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「……どう思う?」
私の問いに、リオリムは目を伏せて考える仕草を見せた。
『……彼らが紙を渡したくない、と言う理由ですね』
「そう。高価でもないのに、渡したくないっていう理由がわからない。服は買い与えたのに紙は与えられないって、どういうことなのかな」
“ここにいるという状況を考えて頂けませんか”
先ほどのシルヴィスの言葉だ。
ここ、というのは、森ということだろうか。それとも、この家にいるということだろうか?
森にせよこの家にせよ、先ほどの言葉の真意は全くわからない。
紙を渡したくない、ということしか伝えてこない妖精たち。
彼らの思惑が不鮮明すぎて、私はどうすればいいのかわからなかった。
「……レシピはやっぱり、徹底的に頭に叩き込むしかないかな」
苦笑混じりにそう言うと、リオリムは、
『理由はこの際置いておくこととして……紙がダメだというのなら、目的を話して何か記録できるものを貰う……というのは、いかがでしょうか』
「記録できるものを?」
『はい。紙を渡す事を拒んでいるのなら、別の記録手段を彼らから提案してもらえばよいのではないでしょうか? お嬢様は記録できればそれでいいわけですし、彼らも自分たちが納得できる手段を提案できるわけですから』
なるほど、確かにそれもそうだ。
「後で訊いてみようかな。他の記録手段。――ありがとう、リオリム。凄くいい提案だと思う」
『恐れ入ります』
「――レシピを記録?」
カーチェスは不思議そうな顔で聞き返してきた。
私はあの後散々悩んだ挙句、結局は二階から降りてきたカーチェスを頼ることにした。
シルヴィスは論外としても、ユンファスには先ほど紙の要求を断られたばかりだし、ルーヴァスも先ほど居合わせたから何となく言いにくい。エルシャスはあまり発言力が大きいようには見えないし、そもそも必要時――食事や入浴の時など――以外、寝ているのか一階には顔を出さない。リリツァスは真摯に話を聞いてくれそうだが、シルヴィス辺りに言いくるめられそうな気がする。ノアフェスは悪い人ではないだろうが、街への外出で反発をかなり食らったところから考えて私に好意を持っているとは考えにくい。
などと考えた結果、相談役としてはカーチェスが一番適任な気がした。
七人の会話を聞いていても、彼はかなり温厚な性格のようだし、何より私に対してかなり親切だ。街への外出の際も、彼は快く許可していた。今回の頼みごとも、真摯に聞いてくれそうな気がする。
「どうして、そんなことを?」
「ええっと、自分にできる料理を書き出しておきたいんです。忘れてしまわないように」
「……? 忘れそうなの?」
「なんというか……まぁ、はい」
頷くと、カーチェスは考え込むように視線を動かした。
「うーん……どうしようかな」
「紙がダメなら別の記録方法をと思ったんです。そもそも何故紙を頂けないのかわかっていないんですが……あの、理由とか教えてもらえないでしょうか」
「あぁ……そうか。そうだよね」
何故かカーチェスは納得したように頷いた。
「えっと、あの?」
「君がわからないっていうのなら……きっと、君はそのままでいたほうがいいんじゃないかな? じゃないと、君が傷ついてしまうかもしれない」
……傷つく?
いきなり飛び出してきた単語に私は内心眉をひそめた。
「ええと」
「記録方法は……うーんと、そうだな。俺も、一応考えておくよ。料理のレシピが確認できればいいんだよね」
「はい」
「わかった。じゃあ何か考えておくから」
カーチェスは優しく私に微笑みかけた。
……そういえば。彼は、私に対してどのような見解を持っているのだろうか?
ルーヴァスのように私から距離を取るわけでもなければ、シルヴィスのように聞く耳を持たず拒否を示すわけでもない。彼は、私の意見をきちんと尊重してくれる。
少なくともシルヴィスのように私を嫌ってはいない、と思ってもいいのだろうか?
