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間章
第3話 ルーレット その④
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梓乃も言葉ではなく、行動で返す。円盤を回し玉を投げ入れ、冬弥が砂時計をセットしたのを確認すると、
「どうぞ。賭けて下さい」
賭けの始まりを口にした。
そして砂は落ちていく。音もなく時を零し、賭けの際を削っていく。
選ぶには短すぎる時間の中で、悠馬はギリギリまで見極める。
それは運でもなく確率でもなく、心理を読み解こうとしているのでもない。結果をもたらす円盤と玉の勢い。その動きを読んでいるのだ。
(2分の1なら行ける。4分の1だと厳しいか……)
悠馬は、これまで続いた勝負の中で読み続けた結果を思い出しながら判断していく。
ルーレットの動きから玉の落ちる範囲を予想する。これはルーレットの戦術として存在しているが、勿論そう容易い物ではない。
円盤の回転速度や減速率、あるいは円盤に傾きがあるかないか。材質によって影響を受ける湿度との関係や転がる玉の勢いの加減。
判断するために必要な要素は無数にある。とてもではないがそれら一つ一つ全てを見極めるのは不可能だ。
だからこそ、出来るのは自身の観に頼るのみ。
繰り返される勝負の中で、ルーレットの動きを見極め何処に落ちるのかを予測していく。
一度の勝負では、とてもではないが見極める事など不可能だが、繰り返される勝負の結果を取り込み出目の範囲を修正していくのだ。
過去には、携帯を介して取り込んだルーレットの動きをパソコンに送り、出目の範囲を予想することで当てようとした者達も居るほど、このやり方は珍しい方法ではない。もっとも人力ではなく機械を使っていることがカジノ側に見つかり、立件は見送られたとはいえ逮捕されていたりするが。
それほど、このやり方を試す者は多いのだが、成功するかどうかは別である。だが、
(数字を狙って入れる……どういうつもりでそんな物目指してるのか知らねぇが、そこに喰いつかせて貰う)
悠馬が考えるように、数字を狙って入れていることが、逆に読み易さへと繋がっていた。
特定の数字を狙うという事は、必然、ルーレットの動きにある程度の統一性が出て来るという事だ。
狙った数字に入るように、円盤と玉の動きを制御する。法則性というには細すぎるが、けれど再現可能な統一性がそこにはある筈である。
それに悠馬は賭けていた。勝負の最初から。
最後に負けた勝負以外で、最小枚数を賭け続けたのは、この勝機を見出すため。
繰り返した勝負と、賭けの締切りギリギリまで見極め続けた集中力。それら全てを費やして、悠馬は2分の1よりも更に狭い範囲で玉の出目を予測することが出来ていた。
(まぁ、もっとも、それでも外れる事はあるけどな……)
先ほど負けた最後の勝負の結果を思い出し、悠馬は苦い笑みを浮かべる。
あの勝負の時、悠馬は円盤に描かれた数字の内、32から36、0から5の範囲で玉が止まると予想を付けていた。
その時点で、その範囲に賭けていれば悠馬は勝てたのだ。けれど明らかな挑発に返し、結果敗北した。
だが、それ自体に後悔は無い。
(仇討ちに行って挑まれて、それから逃げるなんてことが出来るかよ。こっちが最初に挑戦しに来たんだ。だったら向こうが挑んできたなら応えるのが筋ってもんだからな)
敗北した自分への怒りは有れど、後悔という後ろめたさは無い。
それが勝負へと挑む力となる。
「15から24まで、それぞれチップ10枚ずつ。これで勝負だ」
恐れも迷いも見せず、悠馬は全てを賭けた。単一数字で当たれば配当倍率は35倍。勝てば元金と合わせて360万になる。
