モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件

こばやん2号

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第7話

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「さて、再開しようか」


 現実世界の用事を済ませてきたクラフは、再びFLOSのへとログインする。もう既に、現実世界では家事と仮想世界の会社から戻ってくる両親のために、夕飯を作り置きして風呂も済ませ、後は寝るだけの状態にしてある。これで心置きなくゲームに集中できる。


 クラフはまず今回の目的を明確化させるべく、今後どう動いていくか予定を立てる。差し当たっての目的はやはり……。


「レッドスライムに再戦だな。あいつとの決着は絶対だ」


 自身の素材たちを失う原因を作り出した犯人とのリベンジマッチを行うべく、クラフはレッドスライムに再挑戦することを宣言する。当面の目的が決まったところで、クラフはさっそく行動に移る。どうするのかといえば、装備の調達である。


 レッドスライムとの戦闘で、クラフが敗北してしまった主な原因としては、彼自身のプレイスキルに起因しているところが大きい。しかしながら、それ以外の要素を探っていくとクラフが装備していた武器や防具などの装備品が、初期装備で弱かったということが敗北の一因として挙げられる。


 クラフもそのことに気付いており、もしちゃんとした装備で戦っていれば、もっと善戦できたのではないかという結論に至ったのだ。彼自身自分が戦闘が苦手という自覚はあり、それを短い期間でどうにかすることは難しいと考えている。だが、装備であれば性能の良いものに新調することで、モンスターから受けるダメージを軽減することが可能となるのだ。また、さらに性能がいい装備となってくると毒などの状態異常に対する耐性のある防具や、装備している間特定のスキルが使用できるといったものまで存在する。


「そうと決まれば、まずは所持金の確認だな。ええと、現在の所持金は……うん? 査定の結果?」


 何はともあれ、まずは先立つものが必要だということで、クラフは今の自分の所持金を確認する。すると、査定の結果が出ましたというメッセージが表示され、前回ログインしていた際に買い取り申請に出していたものだろうとクラフは当たりを付ける。とりあえず、査定の結果を見るため詳細を確かめてみると、ウインドウに映し出されたのは目を疑う数字だった。




【査定合計金額】:108470ゼニル




「うぅん? 何だこの数字は、バグか何かか?」


 思わず、自分の目をこすって確かめるという漫画やアニメのキャラクターしかやらないような仕草を取ってしまったクラフだが、そうなってしまうのも無理はない。前回ログインする前の彼の所持金は5000ゼニルにすら到達しておらず、デスペナの効果によってさらに所持金を減らしてしまっていたのだ。だというのに、ウインドウに表示された数字は十万を超える金額を表示していたからだ。


「一体どういうことだってばよ……」


 往年のアニメキャラの口癖が出てしまうほどに動揺を隠せないクラフだったが、一つ大きな深呼吸をすると、何度もウインドウの数字を一の位から一十百千万と数えていき、何度見返してもそれが変わらない数字であることを認識する。


 一体何がどうしてそうなったとばかりに原因を究明していき、一つの答えを導き出した。導き出したというよりもFLOSの自分のログを確認しただけなのだが、それはクラフが買い取りに出した下級ポーション++などのアイテム類の査定額が異常なほどに高額だったということがわかった。


 FLOSをプレイした経験がないクラフだが、最初に貰える所持金が1500ゼニルであることを考えれば、その七十倍に相当するこの査定額が異常であるということは一目で理解できた。だが、自分が作ったものがどうしてこれだけの金額になったかという理由がわからず、その点については首を傾げざるを得ない。


「うーん……ま、いっか。高く買ってくれるならそれに越したことはないしな」


 あまり細かいことを気にしない性格のクラフは、特に高額査定の理由を知らないまますべて売却することを了承し、査定された金額108470ゼニルが彼の所持金にプラスされる。


 これで一気に十万超えの小金持ちになってしまったクラフだが、クラフト系ゲーマーの彼は理解している。この程度の金額はクラフトという分野の前ではただのあぶく銭でしかないということを。


