3 / 5
第3話:表
しおりを挟む
ある日、私は出かけることにした。
――親友に会うために。
彼女の住まいは王宮だけれど、今の私が足を踏み入れるのは流石に憚られる。だから私は、王都の一角にあるとある場所を待ち合わせ場所に選んだ。王侯貴族が私的な商談などに用いる、会員制の小さなサロンだ。
先に到着し、彼女は個室の席に一人でついた。ほどなくして、扉が静かに開く。
「久しぶりね、ルクレツィア!」
すっと伸びた黒髪。控えめな装いながらも隠し切れない気品を纏った清楚な美女が、表情を輝かせる。
「アリアンヌ様!」
私たちは互いに歩み寄り、しっかりと手を取り合った。
彼女は王女アリアンヌ。……グレゴリオ殿下の異母妹だ。
「あら。学生の頃みたいに『アリィ』と呼んで」
「ええ。アリィ……!」
彼女は小さく笑うと、背後に目配せして侍女を下がらせた。
このサロンは、貴族の取引や密約にも使われる場所だ。壁は厚く、外には一切響かない。それでも声を潜めて、私は尋ねた。
「アリィ。状況は、どうですか?」
アリィの表情が曇る。
「……すべて、パトリシアの手紙の通りになっているわ」
――パトリシア。
その名を聞いた瞬間に、胸の奥がずきりと傷んだ。アリィも私も、眉を寄せて視線を落とす。
パトリシア・トリスタン辺境伯令嬢は、学園時代のもう一人の親友だった。
燃えるような赤毛の色とは裏腹に、物静かで、決して自ら前に立とうとはしない子。恋愛小説が大好きで、夢見る乙女の表情でいつも読みふけっていた。
……でも、『パトリシア・トリスタン』はもういない。
王家の横暴に巻き込まれたトリスタン辺境伯家は罪をでっちあげられ、爵位を奪われて取り潰された。消息不明だったパトリシアから、私のもとへ一通の手紙が届いたのは一年ほど前のことだ。
――『アリィ様にもお見せしたら、すぐに燃やして』
そう書き添えられていた手紙の内容。今思い出しても、ぞっとする。
アリィは顔を上げ、静かに言った。
「わたくしは、パトリシアの遺言を受け入れるわ。王家を変えてみせる。……それが、王家に生まれたわたくしの責任だから」
「アリィ……」
「密かに準備を進めているの。お父様たちには気づかれず、協力者を集めているわ。民を巻き込まないように……苦しませるのは、パトリシアで終わりよ」
アリィは私を見て、悲しげに笑った。
「わたくしって、ひどい偽善者ね。あの子を犠牲にすることを……とっくに、受け入れてしまったんだもの」
「そんなことありません。アリィにはアリィにしかできない役割がある、それだけです」
「――ありがとう」
決意のこもった表情で、アリィは頷いた。
「でもルクレツィア、あなたの役割はもう充分よ。これまで、あの兄の婚約者で大変だったでしょう? これからは、あなた自身の人生を生きて――」
「いいえ、私もまだ終われません」
「……ルクレツィア?」
私はアリィの手をぎゅっと握り、まっすぐに見つめた。
「私も。自分にはまだ、役割があると信じているんです」
アリィは怪訝そうに眉をひそめた。
「……何を考えているの?」
「まだ言えません。でも、どうか私を信じてください」
――親友に会うために。
彼女の住まいは王宮だけれど、今の私が足を踏み入れるのは流石に憚られる。だから私は、王都の一角にあるとある場所を待ち合わせ場所に選んだ。王侯貴族が私的な商談などに用いる、会員制の小さなサロンだ。
先に到着し、彼女は個室の席に一人でついた。ほどなくして、扉が静かに開く。
「久しぶりね、ルクレツィア!」
すっと伸びた黒髪。控えめな装いながらも隠し切れない気品を纏った清楚な美女が、表情を輝かせる。
「アリアンヌ様!」
私たちは互いに歩み寄り、しっかりと手を取り合った。
彼女は王女アリアンヌ。……グレゴリオ殿下の異母妹だ。
「あら。学生の頃みたいに『アリィ』と呼んで」
「ええ。アリィ……!」
彼女は小さく笑うと、背後に目配せして侍女を下がらせた。
このサロンは、貴族の取引や密約にも使われる場所だ。壁は厚く、外には一切響かない。それでも声を潜めて、私は尋ねた。
「アリィ。状況は、どうですか?」
アリィの表情が曇る。
「……すべて、パトリシアの手紙の通りになっているわ」
――パトリシア。
その名を聞いた瞬間に、胸の奥がずきりと傷んだ。アリィも私も、眉を寄せて視線を落とす。
パトリシア・トリスタン辺境伯令嬢は、学園時代のもう一人の親友だった。
燃えるような赤毛の色とは裏腹に、物静かで、決して自ら前に立とうとはしない子。恋愛小説が大好きで、夢見る乙女の表情でいつも読みふけっていた。
……でも、『パトリシア・トリスタン』はもういない。
王家の横暴に巻き込まれたトリスタン辺境伯家は罪をでっちあげられ、爵位を奪われて取り潰された。消息不明だったパトリシアから、私のもとへ一通の手紙が届いたのは一年ほど前のことだ。
――『アリィ様にもお見せしたら、すぐに燃やして』
そう書き添えられていた手紙の内容。今思い出しても、ぞっとする。
アリィは顔を上げ、静かに言った。
「わたくしは、パトリシアの遺言を受け入れるわ。王家を変えてみせる。……それが、王家に生まれたわたくしの責任だから」
「アリィ……」
「密かに準備を進めているの。お父様たちには気づかれず、協力者を集めているわ。民を巻き込まないように……苦しませるのは、パトリシアで終わりよ」
アリィは私を見て、悲しげに笑った。
「わたくしって、ひどい偽善者ね。あの子を犠牲にすることを……とっくに、受け入れてしまったんだもの」
「そんなことありません。アリィにはアリィにしかできない役割がある、それだけです」
「――ありがとう」
決意のこもった表情で、アリィは頷いた。
「でもルクレツィア、あなたの役割はもう充分よ。これまで、あの兄の婚約者で大変だったでしょう? これからは、あなた自身の人生を生きて――」
「いいえ、私もまだ終われません」
「……ルクレツィア?」
私はアリィの手をぎゅっと握り、まっすぐに見つめた。
「私も。自分にはまだ、役割があると信じているんです」
アリィは怪訝そうに眉をひそめた。
「……何を考えているの?」
「まだ言えません。でも、どうか私を信じてください」
398
あなたにおすすめの小説
何か、勘違いしてません?
シエル
恋愛
エバンス帝国には貴族子女が通う学園がある。
マルティネス伯爵家長女であるエレノアも16歳になったため通うことになった。
それはスミス侯爵家嫡男のジョンも同じだった。
しかし、ジョンは入学後に知り合ったディスト男爵家庶子であるリースと交友を深めていく…
※世界観は中世ヨーロッパですが架空の世界です。
「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります
恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」
「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」
十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。
再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、
その瞬間に決意した。
「ええ、喜んで差し上げますわ」
将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。
跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、
王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。
「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」
聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
知らぬはヒロインだけ
ネコフク
恋愛
「クエス様好きです!」婚約者が隣にいるのに告白する令嬢に唖然とするシスティアとクエスフィール。
告白してきた令嬢アリサは見目の良い高位貴族の子息ばかり粉をかけて回っていると有名な人物だった。
しかも「イベント」「システム」など訳が分からない事を言っているらしい。
そう、アリサは転生者。ここが乙女ゲームの世界で自分はヒロインだと思っている。
しかし彼女は知らない。他にも転生者がいることを。
※不定期連載です。毎日投稿する時もあれば日が開く事もあります。
今さら救いの手とかいらないのですが……
カレイ
恋愛
侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。
それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。
オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが……
「そろそろ許してあげても良いですっ」
「あ、結構です」
伸ばされた手をオデットは払い除ける。
許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。
※全19話の短編です。
母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。
なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。
『彼を解放して!』とおっしゃいましたが、何から解放されたいのですか?
シエル
恋愛
「彼を解放してください!」
友人たちと教室に戻ろうとしていると、突如、知らない令嬢に呼び止められました。
「どなたかしら?」
なぜ、先ほどから私が問いかける度に驚いているのでしょう?
まるで「え!?私のこと知らないの!?」と言わんばかりですけれど、知りませんよ?
どうやら、『彼』とは私の婚約者のことのようです。
「解放して」とおっしゃっいましたが、私の目には何かに囚われているようには見えないのですが?
※ 中世ヨーロッパモデルの架空の世界
※ ご都合主義です。
※ 誤字、脱字、文章がおかしい箇所は気付いた際に修正しております。
悪役令嬢が残した破滅の種
八代奏多
恋愛
妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。
そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。
その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。
しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。
断罪した者は次々にこう口にした。
「どうか戻ってきてください」
しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。
何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。
※小説家になろう様でも連載中です。
9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。
愛に代えて鮮やかな花を
ono
恋愛
公爵令嬢エリシア・グローヴナーは、舞踏会の場で王太子アリステアより婚約破棄を言い渡される。
彼の隣には無垢な平民の娘、エヴァンジェリンがいた。
王太子の真実の愛を前にしてエリシアの苦い復讐が叶うまで。
※ハッピーエンドですが、スカッとはしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる