乙女ゲームに転生したけど報われない。だって

天音 神珀

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2.misfortune

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 モブってものにも、一応人権はあると思う。

 ヒロインとかヒーローからすれば毛ほどもないものだとしても、人権と言うものは、あると思う。

 まぁ誰も保証なんてしてくれないわけだけれど。

 さて、私は紛うことなきモブであり捨て石であることが間違いないわけだが、乙女ゲームで悪役に回ってコテンパンにされる可能性が高いと知っていてわざわざそれを選んでいくほどチャレンジャーではない。

 これはゲームじゃなくて、れっきとした私の人生である。

「平和が一番、ってね……」

 ヒロイン、とやら――つまり白百合という少女が転校してくるのが来年の春にまで迫ったころ。

「なにしてるんだい」

 柔らかな光の降り注ぐ、晴れた昼下がり。

 昼食を終えて屋上で寝転がっていた私の隣に、誰かが座り込んだ。

 誰かなんてわかりきっている。「彼」だ。

「食べた直後に寝たら太るよ」
「余計なお世話……」

 そう言いつつも起き上がると、彼は軽い笑い声を立てた。

「何か悩み事? 聞いてあげてもいいけれど?」
「上から目線」
「ははは。そりゃあ仕方がない。君は俺が世話してやらないと生活習慣も堕落していく」
「はいはいありがとうございますー」

 他のひとと話す時は敬語のくせに、私と話す時だけやけに砕けて話す彼は、幼稚園からの幼馴染であり、今現在まで続く私の初恋の人。

 けれど、それを彼に打ち明けるだけの勇気はなかった。

 何せ彼は文武両道、温和怜悧、おまけに眉目秀麗。女子が騒がないはずがない。

 そんな彼の隣にいられるのはひとえに、幼馴染と言う免罪符あってのこと。

 顔も成績も性格も平々凡々、もしくはそれ以下の私が、彼に思いの丈を伝えて報われるはずがなかった。

「で、悩み事はあるのかい。嫌なら無理には聞かないけどね」

 彼はほんの少しだけ首を傾げてそういう。

 まったく、卑怯なやつだと思う。やけに大人びていて、聡くて、気遣いができて。
 それで惚れない女がいるわけないでしょう。

「大したことじゃないの。……例の、転校生のこと」

 私がそう言うと、「ああ、」と彼は納得したように頷いた。

「君が小学生の頃から言っていた女のことか」

 彼には、ヒロインのことを話してしまっていた。
 本当は話していいことなのかどうかわからなかったけれど、吐き出してしまいたかった。

 彼がもし白百合という少女を愛したとしても、それは彼が好きになったからじゃなくて「シナリオ」のせいなのだと先に言ってしまいたくて。

「……。信じられないでしょ?」
「まさか。君は嘘を言えるような器用な性格じゃないから、信じてるさ」
「一言多い」
「ははは」

 彼は軽く笑うと、突如ポンポンと私の頭を軽く叩くようにして撫でた。

「そんな女がもし来たとしても、俺たちが関わらなければいいことだ。そうだろう?」

 彼はそう言って目を細めて柔らかく微笑んだ。

 乙女ゲームの仕様なのか何なのか。彼の瞳は信じられないほど綺麗なアクアブルーをしている。端役の私にはありえない色だ。

「……そうだね」

 私はそう言って頷いた。けれど、不安が払拭できたわけじゃなかった。

 ……彼が私じゃない他の女の子と恋人になるのは、悲しいかな、もう諦めていた。本当は全然諦めきれてなんかいないけど、諦めようと思えた。だって彼は格好良いし、美人だったり、可愛い子の方が似合う。私なんかじゃ釣り合わない。そんなこと、自分が一番よく知っているのだ。

 でも、ヒロインに関していうなら、違う。

 あれは、「異物」だ。

 彼の心を無理矢理盗んでいく、それだけの存在だ。可愛くても、美人でも、性格が良くても、「普通の恋」じゃない。

 そんな女に、彼を盗られるのは、あまりにも理不尽だと思った。

 それは彼を思いやるからじゃない。ただ私のわがままだ。

 ヒロインに惚れて彼が幸せになれるとしても、私は許せなかった。

 ただそれだけのわがまま。

「……こら」
「いたっ」

 ぴん、と額にデコピンを当てられる。

「何するの」
「君が似合わない思案顔をするからだ。君は悩んでいる顔より能天気に笑っているほうが似合う」
「失礼なんですけど」
「ははは」

 彼はいつものように笑うと、立ち上がってフェンスに寄りかかって空を仰いだ。

「……心配しなくてもいい」

 ぽつん、と告げられた言葉に、私は彼を見上げる。しかし彼は空を見上げていて、彼の表情まではわからない。

「俺はそんな女に心を奪われたりなんかしない」
「……」

 私は、何も言えなかった。

 だって、それはきっと彼の意志に関係ないことだ。

 彼がどれだけ拒んでも、攻略対象の彼は、恋をする可能性がある。

「またそんな顔をする」

 彼は私を見下ろすと、小さくため息をついた。そして私と視線を合わせるようにしゃがみこみ、こちらへ小指を差し出した。

「……なに?」
「指切り。知ってるだろ?」

 彼はそう言うと、私の手を半ば強引に取り上げて小指を絡めた。

「ゆーびきーりげんまーん、嘘ついたら針千本呑ーます……」

 子供だましの約束。

 ただの、口約束。

「ゆーびきった!」

 彼はニカッと気取らずに笑った。




 そんな笑顔を、もっと見ていたかった。
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