「まあ、何はともあれ金はできた。これで新しい装備を新調できるぞ」


 ちょっとしたハプニングはあったものの、装備を手に入れるためのまとまったお金を入手することができたクラフは、さっそくマーケット市場へと向かうことにする。


 マーケット市場へとやってきたクラフは、さっそく装備品が売られている店舗を見て回るものの、そのほとんどが初心者装備よりも少し性能がいい程度のものばかりであり、値段自体も何となくだが相場より少しお高めに感じていた。


 その理由は単純で、前作も含めたFLOSでは装備品は滅多なことでは手に入らず、主な入手としては装備品を取り扱っている店での購入となる。販売主はNPCまたはプレイヤーのどちらかとなるのだが、当然プレイヤーメイドの方が性能が高いものが売られている。


 NPCの場合、性能はいまいちな部分があるものの、その分値段もお手頃で金欠だったり、高額な装備を手に入れる間までの仮装備として序盤は重宝されたりする。


 どちらにもメリットデメリットが存在し、状況に合わせて使い分けるのが吉とされているが、FLOSを始めたばかりのクラフがそれを知っている訳もなく、ただただ自分の感性に従って店舗を回っていた。


「よう、そこの坊主。装備品を探してるならうちの店の装備なんてどうだい?」

「え、俺?」


 そんな中、クラフに声を掛けてきたのは二十代後半と思しき男性だった。ぼさぼさの髪に無精髭といういかにもものぐさな性格だということが窺える見た目だが、VRMMO特有の整った顔立ちになるアバターのお陰で幾分マシなものに見えている。実のところは、彼自身がアバター製作の際にこういう見た目になるように意図的にいじったものであったようで、彼曰く「この方が職人っぽくていい感じじゃないか?」だそうだ。


「そうそう、お前だよお前。俺はこの店の主でクリークって名前のお兄さんなんだが、坊主は?」

「クラフですけど」


 自分よりも明らかに年上であるのと、知った顔以外では丁寧な言葉遣いを心掛けているクラフは、ちゃんとした敬語で返答する。それを見たクリークが、「ちっちっちっ」と人差し指を立てながら、それを左右に振るという若干古臭い仕草をする。


「そんな他人行儀な言葉遣いはしなくていい。普通にタメ口で構わないぜ」

「え、でも」

「坊主はあれか? もしかして、こういったゲームをやるのは初めての口か?」

「はい」


 あることに思い至ったクリークは、クラフにそんな質問をする。基本的にオンラインゲームというものは、年功序列の概念が軽薄になりがちであり、年上のプレイヤーが敬語を使ったり、その逆に年齢その低いプレイヤーがタメ口だったりという現象が頻繁に起きている。その概念をクラフが知らないということは、今までこういった多人数参加型のゲームをやってこなかったか、経験はあっても他のプレイヤーとの接触が極端に低かったかのどちらかということになる。そして、クリークはクラフが前者であると当たりを付け、彼に問い掛けたのだ。


「別に敬語を使ったらいかんとかいうルールはないけど、基本的に敬語は使わないことが多いぞ。何かのロールプレイをしてるっていうなら話は別だがな。少なくとも、年功序列とか礼儀とかで使ってるなら俺にそんな気を使う必要はないぞ」

「なら、お言葉に甘えて」


 郷に入りては郷に従えという言葉もある通り、オンラインゲームにはオンラインゲームの慣習というものがある。そういうものなのだろうと納得したクラフは、クリークの提案を受け入れ、丁寧な口調を止めることにした。


「でだクラフ。お前さん、新しい装備を探してんだろ?」

「なんでわかったんだ?」

「そりゃお前、初心者装備でワクワクしながら店舗を見て回ってたら、新しい装備を買いに来たって思うのは不自然じゃないだろう? 実際、お前さんは新しい装備が欲しくてここに来た。だろ?」

「まあ、そうだけど」


 なぜクリークが自分の目的を知っているのかと疑問に思ったクラフが問い掛けると、ごく自然な答えを返される。よく考えれば、販売所がある場所にいる人間の目的など買うか売るかの二択しかない。そして、周囲をきょろきょろと見回している人間は何かいいものがないのかと探している場合が多く、特に初心者装備を身に着けているクラフが欲しているものはなんだという答えはおのずと見えてくるものだ。


