27 / 37
25話「お貴族様が襲来するみたい」
しおりを挟む「ということで二人とも、次の街に行こうと思うんだけどどうかしら?」
姫の何の脈絡もない一言に、ミルダとミャームは首を傾げる。それを見た姫は、自分が彼女たちに何の説明もしていなことに思い至り内心で苦笑いを浮かべる。
貴族の手から逃れるためリムの街に来て一月が経とうとしているこのタイミングで、なぜ姫が二人に拠点を別の街に移すことを告げたのか、それには理由が存在した。
まず現実的な問題として、現在間借りしている家の契約が切れてしまうため、次の家賃を支払わなければならない時間が迫っていたからだ。
金銭的な支払いについては問題ないのだが、拠点を移すとなれば契約切れによる更新をする必要はない。
次の理由としては、ミルダの身体的な問題についてだ。現状ミルダの体は右腕が欠損した状態となっており、五体満足な状態ではない。
それを何とかするためには、上級ポーションまたはそれに準ずる回復魔法の習得が必須となってくる。
この一月で姫自身も上位の回復魔法習得のため魔法の研究を行ってきたが、残念ながら習得には至っていない。そのため、さらなる上位の回復魔法習得法の情報収集と上級ポーションの情報が手に入る街に移動する必要が出てきたのだ。
最後の理由としては、現在姫が所持している【アイテム袋】の性能についてだ。
現在彼女が所持するアイテム袋は、時間経過による劣化が軽減されるタイプのものを使用しているが、それでも三日で腐ってしまう食べ物を五日程度に伸ばすほどしか効果を発揮しない。
姫が欲しているのは、完全時間停止の施されたアイテム袋なのだが、入手できるのは稀で高難易度のダンジョンで手に入れたらしいという噂が流れてくる程度の情報しかない。
そんなわけで、ここ一月の間に街の住人や商業ギルドなどで情報収集をした結果、リムの街から馬車で二週間程度の場所にダンジョンのある迷宮都市があり、そこでなら目的の上級ポーションとアイテム袋が手に入るかもしれないという情報を得られた。
思い立ったが吉日とはよく言ったもので、三人はさっそく行動を開始した。
まず彼女たちが向かった先は馬車を取り扱う店で、迷宮都市に向かうための個人用の馬車を購入しようということになった。実際に乗車するのは姫とミルダとミャームの三人だが、今後新たな仲間が増えるかもしれないこととスペースに余裕を持たせたいという理由から四人から五人用の馬車を購入する運びとなった。
ちなみに馬車の売っているお店に向かう前、商業ギルドのギルドマスターであるヘンドラーに街を出る旨を伝えるついでに馬車の店の紹介状を書いてもらっていた。
その紹介状が効いたのか、本来の価格が50万ゼノのところを40万ゼノに値引きしてもらった。この時姫は「持つべきものは、ギルドマスターだね」と内心でほくそ笑んだとかいないとか……。
馬車の購入後、保存食など旅立ちに必要な物資と親しくなった人たちに挨拶を済ませ最後の宿泊となる家に帰還すると、家の庭先に豪華な馬車が停まっていることに気付く。
何事かと思い家の方に向かって行くと、そこにいたのは貴族の格好をした恰幅のいい中年男性とそれに従う細身の執事らしき男性の二人組だった。
「遅い! 一体どこに行っていたのだ!!」
「……誰ですか?」
見知らぬ男が、いきなりケンカ腰で怒鳴り散らしてくる対応としては適切な反応を姫は見せた。だが、貴族という存在は得てして常識や人として当たり前のことができないものであるからして――。
「そんなことはどうでもよい! 貴様、商業ギルドにポーションを卸している薬師の女だな?」
「……だったらなんだというんです?」
名乗りもせず不躾に用件を述べてくる態度に内心イラッとしたが、早くこの馬鹿とのやり取りを済ませてしまいたいという思いが先行し、姫は男の目的を手早く聞き出すことを優先する。
剣呑な雰囲気を纏いだしたミルダとミャームを宥めつつ、頭の中でどうすべきか考える。
そんな中、男はただでさえ出っ張っている腹を、これでもかと言わんばかりに突き出すように背筋を伸ばしながらあくまでも不遜な態度で言い放った。
「喜べ、この栄えあるマディソン男爵家の専属薬師にしてやろう。これからはわしのためにポーションを作るのだ!」
「……」
男が何を言っているのか、姫は理解できなかった。否、言葉自体は聞こえていたのだが、その意図や意味がわからなかったのだ。
商業ギルドでポーションを卸す際のメリットの一つとして、王侯貴族に対する牽制ができるというものがある。アラリスの街では商業ギルドを通さず、薬屋やトルネルコ商会といったギルドとは別の場所での取引をしてしまったために、欲深い貴族に目を付けられ街を追われる結果となってしまった。
それを踏まえ、リムの街では手数料は取られるがしっかりと商業ギルドと取引をしようと、期限付きだがちゃんとした契約書も作製しているのだ。
そして、商業ギルドではギルドと契約している人間を個別に勧誘したり、職人や生産者に直接商品の注文をすることはよほどの理由がない限り基本的には禁止されている。
そういったことを行いたい場合、契約している人物と商業ギルドの職員が同席の上で交渉を行わなければならないのが決まっており、それに背いた場合勧誘してきた者はもちろんのこと場合によっては契約している人間にも何かしらのペナルティを課せられることすらある。
つまり、今目の前にいる男はそんな決まりがあることを知っているにも関わらず、直接ポーションの製作者である姫に交渉を持ちかけてきているということになるのだ。
「旦那様、こちら契約書になります」
「うむ」
「それにしても、新しい薬師が見つかってようございました。アラリスの街では有能そうな薬師に逃げられてしまいましたから」
「このわしに仕える機会を逃すとは、まったくもって運のないやつだ」
(あたしがアラリスを出て行くことになった原因はこいつらかあああああああ!!!!)
彼らのやり取りの中で身に覚えのある会話が聞こえてきたため、その内容が自分のことだと即座に理解した姫は、叫びたいのをグッと堪え心の中で雄たけびを上げる。
そして、貴族の男が契約書を差し出してきたタイミングで、姫は反撃に出た。
「お言葉ですが、あたしは商業ギルドと契約を交わしている人間であることは理解できていますか?」
「それがなんだというんだ? 商業ギルドと契約するより、我が男爵家に仕えた方がよっぽど名誉というものだ」
「わかっていないので説明しますが、商業ギルドと契約を結んでいる人間を勧誘する場合、商業ギルドの職員立ち合いのもとで行わなければなりません。それを破れば罰則を受けることになります」
「そんなことわしの知ったことではない! いいから黙ってこの契約書にサインすればいいのだ!!」
姫の言葉を無視して、男は契約書を押し付けてくる。その際チラッと契約の内容が見えたが、その内容はどこのブラック企業だと突っ込みたくなるほどの酷な労働条件だった。
そのあまりにも高圧的でこちらを見下した男の態度にさすがの姫も堪忍袋の緒が切れる寸前だったが、彼女よりも先に怒りが爆発した人物たちがいた。
「我が主を愚弄するとは、その罪万死に値する! 死んで詫びろ!!」
「ご主人に謝るニャ!!」
「ぐべぼらっ」
姫が止める間もなく、気付いた時にはミルダの左ストレートとミャームの右の前蹴りが炸裂していた。ただでさえ身体能力の高い亜人にも関わらず、主人である姫を馬鹿にされたことによる怒りにより手加減なしのナチュラルなパワーが男に直撃してしまい、まるでボールのように弾き飛ばされる。
「だ、旦那さまぁー!?」
あまりの事態に執事も困惑していたが、ボロボロになりながらも何とか立ち上がった男に駆け寄り安否の確認をする。
「き、貴様らぁああああ! わしにこんなことをしてただで済むと思っているのかあああああ!!」
「どうやら、まだ殴り足りないようだね」
「シャー、ニャーの爪の餌食になりたいのかニャー?」
ミルダとミャームの仕打ちに激昂する男だったが、二人の怒り顔に次第にその勢いも尻すぼみになっていき「覚えていろ、このわしをこんな目に遭わせたことを後悔させてやるわ!」という捨て台詞と共に逃げるようにその場から去って行った。
一方の姫は目まぐるしい展開に置いてけぼりを食らった感覚に陥っていたが、起こってしまったことをかみ砕き次の行動に移る。
「あなたたち、とんでもないことをやってくれたわね」
「も、申し訳ございません!」
「ご、ごめんニャー」
「もういいわ。あなたたちが動かなくても、最終的にあたしがぶん殴ってたと思うから。それよりも、状況が変わったから今から街を出るわよ。すぐに支度して!」
紆余曲折はあったものの、急な旅立ちとなってしまったのである。
11
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる