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第4話:表と裏
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――とうとう、破局の時が来た。
きっかけは、大陸屈指の長い歴史を持つユロヴィア神聖国との国交20周年の祝賀式典。
我が国で最大級の催しで、失敗のゆるされない場だったという。
問題が起きたのは、式典も半ばを過ぎて程よく場が和んでいた頃だ。
「うふふ。貴国って、おもしろいんですのね」
王太子妃ピアが、無邪気に笑ってそう言ったらしい。
招かれていたのは、大陸でもとくに古い価値観を重んじる国だった。
厳格な階級意識を非常に重んじる国で、身分や家柄は信仰に等しい価値を持つ。その国で最も高貴な国王夫妻に対して、ピアが言ったこと。
「生まれで価値を決めつけるなんて、いまどき古いですわ。だってわたし、平民から王太子妃になりましたもの」
場が、凍り付いた。
誰もが息を呑む中、側近が慌てて制止に入ろうとしたという。
「ピア妃殿下、それは……」
だが、側近を遮ったのはグレゴリオ殿下だった。
「何が問題なんだ? ピアは事実を言っただけだろう。今はどの国も変革の時代で、我が国はその先頭を行っている。ユロヴィア神聖国も、ゆっくり学んでいけばいい」
彼の言葉で、すべてが終わった。
式典は予定より早く切り上げられ、神聖国の面々はその日のうちに王都を発ったという。
表向きは「不幸な行き違い」として処理された。
側近たちの必死の火消しで、辛うじて国交断絶は免れた――と、あとから聞いた。
王太子夫妻はその場で離宮への謹慎を命じられ、事態は収束した――はずだった。
けれど、もう手遅れだ。
光の速さで噂が王都を駆け巡り、誰もが口を揃えて言った――あのバカ夫婦に王位継承の資格はない、と。
国王も、もはや世論を無視できない。
王太子夫妻の処遇を協議するため、重臣と国内貴族を全員集めた正式な審議の場が設けられることになった。
……ところが、呼ばれたはずの当人たちが現れない。審議の前夜、二人は謹慎中の離宮から脱走していたのだ。
まさかの事態に、国中が騒然となった。
さらに、追い打ちをかけるような知らせが届く。
逃亡していた馬車が野盗に襲われて、グレゴリオ殿下は身ぐるみを剥がされ路上に捨てられていたという。命からがら保護された彼は、王城へと連れ戻された。
ピアは消息不明だったが、捜索からおよそ1週間後――。国境付近の街道沿いで、変わり果てた姿の遺体が発見されたと報じられた。
重ね重ねの大失態。
グレゴリオ殿下の廃太子は、決定的だった。
にもかかわらず、国王夫妻は息子を庇った。
『毒婦ピアに唆されたせい』として息子の地位を留めようとしたが、その発言は火に油を注いだだけ……。
審議の場は荒れに荒れ、ついに結論が下された。
王太子グレゴリオの継承権剥奪。
国王と王妃は実権を制限されたまま、しばし王位に留め置かれることになった。
そして――。
新たな王として名が挙がったのは、これまで表舞台に立つことのなかった王女アリアンヌ殿下だ。
アリアンヌ殿下の手腕によって、混乱は驚くほど速やかに終息した。彼女はすでに水面下で協力者を集め、王位継承の準備を進めていたのである。
我が国史上初の女王。
アリアンヌ陛下の戴冠式の様子は、驚きと喜びをもって国内外に伝えられた。それは長く停滞していたこの国が、痛みを伴いながら歩き出した証であった――。
***
――アリアンヌ陛下の戴冠式から半年後。
私は王都のサロンへ向かった。以前、彼女と密かに会ったあの会員制のサロンだ。
個室の席で、すでに彼女が待っていた。私が扉を開けると、彼女は朗らかな笑みを浮かべた。
「ルクレツィア!」
「お久しぶりです、アリィ」
彼女は艶やかな黒髪を隠すため、金色のかつらをかぶっていた。化粧で目鼻立ちの印象も変わっていて、もし誰かとすれ違っても、女王アリアンヌだと気づかれることはないだろう。