数字18個分の範囲までなら確信を持ち、数字9個分では踏み込めない悠馬が、ギリギリで選択した範囲。それを見た冬弥は、
「一手、遅かったね」
静かな声で言った。
「どういう意味だよ」
「玉の落ちる範囲が読めるなら、もっと早くそこに賭けるべきだったってことさ」
冬弥の言葉に、悠馬は固まる。そこへ更に、追い打ちをかけるように冬弥は続けた。
「自信が無かったんだろ? だからさっきの勝負まで、様子見を決め込んでた。そこまで我慢が出来たなら、さっきの勝負に全力で賭けるべきだったんだ。なんで、そうしなかったの?」
それは嘲るのではなく、純粋な問い掛け。それを受ける悠馬は、真っ直ぐに視線を合わせ返した。
「楽しくねぇからだよ、そんなの」
迷いなく、想いを告げる。
「俺は勝つためにギャンブルしてんじゃねぇ。楽しむために、楽しませるためにギャンブルしてんだよ。だから俺は獏兎高校に来てんだ」
「ギャンブルは奪い合いで無く、娯楽であれ……信じてるんだ、獏兎高校のモットー」
「ったりめぇだろうが」
「……だからさっきは、こっちの挑発に乗ってくれたんだ」
「そうだよ」
「そっか……」
悠馬の応えに、冬弥は楽しそうに笑う。そして、
「だったらこっちも楽しませないとね。先に宣言しておくよ。この勝負、僕と梓乃の勝ちだ」
勝利宣言を告げる中、ルーレットは動きを止める。
ゆっくりと確実に、止まった円盤の上を玉は転がり、最後に小さく跳ねるようにして、0で停止した。
息すら出来ず、悠馬は言葉を無くす。2度目の全力敗北。それは思考すら停止させるほどの衝撃だった。
沸き起こる意識の空白。それを醒ますように言葉を掛けたのは梓乃だった。
「ルーレットの動きで当てに行くなら、もっと気を付けないとダメよ」
顔を向け視線を合わせてくる悠馬に、梓乃は更に続ける。
「投げ込む玉を変えるだけでも、読みがズレて来るから。重さや重心、それに摩擦の違う物。それで変わっちゃうよ。といっても私は、そんな事はしてないけど。今回は、玉の投げ方を少し変えただけ。それでも結構、読みはズレちゃったでしょ? 次からは、気を付けてね」
「次があんのかよ」
思わず悠馬が反射的に返すと、
「諦めなきゃ、あるんじゃない? やり直せない負けじゃないし。また、勝負しよう」
梓乃は悪戯っぽく笑いながら応えた。
その笑顔に、悠馬は敗北の毒気が抜けるのを感じ取る。負けた自覚を受け止めて、束の間なくした自分を取り戻す。
(別に惚れっぽいつもりはねぇんだけどな……つか絶対無自覚だなこいつ。彼氏持ちのクセに、気安く笑い掛けるんじゃねぇっつうの)
負けた自分を元気づけるように、苦笑しながら悠馬は敗北を受け入れる。そして笑みを浮かべたまま冬弥に言った。
「俺の負けだよ。ちっくしょーが。完全にこっちの考えてること読んでやがっただろ」
「そりゃね。悠馬って、人の心以外は読むの得意だけど、読んでる時に表情に出過ぎ。もうちょい巧く隠さないと、カモられるよ」
「へいへい、分かってるよ。これでも隠してたつもりなんだっつの。あ~あ、負けちまったい。で、取り立てはいつからすんだ? いま手持ちにゃないからな。少し待てよ」
「いらないよ」
「は? 舐めてんのか」
笑顔を消し、悠馬は睨み付ける。
「情け掛けられるほど落ちてねぇぞ、こちとら。払えもしねぇのに誰が賭けるか。お前は勝った、俺は負けた。だったら敗者が払うのが当たり前。勝者が取り立てるのが当たり前。道理を間違えてんじゃねぇぞ」
「別にそんな気はないよ。こっちはただ、負けた分、こっちの話を聞いて欲しいってだけ」
「……どういうこった?」
柔らかだが真剣な響きを滲ませる冬弥の言葉に悠馬が耳を傾けると、
「悠馬は卒業したら、どうするつもり?」
遊ぶように軽やかな響きを滲ませ、冬弥は問い掛ける。それに悠馬は迷う事なく応えた。
