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本章 三
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きれい、というよりは、かわいいという言葉が好く似合う女の子だった。
年は十五、六歳といった所だろうか。少し小柄な感じのする子だ。
やわらかそうな亜麻色のさらさらな髪は肩に届くか届かないかぐらいで整えられている。
服装といえば、髪の色に好く似合う同じ色調で明るい色合いをした涼しげな薄手のワンピースを着ている。
よく見るとスカートの裾の部分には細やかな刺繍が付いていたり、腰の辺りにチェーンで繋がったコサージュを飾られていたりしているんだけれど、それが好いなって思える。
チェーンは今は夜だから残念だけれど、きっとお日さまの光が当たると柔らかく輝いて綺麗なんだろうなと思えるやわらかな金色をしていて、コサージュと言えば明るい乳白色をしていた。
そんなに派手さは無いけれど結構気合が入っている服装のような気がする。
お祭だから新しい服を着てみました、そんな感じだ。
そんな女の子は、何故だか出店の戦利品を一杯に手にしている。
全部が全部食べ物だ。そして何故だか涙目だった。
なんでだろう? と思っていると、
「勝手に動かないで下さい! 私ずっとずっと探したんですから!」
涙声で女の人にそう言う。なるほど、迷子になってた訳なんだ。
女の子がというよりは女の人が、という感じだけれど。
物凄く行動力のありそうな迷子、という感じがする。
女の子に呼び掛けられた女の人は、バツの悪そうな表情になると応えを返す。
「しょうがない。甘いものには逆らえない」
「おいしい物だと大体逆らえないじゃないですか!
何でいっつもそんな風に勝手にあっちに行ったりこっちに行ったりふらふらするんですかっ、私にあれ買って来いこれ買って来いって頼んだんですからその間ぐらいじっとしてて下さいっ。
だいたい、ゆ――」
そこまで一気に女の子が喋っていると突然、
「えい」
「痛いっ!」
女の人は女の子のおでこを指で弾く。
うぁ、本気で痛そうだ。音が物凄かったし。
デコピンをされた女の子は目に涙を溜めながら、
「何でそういつもいつも簡単にそんな事するんですか~、酷すぎます~」
じっと女の人を涙目で見詰めながら泣き出しそうな声で言う。
それに女の人は、更にバツの悪そうな表情になると、
「いやまぁ、それはいつもいつもニアが余計なことを口走りそうになるからというか。
まぁいいじゃん、いつものことなんだから気にしない」
そう言うと、手に持っているさっきオレに差し出した飴菓子を、ニアと呼んだ女の子の口に押し込んで黙らせる。
「んぐっ、って、こんなもので誤魔化されませんからね!
それ以前にこれ食べ掛けじゃないですかっ」
「ん? そんなに気にする?」
「しますよっ、どうせくれるのならちゃんとしたのを下さい」
「ふ~ん、気にするんだ。そんなこと言うと、彼が悲しむと思う。どう思う?」
いきなりオレに振ってくる女の人に何か応えるより早く、
「え? って、この人、ああっ!」
何故だかオレの顔を見て驚くニアという女の子。
というか、今ごろ気付いたんだろうか、オレの存在に。
我ながら、存在感薄いんだなぁ。
そんな風に微妙にへこんでいるオレに向かって(ニアちゃん、で好いかな? 馴れ馴れしい感じはするけれど直接言う訳じゃないから許して貰おう)とにかく二アちゃんは更に何かを言おうとしたが、
「えい」
「痛いっ!」
再び女の人にデコピンを喰らう。
……なんというか女の人、最初に見たイメージからどんどんどんどん崩壊していくような。
まぁ、そういう人、嫌いじゃないので別に何かを思うとかは無いんだけれど。
そんな女の人にデコピンを喰らったニアちゃんは、
「うぅ、ごめんなさい」
何故だか女の人に謝った。
何故に? そう思わず思っていると、女の人はニアちゃんに応える。
「別に私に謝るほどのことではないですけれど。
そりゃ、見知らぬ男の人と間接キスをいきなりすることになったんですから、ニアのようなお子さまなら驚くのも無理はないですけれど」
……あぁ、なるほど、そういう意味だったんだ驚いたの。
うん、まぁ、気持ちは分かるけれど、それはそれとしてへこむ。
そんな風に軽く落ち込んでいると、
「へ? あっ、いやその、そういう意味で驚いたという訳じゃその……――」
顔を赤くしてごにょごにょと口ごもる。
うぅ、なんだか罪悪感が。
だからとりあえず謝ろう。
「えっと、ごめんね」
すると二アちゃんは、
「ふぇ? え、あ、べ、別にそんな謝らなくても大丈夫です。
そのちょっと驚いただけで凄く嫌だからああいう感じに言った訳じゃないというか恥ずかしいことは恥ずかしいですけれど別に私お子さまな訳じゃないですしむしろ貴方よりも大人というか見た目はこんなですけれど実際は違うし貴方が気にすることはないというか――」
明らかにテンパった様子で早口に言ってくる。
えっとこれはつまり、気にするなって言いたいんだろうなぁ。
それにしてもこの子、基本的に素直で好い子なんだろうな。
なんだか微笑ましくなる。
顔を赤くしてなおも言うニアちゃんをかわいらしく思えたオレは、自然に笑みを浮かばせながら落ち着いてくれるように言葉を返す。
「ありがとう、気にしてくれて」
すると、ニアちゃんは恥ずかしそうに顔を俯かせると、
「えっと、その、好かったです、気にしないのなら」
口ごもるみたいに小さく呟いて返事を返してくれる。
この子、人見知りな恥ずかしがり屋なんだろうな。
オレも小さい頃はこんな感じだったからなんとなく分かる。
なんだかちょっと、懐かしい気持ちになった。
そんな風に思っていると、多分人見知りとかそういった言葉とは縁が無いんだろうなぁ、という感じの女の人は、
「好かった好かった、一件落着です」
そう言うとオレと二アちゃんが口をつけたそれを、なんの抵抗もなさげにモリモリとあっという間に食べつくしてしまう。えっと、芯とか種も完食ですか……。
そんな女の人に二アちゃんは、
「簡単に言わないで下さい。
もぅ、いつもいつもそんな感じなんだから。
最初に出会った頃の印象とは大違いですよ。詐欺ですよ、もぅ」
どこか怒っているんだけれど甘えているような、そんな親しい間柄だからこその響きを滲ませて女の人に文句を言う。
って、やっぱりこの女の人、そういう感じの人なんだ。なんとなく分かる気がする、物凄く。
そんな風に納得していると女の人は、
「人は変わるものです」
どこか遠い目で返してくる。
「素が出て来ただけじゃないですかっ」
うん、オレも二アちゃんと同じくそう思う。
「ほんとに、もぅ。セラさんはいい加減すぎるんです。もっとちゃんとしてください」
あ、セラさんって言うんだ、女の人の名前。うん、好い響きだ。オレは好きだな。
そんな風に、思いがけず知ることが出来た女の人の名前に嬉しくなっている間も、二アちゃんとセラさん二人の掛け合いは止まらない。
「セラさんはちゃんとした格好をしたらカッコ好いし綺麗なんですから、勿体無いですからちゃんとしてください」
「え~別にいい~。めんどいし~」
「ダメですよ。もぅ、もっと普段着じゃなくて綺麗な服を着ていたら映えるのに」
「別に、そんなのは気にしなくてもいいですよ。見て気にする人は居ないと思いますし。