 そのことに思い至ったクラフは、疑問が解決したことで納得した表情を浮かべる。そして、そんな彼を見て改めてクリークが営業を再開する。


「初心者ってことだからあんま金は持ってないだろうが、とりあえず初心者装備の次はこれを買っておけば間違いないっていうのはこいつら辺りかな」

「ふむふむ」


 購買意欲ありと見たクリークが、クラフに勧めてきたのは初心者装備と同様軽装タイプの装備一覧だった。値段自体は3000から7000ゼニルとお高い印象だったが、性能自体はクラフが今まで見てきた装備品の中ではピカイチであった。その中でも、クラフはある装備に目が止まった。





【生産職人のトンカチ】:効果:STR+5 DEX+6 レア度:2 品質:★☆☆ 耐久度:350 価格:7000ゼニル



【生産職人の帽子】:効果:VIT+3 DEX+3 レア度:2 品質:★☆☆ 耐久度:200 価格:3000ゼニル



【生産職人のつなぎ】:効果:VIT+4 DEX+5 レア度:2 品質:★☆☆ 耐久度:300 価格:5000ゼニル



【生産職人の腕輪】:効果:VIT+3 DEX+4 レア度:2 品質:★☆☆ 耐久度:250 価格:4500ゼニル



【生産職人のベルト】:効果:VIT+4 DEX+4 レア度:2 品質:★☆☆ 耐久度:180 価格:4000ゼニル



【生産職人の靴】:効果:AGI+5 DEX+3 レア度:2 品質:★☆☆ 耐久度:300 価格:3500ゼニル






 生産職としては、見逃せない装備一覧に目が釘付けになっていると、それに気づいたクリークが装備の詳細を教えてくれる。


「お、生産職人シリーズか。クラフも生産職だったんだな。なら、この装備はうってつけだぜ。攻撃と防御の面では若干不安があるが、生産職に重要なDEXがかなり上昇する装備だからな。かく言う今俺が着けてる装備もこれよ!」


 そう言いながら、クリークが胸を張って親指を立てた右手を自分自身に指差す。正確には、自分が装備している装備品にだが。


 彼の説明からもこの装備は生産職のプレイヤーにとっては必要不可欠なものであると判断したクラフは、多少お高いとは思ったものの、必要な出費だと思い購入することにした。


「気に入った。これにする」

「おう……ってか金あんのか? 全部買うと27000ゼニルもすっぞ?」


 自ら勧めた装備とはいえ、初心者が27000ゼニルという大金を所持しているかどうかという結論に至ったクリークだったが、そんな彼の心配は杞憂に終わる。クラフが作製した下級ポーション++の売り上げによって、十分支払うことができるからだ。もし、その売り上げがなければ厳しいところだったが、まとまった金額を持っている今であれば問題ない。


「大丈夫だ。問題ない」

「……なんか、不安になるような返答だが、まあ払えるって言うなら文句はない」


 少々初心者にはハードルが高い買い物となってしまったが、降って湧いたあぶく銭で支払うことができたということでクラフは内心で安堵する。やはりこういった臨時収入は今自分が欲しているものにつぎ込むべきだ。


 クリークとの取引が成立し、クラフの手元に装備一式がやってくる。さっそくメニュー画面から装備選択へ移動し、装備を初心者装備と交換する。




【武器】:生産職人のトンカチ

【頭】:生産職人の帽子

【胴】:生産職人のつなぎ

【腕】:生産職人の腕輪

【腰】:生産職人のベルト

【足】:生産職人の靴


 ※セット効果発動【生産職人シリーズ 効果:DEX+10】



 装備の確認をクラフが行っていると、見たことのない情報が表示される。それはセット効果と呼ばれるものであり、どうやらDEXがさらに向上する効果を持っているらしい。


「クリーク。セット効果ってなんだ?」

「ん? ああ、そういえば説明してなかったな」


 さっそく疑問に思ったことをクラフがクリークに問い掛けた。クリークの説明では、ある一定の装備一式を身に着けると、特定の追加効果を得られることがある。これを【セット効果】というらしい。


 身に着ける装備によって得られる効果が異なり、レアなケースとして専用のスキルが使えたり、大幅にパラメータが上昇する場合がある。トッププレイヤーともなれば、装備を特定のシリーズで固めていることは珍しくなく、寧ろその効果がなければ戦うことが困難な場合すらあるため、決して馬鹿にできない要素なのだ。


「へえー」

「しかも、このセット効果の奥深さはな。決まったシリーズで固めなくても、ある特定の組み合わせによって発動する場合があるってところだ。場合によってはシリーズで固めた時よりもいい効果が付くこともあるから、みんなその組み合わせを模索することに時間を割くプレイヤーも珍しくない」

「なるほど」


 また一つ、新たにFLOSのシステムを理解できたことに満足したクラフは、クリークに礼を言ってその場を去ろうとしたのだが、ここで彼に引き留められる。


「おうちょっと待て。お前さんも生産職だが、最初装備のメンテナンスとかは難しいだろう。フレンド登録していつでも連絡が取れるようにしておこう」

「ああ、そういえばそんな機能があるんだっけか」


 言われるがままにクリークとフレンド登録をするクラフ。フレンドの機能としては、フレンド登録した相手のログイン状況や、個人宛に送れるメール機能とボイスチャットといったオンラインゲームにおいては極々普通の機能ばかりだ。初めてのフレンド登録にクラフが内心でニヤついていると、クリークが今後の方針を聞いてきた。


「それで、次の予定はどうすんだ?」

「とりあえずは、手持ちの素材を調合した後でまた素材集めをするかな」

「そうか。まあ、無理せずに頑張るこったな。装備の耐久がヤバくなったら連絡くれ。大抵マーケット市場にいるから」

「ああ、いい買い物だった。そうだ、これ俺が作ったポーション。お近づきの印に受け取ってくれ。じゃあ、また」


 クラフは素直にクリークにそう告げると、今度こそ彼とその場で別れた。だが、クラフは知らなかった。彼クリークはFLOSどころか前作のFLOが発売された七年前から今に至るまでずっとプレイしてきた猛者であり、数多くいるFLOSプレイヤーの中でも最古参と呼ばれている実力者だということを。


 そして、クラフが渡したポーションは未だ発見されていない新たな要素を含んだ下級ポーション++であり、それを見てクリークはクラフを引き留めようと声を掛けたのだが……。


「ん? これって……。おい、クラフこのポーション――って、いねぇし」


 すでにその場にクラフはおらず、クリークの声が虚しく響き渡るだけであった。残された彼は、自称初心者を謳う少年に向けて自分の審美眼が間違っていなかったことを喜ぶ。


 クリークは前作のFLOから既に有名で【神出鬼没の神匠(プロダクトクラフター)】という通り名を持つ生産職プレイヤーの中でも一際異彩を放つプレイヤーだ。そのスタイルは、自分で見極めたプレイヤーのみにしか自身の作品を売らず、そのお眼鏡にかなったプレイヤーはまさに選ばれた存在といっても過言ではない。


 自身で製作した認識阻害の装飾品を身に纏っており、見つけることはかなりの困難を極める。だが、クリーク作の装備品は高性能という話はとても有名で、ある時期に出品された彼の装備が数百万ゼニルで売れたという噂もあるほどだ。そのため、彼を求めて探すプレイヤーが後を絶たず、出会ればラッキーという一種のパワースポット的な存在として認知されている。


「こりゃあ、一波乱あっかもな」


 自分の手に持つ未発見のアイテムを眺めながら、クリークはクラフの行く末を憂いた。それと同時に、停滞していたFLOSの状況が動き出すことに、一人のプレイヤーとしてウキウキという感情を抱いていたのであった。そして、その状況を作り出した張本人であるクラフに対し、今後彼がどんなことをしでかすのか見てみたいと思い始めていた。










「よし、まずは食料を買い込もう」


 クリークと別れたクラフは、彼に宣言した通り死に戻る前に手に入れた素材たちを調合するべく、生産工房へと向かうことにした。その前に、満腹度が切れることを鑑みてNPCの店で携帯食料を三十個ほど購入し、後顧の憂いを絶った状態で改めて生産工房へと移動する。受付のNPCに100ゼニル手渡し、レンタル時間を一時間だけ借りることにし、工房へとやってきた



 さっそく、調合に移ろうかと考えたその時、クラフの手が急に止まる。長年のクラフト系ゲーマーとしての勘のようなものが働き、何かの違和感を覚えたのだ。クラフが作り出した【下級ポーション++】というアイテムは確かに高性能であり、誰も生み出したことのない初出のアイテムだ。それは揺るぎのない事実である。だが、彼の中で沸き上がった違和感を拭えなかったこともまた揺るぎのないものであるため、彼は改めて下級ポーション++を鑑定する。





【下級ポーション++】:格としては最も低いポーションだが、錬金術師や薬師が専門知識を用いて調合しており、通常よりも効果が高くなっている。 効果:HPを60回復 レア度:1 品質:★★☆☆





「ふむ、どこにも“最高傑作品”とか“最終系”とかが書かれていないな……」


 そう、いくら初出のアイテムであっても、それがゲーム内における最高レベルのアイテムかどうかはまた別の話となってくる。そのことに気付いてしまったクラフの頭に浮かんだ答えは一つである。“これよりも上のアイテムがあるのではないか?”ということだ。


 思い立ったが何とやらとはよく言ったもので、さっそくクラフはマニュアルによる調合を開始する。ひとまず、下級ポーション++に使用するサラサラ状態にしたヒーリングプラントを観察してみると、若干ではあるが葉の繊維質な部分が残っており、スプーンで掬って上から垂らしてみると、まだドロドロとした印象がある。


「スムージーみたいになってるな。なら、やることは一つだ」


 そこから怒涛のろ過作業が始まる。ちなみに、工房の施設類に耐久度などはないため、例え何百回、何千回、何万回使用したとしても壊れることはない。だが、その器具が壊れそうな勢いでろ過作業を行い、その累計が百を超えた辺りで変化が訪れた。


「ん? 液体になったか」


 二十、三十とろ過された状態のすり潰したヒーリングプラントをさらに九十、百回というろ過することによって、葉に含まれていた繊維質が排除され、緑色の液体ができあがる。鑑定してみると、以下のような情報が表示される。





【ヒーリングプラントの液体】:ヒーリングプラントの葉をすり潰してろ過したものをさらにろ過したもの。濃密度の薬効が含まれている。





「よし。次は水も同じようにやってみよう」


 新しい素材が手に入ったことで満足気に頷いたクラフは、続いて下級ポーションのもう一つの素材となる水にも手を加えていく。水を煮沸することで蒸留水が入手できたので、単純にその蒸留水をさらに煮沸し、液体内に含まれる目には見えない小さな不純物を取り除くイメージで行ってみた。それを何度か繰り返してできたものがこれだ。





【浄化水】:不純物が取り除かれた澄んだ水。調合材料の他にアンデット系モンスターに使うとダメージを与えることができる。





「オッケー。さらにこの二つを調合して……こんなん出ましたけど~!!」


 大昔に一世を風靡し、流行語大賞にもノミネートされたことがある某占い師の決め台詞を真似ながらクラフは調合をする。彼にその言葉を教えたのは曾祖父で、御年八十五歳のまだまだ元気に生活を送っている。一度曾祖父のところに遊びに行ったことがあったクラフだが、その時彼の祖父を元気に叱り飛ばす曾祖父の姿が印象に残っていた。


 彼の祖父は「孫と息子の前で恥をかかせないでくれぇー!!」と懇願していたが、還暦を迎えたばかりの祖父の悲痛な叫びも虚しく「うるさいわい! 大体お前はガキの頃からのう」という感じで再び説教が始まってしまい、クラフの祖父にとっては踏んだり蹴ったりな思いをしてしまったというエピソードがある。


 そんなクラフの言葉を交えつつ、出来上がった二つの素材を調合してできたのは彼の想像していたものとは違うアイテムだった。





【下級治癒ポーション】:回復の効果をさらに高めたポーション。一人前の錬金術師や薬師が専門的な技法を用いて調合している。一般人が調合することは困難を極める。 効果:HPを100回復 レア度:3 品質:★★★