「ギャンブラーになるに決まってんだろ。自分が楽しんで、観客も楽しませる。その上で勝てるギャンブラーだ」
「そっか……」
冬弥は悠馬の決意を心地好さそうに聞きながら、
(うん……やっぱり、欲しいな)
自分自身の願望を口にした。
「それが悠馬の目標なんだ。だったら、僕の目標に賭けて欲しい。満足させてみせるから」
「……どういうこった?」
「僕たちのカジノを作る。それが僕の目標なんだ。悠馬にも、参加して欲しい」
「…………」
願望を語る冬弥を、悠馬は無言で見つめる。探るような間を空けて、悠馬は問うた。
「個人経営の第一種賭博場じゃなく、法人経営の第二種賭博場を自分達で作るってことか」
「その上だよ。大規模第二種賭博場を作りたい。遊び場は、大きい方が楽しいからね」
「…………」
言葉もなく、悠馬は冬弥の願望について考える。
いま冬弥が口にした大規模第二種賭博場とは、現時点では国内で3か所しか認められていないカジノ施設のことだ。必要とされる資金も人材も、けた違いに膨大である。
冬弥の言葉は、某夢の国クラスのテーマパークを作りたい、と言っているようなものなのだ。
「本気で言ってんのか?」
「もちろん」
なんの気負いもなく、自然体で返す冬弥に、悠馬はしばし無言でいたが、
「ああ、それでか」
納得するように言った。
「最近になって、手当たり次第クラブに仕掛けてきたのは、それが目的かよ。卒業する3年になって、んな事しても意味がねぇと思ってたけど、卒業した後の手駒探ししてたんだな」
「それだけが目的じゃないけどね。僕も部長だし、卒業する前にウチのクラブの基盤は固めておきたかったんだ。その上で、一緒にカジノを作って欲しいと思った相手はスカウトしてるだけ」
「…………」
無言のまま悠馬は、冬弥の言葉を聞いても何も返さない。
試すような沈黙がそのまま続き、冬弥は静かに待ち続ける。どこか我慢比べのような気配が流れる中、先に折れたのは悠馬だった。
「お前、俺を満足させるって言ってたけど、どうやってするつもりだよ」
「分かんない」
「……お前、ふざけてんのか」
「本気だよ。だって僕は悠馬じゃないし、どうすれば満足してくれるかなんて分からないもの。でも、言ってたでしょ? 自分が楽しんで、観客も楽しませるって。だったら、悠馬の勝負を見せる場所が必要だよ」
「それがお前の作るカジノだってのか?」
「違うよ。僕だけじゃない、悠馬も一緒になって作るカジノだよ。他人が作った舞台を借りるより、自分が好き勝手に作った舞台に上がる方が、楽しいと思う」
「……それが出来たとして、俺は満足できるのかよ」
「分からない。その時になってみないと。ダメかもしれない。でもその時は、満足できるまで、ずっと付き合うよ。死ぬまでずっとね」
「重てぇなぁ……」
「軽い気持ちで誘ってないからね。言ってみれば人生賭けて貰うようなもんだし。それに返そうと思ったら、人生で応えるしかないでしょ」
そこまで言うと、冬弥は心を落ち着かせるような間を空ける。そして伸るか反るかの大勝負を、悠馬の前に差し出した。
「人生を、賭けてみない?」
悠馬は、すぐには返せなかった。たっぷりと迷いに迷い抜く。けれど同時に、逃げ出す事だけはしなかった。
(きっと今が分かれ目。機は今しかない。決めるなら、今だけだ)
流れを読み取るように感じ取り、悠馬は決断する。
「分かった。賭けてやる。お前の目標に乗らせて貰う」
「ありがとう。これで一蓮托生。人生賭けて勝負しよう」
力強く冬弥は応える。そして、
「それじゃ早速始めよう。まずは、同じ大学に入れるよう、頑張って貰うから」
世知辛いことを言い出した。
「……は? 待て、ちょっと待て。なんでいきなりそんな話になる」
「驚かないでよ。まさかいきなり卒業すると同時にカジノ作ると思った? それ無理だから。僕ら皆で人生賭けるって言ったって、軽けりゃリターンも少ないんだから。積み重ねていくしかないんだって、地道にね」
「だからってそれが何でいきなり大学入学の話になるんだよ」
「コネに伝手、そういうのを作る取っ掛かり。カジノに関わる省庁に強いコネ持ってる大学はピックアップしてあるから、そこでコネとか伝手の取っ掛かり作るの。ついでにサークルやらも作って、それを母体にカジノ関係の会社作る予定だよ。千里の道も一歩から。先は長いんだから、しっかり働いて貰うね」
「……ブラック企業に強制就職させられた気分になるな」
「赤字企業にならないよう頑張ろう」
「……世知辛ぇ……」
夢を見せられ夢を見て、けれどいざ現実に立ち向かうとなれば、やはりそこは生臭い。
「引き返してぇ」
ルーレットテーブルに突っ伏しながら言う悠馬に、
「勝負がつく前に弱音を吐いてたらみっともないよ。どの道人生はギャンブルなんだから、自覚して賭けれただけ、まだマシだと思わなきゃ」
「人生がギャンブルになった感じだけどな、この状況……あ~、ここまで来たなら他のヤツラも巻き込みてぇ~。見込み有りそうなヤツ探そうぜ~」
「うん、そのつもりだけど、心当たりある?」
「……生徒会長の野郎、とか?」
「それアウト。一緒に頑張る仲間に人生賭けて貰いたいんであって、あんな人外というか埒外というか規格外の不純物混ぜらないって。あんなの混ぜたら、ファンタジーとかオカルトの世界に引きずり込まれそうだから却下」
「……確かに混ぜるな危険物って感じだからな、あの野郎……じゃあよ、アイツに勝てたのが居たら、誘ってみるか?」
「……そんなのが居たらね。まともな相手だとは思えないけど、一応、実際に会ってみてからその辺は判断したいし」
「探すのメンドイから、俺みたいに勝負に来て負けるとベストだな。ふふふっ、どんどん負けてブラック企業に引きずり込まれるがいい」
「そんな都合よく、勝負しに来てくれれば苦労は要らないんだけどね……」
ため息をつくように呟く冬弥であった。
二日後、それが叶うとは知らないままに。
「どうぞ。賭けて下さい」
賭けの始まりを口にした。
そして砂は落ちていく。音もなく時を零し、賭けの際を削っていく。
選ぶには短すぎる時間の中で、悠馬はギリギリまで見極める。
それは運でもなく確率でもなく、心理を読み解こうとしているのでもない。結果をもたらす円盤と玉の勢い。その動きを読んでいるのだ。
(2分の1なら行ける。4分の1だと厳しいか……)
悠馬は、これまで続いた勝負の中で読み続けた結果を思い出しながら判断していく。
ルーレットの動きから玉の落ちる範囲を予想する。これはルーレットの戦術として存在しているが、勿論そう容易い物ではない。
円盤の回転速度や減速率、あるいは円盤に傾きがあるかないか。材質によって影響を受ける湿度との関係や転がる玉の勢いの加減。
判断するために必要な要素は無数にある。とてもではないがそれら一つ一つ全てを見極めるのは不可能だ。
だからこそ、出来るのは自身の観に頼るのみ。
繰り返される勝負の中で、ルーレットの動きを見極め何処に落ちるのかを予測していく。
一度の勝負では、とてもではないが見極める事など不可能だが、繰り返される勝負の結果を取り込み出目の範囲を修正していくのだ。
過去には、携帯を介して取り込んだルーレットの動きをパソコンに送り、出目の範囲を予想することで当てようとした者達も居るほど、このやり方は珍しい方法ではない。もっとも人力ではなく機械を使っていることがカジノ側に見つかり、立件は見送られたとはいえ逮捕されていたりするが。
それほど、このやり方を試す者は多いのだが、成功するかどうかは別である。だが、
(数字を狙って入れる……どういうつもりでそんな物目指してるのか知らねぇが、そこに喰いつかせて貰う)
悠馬が考えるように、数字を狙って入れていることが、逆に読み易さへと繋がっていた。
特定の数字を狙うという事は、必然、ルーレットの動きにある程度の統一性が出て来るという事だ。
狙った数字に入るように、円盤と玉の動きを制御する。法則性というには細すぎるが、けれど再現可能な統一性がそこにはある筈である。
それに悠馬は賭けていた。勝負の最初から。
最後に負けた勝負以外で、最小枚数を賭け続けたのは、この勝機を見出すため。
繰り返した勝負と、賭けの締切りギリギリまで見極め続けた集中力。それら全てを費やして、悠馬は2分の1よりも更に狭い範囲で玉の出目を予測することが出来ていた。
(まぁ、もっとも、それでも外れる事はあるけどな……)
先ほど負けた最後の勝負の結果を思い出し、悠馬は苦い笑みを浮かべる。
あの勝負の時、悠馬は円盤に描かれた数字の内、32から36、0から5の範囲で玉が止まると予想を付けていた。
その時点で、その範囲に賭けていれば悠馬は勝てたのだ。けれど明らかな挑発に返し、結果敗北した。
だが、それ自体に後悔は無い。
(仇討ちに行って挑まれて、それから逃げるなんてことが出来るかよ。こっちが最初に挑戦しに来たんだ。だったら向こうが挑んできたなら応えるのが筋ってもんだからな)
敗北した自分への怒りは有れど、後悔という後ろめたさは無い。
それが勝負へと挑む力となる。
「15から24まで、それぞれチップ10枚ずつ。これで勝負だ」
恐れも迷いも見せず、悠馬は全てを賭けた。単一数字で当たれば配当倍率は35倍。勝てば元金と合わせて360万になる。
数字18個分の範囲までなら確信を持ち、数字9個分では踏み込めない悠馬が、ギリギリで選択した範囲。それを見た冬弥は、
「一手、遅かったね」
静かな声で言った。
「どういう意味だよ」
「玉の落ちる範囲が読めるなら、もっと早くそこに賭けるべきだったってことさ」
冬弥の言葉に、悠馬は固まる。そこへ更に、追い打ちをかけるように冬弥は続けた。
「自信が無かったんだろ? だからさっきの勝負まで、様子見を決め込んでた。そこまで我慢が出来たなら、さっきの勝負に全力で賭けるべきだったんだ。なんで、そうしなかったの?」
それは嘲るのではなく、純粋な問い掛け。それを受ける悠馬は、真っ直ぐに視線を合わせ返した。
「楽しくねぇからだよ、そんなの」
迷いなく、想いを告げる。
「俺は勝つためにギャンブルしてんじゃねぇ。楽しむために、楽しませるためにギャンブルしてんだよ。だから俺は獏兎高校に来てんだ」
「ギャンブルは奪い合いで無く、娯楽であれ……信じてるんだ、獏兎高校のモットー」
「ったりめぇだろうが」
「……だからさっきは、こっちの挑発に乗ってくれたんだ」
「そうだよ」
「そっか……」
悠馬の応えに、冬弥は楽しそうに笑う。そして、
「だったらこっちも楽しませないとね。先に宣言しておくよ。この勝負、僕と梓乃の勝ちだ」
勝利宣言を告げる中、ルーレットは動きを止める。
ゆっくりと確実に、止まった円盤の上を玉は転がり、最後に小さく跳ねるようにして、0で停止した。
息すら出来ず、悠馬は言葉を無くす。2度目の全力敗北。それは思考すら停止させるほどの衝撃だった。
沸き起こる意識の空白。それを醒ますように言葉を掛けたのは梓乃だった。
「ルーレットの動きで当てに行くなら、もっと気を付けないとダメよ」
顔を向け視線を合わせてくる悠馬に、梓乃は更に続ける。
「投げ込む玉を変えるだけでも、読みがズレて来るから。重さや重心、それに摩擦の違う物。それで変わっちゃうよ。といっても私は、そんな事はしてないけど。今回は、玉の投げ方を少し変えただけ。それでも結構、読みはズレちゃったでしょ? 次からは、気を付けてね」
「次があんのかよ」
思わず悠馬が反射的に返すと、
