白雪姫の継母に転生しました。

天音 神珀

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「……に、しては、その。……お菓子」

 私は恐る恐るハイティーセットに視線を向ける。そこに鎮座しているのは綺麗に作られたお菓子の数々。丁寧に切り分けられたケーキや、品よく飾り付けられた果物やクリームの形は、とてもじゃないがあのエルシャスが作ったとは思えないクオリティである。

 疑問しか感じない。

 とそこで、

「あぁ……そこは、俺が」

 カーチェスが困ったように笑った。

「エルシャスに、机とか椅子の設置を、お願いしてみたんだ」
「設置」
「エルシャスは力持ちだから、机とか椅子の用意をお願いできないかなって。姫のためにって」
「姫のためだったから……我慢、する……。今日のは、姫のため、だから」

 なるほど。

 あれほど料理に興味を示したエルシャスも、わざわざ我慢をしてくれたということなのか。

「……ありがとう、エルシャス」

 私が笑ってお礼を言うと、エルシャスは嬉しそうに頬を染めて、照れたようにぎゅぅっとクマのぬいぐるみを抱きしめる。もう本当、何なんだこの子凄く可愛い。

「ひちっ、で、姫、その、お菓子、美味しい? ひちっ」
「え? あ、はい。凄く……美味しいです。わざわざ私のために作ってくれたんですよね。本当にありがとうございます」

 私が頭を下げると、リリツァスが「やったね!」と手を叩いて子供のように大はしゃぎをする。

「あー姫姫、さっき食べたお菓子は僕が作った奴なんだけど、飾りつけも割合悪くなかったと思わない? 結構自信作なんだよね」
「飾りつけ、凄い凝ってましたよね。ユンファスは手先が器用みたいで羨ましいです」
「あはは、有難う。まぁ、シルヴィスみたいに飾りつけとかまるでわからないセンスのない奴じゃない限りは、結構簡単だとは思うけどね。何なら今度一緒に作ってみる?」
「待ちなさい。誰がセンスがないですって?」
「んー? 君だよ、今疑問を投げかけてきてる君ー」
「よろしい、戦争です」
「やーだね」
「ちょっと、こんな場で喧嘩はだめだよ。姫が困るでしょ」
「そうだな。ここはひとつ、抹茶で落ち着け」
「えー、僕あの緑色のお茶、苦くて苦手なんだけど」
「何だと」
「僕も……苦いの……やだ」
「むっ。……お前は」
「え、お、俺? お、俺はそうだな……その、微妙……?」
「誰一人として……抹茶の良さが分からない……だと……」

 ――素敵なひとたちだと思った。

 このひとたちが、白雪姫の勝手で洗脳されて、私を殺すような真似なんて、してほしくなかった。
 勿論、自分が死にたくないというのはある。当たり前だ。私だって死にたくはない。でも、それ以上に、白雪姫に洗脳されてほしくなかった。こんなに優しいひとたちが、私なんかを信用しようとしてくれるひとたちが、あんな身勝手な少女の都合で狂ってほしくなかった。

「……そのためには」

 小さく呟く私の声に、誰かが気付くことはない。

 気持ちのいい日差しの中、心地よい賑やかさは日が沈むまで続いたのだった。











 私が部屋に戻ったのは、その日の夜遅くだった。

 あの茶会が終わった後、皆が解散するかと思いきや、そんなことは全くなかった。「貴女、少しくらい自分の立場をわきまえなさい。わたくしが手伝うと言ったのだから、手伝わせておけばいいでしょう、まったく」とよくわからない憤りを見せるシルヴィスと、おそらく彼をからかいに来たユンファスに手伝われながら洗濯を終えると、いつの間にか夕食の時間になっていた。そしてそのまま夕食の席に向かえば、いつもより少し豪勢な夕食がふるまわれ、いつにない騒がしさを見せたせいで、私はかなり遅くまで一階でみんなと話し込んでしまったのだった。
 ルーヴァスはいつも通り控えめでいたが、どこか微笑ましげな表情でいたし、ノアフェスやリリツァスは互いの料理を奪い合うし、シルヴィスとユンファスはいつもの如く喧嘩、カーチェスとエルシャスはそんな彼らを見ながら私によく話しかけてきた。

 楽しい一日だった。

 勝手に落ち込んで、諦めようとしていた自分が馬鹿馬鹿しく愚かに思えるほどには。

「ねぇ、リオリム」

 私が吐息交じりに呼びかけると、鏡の中にふわりと人影が現れる。水色の長い髪が鏡の中で舞い、優しい青年が姿を現した。

『――お呼びでしょうか、お嬢様』
「私さ。……私ね。多分、あの人たちに惚れてもらうとか、そんなことは、たぶんできないと思う」
『お嬢様――?』

 昼間からの騒ぎを私の袖の中から音だけは耳にしていただろう彼は、後ろ向きな私の発言にいぶかしげな声を出す。
 何故そんなことを、と。

 しかしそれを聞かせる前に、私は言葉を続けた。少しおどけたように笑って、

「だってほら、私自身にそんな魅力はないし。可愛くないし、頭もよくないし、性格もよくないしさ」
『そんなことは、』
「でも」

 そこでいったん呼吸を置き、私は再び鏡の中の彼を見る。

「あのひとたちが、白雪姫に洗脳されるのは、見たくない」

 私が自分でも思ったより低い声でそう告げると、リオリムは息をのんだ。

『……』
「……だってさ、ほら、前も言ったでしょう? 自分をいじめてた奴が「いじめてた記憶とかないから親切にして」なんて言って来たら、普通腹立つじゃない。嫌に決まってるじゃない。だけど彼らはわざわざ、私を受け入れようとしてくれるんだよ? そりゃいろんな事情とか、下心とか、ゼロではないと思う。でも、多分それだけじゃないでしょ。そんなに優しいひとたちがさ、あんな子に狂う姿とか、……見たくないじゃない」

 私は自分勝手な人間だ。

 この家に来たのだって、私が生きていたいから、ただそれだけだ。そのためにいくつものウソを重ねて今、私はここにいる。

 でも、誠実に私を見てくれる彼らに対して、私だってできる限りの誠実な態度を返そうと思えるくらいには、自分勝手じゃないと思っている。

「彼らに対して、私だって誠実でありたい」

 だから。

「本当のことは、言えないと思うけど。でも、惚れてもらうとか、そんな大層な話じゃなくても、みんなに信頼してもらえるように頑張って、それで、みんなであの子に負けないようにしたいと思うの。……どうかな」

 私がそういうと、少しの沈黙の後にリオリムは穏やかに微笑んだ。

『――ご立派です、お嬢様。……この短い期間の中でさえ、また強くなられたのですね』
「強い? ……私が?」
『はい。自分のためだけでなく、あの妖精の方々のためにも、この道筋にあらがおうとお考えなのでしょう? それが強さでなくて、何だというのでしょうか。――お嬢様は、本当に強く、立派なお方です』

 リオリムは笑う。

 それは温かくて、はかなげで、そして何故かとても切なそうな笑みだった。彼の切れ長の瞳を飾る長い睫毛が少し細められる。

 どうして彼がそんな顔をするのだろう。

「……リオリム?」
『お嬢様なら、大丈夫です。必ずこのゲームに勝てる。あなたは生き残るだけの力を持っている。私が、保証いたします。――ですから、僭越ながら一つ、私から訂正を』
「え?」

 訂正される場所が分からず私が首をかしげると、リオリムは先ほどの切なさを感じさせない、柔和な笑みを浮かべて言う。

『お嬢様は愛らしく、聡明で、とても優しい、誰より魅力的な女性です。そのことをどうか、お忘れなきよう』

 リオリムらしい優しい声に、私はほんの少し視界がにじむのを感じながら礼を告げた。

















「提案があります」

 朝一番に私がそういうと、起床して自室から一階に降りてきたばかりのルーヴァスが眼を瞬かせた。

 リビングには私と彼しかしない。昨日のどんちゃん騒ぎで、相当皆疲れたのだろう。

「――提案?」

 彼が首をかしげると、彼の銀の髪もさらりと揺れる。決して珍しい動きではないと思うのだが、彼がするとそんな些細な行動にさえ気品が感じられるのはなぜだろう。

「簡単なことなんですけど。……挨拶を」

 私が言いだしたのは、私が小学生の頃、学校で催されていた活動と同じことだ。

 つまり、「挨拶運動」とでもいうのだろうか。
 とにかく誰かと顔を合わせたら必ず挨拶しろ、という、それだけのことで。

 小学生の頃、低学年の時は無邪気に挨拶していた気もする。でも高学年になるにつれてろくに名前も知らない相手にいちいち挨拶をすることが“鬱陶しく”なって挨拶しない日が増えたような覚えもある。

 でも今思い返すと、あの“挨拶運動”も、割合いいものだったかもしれない、なんて本当に今さらながらに思ったりする。
 少なくともそんなことは小学校の頃のあれ以来、一度もしていない。知り合いでもない、まったく関わりのない人に「おはようございます」なんて無邪気に言うほど、言えるほど、幼くはなくなってしまったから。

「とりあえずここに住んでいるひとは必ず、朝起きて顔を合わせたら「おはよう」って必ず挨拶する、それだけの決まりです。まぁ、夜もできればやった方がいいとは思いますが、一応、朝は絶対、という感じで。どうでしょうか」
「……いや……わたしは、特に反対するつもりもないのだが、何故突然?」
「何故、ですか」

 いや、特に物凄く深い理由があったかと問われれば、残念ながら高尚な理由は持ち合わせていないのだけれど。
 ただ。

「挨拶がある方が、明るくなりませんか」

 あの頃。
 挨拶が“鬱陶しく”なり始めた頃。

 自分から挨拶するのは怖くて仕方なかったけれど、誰かに無邪気に挨拶してもらえるのは、嬉しくて仕方なかった記憶がある。

 挨拶してくれるその人が誰か、なんて関係はなかった。多分、数十数百といる人の中で自分という存在に気付いてもらえて、自分という存在に対して挨拶をしてもらえることが、嬉しかったんだと思う。

 誰かに声をかけてもらえることそのものが、幸せだったんだと思う。

 ――その幸せはいつしか薄れて、脆く儚く消えていってしまったけれど。

「……挨拶……」

 ルーヴァスは数秒考え込んだが、やがてその端正な顔に喜色をにじませ、

「良い提案だ。皆にも伝えよう。……と、その前に」
「え?」

 改めてじっと見つめられ、何か自分がやらかしただろうかと振り返りかけたところで、

「おはよう、姫」

 ルーヴァスがそっと、そう告げてくれた。
 ……もう実践してくれる、ということだ。

「はい、おはようございます、ルーヴァス」

 凛と返すと、彼は満足そうにうなずいて朝食の準備に入った。
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