祭りをするのはアナタの為に

笹村

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本章 二

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 綺麗な女の人だった。
 少なくとも、オレはそう思う。

 年のころは、二十歳前後だろうか?
 目鼻立ちはハッキリとしているけれど、ちょっとだけ幼い感じがするせいか美人さんにありがちなキツイ感じはしない。
 やわらかな雰囲気をした美人、顔立ちはそんな感じだ。

 背中に届くほどの黒髪は艶があって、普段から手入れをしているんだろうなって、そんな感じがする。服装は、お祭の場ではちょっだけ浮いている。

 騎士の制服に似せて作られた亜麻色の服というのは、ちょっと堅苦しい感じがする。
 もっと他の女の人みたいに、軽やかで飾られた服を着ればいいのに。
 スタイルも好いから、きっと好く似合うと思う。

(騎士の関係者なんだろうか? 非番でお祭に来ているとか?)

 何でなのか分からないけれど、その女の人から目が話せない。
 ざわざわと、心がざわめく。よく分からない何かが、ぐるぐると駆け巡っている感じだ。
 オレは知らず知らずの内に、その女の人の傍へと近付いていた。

 その女の人は、真剣な眼差しで目の前の出店の商品を見詰めていた。
 その出店は、果物を飴で被って出す屋台だった。
 幾つもの種類の棒に刺されたそれが置かれている。
 それを、その女の人は真剣勝負をするみたいな眼差しで見詰めていたのだ。

 その姿に、思わず小さくオレは苦笑してしまう。
 そして意識できないほど自然に、かわいい人だなぁと、思ってしまう。
 そう自覚した途端、顔が熱くなる。
 赤面しているんだろうって事が、鏡を見ないでも分かってしまう。

(うぅ、こういうこと無いんだけどな、オレ。
 お祭の場だからかな、年上の人相手になに思っちゃってるんだよ) 

 両親が幼い頃に死んでしまって以来、生活の為に働いてばかりだったせいか、そういったことには我ながら免疫がない。

 そんな風に赤面している間に、その女の人はリンゴを飴で被った物を買って手にしていた。
 女の人の表情が柔らかくなる。
 それはどこか、こういう言い方はどうかとも思うんだけれど、微笑ましい笑顔だった。

 なんだか嬉しくなる。
 どこの誰とも知れない女の人だけれど、それは心地好いと思えるような、そんな笑顔だった。

 無言で、オレはその笑顔に見とれていた。

 何故だろう?
 何故だかは分からない。けれど、心地好くって嬉しい笑顔だった。
 ずっとずっと、見たくて見たくてたまらなった、そんな笑顔に想えた。

 じわりと、涙が出てしまいそうになる。
 なのに、不思議とそれが変だと思えない。
 安堵と嬉しさ、そんな感情が心の中に湧いてくる。
 そんな想いに満たされながら、俺はその女の人を見詰めていた。

 そのオレの前で、女の人はリンゴを飴で被った物に口をつける。

 かぷり、ではなく、ガブリッと。
 いやむしろ、もりっ、とか、ごりっとかいう勢いで……って、えっと、見間違いじゃないよね。
 というか半分近くが一気に口の中に消えちゃったよ凄い。
 というのも変なんだけれど、そういう気持ちにしかならないぐらいの勢いで口の中に消えちゃっててほっぺたがパンパンになってるし――

 驚くオレの前で、女の人はそのまま口の中の物を飲み込んだ。
 ごくりっ、とか音が聞こえてきそうな勢いだった。

 なんというか、静寂に包まれる。

 いや、実際はお祭の喧騒は聞こえているんだけれど雰囲気というか何というか、女の人の豪快な食事風景にそれを見ちゃった周囲の人たちの意識が空白になっちゃってるというか怪奇現象を見たみたいな雰囲気が周囲には流れていた。

 そんな雰囲気の中で、女の人はオレの方へと顔を向けた。
 うぅ、見詰めていたのがバレちゃったんだろうか。
 女の人はちょっだけオレを見詰めていたけれど、すぐにオレの方へと近付いて、

「食べる?」

 何故か食べかけのそれをオレの前へと差し出した。

「いえ、いいです」

 即座にオレは断る。
 見知らぬ誰かの食べかけだから、というのも少しはあるけれどそれ以上にその、女の人が口にした物を食べるというのは、こう、恥ずかしいし。

 そんな風に断ったオレの返事を聞いて、女の人は見てるこちらの方が悲しくなるぐらい、しゅんとした気持ちの沈んだ表情になる。
 ……何故だろう、物凄く罪悪感が……。

 そんな沈んだ表情のまま、女の人はこちらに差し出した食べかけのそれを自分へと引き寄せる。
 その途端、刺さっていた棒からリンゴが落ちる。
 横にかじっていれば良かったんだろうけれど縦にかじっていたせいで取れ易くなっていたんだろう。ぽとり、という音が聞こえてきそうな感じで地面へと落ちてしまった。その途端、

「ああーっまだ食べ掛けだったのにーっ!」

 盛大な勢いで女の人は声をあげる。
 ……何故だろう、泣きそうな表情がかわいいと思えてしまう。
 明らかにオカシイ感じがするオレ。
 普段はこんな感じにならないのに、お祭のせいだろうか?

