45 / 85
2.gift
40.apple
しおりを挟む
「ご馳走様」
それぞれが食事をとり終わると、私は気になっていたことを聞いた。
「皆さんお怪我はないですか? 狩りって危険ですよね?」
私の問いに、七人はどこか複雑そうな顔をした。
「……もしかして、どこか怪我を?」
「いや、怪我人はいない。あなたが案ずるようなことはない」
ルーヴァスはそう告げてから、視線を逸らした。
「……じゃあ、それ以外に、何か……」
あったんですか、と聞こうとした途端、
「貴女には関係のないことです。ここにいたいのなら余計なことに首を突っ込まないほうが身のためですよ。その頭の風通しをよくしたいというのなら話は別ですが?」
シルヴィスが私に流し目をくれる。それはとても冷たい視線だった。いつも冷たいが、今回は殊更に冷たく、不機嫌な気がする。
「……私は……ただ皆さんが心配で」
「心配してもらうようなことはなかったから大丈夫~。姫は優しいねぇ。でも何もなかったから安心して?」
ユンファスは口角を上げて私にそう言った。それはどこか含みのある言い方だったが、これ以上踏み込むのはまずい気がした。
「……それなら、いいんですけど……」
言葉をなくして俯いた私に、カーチェスが困ったような笑顔を向けた。
「姫、あんまり落ち込まないで。その……姫には、関係のないことなんだ。本当に。だから、お願いだから、気にしないでくれないかな」
その言葉は、きっとカーチェスの優しさなのだと思う。
けれどそれは同時に、彼らとの壁を感じさせる、酷く悲しい言葉だった。
その日の深夜。
なかなか寝付けなくて誰もいない自室――いつも一人だったが、リオリムがいなくなってからはどこか寂しく感じるのだ――のベッドで何度目かわからない寝返りを打った時だった。
「――姫、起きてる?」
扉の外からどこか控えめな声がかけられた。一瞬誰だか分からず首をかしげたが、すぐに声の主が思い当たった。
「……リリツァス?」
「うん、俺。今、ちょっと話いい? ひちっ……」
「あ、はい。今ドアを開けますね」
と扉を開けにベッドから立とうとしたところで、「ううん、そのままで聞いて。へちゅっ」という声が聞こえてきた。
「……いいんですか? 廊下にいるより部屋で話したほうが」
「夜中にひちちっ女の子の部屋に入ったらいけないって聞いたことがある気がする……へちゅっ!」
「くしゃみ大丈夫ですか……?」
「いつものこと……へちち!」
鼻をすする音が聞こえた後、咳払いが二、三度ほど聞こえて、「あのね」と切り出された。
「ごはん、美味しかった」
「……? 口に合ったなら良かったです。嬉しいです」
「うん。すごくすごく美味しかった。ひちっ。帰ってきた時、君が「おかえり」って言ってくれて嬉しかった。ひちゅっ」
「……?」
どうして突然そんな事を言ってくれるのだろう、と少し不思議になったが、彼の言葉に静かに耳を傾ける。
「この家は優しいけど。ひちっ……繋りはあんまり強くない。へちゅっみんな、お互いに無関心だから」
お互いに無関心。その言葉にシルヴィスの顔が浮かんだ。
ルーヴァス以外は全員信用できないと言った彼。あれはシルヴィスだけでなく皆そうなのか。
「ひちゅっその理由は俺にも理解できるけど……、でも、やっぱり、さみしい」
同じ家にいても、ただの他人。
確かに、それはとても寂しいことかもしれない。
「でも、君が来て、少し変わった」
「私が来て?」
「勿論、良い意味じゃない時もあると思うけど――ううん、そういうことのほうが、へちゅっ多いかもしれないけど。でも、みんな顔を合わせるようになった。へちちっ、話すようになった。俺はそれがすごく嬉しい。だから、君がこの家に来てくれて良かったって思ってるんだ」
優しい声音に、どこかほっとする。
リリツァスはそういえば、いつも私に好意的に話してきてくれる。
彼からは、そんなに嫌われていないと思ってもいいのだろうか。
「だから、なんていうのかな、えっと。へちゅっ。……あんまり、落ち込まないでっていうか、へちゅっ、へちぢっ、はっちゅっ!!!!」
「うう喉痛い」、と若干かすれた声が聞こえてきて、私はそれに少しだけ笑った。
「……リリツァス」
「ん?」
「――ありがとう、ございます」
私がそう言うと、少しの間沈黙が舞い降りる。それからややあって、
「ありがとうは、俺のほうだよ」
と小さく声が聞こえた。
「……遅くにごめん。俺はもう、へっち、自分の部屋に戻るよ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
そうして遠ざかっていく足音を聞きながら、私は眠りに落ちた。
――――夢を見た。
それはとても悲しい夢だった。