そう思うでしょう?」
唐突に、オレにセラさんは振ってくる。
ハッキリ言って不意打ちだった。そのせいで、つい、
「そんなことないですよ」
深く考えないで思っていた事が口に出てしまう。
うぅ、やっちゃったよ。明らかに顔が熱い。
とりあえずこの話題は無かったことにしてしまいたい。
けれど、セラさんは許してはくれなかった。
「そうですか? なら、どう思うんです?」
じっとオレを見詰めながら訊いてくる。
その上何故だか二アちゃんまでオレを見詰めてくる。
完全に、逃げ道が無い感じ。
だからもう、心を決めて、
「もっと、綺麗な服を着ていた方が、似合うと思います」
正直に思っていることを口にした。
「ふむ、そうですか――」
オレの応えを聞いて、セラさんは少しだけ考え込むと、
「それなら、貴方が気に入りそうな服でも着てくれば好かったですね。
それはちょっと、残念です」
そう言うと本当に残念そうに苦笑した。
そんな表情をさせてしまったのが凄く嫌だったから、オレはすぐに言葉を重ねる。
「そんなこと無いですよ、セラさんは何を着ても似合いそうですし。
それに今だって好く似合ってますよ、だから残念とかそんな事は無いです」
言ってから恥ずかしさが襲ってくる。
けれど、本当にそう思うのだから別に間違ったことは言ってない筈だ。
そう心の中で自分に言い聞かせるオレに、セラさんは小さく苦笑すると、
「そういうこと、よく言うんですか?」
どこか楽しそうに訊いてくる。オレは慌てて、
「そんなことないです、その、変な下心があるから言ってるんじゃ無くてホントにそう思っているからそう言ってるだけというか、だから、えっと、本気で言ってるだけです」
もっと他に良い言葉が浮かばないものかと思いつつも、思っていることを正直に口にする。
するとセラさんは、
「そうですか。それなら、そうなんだって思っておきます。
ふふ、嬉しいものですね、こんな風に褒められるというのは」
本当に嬉しそうに笑ってくれた。
……あぁ、まただ。
この人のこんな笑顔を見ていると、じんわりした物が心の奥底から湧いて出る。
涙が、出てきそうになってしまう。
けれどそんな物を、何故そんな気持ちになっているのかが自分でも分からないのに、セラさんに気付かせてしまうのはダメだ。
こんな重たい気持ちを押し付けるような真似をしちゃダメだと、そう思う。
だからオレは無言で全てを飲み込んだ。そんな風に黙っちゃっていると、
「そういえば、どうしてこんな風に知りあってる状況になってるんですか?」
二アちゃんが不思議そうに、オレとセラさんの二人に向けて尋ねてくる。
それにオレが応えるより速く、セラさんは応えを返す。
「餌付けされたんです」
「違います!」
即座にオレは反論する。
人聞きが悪過ぎるよぅ。
すると今度はセラさんが即座に返してくる。
「そんな、これから更に餌付けされる気満々だったんですよ私」
「えっと、それ、おごらせる気満々ってことですよね」
「はい」
何のためらいも無くセラさんは頷いてみせる。
……あぁ、やっぱりこの人、こんな感じの人なんだ。
それはそれで、好きな感じなんだけれど。
そう思って改めて気付く。
うん、オレはこの人が好きなんだなって。
女の人として好きなのかどうかは、正直よく分からない。
自分で言うのも変だけれど、そういった男女の気持ちには疎いというよりは興味が無い方だ。
でも、セラさんが笑ってくれるのは嬉しいし、もっと笑顔にさせてあげたいって、そう思う。
ほんのついさっき出会えたばかりの人だというのに、オレはそんな気持ちになっていた。
ひょっとして、これが一目惚れっていうヤツなんだろうか?
