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一章
15 プロポーズ
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「食事は不要だと聞きましたが、葡萄酒ならどうです? あまり上等なものではないけれど」
「れっ……! んっ、ゴホンッ」
親しみを込めて微笑むレオに向かって、ついニールの口調で「レオ♡」と言いそうになってしまい、咳払いをしてごまかす。
「遠慮しておく」
「そうですか。必要なものがあったら声をかけてくださいね」
素っ気なく断ったが、レオは気を悪くした様子もなく、俺の向かいに転がっていた木材に腰かけた。「味見してやってもいいけれど?」と言うアリスの手に葡萄酒が渡り、ソフィーにも回される。
レオは女子二人と元々交流があったらしい。レオも基本的に単独で依頼をこなしているが、場合によっては他の冒険者と共闘することもあると言っていたから、この二人とも一緒に仕事をした経験があるのかもしれない。気心の知れた雰囲気で酒を飲みながら、今日遭遇した魔物や森の様子について談義が始まった。
――あれ。このままここで歓談する流れなんですか。
「森が豊かなせいで魔物が大繁殖してる……って思ってたんだけど、その割には生まれて間もない魔物がいなかったわね」
「そうだよね~、大きいのばっかり。倒すの大変そうだったねえ」
「大きい魔物といえば、最初にイスミ殿が倒した奴が一番の大物でしたね。あれほど見事な剣技は見たことがありませんでした」
どうやって立ち去ろうか迷っている間に、レオが俺に話をふった。
「………………そうか」
散々迷った挙句にそっけない答えを返す。もう頼むから話しかけないでくれと念じるが、三人とも特に気にした様子もなく談義を続け、レオは時折俺に話をふった。
調査隊のリーダーとして、はみだし者のイスミに気を使っている、という感じなのだろうか。素性がばれないように無口な陰キャでいる方が楽だと思ってたけれど、その分周りが気を使わざるを得ないよな。ごめん。
会話を弾ませている三人を眺めながら、ふとレオと出会ったばかりのころに交わした会話を思い出す。
――知らない相手を恐れるのは当然。でもきっと本当の姿を知ったら、怖いとは思わなくなる。
黒騎士イスミについての悪評に俺が「怖い」と怯えたふりをしたときに、確かレオがそんなようなことを言っていた。
きっとレオは今、イスミを知ろうとしているのだろう。悪い噂を鵜呑みにせずに、自分の目で相手を見極める。誠実なレオらしい。
もし、レオが本当の俺の姿を知ったら、どう思うだろう。イスミの正体はニールで。前世の記憶と、魔法やスキルをコピーできる特別な力を持っていて。家族に復讐をするために力を蓄えていて――なんて。
「そういえばレオは貴族よね。婚約者いたっけ?」
考え込んでいたせいでどういう流れでそういう話題になったのかわからないが、例によってアリスがド直球に尋ねた。
それは俺もちょっと気になる。俺に手を出さないのは、もしかして故郷に婚約者がいるからだったのだろうか。
「婚約者はいないけれど……好きな人ならいる」
「えーっ!? なに? 誰? どんな子?」
「あっ、もしかしてあの魔法石商人? 町でよく一緒にいるよね。名前は何だっけ。ニーラ?」
「ニール、っていうんだ」
レオの好きな人ってもしかして俺かな♡ って思ったらマジで俺のことでした。やだも~♡ 照れるんですけど~♡ 好きとかいう割に全然手を出してこないけどな。
「あ~はいはい、なるほどね、だから私から魔法石を買わなくなったわけね。色恋に目がくらんでるなら仕方ないわ」
「い、いや、ニールが扱っている魔法石は品質がいいから……」
「わかるよ~あの子本当にかわいい顔してるもんね~。それでいくら貢いだの? 最後までやった?」
「ちょっとソフィー、やめなさいその下品な手の動き。それでどうなの、やったの?」
左手で作った輪っかに右手の人差し指を抜き差しするソフィーを叱りながら、アリスはアリスで情事に興味津々らしい。そんな二人に、レオはまじめくさって答えた。
「そこについては本当に違う。ニールは誠実に仕事をしているし、見た目の可憐さを商売に利用するような子じゃないんだ。当然ながら清い交際をしている」
せっかくかばってくれたのにごめんレオ。思いっきりかわい子ぶりっこして鼻の下を伸ばした男どもに売りさばいてました。あと隙あらばレオとやろうとしてました。
「なるほど、ベタ惚れなわけね」
「ああ……この仕事が終わったら、結婚の申し込みをしようと思っているんだ」
レオの言葉に、はしゃいでいた女子二人が静まり返る。当然俺も驚愕である。
け。けっこん。結婚。結婚って、もしかして結婚のことですか!?!?!?
「いやいやいや、それはやめときなって! あんだけ顔がいいならとっくにどっかの貴族のお手付きになってるだろうし。っていうか愛人なんじゃない? 下手したら何人かパトロンがいてタダ同然で魔法石を作らせまくって売りさばいてるとかあり得るわ」
「そうだよ~。世渡り上手っていうのは腹黒と同義だよ? 骨までしゃぶられて搾り取られた挙句に捨てられるのがオチだって、やめときなよお」
「いや、まあ、確かにあれほど可憐であれば近づく男は多いだろうが、ニールは本当に健気で――」
一瞬おいてから再びきゃっきゃとはしゃぎ出した二人に、レオは本気でニールのことを想っているのだとクソ真面目に語った。
俺は喉の奥から唸り声が出そうになるのを必死で耐えた。耐えたけど無理だった。
「――んっ、んんん゛……ッ!」
地響きのような俺の唸り声に、三人はぴたりと口を閉ざした。
「すみません、休憩時とはいえ、こんな浮ついた話を……」
「いや、いい。見回りに行ってくる」
謝罪するレオに背を向けて、俺は有無を言わさず森の奥へと向かった。後方から「無理はなさらずに」というレオの声と、「恋愛話が気に入らなかったのかな~」「モテないから僻んでるんでしょ」という女子二人の声が聞こえてきたが無視してずんずん進む。
野営地の気配がわからないほど森の奥まで足を進めてから、俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。
「あああ~……そういう……そういうことか……」
この世界に生まれ落ちて、奴隷になって、男娼になって。そんな育ちでも、前世の倫理観をベースに物事を考えているつもりだったけれど。ただれた生活を送っていたおかげですっかり失念していた。――婚前交渉をしないタイプのド誠実なお付き合いというものが存在することを。
絶対にレオは俺に気があると思ってはいた。でも結婚を考えるほどガチで惚れられているとは思いもしなかった。
「……なるほどねえ……だから俺に手を出してこなかったのか……! でも結婚なんて! そんなの無理だってぇ! 気持ちは嬉しいけど! 俺はレオの能力が欲しいだけで別にそういう色恋とか関係なく一発やれればそれでいいだけだし!? レオは本当にいい奴だけど! 違うし! 俺はレオのこと好きじゃないし! 本当にそういうんじゃないし! あー! もう! ばか! レオのばか! やだー!!」
悩める俺はイスミ用の野太い声で嘆きながら大剣を振り回し、遭遇した大型魔物を片っ端から屠った。
「れっ……! んっ、ゴホンッ」
親しみを込めて微笑むレオに向かって、ついニールの口調で「レオ♡」と言いそうになってしまい、咳払いをしてごまかす。
「遠慮しておく」
「そうですか。必要なものがあったら声をかけてくださいね」
素っ気なく断ったが、レオは気を悪くした様子もなく、俺の向かいに転がっていた木材に腰かけた。「味見してやってもいいけれど?」と言うアリスの手に葡萄酒が渡り、ソフィーにも回される。
レオは女子二人と元々交流があったらしい。レオも基本的に単独で依頼をこなしているが、場合によっては他の冒険者と共闘することもあると言っていたから、この二人とも一緒に仕事をした経験があるのかもしれない。気心の知れた雰囲気で酒を飲みながら、今日遭遇した魔物や森の様子について談義が始まった。
――あれ。このままここで歓談する流れなんですか。
「森が豊かなせいで魔物が大繁殖してる……って思ってたんだけど、その割には生まれて間もない魔物がいなかったわね」
「そうだよね~、大きいのばっかり。倒すの大変そうだったねえ」
「大きい魔物といえば、最初にイスミ殿が倒した奴が一番の大物でしたね。あれほど見事な剣技は見たことがありませんでした」
どうやって立ち去ろうか迷っている間に、レオが俺に話をふった。
「………………そうか」
散々迷った挙句にそっけない答えを返す。もう頼むから話しかけないでくれと念じるが、三人とも特に気にした様子もなく談義を続け、レオは時折俺に話をふった。
調査隊のリーダーとして、はみだし者のイスミに気を使っている、という感じなのだろうか。素性がばれないように無口な陰キャでいる方が楽だと思ってたけれど、その分周りが気を使わざるを得ないよな。ごめん。
会話を弾ませている三人を眺めながら、ふとレオと出会ったばかりのころに交わした会話を思い出す。
――知らない相手を恐れるのは当然。でもきっと本当の姿を知ったら、怖いとは思わなくなる。
黒騎士イスミについての悪評に俺が「怖い」と怯えたふりをしたときに、確かレオがそんなようなことを言っていた。
きっとレオは今、イスミを知ろうとしているのだろう。悪い噂を鵜呑みにせずに、自分の目で相手を見極める。誠実なレオらしい。
もし、レオが本当の俺の姿を知ったら、どう思うだろう。イスミの正体はニールで。前世の記憶と、魔法やスキルをコピーできる特別な力を持っていて。家族に復讐をするために力を蓄えていて――なんて。
「そういえばレオは貴族よね。婚約者いたっけ?」
考え込んでいたせいでどういう流れでそういう話題になったのかわからないが、例によってアリスがド直球に尋ねた。
それは俺もちょっと気になる。俺に手を出さないのは、もしかして故郷に婚約者がいるからだったのだろうか。
「婚約者はいないけれど……好きな人ならいる」
「えーっ!? なに? 誰? どんな子?」
「あっ、もしかしてあの魔法石商人? 町でよく一緒にいるよね。名前は何だっけ。ニーラ?」
「ニール、っていうんだ」
レオの好きな人ってもしかして俺かな♡ って思ったらマジで俺のことでした。やだも~♡ 照れるんですけど~♡ 好きとかいう割に全然手を出してこないけどな。
「あ~はいはい、なるほどね、だから私から魔法石を買わなくなったわけね。色恋に目がくらんでるなら仕方ないわ」
「い、いや、ニールが扱っている魔法石は品質がいいから……」
「わかるよ~あの子本当にかわいい顔してるもんね~。それでいくら貢いだの? 最後までやった?」
「ちょっとソフィー、やめなさいその下品な手の動き。それでどうなの、やったの?」
左手で作った輪っかに右手の人差し指を抜き差しするソフィーを叱りながら、アリスはアリスで情事に興味津々らしい。そんな二人に、レオはまじめくさって答えた。
「そこについては本当に違う。ニールは誠実に仕事をしているし、見た目の可憐さを商売に利用するような子じゃないんだ。当然ながら清い交際をしている」
せっかくかばってくれたのにごめんレオ。思いっきりかわい子ぶりっこして鼻の下を伸ばした男どもに売りさばいてました。あと隙あらばレオとやろうとしてました。
「なるほど、ベタ惚れなわけね」
「ああ……この仕事が終わったら、結婚の申し込みをしようと思っているんだ」
レオの言葉に、はしゃいでいた女子二人が静まり返る。当然俺も驚愕である。
け。けっこん。結婚。結婚って、もしかして結婚のことですか!?!?!?
「いやいやいや、それはやめときなって! あんだけ顔がいいならとっくにどっかの貴族のお手付きになってるだろうし。っていうか愛人なんじゃない? 下手したら何人かパトロンがいてタダ同然で魔法石を作らせまくって売りさばいてるとかあり得るわ」
「そうだよ~。世渡り上手っていうのは腹黒と同義だよ? 骨までしゃぶられて搾り取られた挙句に捨てられるのがオチだって、やめときなよお」
「いや、まあ、確かにあれほど可憐であれば近づく男は多いだろうが、ニールは本当に健気で――」
一瞬おいてから再びきゃっきゃとはしゃぎ出した二人に、レオは本気でニールのことを想っているのだとクソ真面目に語った。
俺は喉の奥から唸り声が出そうになるのを必死で耐えた。耐えたけど無理だった。
「――んっ、んんん゛……ッ!」
地響きのような俺の唸り声に、三人はぴたりと口を閉ざした。
「すみません、休憩時とはいえ、こんな浮ついた話を……」
「いや、いい。見回りに行ってくる」
謝罪するレオに背を向けて、俺は有無を言わさず森の奥へと向かった。後方から「無理はなさらずに」というレオの声と、「恋愛話が気に入らなかったのかな~」「モテないから僻んでるんでしょ」という女子二人の声が聞こえてきたが無視してずんずん進む。
野営地の気配がわからないほど森の奥まで足を進めてから、俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。
「あああ~……そういう……そういうことか……」
この世界に生まれ落ちて、奴隷になって、男娼になって。そんな育ちでも、前世の倫理観をベースに物事を考えているつもりだったけれど。ただれた生活を送っていたおかげですっかり失念していた。――婚前交渉をしないタイプのド誠実なお付き合いというものが存在することを。
絶対にレオは俺に気があると思ってはいた。でも結婚を考えるほどガチで惚れられているとは思いもしなかった。
「……なるほどねえ……だから俺に手を出してこなかったのか……! でも結婚なんて! そんなの無理だってぇ! 気持ちは嬉しいけど! 俺はレオの能力が欲しいだけで別にそういう色恋とか関係なく一発やれればそれでいいだけだし!? レオは本当にいい奴だけど! 違うし! 俺はレオのこと好きじゃないし! 本当にそういうんじゃないし! あー! もう! ばか! レオのばか! やだー!!」
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