 そんな風にどこか後ろめたい感想を抱いちゃったせいだろう、オレはつい、こう言ってしまう。

「あの、おごりますよ、新しいの。オレのせいも少しはあるかも知んないですから」

 すると、女の人は一気にオレのすぐ傍にまで近寄ると、

「ホントですか? ホントですね? 男が一度言った言葉は飲み込めないんですよ」

 真顔でオレの顔を見詰めながら勢い良く言ってくる。
 ……うぅ、ちょっと近すぎる感じが。

 オレは、女の人が触れ合えそうなぐらい傍に近づいてきたせいで恥ずかしくなっている自分をバレ無いように、

「ええ、大丈夫です、まかせてください」

 必要以上に頷いてみせた。
 すると、女の人は力を抜くように小さく笑う。
 ……ちょっとだけ見とれてしまう。
 それぐらい、オレにとってはかわいいと思える笑顔だった。
 そう思ってしまったのでオレは慌てて、

「えっと、それじゃどれが好いですか?」

 自分の中の想いを誤魔化すように屋台の前に行く。すると、

「あれとあれとあれ、それと、それとそれとそれもお願いします」

 女の人は容赦なく幾つも頼む。
 遠慮が無いなぁ、と思いつつも、それが何故だか不快に思えない。
 ……完全にオカシイ、オレ。
 一目惚れとか、しないタイプだと思ってたんだけどなぁ……自分では自覚して無いだけで軽い性格してたんだろうか、かなりへこむ。

 そんな風に新たな自分自身の一面に気付いて気持ちが沈みそうになるけれど、気持ちを取り直してオレは全部を注文して屋台のおじさんから品物を受け取る。

 結構ある。両手が塞がっちゃうぐらいだ。
 すると女の人はオレの手の中の一つを取って、

「はい、どうぞ。これはまだ口をつけてませんから、食べても大丈夫ですよ」

 オレの口元へと差し出した。
 ……えと、どうしよう、かなり恥ずかしいんだけれどこれは。
 そんな風に恥ずかしさに戸惑っていると、

「嫌いですか? 甘いの?」

 女の人は心底残念そうな表情になる。
 いやそんな表情されると、こう罪悪感というかごめんなさい感が湧き出てくるというか――

「えと、別に嫌いではないです、甘いの。むしろ好きですし」

 その応えを聞いた途端、ぱっと花が咲くように朗らかで嬉しそうな笑顔を浮かべながら、

「好かった。じゃ、はい、どうぞ」

 再びオレの口元へと差し出してきた。
 ……だめだ、断れない。
 オレは覚悟を決めてそれにかじりついた。
 硬い飴の感触、それを噛み砕き中の実をかじり取る。
 甘くて、ちょっとだけ酸味がある。

「おいしいですか?」

「……はい」

 素直に、オレは頷く。
 なんだか心地好い。
 自分では人見知りだと思っているし実際そうだと思うけれど、不思議と目の前の女の人相手だと今みたいな近い距離の係わり合いが嬉しくて温かな気持ちになれる。

 完全に変だな、と思う。
 でも、それでも好いかなとも思ってしまう。
 きっと、お祭のせいだろう。
 いつもと違う場だから、いつもと違う自分が顔を覗かせているんだ。

 うん、きっとそうだ。
 だから、これはこれで好いって、そう思う。
 お祭の間は、お祭の間だけは、そういう自分でいようと心に決める。

「変な人ですね、貴女」

 穏やかな気持ちのまま、オレは女の人にそう告げる。
 その言葉に、女の人は息を抜くように小さく笑みを浮かべ応えを返してくれる。

「好いじゃないですか、お祭なんですから。
 少しぐらい変になっちゃっても許される場所なんですから、ここは」

 この言葉に、くすりと小さく笑ってしまう。

 うん、そうだ。今日はお祭りなのだから、少しぐらい変になってもかまわない。
 ううん、少しは変にならないとお祭に失礼ってものだろう。
 変になっちゃうぐらい楽しむのが、お祭に対する礼儀って物の筈だ。

 うん、決めた。楽しもう。
 お祭バトルに勝って自分の願いを叶えることも大事だけれど、それと同じぐらい、お祭を楽しむことは大事な筈だから。

 でも、どう楽しもう?
 一人で、このままお祭りを見て回る?

 それは、嫌だなって、今だと思ってしまう。
 一人だと寂しいし、きっと、楽しくは無い筈だ。だから――

「どうかしましたか?」

 自分を見つめるオレに不思議そうなまなざしを向けながら、女の人は尋ねてくる。

 すぐには応えを返せなかった。
 うるさいぐらいに高鳴る胸の鼓動に急かされながら、けれど女の人に掛ける言葉が出てくれない。

 ただ、一緒にお祭りを見て回って欲しいと言うだけなのに、それを言葉にしようとするだけで一生懸命になる。

 うぅ、情けないなぁ。今すぐこの場から逃げ出したくなる。
 でもそれをしたら一生後悔しちゃうって、そんなおかしな確信も一緒にある。
 駆け出したいような気持ちと、どこかに隠れてしまいたいような気持ち。
 同じ想いから生まれた気持ちを抱えながら、オレは一歩踏み出す気持ちで女の人を誘おうとした。けれど、

「あーっ、こんな所に居たーっ!」

 かわいらしく清んだ声に先を越されてしまう。
 ちょっとだけ、声を掛けずにすんで安心している自分が居る。
 うぅ、へタレだよ、オレ。

 そんな風に自分の不甲斐なさにへこんでいると、声の主の女の子はこちらへと近付いてきた。
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