そうだとしたら、セラさん相手にそうなれたのは嬉しいし、ちょっとだけ誇らしい気持ちになる。 だからオレは、自然な気持ちで彼女を誘う言葉を口にすることが出来た。
「それなら、おごらせて下さい」
自分でも嬉しそうだなって思えるぐらい弾む声で、オレは彼女を誘い続ける。
「欲しい物があったら、買ってあげたいですから。
だから、一緒にお祭りを見て回ってくれませんか」
普段なら出会ったばかりの女の人にこんなことを言うことなんて出来はしないのに、セラさん相手なら自然に言葉が出てくれる。
それが、とても嬉しくて誇らしかった。
そんなオレの言葉に、セラさんはオレをじっと見詰めながら無言だった。
どっ、と一気に汗が出てきそうな感じになる。
勢い込んで調子に乗って、自分勝手に誘いの言葉を口にしたのはいいけれど、それが断られることもあるということを、今頃オレは意識する。
息をつくことも出来ない、それぐらいオレは緊張していた。すると、
「……、」
セラさんはオレをやわらかく見詰めてくれながら、あたたかく笑ってくれた。
それは嬉しそうで、それでいてどうしてなのか、小さな子供を見て微笑ましそうに笑う母親が見せるような、そんな笑顔のように思えた。
しょうがないなぁ、この子は。
そんな心の中の声が聞こえてきそうな笑顔だった。
一気に体中が熱くなる。恥ずかしさと、こそばゆいような心地好さ、そんな気持ちがまぜこぜになった想いが全身を駆け巡る。
子ども扱いされたから、というのも少しはある。
けれどそれ以上に、どこか家族のような近しさをセラさんから感じ取ってしまった事が原因だ。それが恥ずかしくて、どうしようもなく心地好くて嬉しかった。
「わがまま言っちゃいますよ。それでも、好いですか?」
遊ぶような響きを滲ませて、セラさんはオレの呼び掛けに応えてくれる。だからオレは、
「はい、もちろんです」
言葉は少なく、けれど真っ直ぐに、彼女へと応えを返した。
そんなオレの応えに、くすぐったそうに笑いながら、
「安請け合いですね。でも、本気にしちゃいますから。一緒に、お祭を楽しみましょう」
セラさんは受け入れてくれた。
それが嬉しくて、温かな気持ちになる。
心地好さに、次に口に出来る言葉が浮かばない。
そんな風に、傍から見たら相当幸せそうな表情をしているんだろうなぁ、と自覚できるぐらいオレが浮かれていると、
「あ、あのっ」
何故だか顔を真っ赤にして、二アちゃんはオレとセラさんへと勢いよく声を掛けてきた。
年は十五、六歳といった所だろうか。少し小柄な感じのする子だ。
やわらかそうな亜麻色のさらさらな髪は肩に届くか届かないかぐらいで整えられている。
服装といえば、髪の色に好く似合う同じ色調で明るい色合いをした涼しげな薄手のワンピースを着ている。
よく見るとスカートの裾の部分には細やかな刺繍が付いていたり、腰の辺りにチェーンで繋がったコサージュを飾られていたりしているんだけれど、それが好いなって思える。
チェーンは今は夜だから残念だけれど、きっとお日さまの光が当たると柔らかく輝いて綺麗なんだろうなと思えるやわらかな金色をしていて、コサージュと言えば明るい乳白色をしていた。
そんなに派手さは無いけれど結構気合が入っている服装のような気がする。
お祭だから新しい服を着てみました、そんな感じだ。
そんな女の子は、何故だか出店の戦利品を一杯に手にしている。
全部が全部食べ物だ。そして何故だか涙目だった。
なんでだろう? と思っていると、
「勝手に動かないで下さい! 私ずっとずっと探したんですから!」
涙声で女の人にそう言う。なるほど、迷子になってた訳なんだ。
女の子がというよりは女の人が、という感じだけれど。
物凄く行動力のありそうな迷子、という感じがする。
女の子に呼び掛けられた女の人は、バツの悪そうな表情になると応えを返す。
「しょうがない。甘いものには逆らえない」
「おいしい物だと大体逆らえないじゃないですか!
