夫が前世の記憶を取り戻したようです。私は死亡ENDモブだそうですが、正ヒロインをざまぁして元気に生きたいと思います。

越智屋ノマ

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【12】みんなで旦那様を落とそう大作戦。

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ある日の朝。

「おかしいですよね! 旦那さまったら、どうして奥様を抱かないのかしらっ! そこまでヘタレだとは思わなかったわ!!」

わたしの寝室で朝の支度を手伝いながら、ベテラン侍女のアビーがエグい疑問を口にしていた。……わたしは「うっ」と言葉に詰まる。

「……アビー。言い方」
「おっと、スミマセン奥様っ!」

誕生日を祝ってもらった次の日から、わたしはミュラン様を避けるようになった。もちろん、嫌っているわけではない。むしろ大好きだ。

ミュラン様が『わたしの再婚準備』を進めていたことを偶然に知ってしまい。ショックで、彼に会うのが怖くなってしまった。

ミュラン様も、無理に近寄ってきたりはしない。お互いに気まずい距離感を保ったまま、もう2週間も経ってしまった。
もしかするとこのまま、まったく接点がないまま、結婚3年の離婚に至ってしまうのかもしれない……

「アビー、ミュラン様を悪く言わないで。……あの人はなにも悪くないわ。全部わたしがいけないの。わたしのワガママを、あの人は誠実に守ろうとしてくれてるのよ」

3年間だけ妻のふりをして、結婚3年ちょうどで慰謝料を貰って離婚しようだなんて……そんなあさましいことを考えたわたしが悪い。
ミュラン様にも申し訳ないし、屋敷のみなさんを裏切るような真似をしていたことも最低だ。

この前、ロドラが「よければ全部話してくださいませ」と言ってくれたけれど。
結局、告白できなかった。
皆を裏切ろうとしてたなんて、怖くて言えるわけがない……

(屋敷の皆さんも大変よね……アスノーク公爵家の後継者問題だってあるんだから。わたしみたいなニセモノの妻が、子作りもせずにウロウロしてたら、そりゃ気を揉むわよね……)

清いお付き合い状態でなんとなく仲良くしていたミュラン様とわたしを見て、屋敷で働く皆さんは最初「ガキの初恋か!」とか言ってあきれながら見守っていた。
……でも、さすがに結婚から2年も清いままだから、最近は本気で焦っているようだ。

うぅ。皆さん……ごめんなさい。本当に。

「奥様、泣かないでください!? あぁ、もう! 本当に旦那様ったら甲斐性がない!」

ダメだわ……ますます勘違いされて、ミュラン様の評価を下げてしまう。
「……ねぇ、アビー。この話題、そろそろやめてもいい?」

しかし、今度は横合いから、最高齢の侍女ロドラが口をはさんできた。

「いいえ。奥様。これは真剣に解決すべき案件です。旦那様のご健康に問題があるのであれば、医師を呼びしかるべき処置を施さなければなりません」

アビーとロドラ、それに周りにいた複数人の侍女が勝手に「なぜ旦那様が奥様を抱かないのか」をテーマに討論を始めたから、気まずくて仕方なかった。

「もう! お願いだからその話はやめてちょうだい!」
「「「「いいえ、奥様! 旦那さまと奥様の夫婦関係は、当家の最重要案件です!!」」」」

ぐはっ。
侍女たちに声を揃えて言い返されると、ぐぅの根も出ない。

せめて来年の『離婚』という確定した未来に向けて、前振りくらいはしておこうかな……
皆にも、心の準備をしていてもらいたいし。

「あの……皆。もし、わたしが離婚することになったら、どうか新しい奥さんをサポートしてあげてね。ミュラン様と新しい奥さんが、仲良くできるように……」

胸がズキズキと痛い。
涙目になってしまった。

「奥様……なんて健気《けなげ》なのでしょう!」
「わたくしたちの奥様は、リコリス奥様だけです!!」
「離婚なんて、絶対にさせません」
「旦那様が奥様を捨てようとしたら、謀反を起こします」

あれっ? なんか、かえって話がこじれてきた……?

「あの……えっと。みんな?」
おろおろしながら、皆を見つめる。

侍女たち全員の瞳に、やる気の炎が燃え上がっていた。

「大丈夫ですよ、奥様! わたくしたちが協力します!」
「みんなで頑張って、力を合わせて旦那様を落としましょう!!」

え??

「「「「「えい、えい、おー!!!」」」」

侍女たちは鬨《とき》の声をあげ、勝手に頑張り始めてしまった。
『旦那様を落とそう作戦』と称して、わたしの体格に合わせた薄絹のネグリジェを特注したり、男の人を元気にする? とかいうお香を海外から取り寄せたり……。

結束した熟年女性の行動力は、おそろしい。



「ちょっと、ちょっと待って! なにこの薄いネグリジェ! 透けてるよ!?」
「そういう仕様なんですよ」

「うわっ。なに塗ってるの? 顔がテカテカするけど!?」
「香油です。お肌に塗るんです」

「この寝室、なんか臭いよ!?」
「異国のお香です。男性に効果があるそうなので、たっぷり焚いてみました」

侍女たちはわたしをミュラン様の寝室に連れて行くと、寝室を妖しい雰囲気に仕上げていった。わたしに恥ずかしいネグリジェを着せ、てきぱきとベッドメイキングを済ませる。

「奥様っ! 覚悟を決めてくださいね」
「旦那様が仕掛けてこないなら、奥様から行っちゃいましょう!」
「ご武運をお祈りいたします、リコリス奥様」

彼女らが去ったあと。ぽかーんとして、わたしはミュラン様の寝室に、ひとりぼっちで取り残されてしまった。



「…………えぇ?」

な、なによこれ……恥ずかしすぎる!
バカだわ、わたし……なんてバカなの!?

自分から「指一本触れないで」みたいなことを言っておいて、どうしてミュラン様の寝室で、こんな恰好を!?

わたしはあたふたしながら、とりあえず寝室から逃げ出そうとした。
でも……ふと、思いとどまった。



せっかくロドラたちが協力してくれたんだから。
どうせわたしは、バカなんだから……。
いっそなりふり構わずに、ミュラン様に気持ちを伝えてみるのも良いかもしれない。

恥じらいのないことを考えて、かぁ、と顔が熱くなってしまった。

……でも、わたしが自分から言い出さなければ、願いは絶対に叶わないんだから。
勇気を出してみようかな。

(ちゃんと、言わなくちゃ。「わたし、ミュラン様と離れたくありません」「慰謝料なんかいらないから、ずっと仲良くしてください」「できれば……本物の奥さんにしてください」…………都合のいいワガママばかり言ってたことも、きちんと謝らなくちゃ)


でも、もしも勇気を出しても……ミュラン様がわたしのことを、拒んだら? 


「そしたらわたし、もうこのお屋敷にいられないよ……」

恥ずかしすぎて、居場所がない。
残り1年も、ミュラン様と一緒に暮らせない。

(そのときは。慰謝料なんか貰わなくていいから、すぐに離婚させてもらおう――)


わたしはそんなみっともない覚悟を決めて、ミュラン様が寝室に訪れるのをじっと待っていた。
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