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第六章 料理と錬金術と強敵と治療

70話

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 秋雨が魔族との邂逅を果たした二日後、ランバーとその妻であるキャメロの元へと赴いた。相も変わらず顔色の悪いランバーは、今にも永遠の眠りに就きそうなくらい衰弱しきっていた。


 秋雨が再びマリエンベルク家を訪れたのは、他でもない養子の件を断るためである。


 異世界ファンタジーの小説でよくあるのが、権力者の手による妨害工作や有能な人材を自身の陣営に取り込もうとする勧誘だ。


 こういった行為自体、転移や転生した人間にとっては迷惑行為以外の何物でもないのだが、さも当たり前のように権力者たちは権力に物を言わせてそれを行ってくる。


 それに対抗するためのいくつかの方法が存在するが、その一つは権力者の後ろ盾である。目には目を歯には歯をとはよく言ったもので、権力者には権力者をということだ。


 王族や絶大な権力を持つ人物と仲良くなることで、何かあった時に彼らが悪質な権力者からの防波堤となってくれるのだ。


 しかしながら、これには当然デメリットも存在し、後ろ盾になってくれる権力者から難易度の高い依頼を出される可能性が高くなってしまう。


 回復薬などの薬に関する能力のある者は当然薬の調合を依頼されるし、力のある者は自身の護衛やランクの高いモンスターの討伐を要求されることも少なくない。


 だからこそ、秋雨は今まで権力を持つ人間との接触を回避するため、目立たないよう行動してきた。だというのに、結果的には養子になれといういい意味ではあるが、権力者に目を付けられる形となってしまっていた。


「ゴホッ、ゴホ、これはアキサメ殿、よく来てくれた」

「あなた、あまり無理はしないでください……」

「今日やって来たのは他でもない。アンタの養子になるという件についてだ」

「……」


 ランバー自身、秋雨の用向きがわかっていたのだろう。余計な言葉を発することなく、秋雨の言葉を待っている。


「すまないが、養子の件は断らせてもらう」

「どうしてですか?」

「詳しくは話せないが、俺にはやらなければならないことがある。一つの街にずっと留まっているわけにはいかないんだ」

「……そうか、残念だが仕方がない」

「わ、私は納得できませんわ!」


 秋雨の返答がわかっていたランバーだったが、それでも断られたことに少なからず落胆する。もう用事が済んだので屋敷をあとにしようとするのだが、キャメロの執拗なまでの足止めを食らってしまい、結局彼女から解放されたのは夕方に差し掛かろうかという時刻の午後十六時になってしまった。


 ちなみに、キャメロの足止めの最中、昼を回った際に昼食を屋敷で食べており、昼食後は成り行きで彼女の説得を再開する羽目になってしまい、秋雨の精神的疲労が蓄積されてしまったことを付け加えておく。


 屋敷をあとにした秋雨は、その足でとある場所へと向かった。予想外に時間が掛かってしまったが、当初の予定通り秋雨はとある人物に会いに行くことにした。


 応接室で待たされること数分、目的の人物が現れ秋雨に一礼をする。


「これはこれは、アキサメ君。今日は素材の買い取りでしょうか?」


 そう言いながら、微笑みを浮かべるのはシャレーヌ商会の代表を務めるマーチャントだった。挨拶もそこそこに、明日にもこの街を離れることを告げ、今まで世話になった礼を秋雨は述べる。


 マーチャントは本当に残念そうな顔を浮かべながらも「こちらこそ、大変お世話になりました」とだけ告げ、それ以上不用意な詮索はしてこなかった。


「マーチャントさん、最後に一つ大仕事を頼みたいんだが」

「なんでしょうか?」

「俺がこの街を出てから三日後ののちに、この薬をランバー伯爵のところに届けて欲しいんだが」

「これは?」

「伯爵の原因不明の病に効く薬だ」

「そ、それは本当ですか!?」


 秋雨の説明を聞くと、目を見開いて驚いたマーチャントが信じられないといった表情を浮かべ、机に並べられた薬瓶を観察する。


 この街の住人であれば、領主であるランバー伯爵が原因不明の病で床に伏せっているということは周知の事実であり誰もが知っている。そして、幾人もの薬師や回復魔法の使い手が伯爵の元を訪れたが、誰一人として伯爵の病を治すことはできなかったのである。


