にも触覚的にもイカサマはありませんよ」
「でしょうね」
そう返しながら、幸太は封を解いたカードを執務机の上に置き、横に緩く弧を描いて広げる。
目と指で、イカサマが無いかを確かめているのだ。
「用心深いわね」
「自分の役目に忠実なだけです。貴女だって、そうするでしょう?」
幸太の返しに未来は、
「ええ、もちろん。それが私たちディーラーの役割だもの」
僅かに矜持を滲ませ返した。
いま二人が口にするように、イカサマの有無を確認することも、現在ではディーラーに求められている。
二十年前にギャンブルが合法になって以来、ディーラーの役割がより強く求められた結果、皆に望まれたのだ。
つまりはゲームの進行役と同時に、公正明大な審判として。
それを目指す未来も、もちろん幸太も、その理念から外れる事は無い。
決して、イカサマを許す事も、ましてや自らが行うことなど在り得ないのだ。
「イカサマをするとしたら、僕たちプレイヤーがするしかないよねぇ」
幸太がカードを確認している最中、突然真志は言った。
これに新和は軽く首を傾げながら、
「いきなり怖いこと言わないで下さい先輩。イカサマなんて、しませんよ」
つまらない冗談に愛想笑いをするかのように返した。
これに真志も笑みを浮かべ返す。
「そうだねぇ。そもそも出来るかどうかも問題だしね。君のディーラーがそれを見逃さないように、僕のディーラーも決して許さない。イカサマをする余地なんてどこにもないさ」
「ええ。だから正々堂々、楽しみましょうね、先輩」
新和が言い終ると同時に、幸太はカードを配り出した。
「これからルール説明を兼ねた模擬戦を行います。二人には、裏にした五枚ずつのカードを配っています。それを裏にしたまま前に横一列で並べて下さい」
幸太の指示に従って二人は、裏のまま五枚のカードを横一列に並べる。
「では、先攻と後攻を決めて下さい」
「ふむ。未来君、良いかな?」
幸太の呼び掛けに、真志が未来を呼ぶ。
その呼び掛けと同時に、いつ取り出したのか分からないほど巧妙な動きで指に五百円玉を挟んでいた未来は、親指で上に跳ね上げる。
未来は、くるくると回転しながら落ちて来たそれを手の甲で受け止めると、即座に残った掌で重ね隠した。
「表と裏、どちらにします?」
「レディファーストだよ。お先にどうぞ」
「ありがとうございます、先輩。それじゃ、表で」
新和の選択と同時に、未来は確認する。
「裏です。会長が先攻ですね」
「僕からか。さて、ここからどうすれば良いのかな?」
真志の問い掛けに、幸太は返す。
「左端のカードを一枚捲って下さい」
真志は言葉を返すことなく、自分の運の巡り合わせを楽しみながらカードを捲る。
「ハートのK。どうせなら本勝負で出て来てくれれば良かったのに」
残念そうな言葉とは裏腹に、真志の楽しそうな笑みは崩れない。そんな彼に、幸太は説明を続ける。
「先攻が一枚目のカードを捲った時点で、先攻に最初のベットの額を決めて貰います。最小でチップ一枚、最大で十枚です」
「なるほど。なら、最初は小手調べで五枚ベットしよう。チップは……未来君、獏兎コインを用意してくれるかな?」
その呼び掛けに、未来は備え付けの戸棚から手持ち金庫を取出し中身を出すと、新和と真志の前に山積みにする。
兎が描かれたそれは、漠兎市限定で使われる地域通貨だ。中にICチップが内蔵されたそれは、漠兎市内であれば通常のお金と同額で同様に使うことが出来る。
いま未来が取り出したコインの額は一枚一万。それを平然と五枚、真志は賭け金として積み上げた。
「さて、これで僕のターンは終わりかな?」
「はい。次は後攻のターン。新和、まず最初に、会長と同額を積んで」
これに新和は少しだけ黙考したあと、
「……後攻には、レイズする権利は無いの?」
少しでもゲームを有利にするべく問い掛ける。これに幸太は返していく。
「ああ、このゲームで後攻はレイズすることは出来ない。出来るのは、先攻がベットした額と同額を賭け勝負を続けるコールか、同額を積んで勝負を降りるフォールドだけだ」
「……ちょっと待って。勝負を受けるか勝負を降りるか、それはどの時点で決めるの?」
「フォールドはチップを積んだ後、カードを捲らずに。カードを捲れば自動的にコールしたことになる。それとフォールドした場合、それまで積み上げた金額は相手の物になるぞ」
「……後攻も、無傷でフォールドは出来ないってことね。最低でも、先攻が最初にベットした額は失うんだ……なら、ここはコールするよ」
新和はそう言うと、真志と同じく左端のカードを捲る。
ハートの2。ポーカーにおける最弱の数字。けれど、
「好かった。今日も来てくれたんだ」
新和は嬉しそうに微笑んだ。
「随分と嬉しそうだね」
新和の表情に真志が尋ねると、
「この子、よく来てくれる子なんです。かわいいんですよ。きっと、幸運を運んで来てくれてます。だって、今日は最初に来てくれたんだもの」
確信を感じさせる笑顔で返した。
「ジンクスかい?」
「可笑しいですか?」
「いや、全く。人事を尽くした先に残るのは運だけだ。読むにしろ引き寄せるにしろ、掴み取る努力はするべきさ」
新和の笑顔とは質の異なる笑みが真志に浮かぶ。それは新和を『敵』として認め喜ぶ笑顔。
「楽しいね。さあ、ゲームを続けよう」
急かすように言う真志に、ディラーである幸太は説明を続ける。
「先攻と後攻、それぞれの手順が終わりましたから、再度先攻にターンが戻ります。
一巡目とは異なり、二巡目からは先攻もフォールドが出来ます。
