白雪姫の継母に転生しました。

天音 神珀

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「……小人の、意味?」

 リオリムの言葉の意味を測りかね、私は眉をひそめた。

「小人だから……小さい人?」
『素直に読み取るのであれば、その通りです』

 リオリムはそう言うと、小さく微笑んだ。

『普通の方はこのような読み方をされないので、お嬢様もご存知ないでしょうが――童話には、表の意味と、裏の意味がございます』
「表と、裏――?」
『有り体に申すのであれば、建前と真意、と言ったところでしょうか』

 建前と、真意?

 童話に?

「ええと……建前は、何か子供に夢を与えるようなストーリーで、でも真意としては教訓……みたいな?」
『教訓、の方はこの場合、建前になりますね』

 リオリムは微笑んだ。

『今の我々に最も縁深い童話は「白雪姫」ですので――こちらを例として見ていきましょう』
「うん――?」
『まず。建前としては、先ほど申しましたように教訓、と言えるでしょう。事実、初版にあった教育上倫理感を損なうような描写は全て削除されていますし。結局、白雪姫のストーリーは「悪いことをした継母には不幸が訪れ、今まで努力を重ねてきた白雪姫には幸運が訪れた」――というものですね。つまり、童話を読む子供に対し、「悪いことをしてはならない」と道徳を学ばせるものであると考えてもおかしくはないでしょう』

 初版にあった倫理感を損なうような描写――? 何のことだろう。

「リオリム、あの、倫理感を損なうような描写って、」
『大変申し訳ございませんが、そちらのお話につきましては伏せさせてください。お嬢様のお耳を汚したくありませんので』

 ……。白雪姫の初版には一体何があったというのだろう……。

『話を戻しますね。とかく教訓は「建前」。では、何を隠しているのか? これは、白雪姫が執筆された時代に関係します』
「時代?」
『はい。白雪姫が執筆された時代、「小人」というのは――』

 リオリムがそう言いかけた時。カシカシ、と妙な音が扉の方から聞こえてきた。それにぴたりとリオリムが口をつぐむ。

「――なに?」

 眉を潜めてベッドから立ち上がった私は扉を開ける。そこで思わず声にならない悲鳴を上げた。

 巨大な蜘蛛がそこにいたから。

 全長一メートルはあろうかという巨大な蜘蛛だ。化物と言って差し支えない。

 無意識に後ずさった私に構わず、蜘蛛は部屋に入り込んでくる。そうして迷わずベッドに置いたままの鏡の方まで歩み寄ると、鏡を足で払い除けた。

 制止する間も、宙を舞う鏡を掴む間もありはしなかった。鏡は呆気なく空中に躍り上がって、そのまま落下する。

 あっという間に、鏡はかしゃん、と儚い音を立てて砕けた。

「……う、そ」

 私は目を見開いてそのままその場に立ち尽くした。

 そんな私に構うことなく、蜘蛛はゆら、と空気を揺らしてその姿を変えた。

 全身を漆黒で固めた、不気味な男へと。

 男は私を振り返ると、その口の端を釣り上げた。

「――あまり要らぬ情報を持たれては困る故の。哀れだが、一時的に鏡は消す」

 血の気のない、死人のように白い肌をした男だった。歳は見たところ二十代半ば、と言ったところだろうが、その老成した雰囲気は、到底二十代とは思えないものだった。

「……だれ、なの、あなた」

 あまりの出来事にろくに動かない唇で、やっとそう紡ぐ。

 すると、男は首をかしげる。

「はて、名は何であったかの。――あぁ、spiderと言ったか。まぁそれはよい、我は、ぬしを此処へ導いた者の相手に仕える者である」

 私をここへ導いたもの。それの相手。その、部下。

 つまり、これは――白雪姫を自分の駒として扱う側の人間、ということか。

「どうしてリオリムを」
「ぬしに今、厄介な情報を持たれては困る故。なに、さしたる心配は要らぬ。いずれまたあの紅き道化師に会うであろうからの。その時、鏡を再構築してもらえばよい。何も鏡の中身までは壊しておらぬ故、案ずることはない」

 鏡の中身、とはリオリムのことだろう。

 あの、いつ会えるのかも分からない道化師を頼れというのか。

「リ……リオリムに、なんてことをするの!」
「我は規約に従ったまで。それを破り、ぬしに規定以上の情報を与えようとした鏡が悪い。ぬしも、鏡に頼りすぎないことだ。あれはぬしのことしか考えられぬ。。哀れだがの。あれを殺したくないのであれば、ぬしもあれを頼りすぎないことだ」

 私のことしか考えられない? そう創られた?
 ……殺したくないなら、リオリムを、頼るな……?

「意味が、わからな、」
「であろうの。何も知らぬぬしには難解であろう。だが覚えておくがよい。主役のぬしとは異なり、あれは所詮、脇役の駒でしかない。要らぬ動きをすれば消される。それを哀れと思うならば、ぬしが慎重に行動することだ」

 半分以上私には理解できない忠告だった。

「我からの忠告はそれだけである。今回は運が良かったと思うがよい。死神姫が直接現れたのならば、これでは済まなかったかもしれぬ故な。慎重に行動するよう、肝に命じよ」

 男はそれだけ残すと、に、と笑ってそのまま霞のように掻き消えていった。

「……リオ……リオリム? リオリム?」

 床に砕け散った、鏡の破片を夢中で拾い集める。鏡の破片で指が切れ、血が溢れ出したが、構っていられなかった。

「リオリム、リオリム!!」

 集めた拾い集めた鏡の欠片を抱きしめて、何度も優しい執事の名を呼ぶ。





 けれど、何度呼びかけても――砕けた鏡からは、なんの返答もなかった。
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