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10話
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島の南端にある草原の中に、二人は奇妙なものをみつけていた。
「……那理恵渡玲 かな?」
「そのわけがないよ。だったら、大地が吟うはずだ。
あの方は、大地と仲がいいんだ」
人の姿。
馬に乗っている。
この島には、那理恵渡玲 と三人の子供以外の住人は一人もいない。
そんな姿がある、というのは、それだけで異常なことだ。
「ねぇ、於呂禹。あの馬って、何か、変じゃないか? その」
「うん。角があるね」
「それに、翼も」
黒い、一角天馬。
「あんなのって、初めて見るよ」
李玲峰 がつぶやくと、於呂禹 は首を振った。
「あんな馬、どこにもいないよ」
「だって、あれは?」
金髪の少年は神経質に眉をひそめる。
李玲峰 は、身を乗り出した。
「もう少し、近づいてみようぜ、於呂禹 」
「ダメだよっ」
於呂禹 は、びっくりした声を出して、李玲峰 の腕にとびついて止める。
「だってさ、ここで見ているだけじゃ、わかんないよ」
「う……ん」
於呂禹 は、なおもためらった。
が、うなずいた。
「そうだね。じゃ、少しだけ。みつからないようにだよ、イレー?」
「わかった」
李玲峰 はうなずき返すと、草の中を中腰の姿勢でごそごそと前進し始めた。
翼をたたんだ黒い一角天馬は、背に人を乗せたまま、ゆったりと草原を横切っていた。
天馬の背に騎乗する男の態度は、まるで新しい領土を視察にきた王のようだった。
物珍しげな、しかし尊大であつかましいほどに悠然とした様子で、天馬を進ませていく。
(僕らの島なのに!)
李玲峰 はちょっと憤慨した。
一体、あいつは何様のつもりだろう?
しかし、やがて 阿礼宇治 の花咲くその野に行く人の姿がはっきりと視界に入ってくる。
李玲峰 は目を見張った。
赤い髪だ!
その男は、彼と同じような燃え立つような炎の色の髪をしている。
炎の髪を風に吹かせ、白銀のマントを靡かせて、その若者は天馬を進ませていく。
(……でも)
李玲峰 は、顔をしかめた。
(なんだか……ヤな感じがする)
どうしてだろう?
なんで、あいつは赤い髪なのかな?
赤い髪は炎の髪。
炎の精霊の加護を示す色なのに。
どうして、こんなに嫌な感じがするんだろう?
遠目なのに、その若者がとても美しい青年なのが何故だかわかった。
その男の眼差しは、きっと魅惑的で、火のように人を惹くのだろう。
とても危険で、それだけに吸引力があるのだ、揺れるほむらのように……
李玲峰 は、ぞっとした。
この距離で、なんでそんなことがわかるんだ?
「どうしたの?」
於呂禹 が怪訝な顔を彼に向ける。
「……ううん」
こっちが見えているのかな、ともう一度様子を観察するが、どうも、こちらを見ている様子はない。
背の高い草の中に隠れ込んでいるし、距離もだいぶあるから、まずみつかっている心配はないのだが。
於呂禹 は、李玲峰 の傍らで、ごく、と唾を飲み込んだ。
「引き上げよう、李玲峰 。
隠れた方がいい」
地面に膝をついたままの姿勢で、於呂禹 はあとずさりを始めた。
「どうして?」
李玲峰 はまごつきながら、問い返す。
「言っただろう? あんな変な馬はいないって。あれはきっと、キメラだよ」
「キメラって、何サ?」
「根威座 の技術だ。根威座 では、そういうことが出来るんだ。いろんな動物の手とか足とかを切り離して、違う動物の手や足とすげ替える。
そして、全然別な、化け物みたいな動物を作るんだよ。
根威座 では、人間にもそういうことをすることがあるって」
「根威座?」
李玲峰 は、つい、大きな声を出してしまった。
「じゃ……じゃあ、あの男は?」
「うん。たぶん、あれは……」
その時、二人の少年は不気味な音が頭上から聞こえてくるのを耳にして、思わず空を見上げた。
ゴ……オン、ゴ……オン、という、低い唸るような音。
草原の向こう、見上げた空の彼方に、黒い染みのような無数の点が浮かんでいる。
それがみる間に大きくなってくる。
「イレー、於呂禹……何?
どうなっているの?」
麗羅符露 の不安げな声。
李玲峰 の戸惑いも大きくなる。
(なんだ……あれ?)
葉巻型の、黒い大きな塊。
飛行軍艦のようにも見えるけれど、帆もなければ、風が無い時に浮力をつけるために取り付ける風球もつけていない。
どうやってあれは浮かんでいるのだろう?
大きな船は、大概、船底に浮力球をつけているものだが、あんな細い形では、とてもあれだけの大きさの船を浮かすだけの浮力球があるとは思えない。
一体、あれは何だ?