「あれ? 下級ポーション+++ができると思ったんだけど、また新しい回復アイテムができてしまった」


 この時クラフは気付かなかったが、彼が生み出したこのポーションもまた前作のFLOには存在しなかったアイテムだ。基本的に前作のFLOでは、製作者によって回復アイテムの回復量や解毒アイテムの解毒成功率などが変化する仕様があり、当然今作のFLOSもそれが導入されている。しかし、それだけではなく新たな要素として、特定の生産方法によってレア度が低い素材から効果の高いアイテムが生み出されることがある仕様が追加されたのだ。


 しかもその方法は、ストイックと言うべきかはたまたドMと言うべきか、常人が及びもつかないほどのトライアンドエラーを行って初めて見い出すことのできる方法ばかりであり、クラフが行った調合もそれに該当する。


 どこの世界に素材一つの工程を百回も繰り返すという所業を思いつく人間がいるだろう。もしいたら、そいつは紛うことなき変態である。その変態の所業を行ってしまったクラフは、彼が変態であると言っているようなものだが、彼にとってはそれが当たり前のことであるため、その異常性を理解すらしていない。寧ろ、いいものを作るためにはそういった行為の先にあるものであるとすら考えており、すでに考え方が常人の域を逸脱してしまっているのだ。


 尤も、今回の場合においては、その逸脱した考えが他のプレイヤーが未だ発見していない新たな要素を見つけ出すきっかけとなっており、彼の行動が間違いであるということを否定できないのが辛いところではある。


「うーん、回復量は申し分ないな。レア度も品質も今までのアイテムと比べても高いし、これは……来たな」


 生産職のプレイヤーにとって最も嬉しい瞬間は、自分の感性に従って作ったものが価値のあるものとして扱われることだ。前回買い取りに出した下級ポーション++ですらかなりの高額になったのに、今回の下級治癒ポーションは一体いくらになるのだろうと、クラフは某戦闘民族のようにわくわくに包まれていた。


 それから、手持ちの素材で下級治癒ポーションを生み出し、すでに下位互換となってしまった下級ポーション++を自分で使う用と買い取り用に数十個ほどストックしておくことにした。


 それだけの素材は前回レッドスライムにやられた時のフィールドワークで入手しており、最終的に下級治癒ポーションが十個、下級ポーション++が五十個完成する。


「うし、次は解毒薬だな」


 同じように解毒薬も試行錯誤してみた結果、新たに【ポイズンプラントの液体】と【セントハーブの上粉末】という素材を生み出し、それらと共に【ヒーリングプラントの液体】と【浄化水】を足すことで【下級デトックス薬】というものが完成する。ちなみに効果はすべての毒・麻痺を100%回復させ、最大体力の30%のHPを回復させるという驚異的なものであった。


 その結果に満足気に頷いているクラフだったが、それがどれだけ異常なことであるのか今の彼が理解できるはずもない。もし彼の調合したものを同じ調合を生業とする錬金術師や薬師のプレイヤーが見ていたら、あまりの異常性に発狂しているところだ。


「おっと、もう一時間経つのか。やっぱこういった作業は時間が溶けるな」


 などと言っているものの、その顔は笑顔を張り付けており、それが心地が良いものであると物語っている。その顔はまさに生産狂いという言葉が似合っていた。


 それから、前回登録したショートカット機能を使って初めて買い取りを依頼した店舗に再び買い取り申請を出したところで、店舗主の名前がフィリアということを初めて知る。


「うん? ここからフレンド登録ができるのか。今後も世話になるだろうし、申請を出しておこう」


 前回の買い取りで高値を付けてくれたため、今後もいいお付き合いをしたいということで、プレイヤーの詳細欄からフレンド登録の申請を出すことにしたクラフだったが、結論から言えばこの申請が承認されることはなかった。そして、のちに新要素のポーションを生み出すプレイヤーが自分にフレンド登録の申請を行っていたにも関わらず、承認せず拒否してしまったことを知ったフィリアが悲痛な叫び声を上げながら発狂するのだが、そうなるのはもう少し先のお話しである。
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