白雪姫の継母に転生しました。

天音 神珀

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 訳がわからないまま走り続けてたどり着いたのは、どこか開けた場所だった。

 暗いせいで、周りがどうなっているのかとか、そういったことはさっぱりわからない。

 荒い息を整えるために胸を当てていると、がさり、と近くで音が聞こえた。

 そういえばこの森って熊が出るんじゃなかったですっけ。

 ……あれ、これってピンチ。

「……嘘でしょ」

 ポケットを探る。

 なにもない。

 諦め悪く、もう一度探る。

 鏡は、やはりなかった。不用心にもリオリムの手鏡を部屋に置いてきたようだ。

「どうしよう」

 さぁあっと全身から血の気が引いていく。

 私一人では、この森を歩くのは無理だ。

 何をしているのだろう。どうしてカーチェスから離れたのか。

「馬鹿だ……」

 私は少し泣きそうになりながらその場にしゃがみこんだ。

 このままここにいるのは、多分、危険だ。

 熊はともかく、森の中なのだ、獣は少なからずいるだろう。

 見つかれば襲われるのは想像に難くない。

 先ほどの音はなんだろう。一体何が立てた音なのだろう。

 ……いや、いい。とにかく逃げなければ。

「光……みんな光を持ってるはず。だから、それを探して歩けば……」

 そう言って立ち上がろうとした時だった。

 後ろから唸り声のようなものが聞こえて。

「え、」

 恐る恐る振り返ると、一頭の獣がいた。

 狼、だろうか。

 よくわからない。

 ただ、牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいるのは嫌でもわかった。

 しばしその獣を見ること数秒。

 獣はこちらに飛びかかってきた。

「……ひっ」

 声にならない悲鳴を上げ、私は腕で顔を覆った。

 けれどその後いくら経っても痛みは来ない。

 代わりに聞こえたのは断末魔のような獣の悲鳴と、

「おや、やっぱり女王様だ」

 聞き覚えのある、穏やかなテノール。

 ――いつだったか森で出会った、クランツ、だった。

















「クランツ……」
「名前を覚えてもらえていたみたいで嬉しいよ。それにしても、またあなたはここにいるのだね。いくら好奇心旺盛でも、少し危なくはないかい」

 クランツはそう言い、鋭利で長い剣を血糊を払うように一度大きく振ると、鞘に戻した。

「それは……お互い様、じゃ、ない?」
「俺は一応男だし、護身術くらいは身につけているんだけどねぇ。あなたは丸腰だろ?」

 クランツは私に手を差し出した。
 ありがたくその手を取らせてもらって、立ち上がる。

「クランツは……どうして、ここに?」
「俺は旅芸人兼吟遊詩人、といったところでね。この迷いの森は詩人としては創作意欲を掻き立てられるものがあるから、時たまここに来ることにしているんだ。しばらくはここ近辺に泊まるつもりだしね」
「迷いの森に泊まるということ?」
「流石にそれはしないさ。ここは妖精の砦だからね」

 噛み付かれると危ないだろ、と彼は笑った。

「妖精の砦?」
「いかにも。あれ、女王様は知らない? かなり常識的な範囲の話だと思うけど?」

 そう言うと、彼は腰に下げていた小さな瓶を振った。

 小さな瓶の中には、何やら羽のようなものが入っている。ぼうっと淡い光を発しているそれのおかげで、辺りは若干明るかった。

「……それ、なに?」
「さぁ、なんでしょう」

 クランツは妖艶な笑みを浮かべてその瓶を月に掲げる。淡い青を発するその羽がキラキラと光った。

「……気になる?」
「……少し」

 私が正直に答えると、クランツは少し考え込んだ。

「あげてもいいんだけどね……どうしたものかな」
「別に、欲しいわけじゃなくて。何かなって」

 私がそう言えば、クランツは困ったように笑う。

「それを正直に答えたら、あなたに嫌われそうだからなぁ」
「嫌われそう……って」
「まぁ、これが何なのかはいずれ縁があったら教えてあげよう。さて、俺はあなたを城に送ったほうがいいのかな」
「えっ」

 私はクランツの言葉に固まった。

 いや、確かにそうだ。

 女王が帰ると言ったら普通に考えれば城だ。間違えても森の中に住んでいるわけはない。

 けど、けれども。

 城に帰るわけにも行かないわけで。

 でも、この状態で「いや、送ってくれなくてもいいです」というのは明らかに不審。

 ……え、詰んだコレ。

「……」
「ん?」

 黙り込んだ私にクランツは首をかしげた。

「いや、あのですね……」
「ひとつ聞いてもいいかな」
「は、」

 クランツは私をじっと見つめて聞いてきた。

「あなたは、今、どこに住んでるのかな?」
「……!」

 なぜバレた。

 私が明らかにうろたえたのを認めた彼は、目を細めた。

「……まさかとは思うけど、森の中に住んでいるとは言わないよね?」
「え、えーとですね」

 どうするこれどうやって答えよう。

 はい森の中に住んでますけど何か? って開き直って答えるという手もあるのだけど、なぜだかクランツの雰囲気的にそうは答えたくない。

「でも前もここにいて、今日もここで会って。街中で会うならともかく、女王がこんな所を普通は歩かないしね」

 おっしゃる通りです返す言葉もありません。

 冷や汗をだらだらと流していると、ぐいっとクランツが顔を寄せてきた。

 よく見たらっていうかよく見なくてもこの人綺麗な人なんですね。綺麗な人って遠巻きに見てる分にはいいけど相手から見られると不思議と怖いです。まぁ妖精たちと接している時点で何言ってるんだって感じだけども。

