【本編完結】二度も殺されたくないので最強魔王になりました

ましろはるき

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一章

16 遭遇

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 一夜明けて、本格的な調査が始まった。
 伐採場の拠点にギルドの職員たちと冒険者三人を残し、五人一組になって割り当てられた区域を探索していく。
 レオが率いる組と、女子二人が主力の組、そして俺を主戦力とした組。俺がリーダー的な役割をしなきゃいけないのかなと不安に思っていたが、年輩の戦士が率先して仕切ってくれているので助かっている。

「大型どころか小型の魔物すらいやがらねえとは、拍子抜けだなあ。イスミさんもそう思わねえか」
「……そうだな」

 戦士に話を振られて一瞬対応が遅れる。昨日は夜遅くまで魔物狩りをしまくっていたので寝不足だった。その上、外で仮眠を取っただけなので疲れが取れていない。
 適当に返事をしたものの、確かにこの状況は拍子抜けだった。もっと大型の魔物がうじゃうじゃいると思われていたのだが、イービル・アイという雑魚の魔物が何匹かいた程度。こいつは人間の拳サイズの目玉に蝙蝠の羽が生えているような姿の魔物だ。見つめられるとMPを吸い取られる。MPゼロの俺にとっては無害だが、視線が気持ち悪いので見つけ次第潰している。
 樹海の深部に近づけば近づくほど魔物の気配が消えていく。やがて魔物どころか小動物や虫すら姿を消しはじめた。

「もしかしたら、聖域が発生しているのかもしれませんね」

 これまで緊張で青ざめていた僧侶の男が口を開き、表情を緩めていた。僧侶の言葉に、他の面々も過剰に張りつめていた気が抜けたようだった。
 聖域というのはゲームのアルティメット・ドラゴンでいうセーブポイントのことだ。聖域内では魔物の力が大幅に削がれるので、小型の魔物は力が弱って入り込むことすらできない。
 聖域は何らかの理由で自然発生する場合と、人為的に作られる場合がある。人為的に聖域を発生させる力を持つのは王族のみ。城や町が魔物の襲撃を受けにくいのは、王族が聖域を発生させて守っているからなのだという。
 樹海の中に聖域が自然発生したので、今までそこに住んでいた魔物たちが住処を追われて人里近くまであふれ出てきていた、ということなら今回の事態も納得である。

「おーし、それじゃあ聖域の発生源を確認すっか! 一応魔物にも警戒していこうや」

 戦士の言葉に他の面々も同意する。もちろん俺にも異論はない。
 結構時間がかかる依頼だと思っていたけれど、この分ならすぐに片付きそうだ。一日二日ならともかく、長い間鎧を装備しっぱなしで誰とも一緒に食事を取らないとなるとさすがに怪しすぎると思っていたので、早く終わった方がいいに越したことはない。寝不足もきついし。

「……なあ、なんか妙に暑くねえか?」
「そうか? これから本格的に夏が来るし、今時期はこのぐらいの陽気でもおかしくないだろうよ」
「樹海の中なのに?」

 周囲を調査しながら、冒険者たちが小声で囁き合う。言われてみれば少し暑いかもしれない。
 空を見上げれば、青々とした葉が空を隠すように茂っている。日差しが届かない地面は若干湿っていて、苔が生えている。それなのに開けた伐採場よりも暑いと感じるのは確かにおかしい。
 嫌な予感がしてふと足を止める。俺につられて他の冒険者たちも立ち止まる。「どうかしたのかい」という戦士の言葉と重なって、地響きが伝わって来る。

「お……! な、なんだ! 揺れてる!?」
「はあ!? 地面を揺らすほどの化け物がいるってのか!?」

 ただの地響きではない。もっと深い場所から沸き上がってくるこの感覚は――地震だ。かなり大きい。樹海の木々がざわざわと揺れて木の葉が舞い落ちてくる。
 ぱん、ぱん、ぱん、と三回立て続けに破裂音が聞こえてくる。緊急事態を知らせる信号弾を打ち上げた音だ。身軽な弓使いがすかさず手近な木に登って方向を確認する。

「ここから北北東、アリスさんたちが担当してる区域が……燃えてる! すごい火の手だ!」
「――! すぐに拠点に戻るぞ!」

 俺の声を合図に、全員が拠点へ向けて走り出す。
 伐採場まで戻ると、半ばパニックになりながらも冒険者たちが撤退の準備を進めていた。
 俺たちが事態の説明を求める前に、血相を変えたギルドの職員が転がるように走り寄ってきて叫んだ。

「ど、ドラゴン! ドラゴンが現れました!」
「な――! ドラゴンだと!?」
「そんな馬鹿な、夢でも見たのでは!?」

 僧侶の男が悲痛な叫び声を上げるが、負傷者を背負った冒険者が俺たちの目の前を駆け抜けていく。大やけどを負った者。片腕を失った者。生きているかどうかさえわからない者。そして遠くから聞こえてくる咆哮。すべてが夢ではないと語っていた。