 そんな中、見た目がまだ大人になったばかりの少年といっても差し支えない秋雨が、原因不明の病を治す薬を何気なく取り出したのだ。本当にその薬が伯爵の病に効くのかどうか疑うなというのが無理な話である。


「渡してくれれば分かる。口頭でも伝えるが、これがこの薬の使用法だ」


 そう言って秋雨は伯爵の病を治す薬の使用法が書かれた紙を取り出し、そのあとマーチャントに口頭でも伝える。使用法といっても難しい手順は必要なく、ただ一日おきに一本ずつ薬を飲めばいいというだけである。


「いいか、これは重要なことだから言うけど、症状が無くなってもこの五本全ての薬を飲み切って欲しいと伝えてくれ。症状が無くなっても、病気の原因となるものがまだ体の中に残ってる可能性があるからな。あと、早く治そうとして一日に何本も飲まないようにすること。この薬は効能がかなり強いから、一日に何本も飲んだら下手すりゃ死ぬかもしれん。絶対一日一本だけを守るように。それから、この薬の出所が俺だということは誰にも言うな」

「わかりました。必ずお伝えしたします」

「それだけだ。じゃあ俺はこれで」

「アキサメ君、本当にありがとうございます。もし、またこの街に立ち寄ることがあればぜひうちに寄ってください。その時は全力で歓迎いたします」

「ありがとう」


 マーチャントに用事を頼み、挨拶も済んだのでそのまま帰ろうと立ち上がりドアに手を掛けたところで、秋雨の動きが止まる。そんな彼の動きを見てマーチャントが不審に思っていると、再び振り返った彼がこう口にした。


「そうだ、忘れるところだった。もう一つ、とある人物に届けて欲しいものがあるんだが……」


 追加でマーチャントに依頼した秋雨は、今度こそシャレーヌ商会をあとにした。


 この二つの依頼が、この街にとって重要な転機を迎えてしまうことなど、秋雨はおろかマーチャントですら予想していなかったのであった。


 宿に戻った秋雨は、世話になったケーラやケイトにこの街を去ることを告げると、最後の宿泊となる自分の部屋へと戻っていった。


 部屋に戻る途中、相も変わらずバカップルの荒々しい声が聞こえてきたが、完全にそれを黙殺し部屋に入る。


 しばらくして、ケイトが夕食を持ってきてくれたのだが、秋雨が街を出ていってしまうのが寂しいらしくあまり元気がなかった。


 その日はもう何もないため、夕食を済ませ生活魔法で体を綺麗にしたあと早々に眠りに就いた。







 その夜、それは秋雨の部屋で起こった。突如として、彼の部屋の鍵が開く音が聞こえその音で目が覚める。部屋の隙間から差し込んでくる月明かりが、時刻はまだ草木も眠る深夜だということが窺える。


 そして、秋雨を起こさないようにするためなのかドアがゆっくりと開く僅かな音が聞こえ、部屋の中に誰かが侵入してきた。


(……やっぱり、これが狙いだったか。まあ、思いつめた顔してたし、必然といえば必然だなこりゃ)


 そんなことを秋雨が考えている間も、侵入者は確実に秋雨の横たわるベッドに近づいてきていた。その足音が秋雨の寝ているベッドの方へ近づくにつれ鮮明に聞こえてくる。足音がベッドのすぐ傍まで迫ったその時、秋雨がその音の主に向かって口を開いた。


「こんな真夜中に何か用なのか? えぇ、ケイト?」

「っ!?」


 そう、秋雨の部屋に侵入してきた人物はこの宿【白銀の風車亭】の看板娘であるケイトだった。こちらを見もせずに正体を見破られたことに驚きの声を漏らすケイトを気にもせず、体を起こし改めて彼女に視線を向ける。


「よ、よくわたしだってわかりましたね」

「これでも一応冒険者だからな」


 まともに冒険者として活動する気がないことを棚に上げ、秋雨が当り障りのない答えを返す。しばしその場に沈黙が流れるも、意を決したようにケイトが口を開く。


「ア、アキサメさん、わ、わたしあなたのことが好きです」

「俺がこの街から去るタイミングでそんなことを言われても、迷惑にしかならないってことはわかってるよな?」

「はい、だからこそ伝えておくべきだと思ったんです。あとで後悔したくないですから」

「それで、ただ俺に思いを伝えるだけのためにこんな夜中に忍び込んできたわけじゃないんだろ?」

「……」


 秋雨がそう問い掛けると、ケイトは着ていた服をおもむろに脱ぎ始めた。秋雨はそれを咎めることも止めることもせず、ケイトの一挙手一投足を見続ける。


 ついにケイトが着ていた服を全て脱ぎ、一糸纏わぬ姿になる。月明かりに照らされたケイトの瑞々しい肌は、女性としての色香を漂わせ、年不相応とも言うべき二つの膨らみは秋雨を挑発するかのようにふるんと揺れ動く。


