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五章
79 神との対話4
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「今まで多くのプレイヤーがこの世界を訪れた。彼らを通して、僕は人間の様々な感情を知った。『面白い』にも種類があって、世界を平和にして、楽しく冒険することを面白いと思う人もいた。そうじゃなくて、暴力や虐殺を面白がる人もいた」
これまでのプレイヤーに想いを馳せるように、アルルは遠くを見た。そして俺に向き直る。
「ニール。君はこの世界の筋書きを変えてみせた。これが君の思う『面白い』なのかな?」
「――面白くはない。楽しくもない」
「どうして面白くないことをするの? 復讐は楽しくなかった?」
楽しいわけあるかよ、と怒鳴りつけたい衝動に駆られるが、アルルは別に俺を煽っているわけではない。本当に理解できないのだろう。俺は深呼吸をしてから、心底不思議そうな顔をしているアルルを見据えた。
「俺は、生きたんだ。この世界を」
これまでのことを思い返しながら、ゆっくりと語りかける。
「虐げられて、自由を奪われて。それでも生きていこうと、必死で足掻いた。復讐を誓ったのは、俺が生きていくため――尊厳を取り戻して、自分の人生を自分のために生きていきたかったからだ。面白さも楽しさも、その前提がなければ、本当の意味では手に入らない」
「じゃあ、ニールはこの世界を楽しめなかったんだ」
「そうだな……この世界でも、現実世界でも、同じなんだと思う。娯楽は助けになる。心の支えにもなる。でも、復讐を果たさない限りは――自由を奪われて、尊厳を失ったままでは、ひたすら消耗していくだけなんだよ。壊れた器に水を注ぎ入れても一時凌ぎにしかならないだろ? 自分の力で、自分を修復してやらない限り、何も手に入れることができない。だから俺は、必死で抗っていた」
今まで復讐のためだけに生きてきた。でも、本当に欲しかったのは――その先にあるもの。
不意に、レオの顔が脳裏に浮かぶ。冒険者としてのレオと共に過ごした日々。レオと一緒にいた間は、楽しかった。そのひとときの安らぎとも言える想いは、壊れた器からこぼれ去っていった。
一瞬言葉に詰まって目を伏せてしまったけれど、俺はアルルに視線を戻した。
「そうして必死にもがいて生きていたのは、俺だけじゃない。男娼をしていた仲間たちも、冒険者たちも、市井で生きる人々も、ギルディラースも、魔物たちも。みんなこの世界で生きている。アルルが与えた命だよ」
「命……なのかな?」
「アルルにとっては何度でも再生できるデータに過ぎないのかもしれない。けど、俺はこの世界でたくさんの人たちと交流した。戦いもした。誰もが自由意志を持っていた。感情があって、それぞれの想いを抱いて、生きていた。少なくとも俺は、そう思ったよ」
「ん~……」
「クロヴィスは魂の色が見えると言っていた。アルルにも見えるんだろ? ならきっと、この世界の人たちも、プレイヤーと変わりないはずだ」
アルルは「そうかなぁ」とつぶやきながら首を傾げた。ここが正念場だ。この不思議ちゃんの神様を説得する機会は今しかない。
「俺はこの世界の人々が神に祈るところを何度も見た。そういう人たちの声を聞いたことはあったか?」
「ない」
「それなら、まずはここにいる魔王の声を聞いてやれよ」
俺はギルディラースを仔猫の姿から人型に戻した。ギルディラースは己を鼓舞するように俺の顔を見てから、毅然とアルルに向き直った。
「我は、終わりが欲しい。もうこれ以上、勇者に殺されるためだけに幾度も復活するのはごめんだ」
ギルディラースの言葉に、アルルは傾げていた首を反対側に傾けた。
「でも魔王ギルディラースが悪いことをしないと、勇者のやることがなくなっちゃうよ。ストーリーが変わったら、アルティメット・ドラゴンじゃなくなっちゃう」
「ならば滅べこんな世界」
「魔王らしいこと言うね」
きゃっきゃと笑うアルルにギルディラースが静かにキレている。この状況で自制できるだけ偉い。俺はギルディラースに助け舟を出すべく口を開いた。
「――いつか、プレイヤーはいなくなる」
俺の言葉に、無邪気に笑っていたアルルが押し黙る。このことについて、いくらアルルが能天気の考えなしでも、思い至ってないはずがない。
「近い将来、招待できるプレイヤーはいなくなる。そうだよな?」
「……うん」
この世界にプレイヤーとして呼び寄せられるのは、現実世界のアルティメット・ドラゴンをプレイした経験のある人物に限る。アルル自身がそう言っていた。
アルドラは古いゲームだ。新規にプレイヤーが増えることはほとんどないと言っていいだろう。いずれこの世界に招待できるプレイヤーはいなくなる。
