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第二十六話「レイオール追跡計画始動」

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 レイオールの指示通り、レイラスは受け取った手紙をすぐさまガゼルの元へと届けた。レイラスから受け取った手紙を読んでいくと、そこにはこのような文面が記載されていた。



“父さんへ


 父さんがこの手紙を読んている頃には、もう俺はみんなの元からいなくなっていると思う。


 実はみんなには黙っていたけど、俺は王様になんてなりたくない。悠々自適な平穏な日常を送りたいんだ。


 だから、俺は王太子を辞める。今までありがとう。そして、探さないでください。


 追伸:モンスターに連れ去られたのは、偶然なのであしからず”



「……」


 突然の出来事にガゼルは押し黙ってしまう。顔を俯かせ、どんな顔をしているのは窺い知れぬが、彼にとって不測の事態が起きたことは明白だ。


 スタンピードの最中に息子を命の危険が及ぶ戦場に送り出したばかりか、その息子が自分の跡を継ぎたくないという事実を突き付けられたのだから。他でもないレイオール本人の手によって。


「まさか、レイオールがそんなことを考えておったとはな。これは困ったことになったな」

「陛下、殿下の手紙にはなんと書かれていたのですか?」


 ただ手紙を届けろと指示されたレイラスは、自分がガゼルの元に運んだ手紙の内容が何であったのか聞いてくる。ガゼルは無言でその手紙をレイラスに渡してやると、レイラスはすぐに手紙に目を通す。


 そこに書かれていたことが信じられないとばかりに、レイラスの目が見開かれる。そして、そのあまりにも唐突な事実に「そんな、殿下が」と呟くと、片膝を付いて地に伏す。


 レイラスにとってレイオールという存在は、仕えるべき王族であると同時に、剣術では良きライバルでもあった。尤も、レイオールの才能の前にはライバルというよりも少しでも近づきたい憧れの相手としての認識が強かったが、それでもレイラスにとって彼自身の中で大きな存在であったことは言うまでもない。


 ゆくゆくはレイオールが国王となり、それをお側近くで支えるという願望を抱いていたレイラスだったが、今回の一件でその願望が泡と潰えた結果となってしまったのだ。そのショックは計り知れない。


「あなた! レイラスが戻ったと聞きました。レイオールちゃんはどこですか? 私のレイオールちゃんは!?」

「兄さまはどこですか? 無事なのですか!?」

「にぃ! にぃ!!」

「王妃様、誠に申し訳ございません」

「ま、まさか……。レイオールちゃんに何かあったの?」

「……こちらを」


 そこに現れたのは、サンドラとレイオールの弟妹であるマークとローラだった。レイラスが戻ったことを聞きつけたようで、すぐにガゼルの元へとやってきたらしい。


 レイラスはレイオールの安否を問い掛ける彼女たちに持っていた手紙を渡そうとガゼルに一度視線を向ける。手紙を渡してもいいかという目線に気付いたガゼルが、こくりと一つ頷いたのを確認すると、レイラスはサンドラに手紙を手渡した。


 手紙を受け取ったサンドラたちがレイオールの手紙を読み終えると、レイラスと同じように驚愕の表情を浮かべており、ショックを受けているのがすぐにわかった。


 サンドラに至っては、手紙の内容を呼んだ途端みるみるうちに顔が真っ青になっていき、卒倒しそうになるほどによろめいたため、慌ててガゼルが彼女の体を支えてやる。今にも気絶しそうな表情を浮かべながら、サンドラはぽつりと呟いた。


「そ、そんな。レイオールちゃんが……レイオールちゃんが……どうして」

「落ち着くのだサンドラ。今はレイオールも大事だが、国のことも考えねばならない。だから――」

「どうして、私宛の手紙はないの!? あなただけレイオールちゃんの手紙をもらうなんてズルいわ!!」

「えぇ、気にするとこはそこなのか? レイオールと国のことを何とかしなければ――」

「そんなもの連れ戻すに決まってるじゃないですか! それに国のことはあなたと家臣たちでどうとでもなるでしょ」

「いや、それはそうなんだが。もう少し言葉を選んでほしかったというかなんというか……」


 この期に及んで場違いな親バカぶりを発揮するサンドラだったが、レイラスがレイオールの手紙を持ち帰ってきた際、最愛の息子が自分のためだけに宛てた初めての手紙を貰ったということで、ガゼルもまた内心では浮かれていたということは彼以外誰も知らない。そういう意味では、彼もまたサンドラと同類だと言える。


 それから、マークやローラも交えた家族会議が行われ、現状をどうするかという話し合いを行った結果、以下のことが決定した。



 ・レイオールを連れ戻すための捜索隊を結成し、何としても城に連れ帰る。


 ・レイオールを連れ戻す間は国を立て直すため、国王ガゼルだけでなく王妃のサンドラやマークやローラもできる限りのことを行う。


 ・レイオールがいなくなったことは上層部以外には情報を規制し、国民にもその事実を伏せる。



「まずはレイオールちゃんを連れ戻すための人選をしなければならないわね」

「ああ、だが中途半端な奴に任せてもレイオールを連れ戻せるとは思えないぞ」

「そのお役目。是非とも私に一任してくださいませ」


 レイオールを連れ戻すための人選選びの話し合いを始めようとしたガゼルとサンドラの前に、ある人物が名乗りを上げる。その人物とは、かつてレイオールの乳母であったジュリアだった。


 彼女とて、今はレイオール専属の侍女として彼に仕えているが、赤ん坊の頃から彼の世話をしてきたこともあって、その思考は実の両親であるガゼルとサンドラ寄りなのだ。つまり、彼女もまたレイオールに心酔する親バカの一人と言えなくもない。


「そうね。ジュリアだったら、レイオールちゃんに言うことを聞かせられそうだし、ここはあなたに任せようかしら」

「となると、ジュリアに同行してくれる護衛の騎士が必要だな」

「っ!? 国王陛下! そのお役目。是非とも私にさせてください!!」


 ジュリアがレイオールを連れ戻すという話であれば、少数ながらも身辺警護をする護衛が必要となってくる。その話になった際、レイラスは何の迷いもなくその護衛の役目に志願をした。


 理由は単純で、彼がレイオールの姿を見た最後の人間であり、もし仮に自分がレイオールの本心に気付くことができていれば、今回の事態を未然に防げたかもしれない。そんな彼が感じている責任と罪悪感から、騎士見習いとはいえその汚名を濯ぐ機会が得られるのならば、是が非でもそれを逃すわけにはいかなかった。


 彼の祖父、そして父までもが騎士団長という名誉ある役職を得ている以上、その一族であるレイラスにも、そういった周囲が期待する目で見られてしまうのは無理からぬことなのだ。


 祖父や父のように立派な騎士となり、騎士団長とまではいかなくとも、誇りある一人前の騎士として生きていきたいと考えている。そんなレイラスにとって、今回の一件は騎士としての誇りを傷つけられる屈辱的な出来事であった。


 だからこそ、その失態を誰かの手ではなく自分自身の手でなんとかしたいと考えるのは当然であるし、ガゼルとサンドラもそんな彼の心情を理解していた。


「わかった。だが、護衛を騎士見習いであるお前一人に任せるのは些か心許ない。だから、もう一人護衛として騎士を付けさせてもらう。それでいいな」

「承知しました。此度の機会を与えてくださった陛下に感謝いたします。そして、この場にてお誓いいたします。必ずや殿下をこの城に連れ戻して参ることを!」


 こうして、王都から去って行ったレイオールを連れ戻すための追跡計画が、静かにだがゆっくりと始動したのであった。
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