 二人の間にもはや言葉はいらず、ベッドから立ち上がった秋雨がゆっくりとケイトに近づいていく。二人の距離が近づき、ついにはお互いの息が掛かる距離まで接近する。


(据え膳食わぬは何とやらとはよく言うが、ここで彼女を欲望のままにどうこうするわけにはいかないよなー)


 秋雨は確かに女体に興味があるし、何よりもそういう関係になりたいという願望も人一倍あるにはある。だが、男として行くべきでない状況という判断もできる人間であった。


「ケイト、お前の気持ちはすげぇ嬉しいし、俺もお前とそういうことをしてみたいという願望はあるが、俺にそういうことをするつもりはない」

「どうしてですか? わたしじゃ魅力ありませんか?」

「お前がどうこうじゃない。俺の方に問題があるということだ」


 秋雨の言葉に震えながら涙を流し、ケイトはその場に座り込む。そんな彼女を見た秋雨は、ケイトを優しく抱きしめる。女性特有の甘い香りとフェロモンが鼻腔を擽り、雄の本能に火が着きそうになるのを全力で抑え込みながら、秋雨はケイトにゆっくりと語り掛けた。


「いいかケイト、お前は将来この宿を継いでいく人間だ。そんな子が俺みたいな流れ者に汚されちゃあいけないんだ。お前の純潔は、お前と一緒に将来この宿を切り盛りしていく旦那のために取っておいてやったらどうだ?」


 秋雨の言葉に、涙を流しながらもしっかりとケイトは頷いた。だが、これで終わらせるほど秋雨の性格はおよろしくはないのだ。


「んっ」


 ケイトがそれを認識するのに数秒の時間を要した。しかし、それを認識した瞬間彼女の心臓が鼓動を早めた。


 そこにあったのは、秋雨の顔であり彼がケイトの唇の感触を楽しんでいる様子だった。そう、秋雨は彼女にキスをしていたのだ。


 そのあまりの状況に戸惑いと驚きを感じつつも、秋雨が顔を離すといつもの悪戯が成功した顔を張り付けこう言い放った。


「お前の“初めて”は未来の旦那にくれてやるが、ここの初めては俺が貰っておこう」


 そう言いながら、秋雨は再びケイトに顔を近づけ彼女と唇を重ね合わせる。秋雨の鼓動と唇の感触に、甘い吐息を漏らしながらもそれに応えるようにしばらくお互いの唇を交差させる。


 幾度かのキスの後、二人の間に沈黙が訪れる。だた、その沈黙は決して気まずいという感情からくるものではなく、言葉を交わさなくとも分かり合える居心地のよい沈黙であった。


 しばらくその沈黙が流れたが、不意に秋雨が軽い感じでとんでもないことを聞いてきた。


「なあ、ケイト。明日俺はこの街を出て行くって言ったよな?」

「そう、ですね」


 改めて、秋雨がいなくなってしまうことに寂しさを覚えたが、彼が放った次の一言でその感情が霧散することになってしまう。


「なら、最後にケイトのおっぱい揉ませて欲しんだけど?」

「……はい?」

「いや、だって。お前、俺の事好きなんだろ? だったらおっぱい揉んでも嫌がらないってことじゃん。だからさ、おっぱい……揉ませてくれ!!」

「……」


 そのあまりの明け透けな態度に、怒りよりも呆れが勝ってしまい。ただただ秋雨のどうだと言わんばかりのドヤ顔を眺めるしかなかったのであった。


 結局そのあとどうなったのかといえば、ケイトは秋雨の願いを聞き届け彼女の大きな膨らみを思う存分堪能した。


 その後、そのままケイトを帰してしまうのは男の矜持に反すると思ったのか、同じベッドで眠ることになったのだが、もうすでに何もかもが手遅れな状態であった。


 普通の女性であれば、百年の恋も冷めるほどの愚行と断言できることを秋雨は犯してしまっていた。それでも、何とか上手く収まったのは、ひとえにケイトの性格の良さに助けられた部分も大きいとだけ言及しておく。
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