祭りをするのはアナタの為に

笹村

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本章 九

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「ん……――」

 頭の中がハッキリしない。ぼやけた意識の中、オレは小さく声を上げる。すると、

「気が付きましたか?」

 心地好いと思える声が聞こえてくる。

 誰だろう?

 ぼやける頭で、自分を見つめる彼女の顔を見てようやく思い出せる。

「セラ、さん?」

 名前を呼んだだけだというのに、セラさんは泣き出してしまうんじゃないかって思えるぐらい安心した表情で返事を返してくれる。

「好かった、何も無いみたいで。ビックリしたんですよ、急に寝てしまうから」

 その言葉に、ぼやけた頭に今の状況が思い出せてくる。
 そうだ、急に眠気が襲ってきてそれで我慢できずに寝てしまって――

「いま、どれぐらい過ぎてるんですか、時間」

 血の気が引くような感覚に包まれる。地面の底から見えない手が伸びてきて引っ張られているのかと思えるほどだ。きっと今オレの表情は強張っている筈だ。
 そんなオレに、セラさんは穏やかな声で応えてくれた。

「もう、間に合いませんね。まだお祭バトル自体は続いているみたいですけれど、私たちが行かなくても始まっているみたいです。そうでしょう、二ア」

 視線を動かす。セラさんの横に座るようにして居る二アちゃんへと視線を向けると、彼女は泣き出しそうな表情で応えてくれた。

「えぇ……開始時間に間に合わない人は、参加資格が無くなっちゃうそうです。訊きに行ったら、そう応えられましたから。だから、勝手に進んじゃってます。二人は出ていないのに」

 その応えに、虚脱感に包まれる。変だなって、そう思う。
 大した願いじゃないって、何度も何度も自分で言い聞かせていたのに、叶える機会が一つ無くなったって思い知らされたら、意識が真っ白になりそうなぐらいに何も考えられない。

 だから、気付く。自分で自分に嘘をついていたんだって事を。
 大した願いじゃないなんて大嘘だ。たとえそれがどれほど他人から見れば下らないと思えたとしても、自分にとってはどうしても叶えたい願いだったんだって、叶えられる事がないって分かってようやく認める事が出来た。

 涙が、流れてしまいそうになる。きっと、一人だけなら我慢できなかった筈だ。
 けれど、今は違う。セラさんと二アちゃんが傍に居るんだ。自分勝手な想いで悲しんでいる所なんて、二人に見せる訳にはいかない。そんな物を二人に感じさせる訳にはいかないんだ。

 そう思ってから、ようやく気付く。
 オレは、間に合わなかった。けれどそれは、セラさんも同じだって事に。

「……ごめんなさい」

 謝ることしか出来ない自分が情けなかった。きっと、セラさんにも叶えたい願いがあった筈だ。だからこそ、この場所に来た筈なんだ。それなのに、彼女はそれを叶えるチャンスを無くしてしまった。それはきっと、オレのせいで。

 謝る以外になんて言葉を口にすれば良いのかが分からない。それでも何かを言わなきゃいけないって、必死に言葉を捜そうとする。けれど、

「いいんですよ、謝ってくれなくても」

 そっとオレの頭を撫でながら、セラさんはそう言ってくれた。

「貴方に何も無かったことの方が私は嬉しいんですから。だから、気にしてくれなくてもいいですよ」
「でも、それじゃ……」

 優しいセラさんの言葉を、オレは受け入れる事が出来ないでいた。だって、オレのせいなのは確かなんだから。でも、何を言えば良いのか、どうすれば償えるのかが分からない。
 何一つ出来やしない。ダメだって、そう思う。
 そんなオレを見詰めていたセラさんは、小さく苦笑する。

「かわいい人ですね、貴方は本当に」

 それは心地好くて、何故だかいとおしいと思ってしまう笑顔だった。

 その笑顔に、心が奪われる。
 罪悪感は消えてはくれないけれど、それでも、その笑顔に見惚れてしまう。そんなオレに、彼女は言葉を続けてくれた。

「いいんですよ、本当に。叶えたい願いなんて、本当はもう無いんですから、私には」

 どこか寂しそうに、彼女は続ける。 

「昔ね、私はある男の子に会ったことがあるんです。その子は、ある意味私の恩人なんですけれどね……その子が居てくれたお陰で、その子と関わる事が出来たお陰で、今の私があるような物なんです。そうでなければ、きっと私は今の私とはずいぶん違う自分になっていたと思います。
 だから私は、その子の為に何かしてあげたいって、そう願っていたんです――
 意味の無い事だって、今では思い知らされているんですけれどね」

