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26話「街から脱出するみたい」
しおりを挟む「ま、まさかそんなことがあったとは!」
姫が事情を説明すると、男は額に汗を滲ませながら焦ったように声を荒げる。男とは、商業ギルドのギルドマスターヘンドラーである。
(くそ、あの豚貴族め! 余計なことをしてくれたものだ!!)
彼は姫が何事もなく無事であったことを安堵すると同時に、彼女に危害を加えようとした貴族に内心で悪態を吐く。
貴族との一件があった後、姫はすぐにミルダとミャームに指示を出し、家の撤収作業に取り掛かった。手早く作業を進めた甲斐もあって一時間ほどで作業を完了させ、その足で商業ギルドへとやってきたのだ。
ギルドにやって来た目的は、規約違反をした貴族の報告とすぐに次の街へ出立するため、ギルドの人間に最後の挨拶をするためであった。ちなみにミルダとミャームも応接室に同席していたが、自分の立場を弁えているのか余計な口は出さないつもりらしい。
「というわけで、ここを出たらすぐに次の街へと向かいます」
「ひ、姫殿。今回の一件は誠に申し訳なく……そ、その」
ヘンドラーにとっては寝耳に水なことだったため、なんとかこの場を取り繕うとする雰囲気があったが、今回の一件で商業ギルド側には何の落ち度もないことを姫が言うと安堵の表情を浮かべていた。
しかしながら、貴族との一件がなくとも次の街に移動することは既に決定事項であるため、それも合わせてヘンドラーに説明する。
「こちらとしては、もうしばらくこの街に居て欲しいところだが、無理に引き留めるわけにもいかんからな。姫殿、道中お気を付けて」
「ありがとうございます。それと、あの貴族には生家に抗議の手紙を送るとかして何らかの制裁を加えておいてくださいね。これ以上舐められた態度を取られたら、商業ギルドの沽券に関わってきますよ?」
「耳が痛いな。あの貴族には兄がいるのだが、そっちは人格者で話の分かる男だと聞いている。まったく、兄弟なのにこれほど違うとは世の中ままならないものだな」
姫の忠告に頭を掻きながらヘンドラーは苦笑いを浮かべる。彼の話では、あの貴族には人格者の兄がいて為政者としてではなく人としても尊敬に足り得る人物らしい。
悪い噂の絶えない弟を事あるごとに諫めてはいるが、まるで効果がなく本人もほとほと困り果てているというのが貴族だけでなく庶民の間でも有名な話として広がっているとのことだ。
「“兄より優れた弟など存在しはしない”とはまさにこのことですね」
「まったく姫殿の言う通りだな」
某アニメキャラクターの台詞をそのまま引用したのだが、元ネタを知らないヘンドラーはそのまま額面通りに受け取ってしまい、激しく同意されてしまった。
内心でネタが通じないのは辛いものがあると感じながらも、辞去の言葉を述べ応接室を後にする。
そのままギルドを出ようとしたところ、姫を呼び止める女性がいた。その女性はかつて姫に悪条件な物件を押し付けようとした受付嬢のパメラだった。
「姫様、ありがとうございました」
「あなたに礼を言われることをした覚えはないけど?」
「いいえ、姫様があの時私を断罪してくださらなければ、今も取引相手に不義理なことをしていたと思います。これからは心を入れ替え精進していきますので、次にこの街に来た時はギルドにお立ち寄りください。その時は歓迎いたします」
パメラが姫にそう告げると、丁寧にお辞儀をした。その態度から以前のような棘のある雰囲気はなく、彼女が本当に自身を省みたことが窺えた。
彼女とも短いが一言二言挨拶を交わすと、姫たちは足早に商業ギルドをあとにした。
( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)
ギルドから出ると、姫はすぐに駆け足で走り出した。彼女の突然の行動に驚いたミルダとミャームだったが、すぐに気を取り直し姫の後を追随する。