「……まだ、アリィとお呼びしても良いのでしょうか。陛下?」
「決まってるじゃない。わたくしたちは、いつまでも親友なんだから」
顔を見合わせて、ふふ、と笑った。
小さな個室に二人きり。
紅茶を口にしながら、穏やかに会話を始めた。
「アリィ。最近はどうですか? 即位前からずっと、お忙しかったでしょう」
「そうね。でも、ようやく何とかなってきたわ。……すべて、パトリシアのおかげよ。あの子には、感謝しないと」
微笑しながら寂しげに、アリィはぽつりとつぶやいた。
やがて、話題を変えるようにアリィは明るく顔を上げた。
「……それはそうと。聞いたわよ、ルクレツィア。マルクス大公家のフェリクス様とのご結婚が決まったんでしょう?」
――そう。
学園時代に別れてしまったフェリクス様とのご縁を、無事につなぎ直すことができたのだ。
ご家族も彼も「ぜひに」と喜んでくださって、来年には隣国の彼の家へと嫁ぐことが決まっている。
「おめでとう、ルクレツィア! フェリクス様とあなたは、とてもお似合いだもの。幸せになってね」
「ありがとう、アリィ」
アリィは、我が事のように喜んでくれた。結婚後の生活についてもいろいろ気にしてくれて、「必要なことがあればいつでも言って」と声を弾ませている。
「隣国暮らしとなると、馴れないうちは大変よ。ご実家の使用人も連れて行くのでしょう?」
「ええ。侍女をひとり」
私はゆっくり立ち上がり、扉の方へと向かった。
「……どうしたの、ルクレツィア?」
「実は。今日はその侍女を、アリィに会わせたかったんです」
言いながら、私は扉を開けた。
小柄な侍女が深々と頭を下げ、顔を伏せて立っていた。
ふわふわと柔らかい、桃色の髪が印象的だ。
……アリィが、目を見開いた。
「紹介します。私の侍女――『ピア』です」
ピアが、気恥ずかしそうに苦笑しながら顔を上げた。
「……もう、ルクレツィアさまったら。その呼び方はやめてちょうだい」
アリィは、悲鳴のように声を震わせた。
「……っ。あなた……パトリシア!!」
――そう。
ピアはパトリシアなのだ。
きっかけは、大陸屈指の長い歴史を持つユロヴィア神聖国との国交20周年の祝賀式典。
我が国で最大級の催しで、失敗のゆるされない場だったという。
問題が起きたのは、式典も半ばを過ぎて程よく場が和んでいた頃だ。
「うふふ。貴国って、おもしろいんですのね」
王太子妃ピアが、無邪気に笑ってそう言ったらしい。
招かれていたのは、大陸でもとくに古い価値観を重んじる国だった。
厳格な階級意識を非常に重んじる国で、身分や家柄は信仰に等しい価値を持つ。その国で最も高貴な国王夫妻に対して、ピアが言ったこと。
「生まれで価値を決めつけるなんて、いまどき古いですわ。だってわたし、平民から王太子妃になりましたもの」
場が、凍り付いた。
誰もが息を呑む中、側近が慌てて制止に入ろうとしたという。
「ピア妃殿下、それは……」
だが、側近を遮ったのはグレゴリオ殿下だった。
「何が問題なんだ? ピアは事実を言っただけだろう。今はどの国も変革の時代で、我が国はその先頭を行っている。ユロヴィア神聖国も、ゆっくり学んでいけばいい」
彼の言葉で、すべてが終わった。
式典は予定より早く切り上げられ、神聖国の面々はその日のうちに王都を発ったという。
表向きは「不幸な行き違い」として処理された。
側近たちの必死の火消しで、辛うじて国交断絶は免れた――と、あとから聞いた。
王太子夫妻はその場で離宮への謹慎を命じられ、事態は収束した――はずだった。
けれど、もう手遅れだ。
光の速さで噂が王都を駆け巡り、誰もが口を揃えて言った――あのバカ夫婦に王位継承の資格はない、と。
国王も、もはや世論を無視できない。
王太子夫妻の処遇を協議するため、重臣と国内貴族を全員集めた正式な審議の場が設けられることになった。
……ところが、呼ばれたはずの当人たちが現れない。審議の前夜、二人は謹慎中の離宮から脱走していたのだ。
まさかの事態に、国中が騒然となった。