「諦めなきゃ、あるんじゃない? やり直せない負けじゃないし。また、勝負しよう」
梓乃は悪戯っぽく笑いながら応えた。
その笑顔に、悠馬は敗北の毒気が抜けるのを感じ取る。負けた自覚を受け止めて、束の間なくした自分を取り戻す。
(別に惚れっぽいつもりはねぇんだけどな……つか絶対無自覚だなこいつ。彼氏持ちのクセに、気安く笑い掛けるんじゃねぇっつうの)
負けた自分を元気づけるように、苦笑しながら悠馬は敗北を受け入れる。そして笑みを浮かべたまま冬弥に言った。
「俺の負けだよ。ちっくしょーが。完全にこっちの考えてること読んでやがっただろ」
「そりゃね。悠馬って、人の心以外は読むの得意だけど、読んでる時に表情に出過ぎ。もうちょい巧く隠さないと、カモられるよ」
「へいへい、分かってるよ。これでも隠してたつもりなんだっつの。あ~あ、負けちまったい。で、取り立てはいつからすんだ? いま手持ちにゃないからな。少し待てよ」
「いらないよ」
「は? 舐めてんのか」
笑顔を消し、悠馬は睨み付ける。
「情け掛けられるほど落ちてねぇぞ、こちとら。払えもしねぇのに誰が賭けるか。お前は勝った、俺は負けた。だったら敗者が払うのが当たり前。勝者が取り立てるのが当たり前。道理を間違えてんじゃねぇぞ」
「別にそんな気はないよ。こっちはただ、負けた分、こっちの話を聞いて欲しいってだけ」
「……どういうこった?」
柔らかだが真剣な響きを滲ませる冬弥の言葉に悠馬が耳を傾けると、
「悠馬は卒業したら、どうするつもり?」
遊ぶように軽やかな響きを滲ませ、冬弥は問い掛ける。それに悠馬は迷う事なく応えた。
「ギャンブラーになるに決まってんだろ。自分が楽しんで、観客も楽しませる。その上で勝てるギャンブラーだ」
「そっか……」
冬弥は悠馬の決意を心地好さそうに聞きながら、
(うん……やっぱり、欲しいな)
自分自身の願望を口にした。
「それが悠馬の目標なんだ。だったら、僕の目標に賭けて欲しい。満足させてみせるから」
「……どういうこった?」
「僕たちのカジノを作る。それが僕の目標なんだ。悠馬にも、参加して欲しい」
「…………」
願望を語る冬弥を、悠馬は無言で見つめる。探るような間を空けて、悠馬は問うた。
「個人経営の第一種賭博場じゃなく、法人経営の第二種賭博場を自分達で作るってことか」
「その上だよ。大規模第二種賭博場を作りたい。遊び場は、大きい方が楽しいからね」
「…………」
言葉もなく、悠馬は冬弥の願望について考える。
いま冬弥が口にした大規模第二種賭博場とは、現時点では国内で3か所しか認められていないカジノ施設のことだ。必要とされる資金も人材も、けた違いに膨大である。
冬弥の言葉は、某夢の国クラスのテーマパークを作りたい、と言っているようなものなのだ。
「本気で言ってんのか?」
「もちろん」
なんの気負いもなく、自然体で返す冬弥に、悠馬はしばし無言でいたが、
「ああ、それでか」
納得するように言った。
「最近になって、手当たり次第クラブに仕掛けてきたのは、それが目的かよ。卒業する3年になって、んな事しても意味がねぇと思ってたけど、卒業した後の手駒探ししてたんだな」
「それだけが目的じゃないけどね。僕も部長だし、卒業する前にウチのクラブの基盤は固めておきたかったんだ。その上で、一緒にカジノを作って欲しいと思った相手はスカウトしてるだけ」
「…………」
無言のまま悠馬は、冬弥の言葉を聞いても何も返さない。
試すような沈黙がそのまま続き、冬弥は静かに待ち続ける。どこか我慢比べのような気配が流れる中、先に折れたのは悠馬だった。
「お前、俺を満足させるって言ってたけど、どうやってするつもりだよ」
「分かんない」
「……お前、ふざけてんのか」
「本気だよ。だって僕は悠馬じゃないし、どうすれば満足してくれるかなんて分からないもの。でも、言ってたでしょ? 自分が楽しんで、観客も楽しませるって。だったら、悠馬の勝負を見せる場所が必要だよ」
「それがお前の作るカジノだってのか?」
「違うよ。僕だけじゃない、悠馬も一緒になって作るカジノだよ。他人が作った舞台を借りるより、自分が好き勝手に作った舞台に上がる方が、楽しいと思う」
「……それが出来たとして、俺は満足できるのかよ」
「分からない。その時になってみないと。ダメかもしれない。でもその時は、満足できるまで、ずっと付き合うよ。死ぬまでずっとね」
「重てぇなぁ……」
「軽い気持ちで誘ってないからね。言ってみれば人生賭けて貰うようなもんだし。それに返そうと思ったら、人生で応えるしかないでしょ」
そこまで言うと、冬弥は心を落ち着かせるような間を空ける。そして伸るか反るかの大勝負を、悠馬の前に差し出した。
「人生を、賭けてみない?」
悠馬は、すぐには返せなかった。たっぷりと迷いに迷い抜く。けれど同時に、逃げ出す事だけはしなかった。
(きっと今が分かれ目。機は今しかない。決めるなら、今だけだ)
流れを読み取るように感じ取り、悠馬は決断する。
「分かった。賭けてやる。お前の目標に乗らせて貰う」
「ありがとう。これで一蓮托生。人生賭けて勝負しよう」
力強く冬弥は応える。そして、
「それじゃ早速始めよう。まずは、同じ大学に入れるよう、頑張って貰うから」
世知辛いことを言い出した。
「……は? 待て、ちょっと待て。なんでいきなりそんな話になる」
「驚かないでよ。まさかいきなり卒業すると同時にカジノ作ると思った? それ無理だから。僕ら皆で人生賭けるって言ったって、軽けりゃリターンも少ないんだから。積み重ねていくしかないんだって、地道にね」
「だからってそれが何でいきなり大学入学の話になるんだよ」
「コネに伝手、そういうのを作る取っ掛かり。カジノに関わる省庁に強いコネ持ってる大学はピックアップしてあるから、そこでコネとか伝手の取っ掛かり作るの。ついでにサークルやらも作って、それを母体にカジノ関係の会社作る予定だよ。千里の道も一歩から。先は長いんだから、しっかり働いて貰うね」
「……ブラック企業に強制就職させられた気分になるな」
「赤字企業にならないよう頑張ろう」
「……世知辛ぇ……」
夢を見せられ夢を見て、けれどいざ現実に立ち向かうとなれば、やはりそこは生臭い。
「引き返してぇ」
ルーレットテーブルに突っ伏しながら言う悠馬に、
「勝負がつく前に弱音を吐いてたらみっともないよ。どの道人生はギャンブルなんだから、自覚して賭けれただけ、まだマシだと思わなきゃ」
「人生がギャンブルになった感じだけどな、この状況……あ~、ここまで来たなら他のヤツラも巻き込みてぇ~。見込み有りそうなヤツ探そうぜ~」
「うん、そのつもりだけど、心当たりある?」
「……生徒会長の野郎、とか?」
「それアウト。一緒に頑張る仲間に人生賭けて貰いたいんであって、あんな人外というか埒外というか規格外の不純物混ぜらないって。あんなの混ぜたら、ファンタジーとかオカルトの世界に引きずり込まれそうだから却下」
「……確かに混ぜるな危険物って感じだからな、あの野郎……じゃあよ、アイツに勝てたのが居たら、誘ってみるか?」
「……そんなのが居たらね。まともな相手だとは思えないけど、一応、実際に会ってみてからその辺は判断したいし」
「探すのメンドイから、俺みたいに勝負に来て負けるとベストだな。ふふふっ、どんどん負けてブラック企業に引きずり込まれるがいい」
「そんな都合よく、勝負しに来てくれれば苦労は要らないんだけどね……」
ため息をつくように呟く冬弥であった。
二日後、それが叶うとは知らないままに。
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