その周囲に無数に散らばっている影が何だかは予想がつく。
ずいぶん高くを飛んでいるらしく、ケシ粒ほどの大きさにしか見えないが。
あれは、きっと、巨鳥 鵜吏竜紗。
人が乗るために訓練されている 鵜吏竜紗 は、船と並んで大陸や島を渡り歩く人々の足になっている。
ふと見ると、草原にいた黒い一角天馬に乗った若者は、飛来する空の黒点を振り仰いでいる。
その片腕が、まるでそれらを引き寄せるかのように、上がった。
すると、空いっぱいを覆っていたケシ粒のような黒点が一斉にこちらに降りてきた。
於呂禹 が、李玲峰 の頭を押さえて、草の中へ引き倒した。
李玲峰 は目をぱちくりして、於呂禹 の肩越しに空を見上げる。
於呂禹 も顔を背後に振り向けて、じっと空を見上げた。
やっぱり、巨鳥 鵜吏竜紗。
それも、おびただしいかずの巨鳥兵だ。
李玲峰 は初めて見る巨鳥兵の、その異様な姿に戦慄した。
黒い鎧、それに仮面の付いた黒い兜、黒いマント。
それに刃の切っ先から火炎を吹き上げている槍を手にしている。
見るからにおどろおどろしい格好だ。
「根威座 の、仮面騎士団だ!」
於呂禹 が口走った。
「それって、何だよ!?」
「根威座 の、魔皇帝 亜苦施渡瑠 の親衛隊だ!」
「えええっ!」
李玲峰 は、息を飲んだ。
目を、野原にいる黒い一角天馬に乗る青年の方に向ける。
「それじゃ、あいつは!?」
「うん」
於呂禹 はうなずいた。
「根威座 の魔皇帝だ」
「根威座 の魔皇帝、って、今、話していた、あの?」
「うん」
二人の視線を集めた、不気味な赤い髪の青年は、今しも空中へ翔びたつ寸前だった。
黒い一角天馬ははばたき、その主人を乗せて黒い葉巻型の軍船のようなものへと昇っていく。
「李玲峰……あれ!」
於呂禹 が、後ろの方を指差した。
それは、島の僧院がある方角だ。
黒煙がもくもくと立ちのぼっている。
しかも、その方角の地平近くに巨鳥兵が低空飛行をしていて、草原に火を付けている。
炎が赤く、野を染め始めていた。
「……那理恵渡玲 かな?」
「そのわけがないよ。だったら、大地が吟うはずだ。
あの方は、大地と仲がいいんだ」
人の姿。
馬に乗っている。
この島には、那理恵渡玲 と三人の子供以外の住人は一人もいない。
そんな姿がある、というのは、それだけで異常なことだ。
「ねぇ、於呂禹。あの馬って、何か、変じゃないか? その」
「うん。角があるね」
「それに、翼も」
黒い、一角天馬。
「あんなのって、初めて見るよ」
李玲峰 がつぶやくと、於呂禹 は首を振った。
「あんな馬、どこにもいないよ」
「だって、あれは?」
金髪の少年は神経質に眉をひそめる。
李玲峰 は、身を乗り出した。
「もう少し、近づいてみようぜ、於呂禹 」
「ダメだよっ」
於呂禹 は、びっくりした声を出して、李玲峰 の腕にとびついて止める。
「だってさ、ここで見ているだけじゃ、わかんないよ」
「う……ん」
於呂禹 は、なおもためらった。
が、うなずいた。
「そうだね。じゃ、少しだけ。みつからないようにだよ、イレー?」
「わかった」
李玲峰 はうなずき返すと、草の中を中腰の姿勢でごそごそと前進し始めた。
翼をたたんだ黒い一角天馬は、背に人を乗せたまま、ゆったりと草原を横切っていた。
天馬の背に騎乗する男の態度は、まるで新しい領土を視察にきた王のようだった。
物珍しげな、しかし尊大であつかましいほどに悠然とした様子で、天馬を進ませていく。
(僕らの島なのに!)
李玲峰 はちょっと憤慨した。
一体、あいつは何様のつもりだろう?
しかし、やがて 阿礼宇治 の花咲くその野に行く人の姿がはっきりと視界に入ってくる。
李玲峰 は目を見張った。
赤い髪だ!
その男は、彼と同じような燃え立つような炎の色の髪をしている。
炎の髪を風に吹かせ、白銀のマントを靡かせて、その若者は天馬を進ませていく。
(……でも)
李玲峰 は、顔をしかめた。
(なんだか……ヤな感じがする)
どうしてだろう?
なんで、あいつは赤い髪なのかな?
赤い髪は炎の髪。
炎の精霊の加護を示す色なのに。
どうして、こんなに嫌な感じがするんだろう?
遠目なのに、その若者がとても美しい青年なのが何故だかわかった。
その男の眼差しは、きっと魅惑的で、火のように人を惹くのだろう。
とても危険で、それだけに吸引力があるのだ、揺れるほむらのように……
李玲峰 は、ぞっとした。
この距離で、なんでそんなことがわかるんだ?
「どうしたの?」
於呂禹 が怪訝な顔を彼に向ける。
「……ううん」
こっちが見えているのかな、ともう一度様子を観察するが、どうも、こちらを見ている様子はない。
背の高い草の中に隠れ込んでいるし、距離もだいぶあるから、まずみつかっている心配はないのだが。
於呂禹 は、李玲峰 の傍らで、ごく、と唾を飲み込んだ。
「引き上げよう、李玲峰 。
隠れた方がいい」
地面に膝をついたままの姿勢で、於呂禹 はあとずさりを始めた。
「どうして?」
李玲峰 はまごつきながら、問い返す。
「言っただろう? あんな変な馬はいないって。あれはきっと、キメラだよ」
「キメラって、何サ?」
「根威座 の技術だ。根威座 では、そういうことが出来るんだ。いろんな動物の手とか足とかを切り離して、違う動物の手や足とすげ替える。
そして、全然別な、化け物みたいな動物を作るんだよ。
根威座 では、人間にもそういうことをすることがあるって」
「根威座?」
李玲峰 は、つい、大きな声を出してしまった。
「じゃ……じゃあ、あの男は?」
「うん。たぶん、あれは……」
その時、二人の少年は不気味な音が頭上から聞こえてくるのを耳にして、思わず空を見上げた。
ゴ……オン、ゴ……オン、という、低い唸るような音。
草原の向こう、見上げた空の彼方に、黒い染みのような無数の点が浮かんでいる。
それがみる間に大きくなってくる。
「イレー、於呂禹……何?
どうなっているの?」
麗羅符露 の不安げな声。
李玲峰 の戸惑いも大きくなる。
(なんだ……あれ?)
葉巻型の、黒い大きな塊。
飛行軍艦のようにも見えるけれど、帆もなければ、風が無い時に浮力をつけるために取り付ける風球もつけていない。
どうやってあれは浮かんでいるのだろう?
大きな船は、大概、船底に浮力球をつけているものだが、あんな細い形では、とてもあれだけの大きさの船を浮かすだけの浮力球があるとは思えない。
一体、あれは何だ?
その周囲に無数に散らばっている影が何だかは予想がつく。
ずいぶん高くを飛んでいるらしく、ケシ粒ほどの大きさにしか見えないが。
あれは、きっと、巨鳥 鵜吏竜紗。
人が乗るために訓練されている 鵜吏竜紗 は、船と並んで大陸や島を渡り歩く人々の足になっている。
ふと見ると、草原にいた黒い一角天馬に乗った若者は、飛来する空の黒点を振り仰いでいる。
その片腕が、まるでそれらを引き寄せるかのように、上がった。
すると、空いっぱいを覆っていたケシ粒のような黒点が一斉にこちらに降りてきた。
於呂禹 が、李玲峰 の頭を押さえて、草の中へ引き倒した。
李玲峰 は目をぱちくりして、於呂禹 の肩越しに空を見上げる。
於呂禹 も顔を背後に振り向けて、じっと空を見上げた。
やっぱり、巨鳥 鵜吏竜紗。
それも、おびただしいかずの巨鳥兵だ。
李玲峰 は初めて見る巨鳥兵の、その異様な姿に戦慄した。
黒い鎧、それに仮面の付いた黒い兜、黒いマント。
それに刃の切っ先から火炎を吹き上げている槍を手にしている。
見るからにおどろおどろしい格好だ。
「根威座 の、仮面騎士団だ!」
於呂禹 が口走った。
「それって、何だよ!?」
「根威座 の、魔皇帝 亜苦施渡瑠 の親衛隊だ!」
「えええっ!」
李玲峰 は、息を飲んだ。
目を、野原にいる黒い一角天馬に乗る青年の方に向ける。
「それじゃ、あいつは!?」
「うん」
於呂禹 はうなずいた。
「根威座 の魔皇帝だ」
「根威座 の魔皇帝、って、今、話していた、あの?」
「うん」
二人の視線を集めた、不気味な赤い髪の青年は、今しも空中へ翔びたつ寸前だった。
黒い一角天馬ははばたき、その主人を乗せて黒い葉巻型の軍船のようなものへと昇っていく。
「李玲峰……あれ!」
於呂禹 が、後ろの方を指差した。
それは、島の僧院がある方角だ。
黒煙がもくもくと立ちのぼっている。
しかも、その方角の地平近くに巨鳥兵が低空飛行をしていて、草原に火を付けている。
炎が赤く、野を染め始めていた。
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