 私が「えーと」だの、「あー」だの、意味のなさない言葉を口走りながら視線をさ迷わせていた時だった。

「ああ、こんなところにいたんだネ☆」

 聞き覚えのある不気味な声が聞こえてきて、ついでとばかりに左肩に温かいものが乗った。視界の端でその正体を捉えると――見覚えのある色白な手だった。

「……スジェルク?」
「ゴメンネーほっといてて☆ いやー、キミが久々に来てくれたからはしゃいで踊りまくってたらキミとはぐれちゃってタ。アハ☆」

 安定のウザさでした。本当に、ありがとうございます。

 っていうかいくら何でもその言い訳は無理がありませんか。はしゃぎまわって踊ってはぐれるって、どんだけ落ち着きのない人なの。

 私が半眼でスジェルクを見ると、彼はにっこりと笑ってクランツを見た。

「友人がお世話になったみたいで☆」
「――友人?」
「あぁ、この子はね、ボクの友人」
「……失礼だけど、あなたは……妖精、じゃなさそうだね」
「妖精じゃないよー。ほら、耳が尖ってないでしょ☆」

 そう言って彼は長い髪を掻き揚げ、自らの耳を月光に晒す。

「……え、」

 そこには、私が想像するものと違うものがあった。

 尖っていない。

 以前見た時は確かに尖っていたはずの耳が、まったく尖っておらず、私たち人間と同じ形のそれになっている。

「妖精じゃないなら、あなたは」
「人間だよ☆ あれ、もしかして疑われてる?」
「普通の人間は、こんな時間に、この森に入るだなんて真似はしないだろう。いや、時間など関係なく、この森には来ないのではないかな?」
「アハハッ、……君がそれを言っちゃう?」

 スジェルクは目を細めて口の端を釣り上げた。

 月光に照らされる色白な頬はどこか生気に欠けているようにも見えて、幻想的で、恐ろしい。
 対するクランツも、十二分に幻想的だった。美しい金の髪が月の光を受けて淡く光を照り返す。スジェルクのようなどこか不気味な美しさこそなかったが、触れれば指を切ってしまいそうな、鋭さがあった。

「……」
「……」

 しばらくは、両者とも微笑んだまま黙り込んでいた。

 しかし最初に口を開いたのはクランツで。

「……まぁ、女王様が無事なら俺はひとまず安心しておこう」
「え?」
「またね?」

 クランツは柔らかい笑みを見せて、森の中へと消えていく。

 その後ろ姿を呆然と見送っていると、ため息が隣から聞こえてきて、私は隣に立つスジェルクを見上げた。

「私がここにいるってよくわかりましたね」
「ボクた……ボクが仕組んだことだからね」
「は?」

 ペイっと肩に掛けられていた手を払うと、彼は悪びれた様子もなくへらりと笑った。先ほどの不気味な感じはもはやまったくない。

「というかあなた、確か人間じゃなかったはずでは」
「うん、精霊だよ☆」
「なんで耳が丸くなってるんですか」

 私が問うと、彼は耳を手のひらで覆った。それからふわりと手のひらを外す。

「あ、尖って……」
「ちょっと聖術で誤魔化してただけ」
「どこにごまかす必要が?」
「なーいしょ☆ まぁ気が向いたら後で教えてあげるよ」

 そう言うと、彼は空を見上げた。

「だから心配ないんだって、言ったでしょ☆」
「はい?」
「なんでもナーイ、独り言♪」

 スジェルクは私を見て微笑むと、手をつかんできた。

「さて、戻ろっか」
「戻るって、え?」
「家にだよ。もしかして城に戻りたくナッタ?」

 ぶんぶんと首を振る。そんなわけがない。

「じゃあ戻ろう☆」
「いや、あのですね、ほかの七人が」
「あぁ、それは問題ないよ。家に戻ったらわかる、おいで☆」

 スジェルクはるんるんと楽しそうに家に戻り始める。

 手を引かれている上に、そもそも森の中を自由に歩くなど自殺行為以外の何物でもない私は、大人しく彼に連れられて家に戻ることになった。










「……はい?」

 そうして戻った家の中で。

「あの、一体、何が」

 妖精七人全員が全員気絶してるとか、

「はい、後はヨロシクね☆」

 彼らを介抱して、一生懸命な女の子のアピールして好感度アップしろとか、

「……」

 もう本当、何の拷問なんですかね。
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