何もしてない無自覚聖女が、国を滅ぼし『建国の女神』と称えられるまで

越智屋ノマ

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何もしてない無自覚聖女が、国を滅ぼし『建国の女神』と称えられるまで

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「聖女サーシャ・クロア! 貴様との婚約を破棄する!!」

婚約者のジョシュア王太子殿下は、宮廷のダンスパーティの最中にそう叫んだ。
いきなりどうしたのだろう……? 私は、ただただ『ぽか~ん』としていた。

「婚約破棄……ですか? 私、非礼なことなど何もしていないと思うのですが」

「なんだその間抜け面は!! ちょっとばかり可愛い顔をしているからって調子に乗るな。お前は私に愛される努力をしなかった! お前程度の美人はこのナリス王国には五万といるぞ。そしてお前など、このファーミアの足元にも及ばない!」

そう言って、殿下は公爵令嬢のファーミア・オルテ様を抱き寄せた。妖艶な美貌のファーミア様は国一番の美姫といわれていて、日頃から殿下にちょっかいを出していた。

まぁ、平民の私より公爵家の美姫のほうが冷静に考えて合っているよね、というくらいは私も普通に思っていた。
それでも私は、彼の婚約者だった。
その理由は――

「でも、殿下。私に求愛なさったのは、殿下でしたよね。それに【この国に一人しかいない聖女】を王家の血筋に取り入れることは国益になるとかで、国王陛下からの勅命が……」

「ふん! かつての愛に縋るとは浅はかだな、貴様への愛などとっくに冷めた。父上も、お前のような無価値な女はむしろ王家に迎えるべきではないと考えを改められた!」
「――その通りだ、偽聖女サーシャよ」

国王の声が響いた方向に、一同が振り返る。
国王は、蔑みの目でサーシャを見つめていた。

「……私が偽聖女?」
「そうだ。聖痕を持って生まれた貴様を、大陸教の聖典に記される【聖女】としてこれまで扱ってきたが――それも今日で終わりだ。貴様には存在価値がないのだから」

存在価値?

「国内で誰ひとり扱える者のいなかった回復魔法を、貴様は幼少時から自在に扱えていた。そんな貴様を、わしは聖女と信じて疑わなかったのだ。しかし最近はわしを含めたすべての国民が、回復魔法を当然のように使えるようになった!!」

「はぁ……」

「加えて、魔物の出現報告もここ数年は一件も見られない。聖なる力で溢れるわが国には、魔物も湧かなくなったのだ。人々を癒し魔物を祓うという聖女の仕事を、貴様はまったくしなくなった。そうであろう?」

それはそうだ。
全員が自分で回復できて、魔物が一匹も湧かなくなったのだから私の出番はない。

「つまり貴様はたまたま、他の皆より早く回復魔法に目覚めただけではないか! なのに平民風情が聖女としてわしを欺くとは、許せぬ! よって貴様とジョシュアとの婚約を破棄の上、死霊の森への追放を命じる!!

「死霊の森……!?」
これまで冷静に聞いていた私だが、死霊の森と聞いてさすがに顔がこわばった。
死霊の森への追放は、ギロチン刑より重い死罪であるからだ。

隣国との西の国境を隔てる広大な『死霊の森』は、その名の通り死霊の巣窟で、聖なる力の一切効かない不浄の場所として知られている。
踏み込んだ者は憑り殺され、森を抜けることは不可能。
だから、大陸の覇者たる隣国・グムンド帝国もこのナリス王国に踏み込むことができずにいるのだ。

「そんな……まさか、死霊の森への追放刑だなんて! 私、何もしていないのに……」
「何もしていないのが罪なのだ!! 衛兵、この女を引っ立てよ!」 


抵抗の余地もなく私は投獄されて、そしてすみやかに追放刑が執行された。


     *

「うぅ…………ひどいよぅ」
食料も水も与えられず、本当に身ひとつで死霊の森に放り込まれてしまった。

薄暗くて光がほとんど射さず、動物の気配がない。
死そのものが草木をかたどったような、不吉な森だ。

「私、何もしてないのに……」

何もしないから罪なのだ、と国王は言った。
たしかに、回復魔法を皆が使えるようになり、魔物も出なくなって以来、聖女の役目はなくなってしまった。
それなら貧しい人々のために炊き出しや読み書きを教えたりしましょうか!? と申し出たのに、聖女の威厳に傷がつくから余計なことはするなと叱られた。
大聖堂で厳かに祈り、回復や浄化の光を国内に注ぐのがお前の仕事なのだ、と言われていた。

愛される努力をしない貴様が悪いのだ、ともジョシュア殿下は言っていた。
まぁ、確かにそういう努力はしなかった。

ファーミア様みたいに、色っぽくしなだれかかったり豊満なお体で殿下に擦り寄ったりする、ああいうのを努力というのだろう。

……でも好きっていう気持ち、よく分からないんだもん。色気、ないし。絶壁だし。

つまり私は、聖女としても王太子婚約者としても、何もしないダメな存在だったのだろう。

「うぅ。ごめんなさい」

とぼとぼとぼ。
薄暗い森を延々と歩き続ける。




…………長くない?