 息をつくように、自分の想いを確認するような間を空けて、彼女は続ける。

「意味が無いんです、本当に。その子の為に何かをしてあげようと思っていたんですけれど、その子には必要なかったんです、そんな物は。
 私が手助けする必要なんか無くて、その子はその子自身の力で自分のことは出来る子だったんです。ううん、余計な事はしない方が好いって、余計なことをしてから思っちゃいましたけど……。
 だから、私の願いはもう叶っちゃってるんです。その子が自分自身の力で立派に生き続けている時点で。だから、貴方が気にする必要なんてないんですよ。私の願いは、意味の無い物なんですから」

 彼女は、本当にそう思っているんだろうって思えるぐらい平然と、そう言った。
 その言葉に、胸がざわざわとした。我慢する事が出来ないぐらい、何かを言わなきゃいけないって、そう思った。だから、オレは彼女へ呼び掛ける。

「そんなこと、ないですよ」

 断言するように、オレは言い切る。

「意味が無いなんて、そんなこと無いです。だって、セラさんはその子のことを想っているんでしょう? それは、役に立つとか立たないとか、そんな事とは関係なくて、だから、その――」

 言葉がまとまってくれない。セラさんに言いたいことは心の中にある。けれどそれを形にすることも出来ないし、誰にでも納得して貰えるだけの確かさを込めることなんて出来はしない。けれどそれでも、オレは彼女に言いたかった。

「意味はあるんです、きっと。何かをしてあげることは出来なくても、伝える事が出来なくったって、誰かのことを想うことは意味の無いことじゃない筈です。絶対に」

 想っている事の全部を言葉には出来ない。きっと取りこぼした想いもあるし、今のオレの言葉は何の力の無い物なんだろう。でもそれでも、何かをセラさんには言ってあげたかった。

「……本当に、貴方は――」

 セラさんは、どこか泣き出しそうな眼差しでオレを見詰める。オレの言葉で、少しでも気が楽になってくれたんだろうか。そうであれば好いって、オレは思う。

「そうですね。意味はあるのかもしれませんね。想うだけでも……――
 ふふ、好い物ですね。たまには、自分の想いを誰かに聞いて貰うのは。
 ありがとう、気分が楽になりました。それだけでも、ここに来た甲斐があります」

 オレの頭を撫でながら、セラさんはそう言って嬉しそうに笑ってくれた。

 ……好かった。オレの言葉でも、セラさんの気が楽になってくれるのなら、それはきっと意味のあることだったんだろう。本当に、好かった……なのだけれど、

「あの――」
「はい? どうかしました? 顔が赤いですけれど」

 気のせいか、どこか今のセラさんの声には楽しそうな響きがあった。
 うぅ、絶対分かってるのにすっとぼけてる。

「その、頭、撫でるのは、そろそろ止めて欲しいなぁって……さすがに、恥ずかしいです」
「え~? そうですか? 私は楽しいんですけれど。ふふ、シーザさん、髪は柔らかくてさらさらしてるんですね~。手触りが好くって気持ち好いです」
「いや、その、犬や猫じゃないんですから、勘弁してください」
「そうですよ、セラさん。男の人相手にそんな事するのは可哀想ですよ」
「そんなことないですよ。私は好きですよ、頭を撫でられるの。撫でるのも好きですけど。二アも好きでしょう? 貴女も撫でてあげますか?」
「……いえ、しないです、そんなこと」

 ……なんでちょっと間が空いたんだろ。
 まさか、二アちゃんも撫でたかったとか……本気でそれは勘弁して欲しい。
 そんなことを思いながら、恥ずかしさで顔を熱くしているオレを見てセラさんは苦笑すると、

「まぁ、これぐらいにしてあげます。これで貴方を介抱してあげた借りはチャラってことで」
「ぇ、って、こんなことで良いんですか」
「ええ、もちろん。私が好いって言ってるんですから、これ以上は気にしちゃダメですよ。本当に、これでお終いです――」

 そこまで言うと、セラさんはちょっとだけ何かを思い出すような間を空けていたけれど、やがて、

「そういえば、約束が残っていましたね。覚えていますよね? 全部が終わったら、お互いの願いを教えあおうって。終わることすら出来ませんでしたけど、だから、約束だけでも守りたいです。
 教えてくれませんか? 貴方の願いが、何だったのかを」

 ……あぁ、そうだ。そんな約束を、オレはしたんだ。もうすでにセラさんの願いは教えて貰っている。なら、約束を守る為には話さなきゃいけない。オレの、オレが叶えたいって想っていた願いを。

 だからオレは、想いを口にした。
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