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五章
80 帰還
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「――やはり、ニールは帰ってしまうのか」
「うん。クロヴィスと離れるのは寂しいけど、元の世界でやらなくちゃいけないことがあるから」
俺がそう言うと、クロヴィスは俺をきつく抱擁した。
魔王城でアルルと話し合った後で、俺たちはミッドランド王都に戻ってきていた。
アーサーが消えた理由を説明するためにも、俺はクロヴィスにすべてを話した。さすがのクロヴィスもアルルの存在には面食らっていたが、クロヴィス自身にもこれまで輪廻した世界の記憶がわずかながら蓄積されている。戸惑いながらも柔軟に受け入れていた。
抱擁を解いて、クロヴィスは俺の額に口付けた。俺もクロヴィスの頬に口付ける。このままいい感じでお別れしたいが、まだ少しばかりやることが残っている。
俺たちが今いるのは、王城の一室。これまで元国王が使っていた私室だ。豪華なソファにもたれたまま自失している父に向かって、俺は猛ビンタを繰り出した。ソファの上に力なく倒れ込んだ父の襟首を掴んで起こし、がくがくと揺さぶる。
「おいくそじじい、しっかりしろ。次で最後だ」
俺がこの世界から現実世界へと戻ると同時に、この世界はリセットされて、新しい世界――アルルが新たに構築した、アルティメット・ドラゴン2が始まる。そこで生きるすべての人々は輪廻から解放され、死を得ることになる。
片頬を赤くした父の瞳に、光が戻る。
「私は――死ねるのか」
「そうだよ。勝手に生きて勝手に死ね」
俺がそう言うと、父は子供のように声をあげて泣き出してしまった。クロヴィスは隣に腰掛けて、泣きじゃくる父の背中を撫でてやっている。幼い俺を軟禁して放置した挙句に殺そうとしたことを考えるとビンタだけでは生ぬるい気もするが、クロヴィスに免じてこれで許してやることにする。
「ありがとう、ニール様」
それまで静かに成り行きを見守っていたギルディラースが、俺の側にやってきて片膝をつく。
「無理やり捕らえて無体を強いたことを、改めて謝罪する。申し訳なかった。それでも我らがために世界を改変してくれたことに、至上の感謝を。世界が如何様に変わろうとも、我はあなた様のことを決して忘れないであろう」
「いいよ、そんなにかしこまらなくても。俺も触手でニュルったりしちゃったし」
「それは一刻も早く忘れたい」
ギルディラースがぶるりと震える。まあ普通にトラウマですよね。ちょっとやりすぎたなと反省しながら、俺はギルディラースの肩をぽんぽんと叩いた。
「元気でいろよ。寿命も千年ぐらいあるわけだし、今まで辛い思いをした分、楽しく過ごせるといいな」
「ふふ、そうだな。――未来に期待するのは初めてだ」
立ち上がったギルディラースと抱擁を交わす。これから先の世界がどうなるかは、アルル次第だ。
「ニールは本当に帰っちゃうの?」
アルルが近づいてくると、ギルディラースは俺から離れた。忌々しそうな視線をアルルに送っている。未来に期待できるようになっても、積年の恨みが晴れるかどうかは別問題だ。
「ああ。この世界で俺ができることは全部やったし……アルルともお別れだな」
「え~本当に? 本当の本当に帰っちゃうの?」
「アーサーはあっさり帰したくせに、やけにしつこいな……」
「だって心残りがあるよね?」
心残りなんて、ない。そう答えようと思ったのに、アルルは何もかも見透かしているような顔で俺を見ていた。
「会いたいなら呼んであげるよ?」
思い浮かぶのは、レオの顔だ。クロヴィスの話によれば、アーサーに忠誠を誓っていたレナードにはひとまず屋敷で待機するように命じたらしい。
会おうと思えば、会える。でも俺はレオに会いたくなかった。
レオに会ったら、俺はきっと帰れなくなる。
「――帰らなきゃ」
「うん……わかった。さみしいけど、お別れだね」
アルルが俺の両手を握る。繋いだ手の先からまばゆい光が放たれて、視界が白く焼けていく。俺を見送るクロヴィスとギルディラースに微笑んで、目を閉じた。
この世界で過ごした日々を思い返す。苦難があった。悲しみがあった。それでも必死に生きた。悔いはない。ただ――レオと一緒にいたときだけ、この世界は美しかった。
どうか、新しい世界で、レオが幸せでありますように。思い残すのは、ただそれだけ。
「多分大丈夫だと思うけど、失敗したらごめんね」
「えっ」
のほほんとしたアルルの声に、過去に思いを馳せていた俺は目を開けた。そこにはもはや何もない、ただ白い空間が広がっているだけだった。アルルと繋いでいたはずの手の感覚もない。かろうじて人の形に見える光の塊から、アルルの声がする。
「ほら、ニールはイレギュラーだからさ、ちゃんと全部現実世界に帰せるかどうか自信がなくて。セーブデータとして残してないから、この世界で過ごした記憶はなくなると思うけど、魂の半分がどっか行っちゃったりしたらごめんね?」