死霊の森では、あっという間に憑り殺されると聞いたけれど?
まったく死霊が出てきませんが?
もう、2時間近く歩いているのに。

おなかが減って木の実を食べたり川の水を飲んだりしたけれど、命に別状はなかった。
真っ暗な場所に回復魔法の発動光を注ぎ込んで様子を眺めてみたけれど、何もない。



おかしいなぁ。と思いつつ、私の森暮らしは10日ほど続いていた。さ迷い歩いているうちに、木々の密度が減ってきた。森の出口に近づいているらしい。
――すると、そのとき。

「!?」


血まみれの男性が倒れている。
彼の歩いてきた道には、足を引きずった跡と血のすじが……。
お腹や手足から血を流し、重傷の身を引きずって歩いてきたかようだった。

「大丈夫ですか!?」
私は彼を助け起こし、全力の回復魔法を掛けた。
土気色をしていた彼はみるみるうちに血色を取り戻し、全身の傷も癒えていく。

「ぅ………………。あなた、は?」
彼は重たそうにまぶたを開け、私を見つめた。

ずきゅ。と、心臓を射抜かれる音が私には聞こえた。
切れ長の目に輝く、澄み切った紫の瞳。
すっと高く通った鼻梁。
凛々しくも涼やかな眉。
端正な顔立ち。
私は。
私は生まれて初めて、恋に落ちていた………………。

   *

彼の名はレオカディオ。
私は彼に、生まれてから今までのことをすべて話した。
彼もまた、私にすべてを話してくれた。
私達はあっという間に打ち解けて、いっしょに森で暮らすようになった。
『死霊の森』と呼ばれているのが信じられないくらい、ここは普通の森だった。
しかも日が経つごとに森に色々な花々が咲くようになり、虫や獣、命の気配が濃くなってきて。
レオと私は夫婦になって愛し合い、慎ましくも幸せな生活を送っていた。



そして、5年後…………。


     ***


私は旧ナリス王国の王城で、レオと並んで玉座に座っていた。

「ど。どどど。どうして。こんなことに……!?」
王妃の豪奢なドレスを纏い、私はがくがくブルブルだった。

そんな私の耳元に、優しい声でレオが囁く。
「大丈夫だから、落ち着いて。君は『建国の女神』なんだから、ゆったり笑っていればいい」

レオは立ち上がり、私の手をとってバルコニーへと向かった。
バルコニーからは、王城前にひしめく民の姿が見える。

「――臣民たちよ! 私がこの国の新たな王となる、レオカディオ・デ・アルカデュオスだ」

わぁ――――!!! という人々の歓声が響く。
私は最大限の笑顔を作って、人々に手を小さく振った。

「これは我が愛妃サーシャ。5年前に愚かなる亡国王家に追放された、真なる聖女・サーシャである!!」

わぁあああああああああ――――!!! と、さらなる大歓声。
「聖女様! 聖女様――――!」
「聖女様がお戻りになられたぞぉぉぉぉお!」


レオは、声を響かせた。
「聖女の加護に気付かぬ愚王に翻弄されて、苦難の日々を強いられた者たちよ。もはや心配はいらない。私はここに、新国の設立を宣言する!!」



   *

事の次第は、こうだった。

私が追放された後、ナリス王国の人々は徐々に回復魔法を使えなくなっていったらしい。
それと同時に、国内に魔物が大量発生するようになった――これまで国中にあふれていた回復魔法の聖なる光が失われたのが原因だそうだ。

回復魔法を失い魔物の被害で弱体化したナリス王国は、西の強国であるグムンド帝国に滅ぼされてしまった。王族は残らず処刑されたという。

これまで攻めてこなかったグムンド帝国が、なぜいきなりナリス王国を侵略してきたかというと――


バルコニーで臣民に手を振りながら、私はレオに囁いていた。
「まさか私が、知らないうちに『死霊の森』を浄化していたなんて思わなかったわ」
「君は本当に、無自覚のうちに色んな奇跡を重ねていたんだね」
くすり。とレオが微笑みかける。
その美貌は、5年連れ添った今でも私をときめかせるのだ。


どうやら聖女というのは、存在するだけで加護が発動するものらしい。
私がナリス王国に生まれたことで、じわじわと時間をかけて国民すべてに聖なる魔法を賦与されていった。
死霊の森に一体も死霊が出ず、日が経つごとに命あふれる普通の森になっていったのも、私の加護の影響だそうだ。


死霊の森が『ただの森』になったことで、ナリス王国とグムンド帝国を隔てる壁がなくなった。その結果、グムンド帝国に滅ぼされてしまったのだ。


「それにしても。レオがグムンド帝国の王子様だと知ったときは驚いたわ……」

レオはグムンド帝国の第5王子。妾腹の子でありながら多才で人望も厚く、彼の存在を疎んだ兄王子たちの姦計で重傷を負わされ、死霊の森に捨てられたのだという。

ナリス王国を侵略し、悪逆の限りを尽くすグムンド帝国。
レオは、母国の暴走を許せなかった。
だから私はレオを支え、レオと共にグムンド帝国内の反乱分子を纏め上げることにしたのだ。
レオの活躍でグムンド帝国は正しく舵を取り直し、そして旧ナリス王国を母体にしてレオが新国を設立することとなった。


「レオカディオ陛下万歳!! サーシャ聖王妃陛下万歳!」
「万歳――!!」

人々の声を聞きながら、私はレオの横顔を見た。
とても満ち足りた、優しげな目で彼は臣民たちを見ている。

「……本当に。こんなことになるなんて。私は何もしていないのに、ただただびっくりです」
「何もしていない? そんなことはないよ、サーシャ。君はいつだって私を救ってくれたじゃないか」

――そうかしら。
私はただ、あなたのそばにいるだけなのに。

幸せに満たされて、私は彼に寄り添っていた。
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