さらに、追い打ちをかけるような知らせが届く。
逃亡していた馬車が野盗に襲われて、グレゴリオ殿下は身ぐるみを剥がされ路上に捨てられていたという。命からがら保護された彼は、王城へと連れ戻された。
ピアは消息不明だったが、捜索からおよそ1週間後――。国境付近の街道沿いで、変わり果てた姿の遺体が発見されたと報じられた。
重ね重ねの大失態。
グレゴリオ殿下の廃太子は、決定的だった。
にもかかわらず、国王夫妻は息子を庇った。
『毒婦ピアに唆されたせい』として息子の地位を留めようとしたが、その発言は火に油を注いだだけ……。
審議の場は荒れに荒れ、ついに結論が下された。
王太子グレゴリオの継承権剥奪。
国王と王妃は実権を制限されたまま、しばし王位に留め置かれることになった。
そして――。
新たな王として名が挙がったのは、これまで表舞台に立つことのなかった王女アリアンヌ殿下だ。
アリアンヌ殿下の手腕によって、混乱は驚くほど速やかに終息した。彼女はすでに水面下で協力者を集め、王位継承の準備を進めていたのである。
我が国史上初の女王。
アリアンヌ陛下の戴冠式の様子は、驚きと喜びをもって国内外に伝えられた。それは長く停滞していたこの国が、痛みを伴いながら歩き出した証であった――。
***
――アリアンヌ陛下の戴冠式から半年後。
私は王都のサロンへ向かった。以前、彼女と密かに会ったあの会員制のサロンだ。
個室の席で、すでに彼女が待っていた。私が扉を開けると、彼女は朗らかな笑みを浮かべた。
「ルクレツィア!」
「お久しぶりです、アリィ」
彼女は艶やかな黒髪を隠すため、金色のかつらをかぶっていた。化粧で目鼻立ちの印象も変わっていて、もし誰かとすれ違っても、女王アリアンヌだと気づかれることはないだろう。
「……まだ、アリィとお呼びしても良いのでしょうか。陛下?」
「決まってるじゃない。わたくしたちは、いつまでも親友なんだから」
顔を見合わせて、ふふ、と笑った。
小さな個室に二人きり。
紅茶を口にしながら、穏やかに会話を始めた。
「アリィ。最近はどうですか? 即位前からずっと、お忙しかったでしょう」
「そうね。でも、ようやく何とかなってきたわ。……すべて、パトリシアのおかげよ。あの子には、感謝しないと」
微笑しながら寂しげに、アリィはぽつりとつぶやいた。
やがて、話題を変えるようにアリィは明るく顔を上げた。
「……それはそうと。聞いたわよ、ルクレツィア。マルクス大公家のフェリクス様とのご結婚が決まったんでしょう?」
――そう。
学園時代に別れてしまったフェリクス様とのご縁を、無事につなぎ直すことができたのだ。
ご家族も彼も「ぜひに」と喜んでくださって、来年には隣国の彼の家へと嫁ぐことが決まっている。
「おめでとう、ルクレツィア! フェリクス様とあなたは、とてもお似合いだもの。幸せになってね」
「ありがとう、アリィ」
アリィは、我が事のように喜んでくれた。結婚後の生活についてもいろいろ気にしてくれて、「必要なことがあればいつでも言って」と声を弾ませている。
「隣国暮らしとなると、馴れないうちは大変よ。ご実家の使用人も連れて行くのでしょう?」
「ええ。侍女をひとり」
私はゆっくり立ち上がり、扉の方へと向かった。
「……どうしたの、ルクレツィア?」
「実は。今日はその侍女を、アリィに会わせたかったんです」
言いながら、私は扉を開けた。
小柄な侍女が深々と頭を下げ、顔を伏せて立っていた。
ふわふわと柔らかい、桃色の髪が印象的だ。
……アリィが、目を見開いた。
「紹介します。私の侍女――『ピア』です」
ピアが、気恥ずかしそうに苦笑しながら顔を上げた。
「……もう、ルクレツィアさまったら。その呼び方はやめてちょうだい」
アリィは、悲鳴のように声を震わせた。
「……っ。あなた……パトリシア!!」
――そう。
ピアはパトリシアなのだ。
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