何でいっつもそんな風に勝手にあっちに行ったりこっちに行ったりふらふらするんですかっ、私にあれ買って来いこれ買って来いって頼んだんですからその間ぐらいじっとしてて下さいっ。
だいたい、ゆ――」
そこまで一気に女の子が喋っていると突然、
「えい」
「痛いっ!」
女の人は女の子のおでこを指で弾く。
うぁ、本気で痛そうだ。音が物凄かったし。
デコピンをされた女の子は目に涙を溜めながら、
「何でそういつもいつも簡単にそんな事するんですか~、酷すぎます~」
じっと女の人を涙目で見詰めながら泣き出しそうな声で言う。
それに女の人は、更にバツの悪そうな表情になると、
「いやまぁ、それはいつもいつもニアが余計なことを口走りそうになるからというか。
まぁいいじゃん、いつものことなんだから気にしない」
そう言うと、手に持っているさっきオレに差し出した飴菓子を、ニアと呼んだ女の子の口に押し込んで黙らせる。
「んぐっ、って、こんなもので誤魔化されませんからね!
それ以前にこれ食べ掛けじゃないですかっ」
「ん? そんなに気にする?」
「しますよっ、どうせくれるのならちゃんとしたのを下さい」
「ふ~ん、気にするんだ。そんなこと言うと、彼が悲しむと思う。どう思う?」
いきなりオレに振ってくる女の人に何か応えるより早く、
「え? って、この人、ああっ!」
何故だかオレの顔を見て驚くニアという女の子。
というか、今ごろ気付いたんだろうか、オレの存在に。
我ながら、存在感薄いんだなぁ。
そんな風に微妙にへこんでいるオレに向かって(ニアちゃん、で好いかな? 馴れ馴れしい感じはするけれど直接言う訳じゃないから許して貰おう)とにかく二アちゃんは更に何かを言おうとしたが、
「えい」
「痛いっ!」
再び女の人にデコピンを喰らう。
……なんというか女の人、最初に見たイメージからどんどんどんどん崩壊していくような。
まぁ、そういう人、嫌いじゃないので別に何かを思うとかは無いんだけれど。
そんな女の人にデコピンを喰らったニアちゃんは、
「うぅ、ごめんなさい」
何故だか女の人に謝った。
何故に? そう思わず思っていると、女の人はニアちゃんに応える。
「別に私に謝るほどのことではないですけれど。
そりゃ、見知らぬ男の人と間接キスをいきなりすることになったんですから、ニアのようなお子さまなら驚くのも無理はないですけれど」
……あぁ、なるほど、そういう意味だったんだ驚いたの。
うん、まぁ、気持ちは分かるけれど、それはそれとしてへこむ。
そんな風に軽く落ち込んでいると、
「へ? あっ、いやその、そういう意味で驚いたという訳じゃその……――」
顔を赤くしてごにょごにょと口ごもる。
うぅ、なんだか罪悪感が。
だからとりあえず謝ろう。
「えっと、ごめんね」
すると二アちゃんは、
「ふぇ? え、あ、べ、別にそんな謝らなくても大丈夫です。
そのちょっと驚いただけで凄く嫌だからああいう感じに言った訳じゃないというか恥ずかしいことは恥ずかしいですけれど別に私お子さまな訳じゃないですしむしろ貴方よりも大人というか見た目はこんなですけれど実際は違うし貴方が気にすることはないというか――」
明らかにテンパった様子で早口に言ってくる。
えっとこれはつまり、気にするなって言いたいんだろうなぁ。
それにしてもこの子、基本的に素直で好い子なんだろうな。
なんだか微笑ましくなる。
顔を赤くしてなおも言うニアちゃんをかわいらしく思えたオレは、自然に笑みを浮かばせながら落ち着いてくれるように言葉を返す。
「ありがとう、気にしてくれて」
すると、ニアちゃんは恥ずかしそうに顔を俯かせると、
「えっと、その、好かったです、気にしないのなら」
口ごもるみたいに小さく呟いて返事を返してくれる。
この子、人見知りな恥ずかしがり屋なんだろうな。
オレも小さい頃はこんな感じだったからなんとなく分かる。
なんだかちょっと、懐かしい気持ちになった。
そんな風に思っていると、多分人見知りとかそういった言葉とは縁が無いんだろうなぁ、という感じの女の人は、
「好かった好かった、一件落着です」
そう言うとオレと二アちゃんが口をつけたそれを、なんの抵抗もなさげにモリモリとあっという間に食べつくしてしまう。えっと、芯とか種も完食ですか……。
そんな女の人に二アちゃんは、
「簡単に言わないで下さい。
もぅ、いつもいつもそんな感じなんだから。
最初に出会った頃の印象とは大違いですよ。詐欺ですよ、もぅ」
どこか怒っているんだけれど甘えているような、そんな親しい間柄だからこその響きを滲ませて女の人に文句を言う。
って、やっぱりこの女の人、そういう感じの人なんだ。なんとなく分かる気がする、物凄く。
そんな風に納得していると女の人は、
「人は変わるものです」
どこか遠い目で返してくる。
「素が出て来ただけじゃないですかっ」
うん、オレも二アちゃんと同じくそう思う。
「ほんとに、もぅ。セラさんはいい加減すぎるんです。もっとちゃんとしてください」
あ、セラさんって言うんだ、女の人の名前。うん、好い響きだ。オレは好きだな。
そんな風に、思いがけず知ることが出来た女の人の名前に嬉しくなっている間も、二アちゃんとセラさん二人の掛け合いは止まらない。
「セラさんはちゃんとした格好をしたらカッコ好いし綺麗なんですから、勿体無いですからちゃんとしてください」
「え~別にいい~。めんどいし~」
「ダメですよ。もぅ、もっと普段着じゃなくて綺麗な服を着ていたら映えるのに」
「別に、そんなのは気にしなくてもいいですよ。見て気にする人は居ないと思いますし。
そう思うでしょう?」
唐突に、オレにセラさんは振ってくる。
ハッキリ言って不意打ちだった。そのせいで、つい、
「そんなことないですよ」
深く考えないで思っていた事が口に出てしまう。
うぅ、やっちゃったよ。明らかに顔が熱い。
とりあえずこの話題は無かったことにしてしまいたい。
けれど、セラさんは許してはくれなかった。
「そうですか? なら、どう思うんです?」
じっとオレを見詰めながら訊いてくる。
その上何故だか二アちゃんまでオレを見詰めてくる。
完全に、逃げ道が無い感じ。
だからもう、心を決めて、
「もっと、綺麗な服を着ていた方が、似合うと思います」
正直に思っていることを口にした。
「ふむ、そうですか――」
オレの応えを聞いて、セラさんは少しだけ考え込むと、
「それなら、貴方が気に入りそうな服でも着てくれば好かったですね。
それはちょっと、残念です」
そう言うと本当に残念そうに苦笑した。
そんな表情をさせてしまったのが凄く嫌だったから、オレはすぐに言葉を重ねる。
「そんなこと無いですよ、セラさんは何を着ても似合いそうですし。
それに今だって好く似合ってますよ、だから残念とかそんな事は無いです」
言ってから恥ずかしさが襲ってくる。
けれど、本当にそう思うのだから別に間違ったことは言ってない筈だ。
そう心の中で自分に言い聞かせるオレに、セラさんは小さく苦笑すると、
「そういうこと、よく言うんですか?」
どこか楽しそうに訊いてくる。オレは慌てて、
「そんなことないです、その、変な下心があるから言ってるんじゃ無くてホントにそう思っているからそう言ってるだけというか、だから、えっと、本気で言ってるだけです」
もっと他に良い言葉が浮かばないものかと思いつつも、思っていることを正直に口にする。
するとセラさんは、
「そうですか。それなら、そうなんだって思っておきます。
ふふ、嬉しいものですね、こんな風に褒められるというのは」
本当に嬉しそうに笑ってくれた。
……あぁ、まただ。
この人のこんな笑顔を見ていると、じんわりした物が心の奥底から湧いて出る。
涙が、出てきそうになってしまう。
けれどそんな物を、何故そんな気持ちになっているのかが自分でも分からないのに、セラさんに気付かせてしまうのはダメだ。
こんな重たい気持ちを押し付けるような真似をしちゃダメだと、そう思う。
だからオレは無言で全てを飲み込んだ。そんな風に黙っちゃっていると、
「そういえば、どうしてこんな風に知りあってる状況になってるんですか?」
二アちゃんが不思議そうに、オレとセラさんの二人に向けて尋ねてくる。
それにオレが応えるより速く、セラさんは応えを返す。
「餌付けされたんです」
「違います!」
即座にオレは反論する。
人聞きが悪過ぎるよぅ。
すると今度はセラさんが即座に返してくる。
「そんな、これから更に餌付けされる気満々だったんですよ私」
「えっと、それ、おごらせる気満々ってことですよね」
「はい」
何のためらいも無くセラさんは頷いてみせる。
……あぁ、やっぱりこの人、こんな感じの人なんだ。
それはそれで、好きな感じなんだけれど。
そう思って改めて気付く。
うん、オレはこの人が好きなんだなって。
女の人として好きなのかどうかは、正直よく分からない。
自分で言うのも変だけれど、そういった男女の気持ちには疎いというよりは興味が無い方だ。
でも、セラさんが笑ってくれるのは嬉しいし、もっと笑顔にさせてあげたいって、そう思う。
ほんのついさっき出会えたばかりの人だというのに、オレはそんな気持ちになっていた。
ひょっとして、これが一目惚れっていうヤツなんだろうか?
そうだとしたら、セラさん相手にそうなれたのは嬉しいし、ちょっとだけ誇らしい気持ちになる。 だからオレは、自然な気持ちで彼女を誘う言葉を口にすることが出来た。
「それなら、おごらせて下さい」
自分でも嬉しそうだなって思えるぐらい弾む声で、オレは彼女を誘い続ける。
「欲しい物があったら、買ってあげたいですから。
だから、一緒にお祭りを見て回ってくれませんか」
普段なら出会ったばかりの女の人にこんなことを言うことなんて出来はしないのに、セラさん相手なら自然に言葉が出てくれる。
それが、とても嬉しくて誇らしかった。
そんなオレの言葉に、セラさんはオレをじっと見詰めながら無言だった。
どっ、と一気に汗が出てきそうな感じになる。
勢い込んで調子に乗って、自分勝手に誘いの言葉を口にしたのはいいけれど、それが断られることもあるということを、今頃オレは意識する。
息をつくことも出来ない、それぐらいオレは緊張していた。すると、
「……、」
セラさんはオレをやわらかく見詰めてくれながら、あたたかく笑ってくれた。
それは嬉しそうで、それでいてどうしてなのか、小さな子供を見て微笑ましそうに笑う母親が見せるような、そんな笑顔のように思えた。
しょうがないなぁ、この子は。
そんな心の中の声が聞こえてきそうな笑顔だった。
一気に体中が熱くなる。恥ずかしさと、こそばゆいような心地好さ、そんな気持ちがまぜこぜになった想いが全身を駆け巡る。
子ども扱いされたから、というのも少しはある。
けれどそれ以上に、どこか家族のような近しさをセラさんから感じ取ってしまった事が原因だ。それが恥ずかしくて、どうしようもなく心地好くて嬉しかった。
「わがまま言っちゃいますよ。それでも、好いですか?」
遊ぶような響きを滲ませて、セラさんはオレの呼び掛けに応えてくれる。だからオレは、
「はい、もちろんです」
言葉は少なく、けれど真っ直ぐに、彼女へと応えを返した。
そんなオレの応えに、くすぐったそうに笑いながら、
「安請け合いですね。でも、本気にしちゃいますから。一緒に、お祭を楽しみましょう」
セラさんは受け入れてくれた。
それが嬉しくて、温かな気持ちになる。
心地好さに、次に口に出来る言葉が浮かばない。
そんな風に、傍から見たら相当幸せそうな表情をしているんだろうなぁ、と自覚できるぐらいオレが浮かれていると、
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何故だか顔を真っ赤にして、二アちゃんはオレとセラさんへと勢いよく声を掛けてきた。
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