「プレイヤーがいなくなったら、アルルはどうなるんだ? この世界はどうなる?」
「わかんない……」
アルルはしゅんと肩を落とした。アルドラというゲームが人々に愛好されてきたからこそ生まれた存在。忘れられ、愛されなくなることは、アルルにとっても辛いことに違いない。
「それなら、アルルがプレイヤーを必要としない世界を構築すればいいんじゃないかな?」
俺の提案に、項垂れていたアルルが顔を上げる。
「アルティメット・ドラゴン2を作ればいい。オープンワールドの……俺はあんまり詳しくないけど、プレイヤーの記憶を参考にしてこの世界を作ったなら、わかるだろ?」
「フィールドに区切りがなくて、シームレスに世界を移動できて、無数のサブクエストがあってプレイヤーが自由に探索できる、っていう?」
「お、おお……そう、それ」
急に的確な答えが返ってきて軽く驚く。ぼんやりしているように見えてもゲームの神様だ。その辺りの理解がはっきりしているなら話は早い。
「アルドラのストーリーをベースにして、新しい世界をつくるのはどうかな。勇者にこだわってプレイヤーを招かなくても、この世界の誰もがプレイヤーになれる。ギルディラースが寿命を迎えたとしても崩れ去らない世界を作ることだって、アルルにならできるはずだ」
俺の提案に、アルルは深く考え込む様子を見せた。ギルディラースが俺の横で息を詰めているのがわかる。
やがてアルルは不安げな顔を俺に向けた。
「ストーリーを失っても、僕は僕でいられるかな?」
「無責任なことは言えないけれど……アルル自身にも、心境の変化はあったんだろ? 俺をこの世界に呼んだり、今のアルルの姿になって世界に干渉してみたり。新しいことを試せるのなら、固執することはないんじゃないか? 本質を持ったまま、変わっていける」
「僕の本質って、何?」
アルルの、アルティメット・ドラゴンというゲームの本質。深く考えなくても、俺の口から回答がこぼれ出た。
「――夢」
俺の言葉を噛み締めるように、アルルも「夢」とつぶやく。
「俺は、本当に夢中になってプレイしていたよ。俺にとっては、アルティメット・ドラゴンはただの虚構の世界じゃなかった。辛い現実から、俺を優しく守ってくれた」
現実を忘れさせてくれる夢の世界。あのときアルドラに出会えなかったら、俺はもっと取り返しのつかない傷を心に負っていたかもしれない。
しばらく沈黙が続いた。やがて考え込んでいたアルルは、ふっと息を吐いて笑った。
「そっか……ニールがそう言うなら、やってみようかな」
頼りなさそうな笑顔だったけれど。それが、新しい世界への第一歩だった。
これまでのプレイヤーに想いを馳せるように、アルルは遠くを見た。そして俺に向き直る。
「ニール。君はこの世界の筋書きを変えてみせた。これが君の思う『面白い』なのかな?」
「――面白くはない。楽しくもない」
「どうして面白くないことをするの? 復讐は楽しくなかった?」
楽しいわけあるかよ、と怒鳴りつけたい衝動に駆られるが、アルルは別に俺を煽っているわけではない。本当に理解できないのだろう。俺は深呼吸をしてから、心底不思議そうな顔をしているアルルを見据えた。
「俺は、生きたんだ。この世界を」
これまでのことを思い返しながら、ゆっくりと語りかける。
「虐げられて、自由を奪われて。それでも生きていこうと、必死で足掻いた。復讐を誓ったのは、俺が生きていくため――尊厳を取り戻して、自分の人生を自分のために生きていきたかったからだ。面白さも楽しさも、その前提がなければ、本当の意味では手に入らない」
「じゃあ、ニールはこの世界を楽しめなかったんだ」
「そうだな……この世界でも、現実世界でも、同じなんだと思う。娯楽は助けになる。心の支えにもなる。でも、復讐を果たさない限りは――自由を奪われて、尊厳を失ったままでは、ひたすら消耗していくだけなんだよ。壊れた器に水を注ぎ入れても一時凌ぎにしかならないだろ? 自分の力で、自分を修復してやらない限り、何も手に入れることができない。だから俺は、必死で抗っていた」
今まで復讐のためだけに生きてきた。でも、本当に欲しかったのは――その先にあるもの。
不意に、レオの顔が脳裏に浮かぶ。冒険者としてのレオと共に過ごした日々。レオと一緒にいた間は、楽しかった。そのひとときの安らぎとも言える想いは、壊れた器からこぼれ去っていった。
一瞬言葉に詰まって目を伏せてしまったけれど、俺はアルルに視線を戻した。
「そうして必死にもがいて生きていたのは、俺だけじゃない。男娼をしていた仲間たちも、冒険者たちも、市井で生きる人々も、ギルディラースも、魔物たちも。みんなこの世界で生きている。アルルが与えた命だよ」
「命……なのかな?」