「いやバカお前そんな大事なことを今更――!」
その叫びを最後に、俺の意識はぷつりと途切れた。
「うん。クロヴィスと離れるのは寂しいけど、元の世界でやらなくちゃいけないことがあるから」
俺がそう言うと、クロヴィスは俺をきつく抱擁した。
魔王城でアルルと話し合った後で、俺たちはミッドランド王都に戻ってきていた。
アーサーが消えた理由を説明するためにも、俺はクロヴィスにすべてを話した。さすがのクロヴィスもアルルの存在には面食らっていたが、クロヴィス自身にもこれまで輪廻した世界の記憶がわずかながら蓄積されている。戸惑いながらも柔軟に受け入れていた。
抱擁を解いて、クロヴィスは俺の額に口付けた。俺もクロヴィスの頬に口付ける。このままいい感じでお別れしたいが、まだ少しばかりやることが残っている。
俺たちが今いるのは、王城の一室。これまで元国王が使っていた私室だ。豪華なソファにもたれたまま自失している父に向かって、俺は猛ビンタを繰り出した。ソファの上に力なく倒れ込んだ父の襟首を掴んで起こし、がくがくと揺さぶる。
「おいくそじじい、しっかりしろ。次で最後だ」
俺がこの世界から現実世界へと戻ると同時に、この世界はリセットされて、新しい世界――アルルが新たに構築した、アルティメット・ドラゴン2が始まる。そこで生きるすべての人々は輪廻から解放され、死を得ることになる。
片頬を赤くした父の瞳に、光が戻る。
「私は――死ねるのか」
「そうだよ。勝手に生きて勝手に死ね」
俺がそう言うと、父は子供のように声をあげて泣き出してしまった。クロヴィスは隣に腰掛けて、泣きじゃくる父の背中を撫でてやっている。幼い俺を軟禁して放置した挙句に殺そうとしたことを考えるとビンタだけでは生ぬるい気もするが、クロヴィスに免じてこれで許してやることにする。
「ありがとう、ニール様」
それまで静かに成り行きを見守っていたギルディラースが、俺の側にやってきて片膝をつく。
「無理やり捕らえて無体を強いたことを、改めて謝罪する。申し訳なかった。それでも我らがために世界を改変してくれたことに、至上の感謝を。世界が如何様に変わろうとも、我はあなた様のことを決して忘れないであろう」
「いいよ、そんなにかしこまらなくても。俺も触手でニュルったりしちゃったし」
「それは一刻も早く忘れたい」
ギルディラースがぶるりと震える。まあ普通にトラウマですよね。ちょっとやりすぎたなと反省しながら、俺はギルディラースの肩をぽんぽんと叩いた。
「元気でいろよ。寿命も千年ぐらいあるわけだし、今まで辛い思いをした分、楽しく過ごせるといいな」
「ふふ、そうだな。――未来に期待するのは初めてだ」
立ち上がったギルディラースと抱擁を交わす。これから先の世界がどうなるかは、アルル次第だ。
「ニールは本当に帰っちゃうの?」
アルルが近づいてくると、ギルディラースは俺から離れた。忌々しそうな視線をアルルに送っている。未来に期待できるようになっても、積年の恨みが晴れるかどうかは別問題だ。
「ああ。この世界で俺ができることは全部やったし……アルルともお別れだな」
「え~本当に? 本当の本当に帰っちゃうの?」
「アーサーはあっさり帰したくせに、やけにしつこいな……」
「だって心残りがあるよね?」
心残りなんて、ない。そう答えようと思ったのに、アルルは何もかも見透かしているような顔で俺を見ていた。
「会いたいなら呼んであげるよ?」
思い浮かぶのは、レオの顔だ。クロヴィスの話によれば、アーサーに忠誠を誓っていたレナードにはひとまず屋敷で待機するように命じたらしい。
会おうと思えば、会える。でも俺はレオに会いたくなかった。
レオに会ったら、俺はきっと帰れなくなる。
「――帰らなきゃ」
「うん……わかった。さみしいけど、お別れだね」
アルルが俺の両手を握る。繋いだ手の先からまばゆい光が放たれて、視界が白く焼けていく。俺を見送るクロヴィスとギルディラースに微笑んで、目を閉じた。
この世界で過ごした日々を思い返す。苦難があった。悲しみがあった。それでも必死に生きた。悔いはない。ただ――レオと一緒にいたときだけ、この世界は美しかった。
どうか、新しい世界で、レオが幸せでありますように。思い残すのは、ただそれだけ。
「多分大丈夫だと思うけど、失敗したらごめんね」
「えっ」
のほほんとしたアルルの声に、過去に思いを馳せていた俺は目を開けた。そこにはもはや何もない、ただ白い空間が広がっているだけだった。アルルと繋いでいたはずの手の感覚もない。かろうじて人の形に見える光の塊から、アルルの声がする。
「ほら、ニールはイレギュラーだからさ、ちゃんと全部現実世界に帰せるかどうか自信がなくて。セーブデータとして残してないから、この世界で過ごした記憶はなくなると思うけど、魂の半分がどっか行っちゃったりしたらごめんね?」
「いやバカお前そんな大事なことを今更――!」
その叫びを最後に、俺の意識はぷつりと途切れた。
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