「アリスさんたちが時間を稼いでくれています! 町も危ない! すぐに撤退して避難を呼びかけないと……!」

 唐突に現れた伝説級の存在に唖然としていた冒険者たちも、弾かれたように撤退のための行動を開始する。
 俺は彼らと逆行して、ギルドの職員を捕らえて問いかけた。

「レオはどこにいる!」
「は、はい、一度こちらに戻られて、私に撤退の指揮を任せてからアリスさんたちの加勢に向かわれました」
「――! 俺も加勢に向かう! お前たちは逃げろ!」

 俺はギルドの職員の返事を待たず、咆哮が響いてくる方角へ駆け出した。
 この世界において、ドラゴンは伝説級の存在だ。しかしゲームのアルティメット・ドラゴンでは、この付近にはレッドドラゴンが棲むダンジョンがあったはずだ。周辺に町などなく、マグマが流れる荒れた地形だった。
 もし出現したのがそのレッドドラゴンであれば――これから町が滅びて、ゲームと同じような荒れ果てた地形に変わるということだ。

「――くそっ!」
 
 フローレの町で暮らす人々の顔が次々に思い浮かび、焦燥に追い立てられる。
 魔法やスキルはいくつも獲得したが、俺自身のレベルはまだ25しかない。レッドドラゴンはレベルが40以上あっても手こずる強敵だ。
 レオのレベルは現時点で28。この近辺で活動する冒険者たちの平均よりも強い。それでもレッドドラゴンが相手では勝算はない。
 アリスのレベルが31。ソフィーのレベルがアリスに準じるとしても、戦力的に厳しい。そこに俺が加勢したところでどうにもならないが、行くしかない。
 樹海の中で方角を見失いそうになりながらも、気配を頼りにひたすら走る。時折聞こえる咆哮。何かが衝突するような轟音。近づくたびに熱気が増していき、やがて開けた場所に出る。
 そこは、火の海だった。
 地面が溶けてマグマ溜まりのようになり、なぎ倒された生木が燃えて白煙を上げている。その中心でのたうちまわっているのは、全身が赤い鱗で包まれた巨体。間違いなくレッドドラゴンだった。

「ガァアアアアアッ!」

 レッドドラゴンが再び咆哮を上げる。その場から動かないのは、地面から突き出た土槍に左足を貫かれているせいだ。右側の翼には巨大な氷塊がこびりつき、空へ逃げる手段を奪われている。
 恐らくアリスが〔アースグレイブ〕で串刺しにして、〔アブソリュート・ゼロ〕で氷漬けにしたのだろう。
 戦っているはずのアリスの姿が見えない。レッドドラゴンが動けないでいる隙に、素早く周囲を見渡す。俺から見て左側、樹海の木々を背にして、膝をついたレオがいた。

「――――レオッ!」
「……っ、イスミ、殿……! よかった、彼を頼みます」

 彼、と言われて、レオの背後で倒れている冒険者の存在に気づく。手当はされているが腹部からの出血がひどい。半身には火傷を負っている。この大怪我では俺が〔ヒーリング〕を使っても焼け石に水だ。もう助からない。それならばレオが優先だ。

「そいつはもう助からん。逃げるぞ」

 腕を取って助け起こそうとするが、レオは意識のない冒険者を庇ったまま動かない。レオ自身も怪我をしているというのに。自身の苦痛など一切表に出さず、レオは毅然と俺に顔を向ける。

「イスミ殿、私は貴族です。魔力を持って生まれ、貴族としての恩恵を受けた者として、有事の際には命をかけて平民を守る義務があります。――アリスとソフィーがそうしたように」

 不意に逸らされたレオの視線を追う。そこには――黒く焼けた遺体が、折り重なるようにして、二体。
 血の気が引く。このまま気を失ってしまいたいが、状況がそれを許さない。

「私はここで撤退の時間を稼ぎます。イスミ殿は避難して、町の人たちを護ってください」
「貴様もここで死ぬつもりか」
「……町に、ニールという魔法石商人がいます。どうかその子を守ってくださいませんか」

 俺の問いには答えず、歯を食いしばるようにして微笑む。その無理矢理に作った笑顔は、命を捨てる覚悟があるのだと物語っていた。
 貴族の義務として、か弱い平民の命を救う為に。そして、結婚の申し込みをすると心に決めた相手を護る為に。

「ギァア゛アアアアッ!」

 レッドドラゴンが苦し紛れに炎のブレスを放つ。レオがすかさず〔ホーリーシールド〕を発動させる。淡く光る盾が炎を遮るが、凄まじい熱気のせいで空気が焼けつき、呼吸もままならない。

「もう時間がない! お早く!」

 そう叫ぶレオに対してこみ上げる感情には、覚えがあった。
 初めてレオと出会ったとき。暴漢たちに襲われかけた俺を救出して、手を差し伸べてくれた。
 ――あのときに感じた胸騒ぎ。あれは、苛立ちだった。
 貴族といえばクズばかり。俺を見殺しにした親も、俺を虐げた兄も、貴族だった。俺を金で買った男たちの大半も貴族だった。魔力がない者は殺していい。平民を人とも思わない。
 そんな中でも存在する、ほんの一部の善良な人々は、正義感に駆られて危険な目に遭い、死んでいく。そしてクズどもだけが生き残ってのさばっている。

 ――絶対にレオを死なせるものか。

 正義感なんかじゃない。ましてやレオに対する愛情などでもない。
 俺を突き動かすのは、この世界に存在する、すべての理不尽に対しての怒りだった。
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