白雪姫の継母に転生しました。

天音 神珀

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「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 カッチコチに固まった動作で朝食を受け取ると、料理を渡してきた相手が目尻を釣り上げた。

 ……無論、この家でそんな態度を取る人など一人しかいない。

「なんです、その顔は。別に毒を入れているわけではないのですから、普通に受け取って頂けませんか」
「どっ……」

 別に毒入りといかそういうところを気にしていたわけじゃない。ただ単にこの、吹雪をまとったような絶対零度の態度が怖いだけだ。

 だからそこについて怯えていただけだというのに、毒入りの料理ときた。

 ……これは、食べても大丈夫なのだろうか……

「そんなに食べたくないのならドブに捨ててまいりますが」
「いっ、いえ! ありがたく食べさせていただこうと思いますわぁ美味しそう」

 棒読みの私の言葉に、その人――シルヴィスはため息をついた。

 現在私は、一階のリビングにて彼とちょうど机を挟んで向き合う形になっていた。

 そしてこんな時に限ってほかに誰もいない。シルヴィス曰く仕事帰りの翌日だから疲れて寝ているのだそうだが。

 だがこの状況はなんというか――――大変、気まずい。

 恐る恐る「いただきます」と手を合わせて、スープらしきものに手をつけた。

「……、美味しい!」

 スープを一口、口にした私の感想はそれだった。

「美味しいです! シルヴィス、料理が上手いんですね」

 薄味のスープは決して華やかではなかったが、上品で、本当においしい。

 私が素直にそう言うと、シルヴィスは瞬きを繰り返して私を見た。それからフイと視線を逸らし、

「……別に。その程度、普通でしょう。むしろ城育ちの貴女の口には物足りないのではないですか」

 と、冷めた口調で呟く。

 それになにか言葉を返そうとしたところで、ゆったりとした足音が二階から聞こえてきた。

 階段から姿を現したのはノアフェスだ。

「あ、ノアフェス。おはようございます」
「……おはよう」

 ノアフェスはごしごしと目をこすって席に着いた。

「……腹が減った」
「はいはい、今料理を持ってきます」

 ノアフェスの催促にシルヴィスは席を立ち、台所へと向かった。

「ノアフェス、お疲れですか?」
「……かもしれん」
「か、かもって」

 反応し難い返答にそれ以上かける言葉が見つからず、朝食を取るのに戻ろうとしたところでシルヴィスが料理を持って戻ってきた。

「放っておきなさい、彼に朝何を言ったところで無駄です」
「ど、どういう意味ですか?」
「はい、どうぞ。――ノアフェスは朝に弱いんです。朝寝ぼけている間に何を言ったところで無駄です」

 ノアフェスに料理を出しつつ、そう答えて再び席に着いたシルヴィス。「無駄」とはかなり失礼な言葉だと思うのだが、ノアフェスからは何の反応もない。どうも本当に弱いらしい。

「……いただきます」

 手を合わせて食事をとり始めるノアフェス。黙々とパンらしきものを頬張っているところはなんというか……可愛い、という形容詞が大変似合っていた。

「ほんとに朝に弱いんですね……」

 と言っても何の反応もない。

 これは、何を言っても本当に無駄なようだ。

 食事を再開した私を認め、シルヴィスは窓を見遣った。

「……あの」

 食事の手を止めて私が声をかけると、シルヴィスは目線だけをこちらに向ける。「何ですか」、と言いたげなそれに、私は伏し目がちに言った。

「……昨日は、ごめんなさい」

 私の謝罪に、シルヴィスは「はい?」と返してきた。どうやら何に対して謝罪されたのかがわからなかったらしい。

「昨日の朝食の時です。皆さんが帰られた時に……不愉快な質問をしてしまったようだったので、それについて謝っておきたくて。――ごめんなさい」

 頭を下げると、シルヴィスは何とも言えない顔をした。複雑、というか気まずそう、というか、そんな感じの顔である。

「昨日はあんまり謝るタイミングがつかめなくて。でも謝っておいたほうがいいと思ったから、」
「謝る必要はありません」

 顔を上げると、やや困ったような表情をしている彼が見えた。

「わたくしも昨日は言いすぎました。ですが貴女に……関わりのないことに首を突っ込んで欲しくないのは事実です。ですから今後、仕事についてはあまり気にしないでください。貴女に仕事について言われるのは……」

 シルヴィスは言葉を濁して俯いた。

「……すみませんでした」
「ですから、謝らないでくださいと……」

 もう一度頭を下げた私に、彼は少し慌てたような様子を見せる。そして助けを求めるようにその視線を少しだけ横に滑らせて――固まった。

「……?」

 意味が分からず私は私の横――ノアフェスの方を見やって、……固まった。

「ちょっ……な、何をしているんですか!」

 ノアフェスは何やらビンのようなものを持っていた。色からすると……中に入っているのは塩コショウだろうか? いや、それにしては色が薄いような気もする……じゃない、そんなことはどうでもいい。

 何故かノアフェスはそのビンの中身の粉末を、スープに一心不乱に――というほど真剣ではないけれど、とりあえずスープの真ん中に小さな山ができるほどふりかけていた。

「……これをかけると美味くなる」
「い……いえいえいえ、おかしいでしょう……というかその変な粉末は何です。どこからとってきたんですか?」

 やや引き気味にシルヴィスが問う。しかしノアフェスは未だに寝ぼけているのか、何も言わないままビンを振る。

「や……やめなさい、いますぐにそのおかしなものを振りかけるのをやめなさい、可及的速やかにやめなさい!」

 シルヴィスが耐えかねたように椅子から立ち上がる。するとノアフェスはスプーンを疾風のごとく手にしてシルヴィスに突きつけた。

「お前はそこで黙って見てろ」

 いやいやいや! おかしいよこれ! 妙にイケメンなセリフ吐かれてもやってることがおかしい! 絶対寝ぼけてる!!

 シルヴィスは何も言えなくなったのか、大変顔を引きつらせながらノアフェスを見ている。ノアフェスはもはや誰も止めてこないことを悟ると、再びビンを振り――ひとしきり振ってから、ビンを振るのをやめ、こんもりと粉末の降り積もったスープをスプーンでかき混ぜ始めた。

「「……」」

 シルヴィスと二人、その様子を無言で見守る。

 ノアフェスは気が済むまでそのスープをかき混ぜると、その何やらどろどろしてしまったもの――もとい、元スープを掬って飲む。

 その途端かっと目を見開き、喉からくぐもったおかしな音を立ててその場に突っ伏した。

「えっ!?」

 訳が分からず、私は慌てて席を立ち、ノアフェスに駆け寄る。

「ちょっ……生きてます? ノアフェス、生きてます!? 返事してください!」

 反応がない。

「な、なんですかそれは。自ら毒でもふりかけていたんですか? 寝ぼけて?」

 シルヴィスがビンを手に取り、ビンの観察を始める。

 流石に毒ではないだろう。いくら寝ぼけていても、そんなことはしないはずだ。
 私はノアフェスの元スープにちょんと指をつけて口に含んでみた。その途端思いっきり顔をしかめる。

「な、ど、どうしたんです」

 シルヴィスが慌てた様子で私に訊ねてきた。

 それに辛うじて答える。

「し、……しょっぱいです……」

 シルヴィスの持っているビンには日本語で――そう、なぜか日本語で、「昆布」と大変達筆な文字で書かれていた。
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