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本章 七
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そうして、シーザは静かに眠りに付いた。
緩やかに、そして規則正しく息をつくシーザの様子に、二アは僅かに安堵するように息をつくが、それでもまだ心配そうにセラへと問い掛ける。
「シーザさん、どうしちゃったんでしょう?」
応えは即座に返ってきた。
「眠り薬でしょう、恐らく」
その表情は鋭く、それまでシーザに見せていたものとは大きく異なっていた。
「いきなり大食い競争ですからね、しかもあれだけ不味いものを。混ぜ込んだ薬の違和感を無くさせる為の策だったんでしょう」
「……害はないんですか?」
「少しの間眠る以上の物は無いでしょう。お祭バトルの参加者がいきなり死んでいたら、さすがに賢人会でも後処理が大変でしょうから。私も薬が盛られている物を食べましたけれど、この感覚ならそれほど大した害のある薬じゃありません。
それに、最悪何かこの子にあるのなら、私に残されている最後の願いを使ってでも助けます。
貴女には悪いですけれど」
この言葉に二アは、かつては神と呼ばれていた少女は苦笑しながら応えを返す。
「気にしてくれなくても良いですよ。今まででも十分、貴女は私の為に苦労してくれたんですから。そんな貴女が大事な人のために使う願いというのなら、私は何も言うことは無いです」
「……ありがとう」
親愛の情を込めて、かつて勇者と呼ばれていたセラは返事を返した。
しばし、沈黙が二人の間に流れた。
だがやがて、二アはセラへと確認するかのような口調で尋ねた。
「賢人会が自分達の息の掛かった人を優勝させる為に、こんなことをしたんでしょうか?」
「それもあるでしょうね」
セラは、シーザの髪をすくようにして頭を撫でながら応えを返す。
「それと同時に、お祭バトルに出ている者で可怪しな者が居るかどうかの試しもあるのでしょうね。それこそ、普通の人間の振りをして勇者や神が出てきているかどうか、とかもあるのでしょう。
だから、今回のお祭バトルは私はここで諦めます。薬を盛られた物を口にしておきながら平気で出て行ったら、確実に目をつけられるでしょうから」
「……必死ですね、賢人会も」
「それはそうでしょうね。なにしろ私や貴女に関わる情報は、ほぼ全てこの世から消滅したんですから。残っているのは、私や貴女がした結果に関するおぼろげな情報だけ。
それこそ、私や貴女を再び造り出す方法すら消滅したんです。
咽喉から手が出るほど欲しいでしょうね、私たちに関する情報は」
僅かに考えるような沈黙が過ぎた後、二アは再び口を開く。
「……大丈夫でしょうか、本当に。時々思うんです、私や貴女、それに類するモノがまた賢人会で造られるんじゃないかって」
「それは無いですよ――」
即座に、二アを安心させるような確固たる口調でセラは応える。
「いずれ、私たちのようなモノは造り出されるかも知れませんが、私たちに類するものは産まれてくることは無いですよ。何しろ、未来永劫、この世界では私たちに関する直接的な記録は保存され続けることは無いんですから。その為に、貴女の三つの願いの一つを使い潰したんですからね」
それは、祭の中で行われる勝負事に勝った者の個人的な願いが叶えられるようなお祭が出来る世界にして欲しい、という願いの次に叶えた願いであった。
セラの言葉通り、勇者や神、それらに関わる情報が記録されない世界にして欲しいという願いである。これによりセラと二アに関するほぼ全ての情報は、記憶であれば時間の経過と共に完全に消え去り、何らかの記録媒体に記した物ですら時間経過と共に自然消滅するのである。
それはすでに法則としてこの世界に刻まれている。その為、一時的に抗うことは出来たとしても抗い続けることは出来ない絶対の物として存在していた。
「大丈夫ですよ。仮に、貴女に叶えて貰った願いに抵抗し続けようと思ったなら、それこそ最低でも魔王クラスの力は必要ですから。誰も、私たちのことを覚えている者は居ませんよ」
どこか自分を納得させるようにセラは言葉を続けた。その言葉に、
「そうですね……そう思います。でも、それは――」
二アはシーザを見詰めながら告げる。
「シーザさんにも、貴女が勇者だったということを伝えられない。
ううん、伝えることはできるし、ほんの僅かな間だけなら、覚えておいてくれるかもしれない。
でも、必ずそのことは忘れてしまう。絶対に」
それは、ある意味呪いのような物であると言えた。
セラや二ア、二人のこと自体は覚え続ける事は出来るだろう。
だが、彼女達が勇者であり神であった、それに関する情報は聞く事が出来たとしても覚え続ける事は出来はしない。
たとえ忘れても良いように紙などに記した所で、記した筈の文字すらいつの間にか消え失せてしまうのだ。
かつての自分達のことを確かに覚えておいてくれる者が誰一人としていない世界。
それが、神であった二アが叶え、そして勇者であるセラが願ったことであった。
「後悔してますか?」
二アのこの問い掛けに、セラの答えは淀みの無い物だった。
「いいえ、僅かばかりも」
シーザに優しい眼差しを向けながら、言葉を続ける。
「賢人会に、余計な力は可能な限り持たせない方が良いですから。そうでなければ、またあれらは新しい魔王のような何かを造り上げてしまう。
まだ無い物ならば、新たに造り出そうとするでしょう。
けれど、すでに自分達が必要とする者をかつて手にしていた、その事実を知っている以上、新たに造り出すよりもかつて造り出した者の再現をすることに力を裂くでしょう。
それは、ある程度の抑止力になります。かつて魔王が、意図せずにそうであったように。
魔王が死んで、自由に世界中の物資や魔力を賢人会が使えるようになった今、何らかの抑止力は絶対に必要です。最悪、私が魔王の代わりをする必要さえ出てくるかもしれません」
「……だから、後悔はしていないんですか」
「ええ。ただ――」
セラはシーザをいとおしそうに見詰めながら、想いを吐き出した。
「酷く、悲しい。それも、事実ですけれどね」
その言葉を聞くことは出来ず眠りに落ちていたシーザは一人、夢を見ていた。
かつての懐かしい、子供の頃の夢を。
緩やかに、そして規則正しく息をつくシーザの様子に、二アは僅かに安堵するように息をつくが、それでもまだ心配そうにセラへと問い掛ける。
「シーザさん、どうしちゃったんでしょう?」
応えは即座に返ってきた。
「眠り薬でしょう、恐らく」
その表情は鋭く、それまでシーザに見せていたものとは大きく異なっていた。
「いきなり大食い競争ですからね、しかもあれだけ不味いものを。混ぜ込んだ薬の違和感を無くさせる為の策だったんでしょう」
「……害はないんですか?」
「少しの間眠る以上の物は無いでしょう。お祭バトルの参加者がいきなり死んでいたら、さすがに賢人会でも後処理が大変でしょうから。私も薬が盛られている物を食べましたけれど、この感覚ならそれほど大した害のある薬じゃありません。
それに、最悪何かこの子にあるのなら、私に残されている最後の願いを使ってでも助けます。
貴女には悪いですけれど」
この言葉に二アは、かつては神と呼ばれていた少女は苦笑しながら応えを返す。
「気にしてくれなくても良いですよ。今まででも十分、貴女は私の為に苦労してくれたんですから。そんな貴女が大事な人のために使う願いというのなら、私は何も言うことは無いです」
「……ありがとう」
親愛の情を込めて、かつて勇者と呼ばれていたセラは返事を返した。
しばし、沈黙が二人の間に流れた。
だがやがて、二アはセラへと確認するかのような口調で尋ねた。
「賢人会が自分達の息の掛かった人を優勝させる為に、こんなことをしたんでしょうか?」
「それもあるでしょうね」
セラは、シーザの髪をすくようにして頭を撫でながら応えを返す。
「それと同時に、お祭バトルに出ている者で可怪しな者が居るかどうかの試しもあるのでしょうね。それこそ、普通の人間の振りをして勇者や神が出てきているかどうか、とかもあるのでしょう。
だから、今回のお祭バトルは私はここで諦めます。薬を盛られた物を口にしておきながら平気で出て行ったら、確実に目をつけられるでしょうから」