あのひとが泣いている。
無責任な私のせいで、あのひとが泣いている。
そばに行って違うと言いたいのに、私は無責任なままあのひとを傷つけて、彼を悲しませている。
違う、違うのに。
私は、あなたを。
私は笑顔であのひとに手を差し伸べようとする。でもそれはあのひとを更に泣かせるだけだった。
ちがうよ、という声が掠れる。視界が滲んで、暗転していく。
お願い、お願い、泣かないで。
私は大丈夫。
だからお願い、泣かないでいて。
けれど私の思いが届くことはないまま――
「……?」
朝起きると、冷たいものが目尻からこぼれ落ちた。
そっと頬に触れてみると、指先を透明なものが濡らす。
「……また?」
そういえば前にも起きたら泣いていたことがあった。
夢の内容は全く思い出せないが、前と同じような気もするし、違うような気もする。
曖昧さが不快だったが、思い出せないものをいくら気に病んだところで仕方がない。
私は軽く頭を振って、一階のリビングへと向かったのだった。
それぞれが食事をとり終わると、私は気になっていたことを聞いた。
「皆さんお怪我はないですか? 狩りって危険ですよね?」
私の問いに、七人はどこか複雑そうな顔をした。
「……もしかして、どこか怪我を?」
「いや、怪我人はいない。あなたが案ずるようなことはない」
ルーヴァスはそう告げてから、視線を逸らした。
「……じゃあ、それ以外に、何か……」
あったんですか、と聞こうとした途端、
「貴女には関係のないことです。ここにいたいのなら余計なことに首を突っ込まないほうが身のためですよ。その頭の風通しをよくしたいというのなら話は別ですが?」
シルヴィスが私に流し目をくれる。それはとても冷たい視線だった。いつも冷たいが、今回は殊更に冷たく、不機嫌な気がする。
「……私は……ただ皆さんが心配で」
「心配してもらうようなことはなかったから大丈夫~。姫は優しいねぇ。でも何もなかったから安心して?」
ユンファスは口角を上げて私にそう言った。それはどこか含みのある言い方だったが、これ以上踏み込むのはまずい気がした。
「……それなら、いいんですけど……」
言葉をなくして俯いた私に、カーチェスが困ったような笑顔を向けた。
「姫、あんまり落ち込まないで。その……姫には、関係のないことなんだ。本当に。だから、お願いだから、気にしないでくれないかな」
その言葉は、きっとカーチェスの優しさなのだと思う。
けれどそれは同時に、彼らとの壁を感じさせる、酷く悲しい言葉だった。
その日の深夜。
なかなか寝付けなくて誰もいない自室――いつも一人だったが、リオリムがいなくなってからはどこか寂しく感じるのだ――のベッドで何度目かわからない寝返りを打った時だった。
「――姫、起きてる?」
扉の外からどこか控えめな声がかけられた。一瞬誰だか分からず首をかしげたが、すぐに声の主が思い当たった。
「……リリツァス?」
「うん、俺。今、ちょっと話いい? ひちっ……」
「あ、はい。今ドアを開けますね」
と扉を開けにベッドから立とうとしたところで、「ううん、そのままで聞いて。へちゅっ」という声が聞こえてきた。
「……いいんですか? 廊下にいるより部屋で話したほうが」
「夜中にひちちっ女の子の部屋に入ったらいけないって聞いたことがある気がする……へちゅっ!」
「くしゃみ大丈夫ですか……?」
「いつものこと……へちち!」
鼻をすする音が聞こえた後、咳払いが二、三度ほど聞こえて、「あのね」と切り出された。
「ごはん、美味しかった」
「……? 口に合ったなら良かったです。嬉しいです」
「うん。すごくすごく美味しかった。ひちっ。帰ってきた時、君が「おかえり」って言ってくれて嬉しかった。ひちゅっ」
「……?」
どうして突然そんな事を言ってくれるのだろう、と少し不思議になったが、彼の言葉に静かに耳を傾ける。
「この家は優しいけど。ひちっ……繋りはあんまり強くない。へちゅっみんな、お互いに無関心だから」
お互いに無関心。その言葉にシルヴィスの顔が浮かんだ。
ルーヴァス以外は全員信用できないと言った彼。あれはシルヴィスだけでなく皆そうなのか。
「ひちゅっその理由は俺にも理解できるけど……、でも、やっぱり、さみしい」
同じ家にいても、ただの他人。
確かに、それはとても寂しいことかもしれない。
「でも、君が来て、少し変わった」
「私が来て?」
「勿論、良い意味じゃない時もあると思うけど――ううん、そういうことのほうが、へちゅっ多いかもしれないけど。でも、みんな顔を合わせるようになった。へちちっ、話すようになった。俺はそれがすごく嬉しい。だから、君がこの家に来てくれて良かったって思ってるんだ」
優しい声音に、どこかほっとする。
リリツァスはそういえば、いつも私に好意的に話してきてくれる。
彼からは、そんなに嫌われていないと思ってもいいのだろうか。
「だから、なんていうのかな、えっと。へちゅっ。……あんまり、落ち込まないでっていうか、へちゅっ、へちぢっ、はっちゅっ!!!!」
「うう喉痛い」、と若干かすれた声が聞こえてきて、私はそれに少しだけ笑った。
「……リリツァス」
「ん?」
「――ありがとう、ございます」
私がそう言うと、少しの間沈黙が舞い降りる。それからややあって、
「ありがとうは、俺のほうだよ」
と小さく声が聞こえた。
「……遅くにごめん。俺はもう、へっち、自分の部屋に戻るよ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
そうして遠ざかっていく足音を聞きながら、私は眠りに落ちた。
――――夢を見た。
それはとても悲しい夢だった。
あのひとが泣いている。
無責任な私のせいで、あのひとが泣いている。
そばに行って違うと言いたいのに、私は無責任なままあのひとを傷つけて、彼を悲しませている。
違う、違うのに。
私は、あなたを。
私は笑顔であのひとに手を差し伸べようとする。でもそれはあのひとを更に泣かせるだけだった。
ちがうよ、という声が掠れる。視界が滲んで、暗転していく。
お願い、お願い、泣かないで。
私は大丈夫。
だからお願い、泣かないでいて。
けれど私の思いが届くことはないまま――
「……?」
朝起きると、冷たいものが目尻からこぼれ落ちた。
そっと頬に触れてみると、指先を透明なものが濡らす。
「……また?」
そういえば前にも起きたら泣いていたことがあった。
夢の内容は全く思い出せないが、前と同じような気もするし、違うような気もする。
曖昧さが不快だったが、思い出せないものをいくら気に病んだところで仕方がない。
私は軽く頭を振って、一階のリビングへと向かったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた
たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。
女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。
そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。
夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。
だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……?
※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません……
※他サイト様にも掲載始めました!
もしもゲーム通りになってたら?
クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが
もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら?
全てがゲーム通りに進んだとしたら?
果たしてヒロインは幸せになれるのか
※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。
※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。
※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。
※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。
人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら
渡里あずま
恋愛
転生先は、乙女ゲーの「悪役」ポジション!?
このまま、謀殺とか絶対に嫌なので、絶望中のルームメイト(魂)連れて、修道院へ遁走!!
前世(現代)の智慧で、快適生活目指します♡
「この娘は、私が幸せにしなくちゃ!!」
※※※
現代の知識を持つ主人公と、異世界の幼女がルームシェア状態で生きていく話です。ざまぁなし。
今年、ダウンロード販売を考えているのでタイトル変更しました!(旧題:人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!)そして、第三章開始しました!
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる