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五章
75 守りたいもの
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復讐の妨げになるものはすべて排除する。例外はない。でもレナードは俺が攻撃を放つ前に、剣を鞘に収めてしまった。
戦意を失った紺色の瞳が、ひたと俺に向けられる。
「アーサーを守るんじゃないの?」
「私が守りたいのは、君だ」
「――は? 何言ってんの、俺より弱いくせに」
「そうだな……情けないことに、今の私は、まだ弱い」
レナードはうつむいて、自分の手のひらを見つめた。
「幼い頃から、アーサー殿下が残虐な行いをしていることを知っていた。私は近くにいたにもかかわらず、それを止めることができなかった。神に選ばれた勇者だから仕方ないのだと、無理やり自分に言い聞かせて、見過ごした。そうしてアーサー殿下に虐げられた人々を助けもせずに、逃げてしまった」
逃げた先が、冒険者としてのレオだった。手にした自由と引き換えに掴み損ねてしまったものを探すように、瞳が揺れる。
「私がアーサー殿下を諫めなければならなかった。復讐の刃が向くような事態を避けるよう、身を挺して止めるべきだった。だから、それができなかった私にも罪がある。君を傷つけ、君の大切な人を殺したアーサー殿下の罪は、私の罪でもある。アーサー殿下に罰を与えるというなら、私も同じ罰を受ける」
レナードは拳を握りしめて、決然と俺を見つめた。
――罰を受ける、と言われても。
「いや……レナードは別に関係ないから」
「関係ないはずがない」
即座に反論するが、その声音は優しい。何を根拠に、と問い詰める前に、レナードは胸元からペンダントを取り出した。
「私はあのとき、聖剣が眠る遺跡で、アーサー殿下に殺されて死んでいるはずだった。蘇生させてくれたのは、ニール……やっぱり君だったんだな」
今度は俺の方が言葉に詰まってしまう。
レナードの手元で、紺碧の宝石を銀細工で装飾したペンダントが輝く。宝石と同じ色をしたレナードの瞳は、もう惑うことはなかった。
「ニール。君は優しい人だ。私のことだって救ってくれた。事情はわからないけれど、復讐のために他者を傷つけることに葛藤があるはずだ。アリスとソフィの遺体を口にしたことも、自分の欲望のためにしたことじゃない。そうだろう?」
「……なにを、勝手に決めつけて……」
「アーサー殿下の指を切り落としたとき、気が晴れたか?」
俺の足元には切り落としたアーサーの指が転がっている。まだ、足りない。全部切り落としてやらなくては。決意を新たに、ナイフの柄を強く握りしめる。刃は重く、滴る血は錆臭い。
「アーサー殿下は、遊び感覚で人を苦しめて殺すことができる人だ。そこに罪悪感など欠片もない。でも君は違う。どんなに恨みを抱いている相手でも、傷つけることによって自分が傷ついてしまう。復讐を果たしたとしても、君自身が新たに傷を負って、苦しみが増すだけだ」
「――うるせえな! 知ったような口を利くな!」
復讐してもしなくても一生苦しいに決まっている。過去は変わらず、取り戻せるものは何もなく。それでも、俺は俺のために復讐を果たさなくてはならない。同じ地獄ならば、堕ち方は俺が決める。
俺が激昂しても、レナードは冷静だった。
「今まで、世界を救うとはどのようなことか、具体的に考えたことはなかった。ただ予言に従い、魔王を倒せばそれで世界は平和になるのだと信じ込んでいた。でも、そうではなかった。自らの力で考えることを放棄した先にある未来では、何も守れない」
穏やかな眼差しのまま、レナードは無防備に俺の間合いに入って、片膝を折る。
「ニール、すまなかった。今度は邪悪だと決めつけたりしない。だから、どうか君のことを教えてくれ。君を守りたいんだ。君の柔らかく、美しい心根が、これ以上傷つかないように。――もう離れない。君のそばにいて、必ず守る」
俺を見上げる曇りのない眼差しが。レナードの優しい言葉のひとつひとつが、煩わしい。
差し伸べられる手なんて掴まない。他人に身を委ねた先で待ち受けるものに期待なんてしない。自分の意思で行くべき道を決めて、自分の足で歩かなくては、本当の意味で救われることなんかない。
「ンッフフ……」
不意に横から気の抜けた笑い声が聞こえてくる。顔を向ければ、ギルディラースがにやにやと笑っていた。
「ニール様もやはり人間というか、なるほど、そういう……だからわざわざ蘇生させて……ンフフフフ」
ギルディラースは歯噛みする俺の様子を見て、明らかに喜んでいた。
「良いではないか。我はその小童を憎いと思うが、この感情もまた神の意志に過ぎず。ニール様がその小童と番いたいなら好きにするがいい」
「お前もうるせえな! あー! もう! 調子が狂う!」
レナードが関わるといつもこうだ。自分のペースを乱される。大体なんでレナードと話をしてるんだ俺は。レナードなんかどうでもいい。俺は〔痺れ蔦〕のスキルを発動させてレナードをその場に拘束した。
「――っ! ニール……!」
「もういい、行こう。クロヴィスが待ってる」
最初からこうしておけばよかった。「おやおや、よいのか?」とニヤつくギルディラースの脇に肘鉄を喰らわせて、レナードに背を向けた、そのとき。アーサーが叫び出した。
「くっそ! まじ使えねえなレナードも! もういい! リセットだ!」
いつの間にかアーサーは目覚めていたらしい。
「なんか知らねえけど! 俺をこの世界に呼んだ神なんてのがいるなら、リセットしてくれよ! てゆうかやめてやるこんなクソゲー! ふざけんじゃねえよ!」
ギャアギャア騒ぐアーサーをもう一発殴って気絶させようとした瞬間。まばゆい光が周囲に満ちた。
戦意を失った紺色の瞳が、ひたと俺に向けられる。
「アーサーを守るんじゃないの?」
「私が守りたいのは、君だ」
「――は? 何言ってんの、俺より弱いくせに」
「そうだな……情けないことに、今の私は、まだ弱い」
レナードはうつむいて、自分の手のひらを見つめた。
「幼い頃から、アーサー殿下が残虐な行いをしていることを知っていた。私は近くにいたにもかかわらず、それを止めることができなかった。神に選ばれた勇者だから仕方ないのだと、無理やり自分に言い聞かせて、見過ごした。そうしてアーサー殿下に虐げられた人々を助けもせずに、逃げてしまった」
逃げた先が、冒険者としてのレオだった。手にした自由と引き換えに掴み損ねてしまったものを探すように、瞳が揺れる。
「私がアーサー殿下を諫めなければならなかった。復讐の刃が向くような事態を避けるよう、身を挺して止めるべきだった。だから、それができなかった私にも罪がある。君を傷つけ、君の大切な人を殺したアーサー殿下の罪は、私の罪でもある。アーサー殿下に罰を与えるというなら、私も同じ罰を受ける」
レナードは拳を握りしめて、決然と俺を見つめた。
――罰を受ける、と言われても。
「いや……レナードは別に関係ないから」
「関係ないはずがない」
即座に反論するが、その声音は優しい。何を根拠に、と問い詰める前に、レナードは胸元からペンダントを取り出した。
「私はあのとき、聖剣が眠る遺跡で、アーサー殿下に殺されて死んでいるはずだった。蘇生させてくれたのは、ニール……やっぱり君だったんだな」
今度は俺の方が言葉に詰まってしまう。
レナードの手元で、紺碧の宝石を銀細工で装飾したペンダントが輝く。宝石と同じ色をしたレナードの瞳は、もう惑うことはなかった。
「ニール。君は優しい人だ。私のことだって救ってくれた。事情はわからないけれど、復讐のために他者を傷つけることに葛藤があるはずだ。アリスとソフィの遺体を口にしたことも、自分の欲望のためにしたことじゃない。そうだろう?」
「……なにを、勝手に決めつけて……」
「アーサー殿下の指を切り落としたとき、気が晴れたか?」
俺の足元には切り落としたアーサーの指が転がっている。まだ、足りない。全部切り落としてやらなくては。決意を新たに、ナイフの柄を強く握りしめる。刃は重く、滴る血は錆臭い。
「アーサー殿下は、遊び感覚で人を苦しめて殺すことができる人だ。そこに罪悪感など欠片もない。でも君は違う。どんなに恨みを抱いている相手でも、傷つけることによって自分が傷ついてしまう。復讐を果たしたとしても、君自身が新たに傷を負って、苦しみが増すだけだ」
「――うるせえな! 知ったような口を利くな!」
復讐してもしなくても一生苦しいに決まっている。過去は変わらず、取り戻せるものは何もなく。それでも、俺は俺のために復讐を果たさなくてはならない。同じ地獄ならば、堕ち方は俺が決める。
俺が激昂しても、レナードは冷静だった。
「今まで、世界を救うとはどのようなことか、具体的に考えたことはなかった。ただ予言に従い、魔王を倒せばそれで世界は平和になるのだと信じ込んでいた。でも、そうではなかった。自らの力で考えることを放棄した先にある未来では、何も守れない」
穏やかな眼差しのまま、レナードは無防備に俺の間合いに入って、片膝を折る。
「ニール、すまなかった。今度は邪悪だと決めつけたりしない。だから、どうか君のことを教えてくれ。君を守りたいんだ。君の柔らかく、美しい心根が、これ以上傷つかないように。――もう離れない。君のそばにいて、必ず守る」
俺を見上げる曇りのない眼差しが。レナードの優しい言葉のひとつひとつが、煩わしい。
差し伸べられる手なんて掴まない。他人に身を委ねた先で待ち受けるものに期待なんてしない。自分の意思で行くべき道を決めて、自分の足で歩かなくては、本当の意味で救われることなんかない。
「ンッフフ……」
不意に横から気の抜けた笑い声が聞こえてくる。顔を向ければ、ギルディラースがにやにやと笑っていた。
「ニール様もやはり人間というか、なるほど、そういう……だからわざわざ蘇生させて……ンフフフフ」
ギルディラースは歯噛みする俺の様子を見て、明らかに喜んでいた。
「良いではないか。我はその小童を憎いと思うが、この感情もまた神の意志に過ぎず。ニール様がその小童と番いたいなら好きにするがいい」
「お前もうるせえな! あー! もう! 調子が狂う!」
レナードが関わるといつもこうだ。自分のペースを乱される。大体なんでレナードと話をしてるんだ俺は。レナードなんかどうでもいい。俺は〔痺れ蔦〕のスキルを発動させてレナードをその場に拘束した。
「――っ! ニール……!」
「もういい、行こう。クロヴィスが待ってる」
最初からこうしておけばよかった。「おやおや、よいのか?」とニヤつくギルディラースの脇に肘鉄を喰らわせて、レナードに背を向けた、そのとき。アーサーが叫び出した。
「くっそ! まじ使えねえなレナードも! もういい! リセットだ!」
いつの間にかアーサーは目覚めていたらしい。
「なんか知らねえけど! 俺をこの世界に呼んだ神なんてのがいるなら、リセットしてくれよ! てゆうかやめてやるこんなクソゲー! ふざけんじゃねえよ!」
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