その場合は、カードを捲ることなくフォールドして下さい。
この場合、追加でコインを積む必要はありません。
そうでない場合は、最初に捲ったカードの隣を1枚捲り、レイズして追加のチップを更に積み上げて貰います。
この時レイズ出来るのは、最初と同様に一枚から十枚までです」
「ふむ。ならレイズしよう」
そう言うと真志は、二枚目を捲る。スペードの8。それを確認すると即座に、
「十枚、レイズだ」
漠兎コイン十枚を追加で積み上げる。
既に場に出ているのは二十万相当のコイン。本勝負ではなかったが、それでも積み上げられた重さに、学生でしかない新和にはプレッシャーが圧し掛かってくる。
そんな彼女に幸太は勝負を促す。
「新和、次はそちらのターンだ。コールかフォールド、どちらか選んでくれ」
すぐには新和は返さない。僅かに黙考したあと、問い掛けた。
「このままフォールドせずに最後まで進めたら、全てのカードが表になった状態で勝負がつくことになるの?」
「そうだ。役の強さは通常のポーカーと同じ。
今回のゲームは最初に配られたカードを交換しないものだから、役なしの可能性が高くなるけど、その時はカードの数字が、より強い物を持っていた方が勝者になる。
今回はトランプ柄の強弱は関係無し。
その代り、お互い最強の数字がかち合った場合は、次点で強いカード同士を比べて勝敗を決める。
まずありえないが、五枚全ての数字が同じだった場合は、引き分けとして無効勝負になるぞ」
全てを聞き終わると、新和は自分のカードを見詰める。
その表情には、それまでの余裕めいた笑みは一切なく、何かを掴み取ろうとする必死さがあった。そして、コインを十枚積み上げると、
「フォールドします」
新和は、自分が感じた最善を口にした。
「見切りが早いね。それとも諦めるのが早いのかな?」
挑発めいた言葉を掛けてくる真志に、新和は艶やかな笑顔で返す。
「違いますよ。こんな所で、運を使いたくないだけなんです」
「……その言い方だと、この勝負、勝てたと思ってるみたいだね」
「確かめてみます?」
その言葉に誘われるように、真志は裏のままのカードに手を伸ばす。
しかし届く寸前、幸太が止めた。
「待って下さい。それを確認できるのは、フォールドした方だけです」
「……どういうことかな?」
「今回のゲームでは、フォールドしたプレイヤーは、その勝負で敗北する代わりに、裏になったままのカードを確認する権利を得ます。
これにより知ることの出来た数字は対戦相手に伝える必要はありません」
「……ということは、使い終わったカードは戻さず、残ったカードで勝負を続ける、という事でいいのかな?」
「はい、その通りです。一セット五十二枚。これが尽きる五回戦まで、今回は勝負をして貰います」
全てのルールが知らされた瞬間、新和と真志は目まぐるしく思考を巡らせる。
先攻と後攻、どちらが有利でリスクはどうなるのか?
フォールドによる損失と、代わりに得られる相手の知り得ぬ数字という優位。
五戦しか行われない中で、どう立ち回っていけば最善なのか?
その全てを可能な限り思考する。
その中で真志は一手以上、出遅れているのを実感していた。
なぜなら新和が示した、バレなければイカサマありのルール、これに意識を割かれているからだ。
十中八九、それがブラフだとは思っている。
なにしろ新和には、イカサマをする者特有の確信を感じられない。
成功さえすれば絶対に勝てる、という余裕と言っても良い。
それが新和には無い。上っ面で隠してはいるが、内心ではビクビクと臆病に尖っているのを感じとれる。
(なんて、考えてる時点で、こっちは出遅れてるんだよねぇ)
にこやかな笑顔のまま、真志は実感する。
(こちらに余分な考えをさせる。それがイカサマ云々の本当の目的だろうね。要は、こちらに全力を出させない。うん、なんていうか――)
気付かれないよう自分の舌を噛みながら、真志は歓喜した。
(かわいいなぁ。こんなにも必死になってくれるなんて)
「……会長、喜び過ぎです」
ツッコミを入れてきた未来に、
「しょうがないよ。嬉しいんだもん」
声を弾ませながら真志は返すと、
「さあ、遊ぼう。君が僕を負かした分だけ、このコインは君の物だ」
一枚一万円相当の獏兎コインを、無造作に掴む。
「勝負は五回。最大で二百五十枚が君の物だよ」
額の大きさに、新和は思わず息を呑む。
「……良いんですか? 部の予算にしては大き過ぎますけど」
「大丈夫。だってこれは僕の私物だもん。別に学校には迷惑を掛けないから、心配しなくて良いんだよ」
無邪気とさえ言っても良い笑顔で返す真志。
それはまるで、怯える小動物を安心させる為に無防備になっているかのようだった。
もちろんそれは、狩人の見せかけの甘さ。
狩り獲れる距離に来るよう、誘っているだけでしかない。
それに、新和は気付く。
(怖い……)
可能ならば、今すぐこの場から逃げ出したい。勝つか負けるか、その二択しかない場所に居たくなんてない。けれど――
(――勝たないと)
勝たなければ得られない者がある。その為に勝負をしないのなら、欲しい者を眺めているしかない。
そんなのは、嫌だ。
臆病者の欲望を胸に、新和は言った。
「それじゃ、始めましょう、先輩」
「ああ、始めようか。まずは、先攻と後攻を決めよう。方法は……勝負に使うカードは五十枚で二枚ほど余るから、それを使おう。より強いカードを選んだ方が先攻を手に出来る、というのでどうかな?」
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