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2.gift
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「ご馳走様」
それぞれが食事をとり終わると、私は気になっていたことを聞いた。
「皆さんお怪我はないですか? 狩りって危険ですよね?」
私の問いに、七人はどこか複雑そうな顔をした。
「……もしかして、どこか怪我を?」
「いや、怪我人はいない。あなたが案ずるようなことはない」
ルーヴァスはそう告げてから、視線を逸らした。
「……じゃあ、それ以外に、何か……」
あったんですか、と聞こうとした途端、
「貴女には関係のないことです。ここにいたいのなら余計なことに首を突っ込まないほうが身のためですよ。その頭の風通しをよくしたいというのなら話は別ですが?」
シルヴィスが私に流し目をくれる。それはとても冷たい視線だった。いつも冷たいが、今回は殊更に冷たく、不機嫌な気がする。
「……私は……ただ皆さんが心配で」
「心配してもらうようなことはなかったから大丈夫~。姫は優しいねぇ。でも何もなかったから安心して?」
ユンファスは口角を上げて私にそう言った。それはどこか含みのある言い方だったが、これ以上踏み込むのはまずい気がした。
「……それなら、いいんですけど……」
言葉をなくして俯いた私に、カーチェスが困ったような笑顔を向けた。
「姫、あんまり落ち込まないで。その……姫には、関係のないことなんだ。本当に。だから、お願いだから、気にしないでくれないかな」
その言葉は、きっとカーチェスの優しさなのだと思う。
けれどそれは同時に、彼らとの壁を感じさせる、酷く悲しい言葉だった。
その日の深夜。
なかなか寝付けなくて誰もいない自室――いつも一人だったが、リオリムがいなくなってからはどこか寂しく感じるのだ――のベッドで何度目かわからない寝返りを打った時だった。
「――姫、起きてる?」
扉の外からどこか控えめな声がかけられた。一瞬誰だか分からず首をかしげたが、すぐに声の主が思い当たった。
「……リリツァス?」
「うん、俺。今、ちょっと話いい? ひちっ……」
「あ、はい。今ドアを開けますね」
と扉を開けにベッドから立とうとしたところで、「ううん、そのままで聞いて。へちゅっ」という声が聞こえてきた。
「……いいんですか? 廊下にいるより部屋で話したほうが」
「夜中にひちちっ女の子の部屋に入ったらいけないって聞いたことがある気がする……へちゅっ!」
「くしゃみ大丈夫ですか……?」
「いつものこと……へちち!」
鼻をすする音が聞こえた後、咳払いが二、三度ほど聞こえて、「あのね」と切り出された。
「ごはん、美味しかった」
「……? 口に合ったなら良かったです。嬉しいです」
「うん。すごくすごく美味しかった。ひちっ。帰ってきた時、君が「おかえり」って言ってくれて嬉しかった。ひちゅっ」
「……?」
どうして突然そんな事を言ってくれるのだろう、と少し不思議になったが、彼の言葉に静かに耳を傾ける。
「この家は優しいけど。ひちっ……繋りはあんまり強くない。へちゅっみんな、お互いに無関心だから」
お互いに無関心。その言葉にシルヴィスの顔が浮かんだ。
ルーヴァス以外は全員信用できないと言った彼。あれはシルヴィスだけでなく皆そうなのか。
「ひちゅっその理由は俺にも理解できるけど……、でも、やっぱり、さみしい」
同じ家にいても、ただの他人。
確かに、それはとても寂しいことかもしれない。
「でも、君が来て、少し変わった」
「私が来て?」
「勿論、良い意味じゃない時もあると思うけど――ううん、そういうことのほうが、へちゅっ多いかもしれないけど。でも、みんな顔を合わせるようになった。へちちっ、話すようになった。俺はそれがすごく嬉しい。だから、君がこの家に来てくれて良かったって思ってるんだ」
優しい声音に、どこかほっとする。
リリツァスはそういえば、いつも私に好意的に話してきてくれる。
彼からは、そんなに嫌われていないと思ってもいいのだろうか。
「だから、なんていうのかな、えっと。へちゅっ。……あんまり、落ち込まないでっていうか、へちゅっ、へちぢっ、はっちゅっ!!!!」
「うう喉痛い」、と若干かすれた声が聞こえてきて、私はそれに少しだけ笑った。
「……リリツァス」
「ん?」
「――ありがとう、ございます」
私がそう言うと、少しの間沈黙が舞い降りる。それからややあって、
「ありがとうは、俺のほうだよ」
と小さく声が聞こえた。
「……遅くにごめん。俺はもう、へっち、自分の部屋に戻るよ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
そうして遠ざかっていく足音を聞きながら、私は眠りに落ちた。
――――夢を見た。
それはとても悲しい夢だった。
あのひとが泣いている。
無責任な私のせいで、あのひとが泣いている。
そばに行って違うと言いたいのに、私は無責任なままあのひとを傷つけて、彼を悲しませている。
違う、違うのに。
私は、あなたを。
私は笑顔であのひとに手を差し伸べようとする。でもそれはあのひとを更に泣かせるだけだった。
ちがうよ、という声が掠れる。視界が滲んで、暗転していく。
お願い、お願い、泣かないで。
私は大丈夫。
だからお願い、泣かないでいて。
けれど私の思いが届くことはないまま――
「……?」
朝起きると、冷たいものが目尻からこぼれ落ちた。
そっと頬に触れてみると、指先を透明なものが濡らす。
「……また?」
そういえば前にも起きたら泣いていたことがあった。
夢の内容は全く思い出せないが、前と同じような気もするし、違うような気もする。
