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第72話:メアリーの過去

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アイーシャ?どこかで聞いたことがある名前だわ。でも、どこだったかしら?

「アイーシャの名前を聞いても、ピンとこないか…そうよね、あなたの生まれる前の話だものね…アイーシャはあなたの母、シャリー・ヴァーズを騙し、他国に追いやった人物よ」

「思い出したわ。確かお母様のご両親と弟を殺した人よね。そしてお母様をそそのかして、お父様からお母様を奪おうとした人。その人の姪ですって!」

お父様が迎えに来た時、確かアイーシャという人物は、公開処刑されたと聞いた。

「もしかして、アイーシャという人の仇を取る為に、私を殺そうとしているの?」

「それは違うわ。私はどちらかと言えば、アイーシャを恨んでいるわ。私はね、アイーシャの兄の子供だったの。そう、ディスウォンド侯爵令息の第一子として、何不自由ない生活を送っていた。でも、全てが狂ったのは、私が1歳の時。アイーシャと私のおじい様でもあるディスウォンド侯爵、さらに協力者でもある私の父親も、ヴァーズ侯爵夫妻と嫡男を殺害した罪で捕まってしまったのよ」

ギロリと私を睨みながら、話を続けるメアリー。

「そして裁判は行われ、3人は有罪、公開処刑されることが決まった。もちろん、ディスウォンド侯爵家は取り崩された。本来であれば私とお母様は、お母様の実家でもある、モレッド侯爵家に身を寄せるのが普通だった。でも…あなたの父親の怒り様は半端なく、何の罪もない私達親子にも容赦しなかった。私達がモレッド侯爵家に帰れない様に圧力をかけ、そしてそのまま事実上、国外に追放したのよ!まだ小さかった私を、必死にお母様が育ててくれた。元々侯爵令嬢だったお母様は、そのせいで体を壊して、私が7歳の時命を落としたわ!」

メアリーの瞳からポロポロと涙が流れた。でも、すぐに腕で涙をぬぐう。

「身一つで何の準備もなく他国へ放り出された親子が生きている為にはね、本当に大変なのよ。お母様は泣きながら体を売ってお金を稼いでいたわ。私を育てるためにね。あなたに想像できる?あなた、エレフセリア王国でも普通に生きていたのでしょう?」

確かに私達親子は、貧しいながらも普通に生きていた。お母様は、近くのレストランで普通に働いていたし…

「お母様は亡くなる寸前、私にこう言ったの。“今まで苦労させてごめんね。あなたは実は、ペリオリズモス王国出身の、元ディスウォンド侯爵家の人間だったの。本来なら、侯爵令嬢として何不自由ない生活をさせてあげられたのに、本当にごめんね…どうか幸せになってちょうだい”てね。私はこの時、初めて自分が元侯爵令嬢だって知った。とにかくどうしてこんな生活をさせられているのか知りたくて、必死に働いてお金をため、ペリオリズモス王国に戻ったわ。そして、さっき述べた事実にたどり着いたのよ」

「私はどうしても、国王が許せなかった。確かにアイーシャのやった事は良くないわ。でも、だからって罪もない私たちの人生まで狂わせるなんて、鬼畜のする事よ!でも幸いだったことは、あの男の唯一愛した女、シャリーがまだ見つかっていないという事。このままあいつの血を受け継いだ子供以外が国王になってくれたら、バンバンザイだと思っていた。でも7年前…あんたたち親子が戻ってきた!」

「初めて公の場に姿を現したあんたの顔を見た時、怒りがこみ上げてきたわ。私達親子は、どん底の中必死に生きていたのに、あんたは父親に抱っこされ、幸せそうな顔をしていた!それに何より、国王の幸せそうな顔を見た時、腸が煮えくり返ったわ。私の唯一無二だったお母様は、小汚い部屋の中で病気に苦しみながら死んでいったのに!こいつらは今、幸せそうに笑っている。だから私、決意したの、あんたを殺して、あの男を地獄に叩き落としてやるってね」

どうやらメアリーは、お父様を憎んでいる様だ。それにしても、メアリーにそんな過去があっただなんて…

「私はまずあなたに近づこうとした。でも…あの鬼畜野郎は、あなたを全く外に出そうとしなかった。でもね、貴族や王族の義務でもある、貴族学院にはさすがに入学させるだろうと考えたの。だから私、必死に貴族のマナーを覚えたわ。それと同時に、昼夜問わず働いた。そして、裏組織を使って、今の家の養女になったの。もちろん、あなたと同じ歳という事にもした。あなたの事も調べたわ。あなたの好きな小説も読んだ。それもこれも、今日この日の為にね。そうそう、あなたの遺体はね、王都の広場に飾る予定よ」

そう言うと、ニヤリと笑ったメアリー。

「あなたの言い分は分かったわ。確かにメアリーがどれほど過酷な生活を送っていたこともわかった。大切なお母様を失って、どれほど辛かったかという事も。でも、お母様はメアリーにそんな事を望んでいないのではなくって。だって、最後にあなたに“幸せになって”て、言ったのでしょう。だったら、自分の幸せを考えるべきよ。今ならまだ引き返せるわ。私もあなたが幸せになれる様、協力する。だからお願い、考え直して」

気が付くと瞳から涙が溢れていた。私を騙すために私に近づいて来たメアリー。でも、どうしても私は彼女を憎むことが出来ない。あまりにも壮絶な過去を持つメアリーの話を聞いたのもあるけれど、やっぱり私はメアリーが大切だからだ。

確かにメアリーがやっている事は、完全な八つ当たりだ。私にしては、いい迷惑。でも…もし私がメアリーの立場だったら。唯一の存在だったお母様を、誰かのせいで失っていたら…そう考えると、どうしてもメアリーを攻める気持ちになれない。

「うるさい!そんなに死にたくないの?でも、もう後戻りなんて出来ないわ。大丈夫よ、私もあなたが死ぬのを見届けたら、お母様の元にいくつもりだから」

寂しそうに笑ったメアリー。そうか…この子、全てを覚悟しているんだ。
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