「……必死ですね、賢人会も」
「それはそうでしょうね。なにしろ私や貴女に関わる情報は、ほぼ全てこの世から消滅したんですから。残っているのは、私や貴女がした結果に関するおぼろげな情報だけ。
それこそ、私や貴女を再び造り出す方法すら消滅したんです。
咽喉から手が出るほど欲しいでしょうね、私たちに関する情報は」
僅かに考えるような沈黙が過ぎた後、二アは再び口を開く。
「……大丈夫でしょうか、本当に。時々思うんです、私や貴女、それに類するモノがまた賢人会で造られるんじゃないかって」
「それは無いですよ――」
即座に、二アを安心させるような確固たる口調でセラは応える。
「いずれ、私たちのようなモノは造り出されるかも知れませんが、私たちに類するものは産まれてくることは無いですよ。何しろ、未来永劫、この世界では私たちに関する直接的な記録は保存され続けることは無いんですから。その為に、貴女の三つの願いの一つを使い潰したんですからね」
それは、祭の中で行われる勝負事に勝った者の個人的な願いが叶えられるようなお祭が出来る世界にして欲しい、という願いの次に叶えた願いであった。
セラの言葉通り、勇者や神、それらに関わる情報が記録されない世界にして欲しいという願いである。これによりセラと二アに関するほぼ全ての情報は、記憶であれば時間の経過と共に完全に消え去り、何らかの記録媒体に記した物ですら時間経過と共に自然消滅するのである。
それはすでに法則としてこの世界に刻まれている。その為、一時的に抗うことは出来たとしても抗い続けることは出来ない絶対の物として存在していた。
「大丈夫ですよ。仮に、貴女に叶えて貰った願いに抵抗し続けようと思ったなら、それこそ最低でも魔王クラスの力は必要ですから。誰も、私たちのことを覚えている者は居ませんよ」
どこか自分を納得させるようにセラは言葉を続けた。その言葉に、
「そうですね……そう思います。でも、それは――」
二アはシーザを見詰めながら告げる。
「シーザさんにも、貴女が勇者だったということを伝えられない。
ううん、伝えることはできるし、ほんの僅かな間だけなら、覚えておいてくれるかもしれない。
でも、必ずそのことは忘れてしまう。絶対に」
それは、ある意味呪いのような物であると言えた。
セラや二ア、二人のこと自体は覚え続ける事は出来るだろう。
だが、彼女達が勇者であり神であった、それに関する情報は聞く事が出来たとしても覚え続ける事は出来はしない。
たとえ忘れても良いように紙などに記した所で、記した筈の文字すらいつの間にか消え失せてしまうのだ。
かつての自分達のことを確かに覚えておいてくれる者が誰一人としていない世界。
それが、神であった二アが叶え、そして勇者であるセラが願ったことであった。
「後悔してますか?」
二アのこの問い掛けに、セラの答えは淀みの無い物だった。
「いいえ、僅かばかりも」
シーザに優しい眼差しを向けながら、言葉を続ける。
「賢人会に、余計な力は可能な限り持たせない方が良いですから。そうでなければ、またあれらは新しい魔王のような何かを造り上げてしまう。
まだ無い物ならば、新たに造り出そうとするでしょう。
けれど、すでに自分達が必要とする者をかつて手にしていた、その事実を知っている以上、新たに造り出すよりもかつて造り出した者の再現をすることに力を裂くでしょう。
それは、ある程度の抑止力になります。かつて魔王が、意図せずにそうであったように。
魔王が死んで、自由に世界中の物資や魔力を賢人会が使えるようになった今、何らかの抑止力は絶対に必要です。最悪、私が魔王の代わりをする必要さえ出てくるかもしれません」
「……だから、後悔はしていないんですか」
「ええ。ただ――」
セラはシーザをいとおしそうに見詰めながら、想いを吐き出した。
「酷く、悲しい。それも、事実ですけれどね」
その言葉を聞くことは出来ず眠りに落ちていたシーザは一人、夢を見ていた。
かつての懐かしい、子供の頃の夢を。
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