すぐに追いついた彼女たちだったが、姫の行動に疑問を感じたためミルダが問い掛けてきた。
「主、何故急いで街を出るのでしょうか?」
「そうニャ、せめて今日一日街で休んでからでもよかったんじゃニャいのか?」
彼女たちが疑問に思うのももっともなことで、その質問に対して視線はそのまま進行方向を向けながら姫が答える。
「いいこと? あたしたちは、あのバカ貴族に顔を見られてしまってるの。ああいうプライドだけは高い無能な手合いは、必ず報復のために迅速に戦力を差し向けてくるのがセオリーなの。本当なら商業ギルドに寄らずにそのまま街を出たかったけど、被害報告はしておくべきだったしなによりあのまま黙って街を出たら悪いことをして逃げたみたいになると思ったからね」
「なるほど、だから態々ギルドに寄ってあの貴族のことを報告したのですか」
「ニャーはあの男嫌いだニャ! 臭い体臭を香水で誤魔化してたけど、ニャーの鼻は誤魔化せないニャ!」
姫の言葉を聞いて納得といった風に頷くミルダに対し、姫たちに絡んできた貴族の感想を述べるミャーム。今思い返すと、確かに少し香水の匂いがきつい印象だったが、どうやら体臭を誤魔化すためだったらしい。
姫の頭の中にある異世界ファンタジーの知識から不遜な態度を取る貴族の特徴というものは、とにかく自分のやっていることは正しい行為であるということと、なんでも自分の思い通りになると本気で思っていることだ。
ああいう手合いは関わらないに越したことはないのだが、今回は運がなかったと言うしかない。姫自身がミルダとミャームの自分に対しての忠誠心を少しでも理解していれば、二人の暴走を止められた可能性は十分にあった。
しかしながら、事が起こった後にそれを論じたところで何の意味もないナンセンスな話だ。今回は立場的に何のしがらみもなく身軽な状態だったことが幸いし、街から逃亡するという選択が取れるのも三人にとっては幸運なことであった。
すでに旅たちの準備はできており、貴族との一件があってから一時間以上経過しているので、馬車の店で購入した自分たちの荷馬車も門前の厩舎に届けられているだろうと姫は予想していた。
あの貴族の気性からして、報復のために差し向けてくる兵は早くとも人気のない夜中になるだろうと当たりを付けていたが、不測の事態を防ぐべくできるだけ迅速に街を脱出したかった姫は、駆ける足をさらに強めた。
十数分後、門前の厩舎に到着した姫たちは、厩舎の人間に用件を伝えすでに届いている自分たちの荷馬車に素早く乗り込むと、すぐに馬を走らせた。
御者の経験などない姫であったが、偶然にもミルダが御者の経験があるということで全て任せることにした。
そして、そのまま門に向かうと昼時ということもあって街を出るために並んでいる人の列は少なく、すぐに姫たちの番が回ってきた。
それから姫が身分証となるギルドカードを提示することで街を出る手続きもすんなりと完了し、実にあっさりと街を脱出できたのである。
ちなみにだが、あのまま姫が家を引き払うことなく街で一晩過ごしていれば、彼女が予想した通りあの貴族の私兵に寝込みを襲われ、面倒に巻き込まれることになっていただろう。
ミルダとミャームの制裁を受けたあの貴族はすぐさま屋敷に戻り、姫に報復するべく私兵に召集を掛けた。しかし、あの貴族が雇っている私兵ということもあってその集まりは悪く、昼間から酒に酔っている者や兵舎で眠りこけている者、果ては夜の街に出掛けたまま娼館で一夜を過ごし戻っていない者さえいたほどだ。
素行の悪い貴族らしい私兵たちの行いによって姫が街を脱出するまでの時間稼ぎができ、私兵が集まった頃にはすでに姫たちはリムの街から遠く離れた位置を走っていた。
こうして、リムの街に滞在していた一月の間に様々な出会いがあり、姫たち一行は新たな街を目指して期待に胸を膨らませるのであった。
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