白雪姫の継母に転生しました。

天音 神珀

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 ――それは夜も更けた頃のことだった。

 今朝方に妖精のみの招集がルーヴァスによってかけられ、集った面々がテーブルを静かに囲んでいる。

 誰も言葉を発することはなく、誰かの発言を待っているようだった。

 ――と、そこで。

「何故、わたしがあなた方を集めたか、わかるだろうか?」

 ルーヴァスの問いに、六人の妖精はめいめい、気まずそうな表情になる。俯いたり、そっぽを向いたり反応はまちまちだが、皆一様に浮かない表情であることは間違いない。それは肯定に他ならなかった。

「――その様子だと、わかっているのだろうが……姫のことだ」

 返事はない。

 ルーヴァスは一度全員を見回し、それから地下へ続く階段の方を一瞥した。
 時間も時間だ。あの人間の少女が動く様子はなかった。
 それを今一度確認した彼は、再び六人を見回す。

「ここ数日、姫の様子がおかしいのは皆も知っての通りだ。原因は恐らく――我々と、ヒトの確執」

 そうルーヴァスが言った時、沈黙に耐えかねたかのようにユンファスが口を開いた。

「あのさー。それであの子がショックを受けるのっておかしいんじゃない」
「……と、いうのは?」
「だってあの子、記憶がないわけでしょ? だとしたらどれだけ僕たちの隔たりが深いかもよくわからないはずじゃない」
「それは、我々の態度で判断したのではないか?」
「だとしてもさ。彼女自身に“罪”の記憶はないわけじゃん。何であの子がショック受ける必要があるの」

 ユンファスの疑問にシルヴィスが頷く。

「道理ですね。彼女がここで責任を感じるのは不自然です」
「――待て。彼女自身に罪の記憶があろうがなかろうが、我々の態度、彼女の地位、それから街へ行く際の我々の姿を見れば、それに関する判断は容易いのではないだろうか?」

 妖精七人の彼女への態度は、おしなべて良好とはとても言い難い。特にユンファスやシルヴィスはそれが顕著だ。
 加えて、彼女は自分の立ち位置を知っている。彼女はこの国を統べる者であり、それは彼女が真実貧しかったとしても今現在変わりようのない事実だった。
 極めつけに、自分たちの町での格好。黒い外套を頭から被り、長い髪と聖術で尖った耳を隠した姿。

 そこから弾きだされる答えは、そう多くない。

 彼女やその親族、或いはそれにまつろう者たちが、妖精という存在そのものを弾劾しているせいで、公に生きていけないのではないか。
 自分が、妖精たちを今の状況に追い込んだのではないか。

 そう彼女が考えたとしても、決して不思議ではない。

 そして残念ながら、その考えは事実も多分に含んでいた。

「彼女は聡い人だ。きっと彼女がこの考えに及ぶのはそう難くない。そして彼女が自責の念にとらわれるのも――想像できるだろう。今まで共に暮らしてきて、短い期間であっても彼女を見ていたならばわかるはずだ。街でのうわさも同様。彼女は決して無責任な人間ではない」

 ルーヴァスの言い分に、反対意見は出ない。
 多分、彼ら自身、それを理解しているからだろう。

 ここにいる者たちの眼は節穴ではない。それなりの経験と時間を過ごしてきたものばかりだから、こういった目利きは決して悪い方ではなかった。

 彼女は課せられた義務はきちんとこなすし、それに。

「……あの娘は、嘘が下手ですしね」

 と、シルヴィスがしれっと呟いた。

「あー、それね。ほんと、女王と思えないよねぇ」
「……全部顔に出るな、あいつは」
「……それは……彼女が、素直だから。いいことだと思うけどな」
「良い子だよね、やっぱりひちちっ」

 何を考えているか、細かいことまでわかるわけでは、もちろんない。

 だが人間と妖精の確執について知った時の顔や、街で“娘を見た”といったときの切羽詰まった顔。
 あれが演技だというのなら彼女は相当な演技派と言える。

 ……が。

「……」

 ルーヴァスは静かに目を細めた。
 しかしそれも一瞬のことで、彼はすぐに元の表情に戻ると、

「わたしは、現状を良いとは思えない」

 そう告げる。すると、エルシャスがぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。

「わたしは、あなた方の過ごし方を仕切ろうとは思わない。だが、ここしばらく彼女と共に過ごして、その時間を決して悪くないと思ったものも少なくないのではないだろうか。少なくとも、彼女が来る前は、我々はここまで関わり合おうとはしなかっただろう。それを良いとするか悪いとするかは無論あなた方の自由だが、私は積極的に以前の生活に戻したいとは思えない。理解してもらえるだろうか」
「――珍しいな」

 ノアフェスが口元の襟巻を正しながらルーヴァスを見遣る。それにルーヴァスがノアフェスを見返した。

「珍しい、とは」
「……お前がそこまでこだわることが。普段、俺たちに一線を引いているのはお前の方だろう」

 ルーヴァスはこれに顔をしかめたが、唇を開いた。

「否定はしない。――あなた方も、わたしの立場を知らぬわけはないだろう。わたしとあなた方が積極的に関わっていいことがあるとは思えない。この考えは今も変わらない」
「それでも、俺たちと彼女の関わりを促すと?」
「……。そうだ」
「なぜ」
「それがあなた方の、双方の幸せにつながると考えたからだ」

 ルーヴァスが吐き出した答えに、リリツァスが瞠目した。

「ひちっ……待って! それって、その幸せにルーヴァスは含まないつもり……?」
「……わたしは幸せになどなるべきではない」
「そんなこと!」
「わたしは本来、あなた方ともかかわるべきではなかった。勝手な感情で巻き込んだことは申し訳ないと思っている」
「何言ってるの!? ルーヴァス、いい加減そういう考えはやめてよ」
「落ち着いて!」

 ヒートアップするリリツァスに、カーチェスが声を上げる。

「……今は、そんな話じゃないでしょう?」
「ひちっ……だって、ルーヴァスが」
「それについては、俺もリリツァスと同意見だよ。でも、今はその話はすべきじゃない。わかるよね」
「……」

 リリツァスがしょんぼりと肩を落とし、「ごめんなさい」と呟く。

「……リリツァス、謝らないでほしい。あなたの言葉は嬉しかった」

 ルーヴァスが緩やかに微笑むと、リリツァスは唇をかむ。

「話を戻す。とかく、わたしはあなた方と姫はもっと関わっていくべきだと考えている。この家にいる限りは、必ず我々は協力をしていかなければならない。だがあなた方は自分ですべて抱え込もうとして、他を頼ろうとはしない」

 ルーヴァスの指摘に、全員が気まずそうな表情になる。
 それは間違いなく事実だった。
 仕事であれ何であれ、彼らは自分一人ですべてを終わらせようとする。
 それではあまりにも虚しい。

「だが、彼女が来てから、嫌でも彼女の“監視”のために誰かを頼らざるを得なくなった。そうしてお互いにかかわりあうようになった。わたしは、それが監視の目的でなくとも、続いてほしいと思っている」

 と、そこでエルシャスが眠たげに唇を開いた。

「いい、と、おもう……。みんな、仲良しなの……大事……」

 そう言ってから、彼は一度言葉を止め、少しだけ唇を震わせた。

「……姫……一昨日、寝癖、なおしてもらおうって、思ったけど……部屋に、もどっちゃったの……」

 言いながら、エルシャスの瞳に透明なものが盛り上がる。

「ぼく……きらわれ、ちゃった、かなぁ……」

 ぽた、ぽた、と透明な滴がこぼれる。ぎゅうっとぬいぐるみを抱きしめながら、彼は肩を揺らした。

「……やだ……ひめ、僕のこと、きらったら、やだ……っ」

 ぬいぐるみに顔を埋めて、エルシャスが嗚咽を漏らす。
 それに、ルーヴァスがそっと背中をさすってやる。

「俺も……ひちっ……料理してる姫を手伝おうとしたら、謝って、逃げられちゃって……うぅっ……え、エルシャスが泣いたら……ひちっ……俺も……悲しく……うわぁあああああああん!」

 リリツァスまでつられて泣きはじめ、それにシルヴィスが顔をしかめる。

「ちょっと、いい年して泣かないでくださいませんか」
「何でエルシャスにはそれ言わないの……彼女に避けられたら俺だって悲しいよぉ! ひちっ、うわぁあああん」
「エルシャスは年下でしょうが。貴方はわたくしより年上じゃないですか。みっともないので、泣かないでもらえませんか」
「だってぇえええええええ」
「……俺も、逃げられたな」

 ノアフェスがぽつりと呟き、手のひらを見ながら首をかしげる。

「共に散歩でもするかと、誘ったのだが。謝られて、地下へと逃げられてしまった」
「あー……僕も一緒に木の実でも集めてシルヴィスにぶちまける? って誘ってみたんだけど、謝ってやんわり断られたなー」
「彼女に何誘ってるんですかあなたぶん殴りますよ。……ですが、わたくしもですよ。わたくしが、わざわざ、時間を作って洗濯をしているのを見つけて手伝おうとしたら断って……思い出したら腹が立ってきたんですけど。こっちはわざわざ手伝いに行ったんですよ。手伝うくらいさせなさい」
「そこで逆ギレするから嫌われたんでしょ、シルヴィスは」
「はぁ?」
「ほら、そうやってすぐ眼を剥くー。そりゃ女の子には怖いよねぇ」
「鉛をぶち込みますよ」
「ほらほらもっと温厚にいかないとー。にー、だよ、にぃー」
「なるほど、笑顔。こうだな」
「いやノアフェス、笑えてない。それ、笑えてないから。それはね、無表情っていうの」
「む」

 やや場が賑やかしくなってきたところで、ルーヴァスは少しだけ安堵をした。

 決定的なところまでしていなくとも、少しは、彼らも行動を起こしていたのだ。

 恐らく、あの少女を気遣って。

 ……無論、本能もあるだろう。

 人間を助けたい。人間を慈しみたい。
 そういう妖精の本能が働いていることは否めない。神がそう創ったのだ。妖精の存在意義ともいえるそれが働いていないなどと、どうやったって断ずることはできない。
 が、それでもやはり、本能だけで彼らがそんな行動に出たとは思いにくかった。

 彼らも、あの無邪気な少女を、信じたいと思っているのだ。

「――皆、提案がある」

 ルーヴァスがそういうと、皆が一様に彼の方を向いた。

「わたしは、今のままにしたくはない。それは、同意してもらえるだろうか」

 反対意見は、やはり出ない。

「だから、明日、私が発破をかけようと思う」
「発破ー? どうやって?」

 ユンファスが面白そうに目を細めると、ルーヴァスは目をそらした。

「んんー? なーに、その反応」
「いや……本来なら、あなた方に、任せるべきなのだろうが」
「何がー?」
「彼女を、ティータイムにでも誘おうかと。おそらくあなた達の時と同じように断られるだろうが、まぁ、少し強引ではあるが、外に連れ出して、気分を変えてもらおうと思う」

 ルーヴァスがそう告げると、リリツァスがむっとした。

「あのね! くしゅん! 俺は、ルーヴァスが適任だと思うよ!? ルーヴァスってこの中で一番落ち着いてるし、くしゅっ、彼女のことも説得できると思う!」
「いや……説得できるかできないかで言えば、できるかもしれない。だがわたしが言っているのは、……そこではなく」
「ルーヴァス、この家の主人は君だよ」

 緩やかにカーチェスが返せば、ルーヴァスは少し困惑したように眉根を寄せて「……わかってはいるのだが」と呟いた。

「……でも……」

 眠たげな幼い声が聞こえ、六人が声の主でるエルシャスを見る。彼はまだ涙に濡れた瞳をこすりながらクマのぬいぐるみを強く抱きしめる。

「ぼくも……なにか……したいな……」

 不安そうにエルシャスがそういう。

「……だめ?」
「……ですが、我々の出る幕ではないのでは? 大人数で言っても、彼女が委縮するかもしれませんよ」
「……」

 エルシャスが悲しそうにうつむいた。

「そ、そんなに落ち込むことですか」

 焦ったようにシルヴィスがそういうと、ぱん!と手を叩く音が響いた。

 何事かと皆が音の方を向けば、犯人はノアフェスである。

「ういろうだ」
「は?」

 カーチェスが意味が分からないとばかりに間の抜けた声をこぼすと、彼はごそごそと袖から箱を取り出した。

 箱には大きく日本語で「ういろう」と達筆な字で書いてある。

「なんですか、それ」
「というかノアフェスの袖、何入ってるの……」
「それは秘密だ」

 ノアフェスはカーチェスの疑問をさらりと払いのけると、机の中央にういろうの箱を置いた。皆の視線がその珍妙な箱――おそらく全員その字は読めない上、よしんば読めてもういろうという存在がそもそも分からなかった――に集まる。
 するとノアフェスがそのままこう言った。

「菓子を皆で作る」
「なっ」

 シルヴィスの顔がさぁっと青ざめた。そのまま視線だけがエルシャスの方へと動いていく。

「そ、れは、無理、かと、思います、けど」
「……やる!」

 目が輝いたエルシャスに、全員が、「あ、これは死んだな」と思った。
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