「……優しいんですね、カーチェスって」
突然転がり込んできた、お荷物でしかない私にさえ、紳士的に接してくれる。当たり前のようにそうしてくれる彼は、やはり優しいのだろう。
しかし私がそう言うと、「え?」とカーチェスは呆けたようにつぶやき、それから数秒硬直して、何これどうしたんだろ大丈夫かしらと私が声を掛けようとしたところで見る間に真っ赤になった。
「きゅ、急になんてこと言うの」
「え? なんかおかしなこと言いました?」
「いやおかしなことっていうか、その……ええと」
困ったようにこめかみ辺りをせわしなく掻くカーチェス。目がウロウロしてるし……もしかして照れてるの、これ?
……今の私の言葉のどこにそこまで照れる要素が?
とは口が裂けても言えないので、ごまかすように
「カーチェスって可愛いですね」
といった。その途端に再びカーチェスの顔が硬直する。え、また照れるの、と私が瞬きした次の瞬間、今度は目に見えるほど彼は落ち込んだ表情になった。
「ええと……俺は一応、男、だから。可愛い、はあんまり……嬉しくない、かな……」
「あ、ごめんなさい」
配慮が足りませんでした。
そういえば、ここの住人たちはみんな凄く綺麗な顔立ちをしていて、かなり中性的な人が多いから男だってこと結構忘れがちかも。
しかも何かみんな揃いも揃って髪を伸ばしているから余計……
……?
「……そういえば皆さん、髪長い人ばかりですね」
私がそう言うと、逆にカーチェスの方が不思議そうな表情になった。
「妖精はみんなこんなものだと思うよ」
「そうなんですか? 皆さん狩人をされていると聞いていたので、お仕事的に邪魔そうだなって」
「まぁでも……切れないでしょ? 街にも行くんだから」
と当たり前のように言われる。
切れない? どういうことだろう。街にも行くのだから、というのと、髪を伸ばす理由が全く頭の中で重ならない。
しかしカーチェスがあまりにも当然のように言ったので、問い返すのも気が引けた。
あまり無闇矢鱈に質問を重ねて、相手からこの世界での「常識」を知らないと不信感を抱かれてはいけない。おかしいと判断されて放り出されたら御終いだ。
「そ、そうですよね」
私が繕うように頷くと、カーチェスは「じゃあ、考えておくね」と手を振って二階へと去っていった。
私の問いに、リオリムは目を伏せて考える仕草を見せた。
『……彼らが紙を渡したくない、と言う理由ですね』
「そう。高価でもないのに、渡したくないっていう理由がわからない。服は買い与えたのに紙は与えられないって、どういうことなのかな」
“ここにいるという状況を考えて頂けませんか”
先ほどのシルヴィスの言葉だ。
ここ、というのは、森ということだろうか。それとも、この家にいるということだろうか?
森にせよこの家にせよ、先ほどの言葉の真意は全くわからない。
紙を渡したくない、ということしか伝えてこない妖精たち。
彼らの思惑が不鮮明すぎて、私はどうすればいいのかわからなかった。
「……レシピはやっぱり、徹底的に頭に叩き込むしかないかな」
苦笑混じりにそう言うと、リオリムは、
『理由はこの際置いておくこととして……紙がダメだというのなら、目的を話して何か記録できるものを貰う……というのは、いかがでしょうか』
「記録できるものを?」
『はい。紙を渡す事を拒んでいるのなら、別の記録手段を彼らから提案してもらえばよいのではないでしょうか? お嬢様は記録できればそれでいいわけですし、彼らも自分たちが納得できる手段を提案できるわけですから』
なるほど、確かにそれもそうだ。
「後で訊いてみようかな。他の記録手段。――ありがとう、リオリム。凄くいい提案だと思う」
『恐れ入ります』
「――レシピを記録?」
カーチェスは不思議そうな顔で聞き返してきた。
私はあの後散々悩んだ挙句、結局は二階から降りてきたカーチェスを頼ることにした。
シルヴィスは論外としても、ユンファスには先ほど紙の要求を断られたばかりだし、ルーヴァスも先ほど居合わせたから何となく言いにくい。エルシャスはあまり発言力が大きいようには見えないし、そもそも必要時――食事や入浴の時など――以外、寝ているのか一階には顔を出さない。リリツァスは真摯に話を聞いてくれそうだが、シルヴィス辺りに言いくるめられそうな気がする。ノアフェスは悪い人ではないだろうが、街への外出で反発をかなり食らったところから考えて私に好意を持っているとは考えにくい。
などと考えた結果、相談役としてはカーチェスが一番適任な気がした。
七人の会話を聞いていても、彼はかなり温厚な性格のようだし、何より私に対してかなり親切だ。街への外出の際も、彼は快く許可していた。今回の頼みごとも、真摯に聞いてくれそうな気がする。
「どうして、そんなことを?」
「ええっと、自分にできる料理を書き出しておきたいんです。忘れてしまわないように」
「……? 忘れそうなの?」
「なんというか……まぁ、はい」
頷くと、カーチェスは考え込むように視線を動かした。
「うーん……どうしようかな」
「紙がダメなら別の記録方法をと思ったんです。そもそも何故紙を頂けないのかわかっていないんですが……あの、理由とか教えてもらえないでしょうか」
「あぁ……そうか。そうだよね」
何故かカーチェスは納得したように頷いた。
「えっと、あの?」
「君がわからないっていうのなら……きっと、君はそのままでいたほうがいいんじゃないかな? じゃないと、君が傷ついてしまうかもしれない」
……傷つく?
いきなり飛び出してきた単語に私は内心眉をひそめた。
「ええと」
「記録方法は……うーんと、そうだな。俺も、一応考えておくよ。料理のレシピが確認できればいいんだよね」
「はい」
「わかった。じゃあ何か考えておくから」
カーチェスは優しく私に微笑みかけた。
……そういえば。彼は、私に対してどのような見解を持っているのだろうか?
ルーヴァスのように私から距離を取るわけでもなければ、シルヴィスのように聞く耳を持たず拒否を示すわけでもない。彼は、私の意見をきちんと尊重してくれる。
少なくともシルヴィスのように私を嫌ってはいない、と思ってもいいのだろうか?
「……優しいんですね、カーチェスって」
突然転がり込んできた、お荷物でしかない私にさえ、紳士的に接してくれる。当たり前のようにそうしてくれる彼は、やはり優しいのだろう。
しかし私がそう言うと、「え?」とカーチェスは呆けたようにつぶやき、それから数秒硬直して、何これどうしたんだろ大丈夫かしらと私が声を掛けようとしたところで見る間に真っ赤になった。
「きゅ、急になんてこと言うの」
「え? なんかおかしなこと言いました?」
「いやおかしなことっていうか、その……ええと」
困ったようにこめかみ辺りをせわしなく掻くカーチェス。目がウロウロしてるし……もしかして照れてるの、これ?
……今の私の言葉のどこにそこまで照れる要素が?
とは口が裂けても言えないので、ごまかすように
「カーチェスって可愛いですね」
といった。その途端に再びカーチェスの顔が硬直する。え、また照れるの、と私が瞬きした次の瞬間、今度は目に見えるほど彼は落ち込んだ表情になった。
「ええと……俺は一応、男、だから。可愛い、はあんまり……嬉しくない、かな……」
「あ、ごめんなさい」
配慮が足りませんでした。
そういえば、ここの住人たちはみんな凄く綺麗な顔立ちをしていて、かなり中性的な人が多いから男だってこと結構忘れがちかも。
しかも何かみんな揃いも揃って髪を伸ばしているから余計……
……?
「……そういえば皆さん、髪長い人ばかりですね」
私がそう言うと、逆にカーチェスの方が不思議そうな表情になった。
「妖精はみんなこんなものだと思うよ」
「そうなんですか? 皆さん狩人をされていると聞いていたので、お仕事的に邪魔そうだなって」
「まぁでも……切れないでしょ? 街にも行くんだから」
と当たり前のように言われる。
切れない? どういうことだろう。街にも行くのだから、というのと、髪を伸ばす理由が全く頭の中で重ならない。
しかしカーチェスがあまりにも当然のように言ったので、問い返すのも気が引けた。
あまり無闇矢鱈に質問を重ねて、相手からこの世界での「常識」を知らないと不信感を抱かれてはいけない。おかしいと判断されて放り出されたら御終いだ。
「そ、そうですよね」
私が繕うように頷くと、カーチェスは「じゃあ、考えておくね」と手を振って二階へと去っていった。
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