白雪姫の継母に転生しました。

天音 神珀

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「ご馳走様でした」

 そう言って頭を下げると、ユンファスは「お粗末でした~」と笑った。

 昼食もとり終わったところだし、皿洗いでもして、また部屋に引っこもうか……と考えていると、足元で何かが動いた気がした。

「?」

 何気なくそちらに視線を寄せると、

「……え」

 灰色の鼠がこちらを見上げていた。

 ……まさかこの家が汚いせいで鼠もシェアハウスしてるわけ?

 微妙に眉をひそめつつ、しかしあまり逃げる様子のない鼠と見つめ合うことしばし。

 先に動いたのは鼠だった。

 タッと器用に、そしてあっという間に机まで駆け上がると、唖然とする私を置き去りに机の上を走り抜けた。そして、あくび中にくしゃみをして喉を痛めたらしく悶絶しているリリツァスの食事を華麗につまみ食いして去っていった。

「……」

 呆然と鼠の去った後を見つめていると「あれ?」と間の抜けたリリツァスの声が聞こえてくる。

「なんか俺のご飯減ってない? へちっ。喉痛い……」
「……」

 やっぱり気づいていなかったんですね、と言おうと思ったが相手を明らかに馬鹿にしている言葉と思われたので控えておいた。

 となると、ここはさりげなく無視に限る。

「そうだ、皆さんの食事が終わったらまた掃除しますね」
「掃除? この前へちちっ、やったよね?」
「いえ、掃除は何度でもしなければ汚くなる一方ですよ? それにこの前はかなり大雑把な掃除でしたから。もう少し細かいところまで掃除しておきたいと思って」
「掃除かぁ。姫って本当に働き者だよね~。僕は掃除とか、まず縁がないなー」
「いえ、しましょうよ」
「俺もやらないへちちっ、はちゅっ、へちちちっ」
「待ってください。皆さんの自室はどうなっているんですか」

 何となく嫌な予感を覚えて私は一応問うてみた。

 そう。何となく嫌な感じはしていたのだ。

 大雑把とは言え、私は一階はかなり綺麗にしたはずだった。目立った埃なんかはもう落ちていないはず。

 はず、なのに。

 掃除が終わってその翌日には既にチラホラと埃が参上なさっているとはこれ如何に。

 しかも妖精たちが二階と一階を行き来する度に埃が増えるとはこれ如何に。


 っていうかもうこうなったら一つしか浮かばないよね。

 つまるところ妖精たちのいる二階が凄まじく汚いということですよね!!

「……」
「姫? どしたのー?」

 ユンファスの問いに私はがたんと椅子から立ち上がった。

「……二階」
「んん?」
「二階。……滅茶苦茶汚いとか、そういうこと、あります?」

 問うてみると、ユンファスとリリツァスが顔を見合わせた。

「……まぁ、それなり? だよね? リリツァス」
「まぁひちっ、一階よりは汚いかもしれないけどひちっ、そこまで」
「廊下は私、あの日に掃除してます」
「あー……うん」
「なのに廊下にも一階にもかなり埃が現れてるんですけど」
「まぁなんていうの? 姫が可愛いから埃がなついたんじゃない?」
「ふざけてます?」
「え、ごめん。褒めたのに」

 これでは何をしたって無駄ではないか。つまるところ妖精たちの自室が凄まじい勢いで汚いから一階にも廊下にも埃が見え始めているということだ。根源を絶たなければどこを掃除したって一緒だ。

「皆さん少しは自室を綺麗にしてくださいよ!!」
「だってー。面倒じゃーん」
「そうそうひちっ。少し煙いだけで、なんてことないよひちっ」
「毎度掃除する私の身にもなってください!! これじゃどこをどう掃除したって同じです、もうこうなったら三日三晩お祈りして台風起こして家中に風巻き込んで埃吹き飛ばしますよ!!」
「え。姫そんなことできるのすごい」

 そこを拾うな! そして掃除してください!

 っていうかほんとにどうしよう。やる気なくなってきた。掃除する意味ないじゃない。

「……掃除はもうしなくてもいいかな……」

 遠い目で私がそうつぶやくと、ユンファスが「やめちゃえやめちゃえ」と軽いノリで言ってくる。ぶっ飛ばしたい。
 やめられるならやめますよ。でも掃除は私がここにいるための条件なので!!

「とりあえず私、自分の部屋に戻ります」
「えー、つまんないひちっ」
「つまんなくていいです。自分の部屋でも掃除してます。……っていうか自分の部屋を掃除してください」
「楽しくないしー」
「そんなに嫌なら私が掃除しましょうか?」

 私がそう言うと、二人は首を振った。

「ううん、自分でできるからひちっ」
「それが出来てないからこうして申し出ているのですが!!」
「まぁわかった、そこまで言うのなら暇な時にやってみるよ」

 絶対やらない気だこの人!!

 もういいや、と半ば諦めた気持ちで地下へ降りていこうとした時、ふと二人の会話が聞こえてきた。

「っていうかリリツァス、ほんとに今回の仕事できるわけ~? 倒れたって聞いたけど」
「ひちっ、できるひちっ、できるもん!」
「ほんと~? 大体、今回はあれ置いてくんでしょ? 君も留守番してる方が安全じゃない?」
「やだ! 俺仕事行きたい!! ひちちっへちゅっ」
「保険を持たないで行くって。君の詳しい事情は知らないけどさぁ、大丈夫なの? ルーヴァスが許可出したってことはそれなりに余裕あるのかもしれないけど、死ぬかもよ?」
「死にません! ひちちっ」
「あ、そ。まぁいいけどー。やっぱり受け入れとかやめて外に放り出しときゃ楽だった? さして今のところ切り札にもなりそうにないし」
「いい子だし、ひちっ。そんなこと言わないであげなよ」
「リリツァスってほんと甘いよねぇ。僕は切り札にもならない役立たずなら殺してあげる気なんだけどね?」


 ――切り札?

 私は一瞬足を止めたが、しかしそのまま振り返ることなく地下の自室へと降りていった。









「……切り札って、なんだと思う?」

 私が問うと、リオリムは目を細めた。

『私にも、なんのことかは測りかねます。……しかし、先ほどの言葉からしてお嬢様の事を言っているに相違ないかと』
「だよね。つまり、彼らもただの親切心で私を受け入れたわけじゃないっていうことだよね?」
『そういうことになりますね』

 リオリムの返答に、私は考え込んだ。

 私の受け入れに裏があることを、驚いたわけではなかった。

 彼らの様子を見ていて私を受け入れることに賛成している感じは微塵も見受けられない。シルヴィス辺りは私のことを本気で嫌っているようだから、さっさと放り出せるものなら放り出したいだろう。

 ルーヴァスの言葉を思い出す。

 彼は、私に嫌悪をあらわにする様子はない。しかしどのみち私を遠ざけようとしていたのは確かだった。ただ私がどうしてもここに留まりたいといったから、彼はそれを受諾した。決して、積極的に私を受け入れたがっていたわけではない。

 シルヴィスは、見ての通り私を嫌っている。ノアフェスも街への外出の際、私に対して疑心をのぞかせたことがあった。ユンファスも私に対してかなり曖昧な態度をとっている。

 普通に接しているのは、カーチェス、リリツァス、エルシャス――

「……」

 いや。

 あとで謝られたとはいえ、エルシャスもあの夜、様子がおかしかった。

――ゆ る さ な い
――これ以上僕から、何もとらせない

 記憶に間違いがなければ、彼はそう言っていた。

――わたくしはどんな立場であれ彼らは全部憎いんですよ

 初めて会った時の、シルヴィスの言葉。

 私が、彼らになにか直接酷いことをしたわけではなさそうだが、とかく私は何故か初見から疎まれている。

 それは、何故か?

「……」

 居候が嫌だ、というようには感じられない。

 シルヴィスは最初、確か私を見て居候を置くような金はない、と言っていたが、ルーヴァスの言葉とは矛盾する。

 彼は、カーチェスと元々は二人きりでここに住んでいた。しかし行き場を失った他の五人を見つけ、共に住み始めた――

 つまり、居候を嫌がっているのではない、と推測できるだろう。

 ならば、本来最初は居候として過ごしていたであろう他の五人と、私の違いは何か?


 ……一つは、性別の違いだ。

 女である、ということは充分、彼らにとって邪魔になる要因として考えられる。
 なぜなら、彼らの仕事の特質上、仕方ないからだ。

 彼らは自分たちの仕事を「狩り」だと言った。

 狩りをするなら、相応の体力が必要だろう。男性ならその体力をなんとか鍛えて作れるとしても、女性であるならそれは少々難しい。

 別に体力のある女性がいないとは言わない。しかし残念ながら私にそのような体力は欠片もないし、それは外見からしても容易に見て取れることだった。


 つまり、仕事の役に立たない。

 居候としてこの家に置くにせよ、本気で何の仕事もできないのであればただの穀潰しだ。それでは確かに受け入れたくもなくなるだろう。


 が、これはやや考えにくい。

 なぜなら、結局彼らは私を現在受け入れ、そして仕事に付き合わせる様子が毛ほども見られないからだ。

 本気で私を仕事仲間として他の五人と同様に使う気なら、私にもそれ相応の鍛錬をさせるはず。しかしそんな様子は今のところない。

 だから、この性別の違い、という線は少し薄かった。


 では、他になんの違いが?


 二つめの違いは、身分。

 私は女王で、彼らは一般人。だから、自分たちに苦しい生活を強いて、税金で生きている私を恨んでいる――?

 しかし、これも何か違うような気がする。

 なぜなら、私の今の状況が明らかに裕福なそれではないからだ。

 そもそも、税金でまともに食べていけるような生活をしているなら、妖精たちの家に転がり込む必要が全くない。いや、まぁ白雪姫の件はあるが、それにしたってわざわざこんな迷いの森に駆け込む必要はない。お金があるのならどこへでも、大げさな話が全く関係ない国へと亡命してしまえば済む話だ。お金があれば不可能な話じゃないはず。つまりは裕福な者を疎んでいるのなら、私のこの状況を見てまだそんなことが言えるのか、ということだ。

 だから、この線も薄い。


 では、他に、何が?


 そこまで考えたところで、『お嬢様』とリオリムが声をかけてきた。

「あ、ごめんね。考え事してた。なに? リオリム」

 私が問い返すと、リオリムは私を見つめてふとこう言った。



『お嬢様は、「小人」の意味をご存知ですか?』
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