曖昧さが不快だったが、思い出せないものをいくら気に病んだところで仕方がない。
私は軽く頭を振って、一階のリビングへと向かったのだった。
それぞれが食事をとり終わると、私は気になっていたことを聞いた。
「皆さんお怪我はないですか? 狩りって危険ですよね?」
私の問いに、七人はどこか複雑そうな顔をした。
「……もしかして、どこか怪我を?」
「いや、怪我人はいない。あなたが案ずるようなことはない」
ルーヴァスはそう告げてから、視線を逸らした。
「……じゃあ、それ以外に、何か……」
あったんですか、と聞こうとした途端、
「貴女には関係のないことです。ここにいたいのなら余計なことに首を突っ込まないほうが身のためですよ。その頭の風通しをよくしたいというのなら話は別ですが?」
シルヴィスが私に流し目をくれる。それはとても冷たい視線だった。いつも冷たいが、今回は殊更に冷たく、不機嫌な気がする。
「……私は……ただ皆さんが心配で」
「心配してもらうようなことはなかったから大丈夫~。姫は優しいねぇ。でも何もなかったから安心して?」
ユンファスは口角を上げて私にそう言った。それはどこか含みのある言い方だったが、これ以上踏み込むのはまずい気がした。
「……それなら、いいんですけど……」
言葉をなくして俯いた私に、カーチェスが困ったような笑顔を向けた。
「姫、あんまり落ち込まないで。その……姫には、関係のないことなんだ。本当に。だから、お願いだから、気にしないでくれないかな」
その言葉は、きっとカーチェスの優しさなのだと思う。
けれどそれは同時に、彼らとの壁を感じさせる、酷く悲しい言葉だった。
その日の深夜。
なかなか寝付けなくて誰もいない自室――いつも一人だったが、リオリムがいなくなってからはどこか寂しく感じるのだ――のベッドで何度目かわからない寝返りを打った時だった。
「――姫、起きてる?」
扉の外からどこか控えめな声がかけられた。一瞬誰だか分からず首をかしげたが、すぐに声の主が思い当たった。
「……リリツァス?」
「うん、俺。今、ちょっと話いい? ひちっ……」
「あ、はい。今ドアを開けますね」
と扉を開けにベッドから立とうとしたところで、「ううん、そのままで聞いて。へちゅっ」という声が聞こえてきた。
「……いいんですか? 廊下にいるより部屋で話したほうが」
「夜中にひちちっ女の子の部屋に入ったらいけないって聞いたことがある気がする……へちゅっ!」
「くしゃみ大丈夫ですか……?」
「いつものこと……へちち!」
鼻をすする音が聞こえた後、咳払いが二、三度ほど聞こえて、「あのね」と切り出された。
「ごはん、美味しかった」
「……? 口に合ったなら良かったです。嬉しいです」
「うん。すごくすごく美味しかった。ひちっ。帰ってきた時、君が「おかえり」って言ってくれて嬉しかった。ひちゅっ」
「……?」
どうして突然そんな事を言ってくれるのだろう、と少し不思議になったが、彼の言葉に静かに耳を傾ける。
「この家は優しいけど。ひちっ……繋りはあんまり強くない。へちゅっみんな、お互いに無関心だから」
お互いに無関心。その言葉にシルヴィスの顔が浮かんだ。
ルーヴァス以外は全員信用できないと言った彼。あれはシルヴィスだけでなく皆そうなのか。
「ひちゅっその理由は俺にも理解できるけど……、でも、やっぱり、さみしい」
同じ家にいても、ただの他人。
確かに、それはとても寂しいことかもしれない。
「でも、君が来て、少し変わった」
「私が来て?」
「勿論、良い意味じゃない時もあると思うけど――ううん、そういうことのほうが、へちゅっ多いかもしれないけど。でも、みんな顔を合わせるようになった。へちちっ、話すようになった。俺はそれがすごく嬉しい。だから、君がこの家に来てくれて良かったって思ってるんだ」
優しい声音に、どこかほっとする。
リリツァスはそういえば、いつも私に好意的に話してきてくれる。
彼からは、そんなに嫌われていないと思ってもいいのだろうか。
「だから、なんていうのかな、えっと。へちゅっ。……あんまり、落ち込まないでっていうか、へちゅっ、へちぢっ、はっちゅっ!!!!」
「うう喉痛い」、と若干かすれた声が聞こえてきて、私はそれに少しだけ笑った。
「……リリツァス」
「ん?」
「――ありがとう、ございます」
私がそう言うと、少しの間沈黙が舞い降りる。それからややあって、
「ありがとうは、俺のほうだよ」
と小さく声が聞こえた。
「……遅くにごめん。俺はもう、へっち、自分の部屋に戻るよ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
そうして遠ざかっていく足音を聞きながら、私は眠りに落ちた。
――――夢を見た。
それはとても悲しい夢だった。
あのひとが泣いている。
無責任な私のせいで、あのひとが泣いている。
そばに行って違うと言いたいのに、私は無責任なままあのひとを傷つけて、彼を悲しませている。
違う、違うのに。
私は、あなたを。
私は笑顔であのひとに手を差し伸べようとする。でもそれはあのひとを更に泣かせるだけだった。
ちがうよ、という声が掠れる。視界が滲んで、暗転していく。
お願い、お願い、泣かないで。
私は大丈夫。
だからお願い、泣かないでいて。
けれど私の思いが届くことはないまま――
「……?」
朝起きると、冷たいものが目尻からこぼれ落ちた。
そっと頬に触れてみると、指先を透明なものが濡らす。
「……また?」
そういえば前にも起きたら泣いていたことがあった。
夢の内容は全く思い出せないが、前と同じような気もするし、違うような気もする。
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