「アルルにとっては何度でも再生できるデータに過ぎないのかもしれない。けど、俺はこの世界でたくさんの人たちと交流した。戦いもした。誰もが自由意志を持っていた。感情があって、それぞれの想いを抱いて、生きていた。少なくとも俺は、そう思ったよ」
「ん~……」
「クロヴィスは魂の色が見えると言っていた。アルルにも見えるんだろ? ならきっと、この世界の人たちも、プレイヤーと変わりないはずだ」
アルルは「そうかなぁ」とつぶやきながら首を傾げた。ここが正念場だ。この不思議ちゃんの神様を説得する機会は今しかない。
「俺はこの世界の人々が神に祈るところを何度も見た。そういう人たちの声を聞いたことはあったか?」
「ない」
「それなら、まずはここにいる魔王の声を聞いてやれよ」
俺はギルディラースを仔猫の姿から人型に戻した。ギルディラースは己を鼓舞するように俺の顔を見てから、毅然とアルルに向き直った。
「我は、終わりが欲しい。もうこれ以上、勇者に殺されるためだけに幾度も復活するのはごめんだ」
ギルディラースの言葉に、アルルは傾げていた首を反対側に傾けた。
「でも魔王ギルディラースが悪いことをしないと、勇者のやることがなくなっちゃうよ。ストーリーが変わったら、アルティメット・ドラゴンじゃなくなっちゃう」
「ならば滅べこんな世界」
「魔王らしいこと言うね」
きゃっきゃと笑うアルルにギルディラースが静かにキレている。この状況で自制できるだけ偉い。俺はギルディラースに助け舟を出すべく口を開いた。
「――いつか、プレイヤーはいなくなる」
俺の言葉に、無邪気に笑っていたアルルが押し黙る。このことについて、いくらアルルが能天気の考えなしでも、思い至ってないはずがない。
「近い将来、招待できるプレイヤーはいなくなる。そうだよな?」
「……うん」
この世界にプレイヤーとして呼び寄せられるのは、現実世界のアルティメット・ドラゴンをプレイした経験のある人物に限る。アルル自身がそう言っていた。
アルドラは古いゲームだ。新規にプレイヤーが増えることはほとんどないと言っていいだろう。いずれこの世界に招待できるプレイヤーはいなくなる。
「プレイヤーがいなくなったら、アルルはどうなるんだ? この世界はどうなる?」
「わかんない……」
アルルはしゅんと肩を落とした。アルドラというゲームが人々に愛好されてきたからこそ生まれた存在。忘れられ、愛されなくなることは、アルルにとっても辛いことに違いない。
「それなら、アルルがプレイヤーを必要としない世界を構築すればいいんじゃないかな?」
俺の提案に、項垂れていたアルルが顔を上げる。
「アルティメット・ドラゴン2を作ればいい。オープンワールドの……俺はあんまり詳しくないけど、プレイヤーの記憶を参考にしてこの世界を作ったなら、わかるだろ?」
「フィールドに区切りがなくて、シームレスに世界を移動できて、無数のサブクエストがあってプレイヤーが自由に探索できる、っていう?」
「お、おお……そう、それ」
急に的確な答えが返ってきて軽く驚く。ぼんやりしているように見えてもゲームの神様だ。その辺りの理解がはっきりしているなら話は早い。
「アルドラのストーリーをベースにして、新しい世界をつくるのはどうかな。勇者にこだわってプレイヤーを招かなくても、この世界の誰もがプレイヤーになれる。ギルディラースが寿命を迎えたとしても崩れ去らない世界を作ることだって、アルルにならできるはずだ」
俺の提案に、アルルは深く考え込む様子を見せた。ギルディラースが俺の横で息を詰めているのがわかる。
やがてアルルは不安げな顔を俺に向けた。
「ストーリーを失っても、僕は僕でいられるかな?」
「無責任なことは言えないけれど……アルル自身にも、心境の変化はあったんだろ? 俺をこの世界に呼んだり、今のアルルの姿になって世界に干渉してみたり。新しいことを試せるのなら、固執することはないんじゃないか? 本質を持ったまま、変わっていける」
「僕の本質って、何?」
アルルの、アルティメット・ドラゴンというゲームの本質。深く考えなくても、俺の口から回答がこぼれ出た。
「――夢」
俺の言葉を噛み締めるように、アルルも「夢」とつぶやく。
「俺は、本当に夢中になってプレイしていたよ。俺にとっては、アルティメット・ドラゴンはただの虚構の世界じゃなかった。辛い現実から、俺を優しく守ってくれた」
現実を忘れさせてくれる夢の世界。あのときアルドラに出会えなかったら、俺はもっと取り返しのつかない傷を心に負っていたかもしれない。
しばらく沈黙が続いた。やがて考え込んでいたアルルは、ふっと息を吐いて笑った。
「そっか……ニールがそう言うなら、やってみようかな」
頼りなさそうな笑顔だったけれど。それが、新しい世界への第一歩だった。
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