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第3話:表
ある日、私は出かけることにした。
――親友に会うために。
彼女の住まいは王宮だけれど、今の私が足を踏み入れるのは流石に憚られる。だから私は、王都の一角にあるとある場所を待ち合わせ場所に選んだ。王侯貴族が私的な商談などに用いる、会員制の小さなサロンだ。
先に到着し、彼女は個室の席に一人でついた。ほどなくして、扉が静かに開く。
「久しぶりね、ルクレツィア!」
すっと伸びた黒髪。控えめな装いながらも隠し切れない気品を纏った清楚な美女が、表情を輝かせる。
「アリアンヌ様!」
私たちは互いに歩み寄り、しっかりと手を取り合った。
彼女は王女アリアンヌ。……グレゴリオ殿下の異母妹だ。
「あら。学生の頃みたいに『アリィ』と呼んで」
「ええ。アリィ……!」
彼女は小さく笑うと、背後に目配せして侍女を下がらせた。
このサロンは、貴族の取引や密約にも使われる場所だ。壁は厚く、外には一切響かない。それでも声を潜めて、私は尋ねた。
「アリィ。状況は、どうですか?」
アリィの表情が曇る。
「……すべて、パトリシアの手紙の通りになっているわ」
――パトリシア。
その名を聞いた瞬間に、胸の奥がずきりと傷んだ。アリィも私も、眉を寄せて視線を落とす。
パトリシア・トリスタン辺境伯令嬢は、学園時代のもう一人の親友だった。
燃えるような赤毛の色とは裏腹に、物静かで、決して自ら前に立とうとはしない子。恋愛小説が大好きで、夢見る乙女の表情でいつも読みふけっていた。
……でも、『パトリシア・トリスタン』はもういない。
王家の横暴に巻き込まれたトリスタン辺境伯家は罪をでっちあげられ、爵位を奪われて取り潰された。消息不明だったパトリシアから、私のもとへ一通の手紙が届いたのは一年ほど前のことだ。
――『アリィ様にもお見せしたら、すぐに燃やして』
そう書き添えられていた手紙の内容。今思い出しても、ぞっとする。
アリィは顔を上げ、静かに言った。
「わたくしは、パトリシアの遺言を受け入れるわ。王家を変えてみせる。……それが、王家に生まれたわたくしの責任だから」
「アリィ……」
「密かに準備を進めているの。お父様たちには気づかれず、協力者を集めているわ。民を巻き込まないように……苦しませるのは、パトリシアで終わりよ」
アリィは私を見て、悲しげに笑った。
「わたくしって、ひどい偽善者ね。あの子を犠牲にすることを……とっくに、受け入れてしまったんだもの」
「そんなことありません。アリィにはアリィにしかできない役割がある、それだけです」
「――ありがとう」
決意のこもった表情で、アリィは頷いた。
「でもルクレツィア、あなたの役割はもう充分よ。これまで、あの兄の婚約者で大変だったでしょう? これからは、あなた自身の人生を生きて――」
「いいえ、私もまだ終われません」
「……ルクレツィア?」
私はアリィの手をぎゅっと握り、まっすぐに見つめた。
「私も。自分にはまだ、役割があると信じているんです」
アリィは怪訝そうに眉をひそめた。
「……何を考えているの?」
「まだ言えません。でも、どうか私を信じてください」
――親友に会うために。
彼女の住まいは王宮だけれど、今の私が足を踏み入れるのは流石に憚られる。だから私は、王都の一角にあるとある場所を待ち合わせ場所に選んだ。王侯貴族が私的な商談などに用いる、会員制の小さなサロンだ。
先に到着し、彼女は個室の席に一人でついた。ほどなくして、扉が静かに開く。
「久しぶりね、ルクレツィア!」
すっと伸びた黒髪。控えめな装いながらも隠し切れない気品を纏った清楚な美女が、表情を輝かせる。
「アリアンヌ様!」
私たちは互いに歩み寄り、しっかりと手を取り合った。
彼女は王女アリアンヌ。……グレゴリオ殿下の異母妹だ。
「あら。学生の頃みたいに『アリィ』と呼んで」
「ええ。アリィ……!」
彼女は小さく笑うと、背後に目配せして侍女を下がらせた。
このサロンは、貴族の取引や密約にも使われる場所だ。壁は厚く、外には一切響かない。それでも声を潜めて、私は尋ねた。
「アリィ。状況は、どうですか?」
アリィの表情が曇る。
「……すべて、パトリシアの手紙の通りになっているわ」
――パトリシア。
その名を聞いた瞬間に、胸の奥がずきりと傷んだ。アリィも私も、眉を寄せて視線を落とす。
パトリシア・トリスタン辺境伯令嬢は、学園時代のもう一人の親友だった。
燃えるような赤毛の色とは裏腹に、物静かで、決して自ら前に立とうとはしない子。恋愛小説が大好きで、夢見る乙女の表情でいつも読みふけっていた。
……でも、『パトリシア・トリスタン』はもういない。
王家の横暴に巻き込まれたトリスタン辺境伯家は罪をでっちあげられ、爵位を奪われて取り潰された。消息不明だったパトリシアから、私のもとへ一通の手紙が届いたのは一年ほど前のことだ。
――『アリィ様にもお見せしたら、すぐに燃やして』
そう書き添えられていた手紙の内容。今思い出しても、ぞっとする。
アリィは顔を上げ、静かに言った。
「わたくしは、パトリシアの遺言を受け入れるわ。王家を変えてみせる。……それが、王家に生まれたわたくしの責任だから」
「アリィ……」
「密かに準備を進めているの。お父様たちには気づかれず、協力者を集めているわ。民を巻き込まないように……苦しませるのは、パトリシアで終わりよ」
アリィは私を見て、悲しげに笑った。
「わたくしって、ひどい偽善者ね。あの子を犠牲にすることを……とっくに、受け入れてしまったんだもの」
「そんなことありません。アリィにはアリィにしかできない役割がある、それだけです」
「――ありがとう」
決意のこもった表情で、アリィは頷いた。
「でもルクレツィア、あなたの役割はもう充分よ。これまで、あの兄の婚約者で大変だったでしょう? これからは、あなた自身の人生を生きて――」
「いいえ、私もまだ終われません」
「……ルクレツィア?」
私はアリィの手をぎゅっと握り、まっすぐに見つめた。
「私も。自分にはまだ、役割があると信じているんです」
アリィは怪訝そうに眉をひそめた。
「……何を考えているの?」
「まだ言えません。でも、どうか私を信じてください」
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