夫が前世の記憶を取り戻したようです。私は死亡ENDモブだそうですが、正ヒロインをざまぁして元気に生きたいと思います。

越智屋ノマ

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【10】離婚まで、あと1年!

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騎士デュオラ=ハーンは不機嫌だった。
主人であるミュランが着々と、妻リコリスとの離婚準備を進めているからだ。

「ふむ……この男は不適格だな。伝統と格式を重んじる家柄が、リコリスには似合わない。こちらは……? あぁ、論外だ。好色家の中年貴族なんぞに、リコリスを託すわけにはいかないからな」

ここは、ミュラン=アスノーク公爵の執務室。
ミュランは部下たちに集めさせた『未婚の貴族男性リスト』を睨むように読み込んで、一件ずつ入念なチェックをしている。


「閣下。……閣下、聞いておいでですか? 閣下!」
デュオラが声を荒げると、ようやくミュランは顔をあげた。

「……ん? どうした、デュオラ。リストの提出、ご苦労だった。用は済んだのだから、さっさと持ち場に戻ればいい」

「戻りません! 何をなさっているんですか、貴方は!!」
狼のような鋭い目で、ぎろりと主人を睨みつける。
ミュランは涼しい顔のまま、さらりと答えた。

「リコリスの再婚相手を探している」
「再婚!? なぜですか、閣下はリコリス夫人をお捨てになるご予定で?」
「……なんで君に、そんな話をしなければならないんだ。わきまえてくれ、デュオラ」

それだけ言うと、ミュランは再びリストに目を落とした。
結婚してから、今日でちょうど2年。今日はリコリスの誕生日でもあり、結婚記念日だ。

ミュランとリコリスの契約結婚は、最後の1年に突入したのだった。

「……あぁ。この男は見込みがあるね。君もそう思わないか?」
ミュランは顔を輝かせ、リスト後半の付属資料をデュオラに見せた。

「……恐れながら。どのような点が「見込みあり」なのか、私にはわかりかねますが?」

「男爵家という家柄はやや不満だが、事業手腕に長けているようだから金回りは悪くない。なにより、食品関係の貿易業を営んでいるから、チョコレートを好きなだけ食べられるのがすばらしい。リコリスはチョコレートが大好きなんだが…………。ん? どうした、デュオラ」

デュオラが頭痛を抑えるような顔で、自分の眉間に手を当てていた。

「ご乱心遊ばされましたか、閣下!? そこまでリコリス夫人を愛しておられるのなら、どうしてわざわざ他人に譲るのですか!」

「……愛しているから、譲るんだ」
不機嫌そうに顔をしかめて、ミュランは頬杖をついた。

「彼女を、僕のものにしてはいけない。必ず不幸な結末になる。だから、手放す。……誰にも言うなよ? 言ったらお前の首を跳ね飛ばすぞ」

「私の首はもともと切れているので、今さら跳ね飛ばされても痛くもかゆくもございません!」
そう言いながら、デュオラは自分の首をガシっと持ち上げて宙に浮かせた。ミュランが露骨に嫌そうな顔をする。

「……グロテスクなものを見せないでくれ、デュオラ。子供のころから見慣れているから、君の一発芸なんか今さら見たくもない」

首無し騎士“デュラハーン”。
それが、騎士デュオラの正しい名前だ。彼は人間ではなく、妖精だ。彼は、アスノーク公爵に仕える妖精のひとりである。

首なし騎士デュラハーンには本来、頭が存在しない。彼には首から下の肉体だけしかないのだが、それだと周りが気味悪がるし、しゃべれないと意思疎通もままならないので、知り合いの鍛冶妖精《ドワーフ》に頼んで取り外し可能な『頭』を何個か作ってもらった。

頭の在庫は現在、十数種類。最近のヘビーユーズは『狼っぽい美青年』の頭だが、『精悍な壮年』タイプの頭もお気に入りだ。だから、日替わりで頭を付け替えたりしている。

「おっと。すみません閣下。ついつい、自慢の頭を披露したくなっておりました。自粛いたします」
「そうしてくれ」

ミュランは執務机で大きく伸びをした。

「さて、今日のディナーが楽しみだ。なんといっても、彼女の16歳の誕生日だからな。出会った頃より、わずかに大人びたかな……」

目を閉じて妻に想いを馳せるミュランは、恋する乙女のようでもある……
デュオラは深いため息をついた。

「侍女たちの噂が、騎士団の耳にまで届いておりますよ。……『ミュラン様は結婚してから2年も経つのに、まだリコリス様と関係を持っていないのだ』と。どうなさいましたか、閣下。お体がすぐれないなら、医者を呼ぶべきです」

「うるさい。僕は健康だ」

ぴしゃりと遮り、ミュランはデュオラを睨んだ。

「分かっているよ、どうせお前たちは後継者問題で気を揉んでいるんだろう?」
「おっしゃる通りです」
「それなら、心配いらない」

ミュランは無表情になって執務机から立ち上がり、窓辺に歩いて行った。


「リコリスと別れた後で、に戻すから心配するな。……そうすれば、いつか一人くらいは生まれるだろ? 父も祖父も、そうだったんだから」


ミュランは窓の外に視線を落とした――庭園にいるリコリスが、楽しそうな様子で植物の水やりを手伝っていた。

   * * * * *

「16歳の誕生日おめでとう、リコリス」

それは豪華な食卓で。
2人で囲むには、贅沢すぎる華やかなパーティメニューだった。

「わぁ! ありがとうございます、ミュラン様!! ……でも贅沢すぎて、ちょっと申し訳ない気がしてきました」
「贅沢すぎるのは、不快かな?」

「いえ、感謝しながらしっかり食べれば、たまの贅沢くらいは良いと思います! ありがたく全部食べちゃいますね。ミュラン様も頑張って食べてくださいね!」
「いただくよ」

声を弾ませて楽しい時間を過ごしている2人の姿を、物陰からデュオラは睨んでいた。
(……これほど仲睦まじいのに、どうして離婚が前提なんだ? まったくもって、理解ができない)

だが、あの主人は本気で離婚に踏み切る気なのだろう。……なんとしても、阻止しなければならない。

そう決意した騎士デュオラは、侍女長であるロドラを訪ねた。
70歳に迫ろうかという高齢女性の姿をしたロドラは、デュオラの話を深刻な顔で聞いていた。

「あら、あら。旦那様が、そのようなご覚悟を?」
「そうなのです。このままでは、離婚は避けられないでしょう」

「困りましたねぇ……。おそらく、後継者問題のことでリコリス奥様を苦しめたくないということなのでしょうけれど……」

うーん。とうつむきがちに考え込んでいたロドラに、デュオラはひざまずいて懇願した。

「ロドラ様! 何卒、お力添えを頂戴いたしたく存じます! アスノーク家の当主に対する介入権を持っていらっしゃるのは、ロドラ様だけでございますので」

ロドラの目が、きらりと光る。
「えぇ、えぇ。当家の大事でございますから、わたくしもぜひ、一肌脱ぐと致しましょう」

デュオラも、安堵したように微笑んだ。
「かたじけない!」

そして2人は、声をそろえた。
「「アスノーク公爵家の、末永い繁栄のために!」」
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