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エピローグ
82 真実
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ホテルの大ホールを借りておこなわれる父の個人演説会には、多くの人々が詰めかけていた。
父は与党の公認候補者。現職の大臣までもが応援にやってきている。地元局や大手メディアも取材に訪れていた。
俺の出番は最後だ。それまでは怪我人らしく、弱々しい態度で父に寄り添っていればいい。リハビリの成果もあって歩行に不自由はないが、俺は怪我をアピールするため車椅子に乗せられていた。
生死をさまよう大怪我を負った息子を献身的に介護しながらの選挙活動。有権者の目に、それはそれは感動的に映るだろう。
応援弁士の挨拶に、来賓の挨拶、父の演説が続く。聴衆は父の語る政策やビジョンに感銘を受け、惜しみなく歓声を送る。
やがて俺の出番がやってくる。父に車椅子を押されて、スロープを使って壇上に登る。それだけで拍手が沸き起こった。
数百人の目が俺に集まる。地元局のカメラも回っている。
――死にかける前の俺なら、緊張のあまり震えていたかもしれない。でも今の俺は、この程度の状況で怯んだりはしない。一歩間違えれば、死によって永遠に口を閉ざされることになったのだから。生きている限り、俺は決して口をつぐまない。
進行役にマイクを渡される。一瞬の沈黙の後に、口を開く。声はなめらかに出た。
「まずは、父のために集まって下さった皆様へ感謝を申し上げます。ありがとうございます」
俺が頭を下げると、わっと拍手が湧き起こる。ここまでは原稿通り。拍手の波が引いてから、俺は再び口を開いた。
「父を信じ、父のために集まってくださった皆様にこそ、父が今まで私に対し、何をしてきたのか、お話ししたいと思います」
原稿を用意した伯母が「あれ」という顔をする。俺はよどみなく先を続けた。
「私の養育に関して、父はまず私の尊厳を奪うことから始めました。不従順であれば恫喝するのは当たり前で、言うことを聞いたとしても気分次第で罰を与えられます。幼い頃から週末は食事を抜かれ、衣服を奪われ丸裸にされて、朝まで納屋に押し込まれました。真冬に風呂場で水をかけられることもありました。それでもこれまで生きてこられたのは、父が私を殺さないように加減してくれていたおかげだと思っていました。でもそれはただ私の運が良かっただけでした。この怪我を負ったのも事故ではなく、父が私を殺す気で――」
会場がざわつく。父が俺からマイクを取り上げる。
「申し訳ない、息子はまだ混乱しているようですが、この通り無事回復しましたので――」
慌てて言い訳をする父に構わず、俺はスマートフォンを操作した。あらかじめ用意していた映像が、壇上に用意されたスクリーンへ映し出される。
後援会の人には「サプライズで動画を流したい」と依頼しておいた。打ち合わせでは、数枚の家族写真にエモい音楽を添えたフェイクの動画を見せておいた。アプリで作れる簡単なやつ。しかし画面に大写しになったのは、父の憤怒の形相だった。
『ふざけてるのか貴様は! 誰が育ててやったと思ってる!』
『大学まで進学させていただいたことには感謝していますが、就職先は自分で――』
『この恩知らずの馬鹿者が! せっかく就職先を決めてやったのに、俺の顔に泥を塗るつもりか!? 俺よりもいい大学に入ったからって偉い人間になったと勘違いしていやがるのか、ええ、おい、貴様みたいな世間知らずの間抜けがひとりで生きていけるわけがないんだ、くそったれの餓鬼が――』
スピーカーから父の罵声が大音量で響き渡る。会場がどよめく。父が「映像を止めろ!」と怒鳴っている。
いつも温厚で紳士的な父がひた隠しにしてきた一面を目の当たりにした人々は、誰も動けなかった。後援会の人々も面食らっている。
あの日。一応のけじめとして、実家へ挨拶に向かったとき、念のため録画をしていた。父の顔がよく映るように、ソファにさりげなく置いたリュックのポケットにスマートフォンを忍ばせて。
本来は父の本性を録画しておいて、強権を使ってきたときに牽制しようと思ったのだ。縁を切ることに納得しないなら、この映像をネットに上げてやる。そう脅せば、父は俺に干渉できなくなるはずだ。
それがまさか、殺人未遂の証拠映像になるだなんて、思ってもいなかったけれど。
父は後になって、俺が録画をしていたことに気づいたのだろう。スマートフォンを壊し、SIMカードも破壊して証拠を隠滅した気でいたのだと思う。だけれどデータはクラウドに転送されていた。
昏睡から目覚めた後で記憶を失ったふりをしていたのは、自分の身を守るため。体の回復を待って警察に駆け込もうと思っていた。
そして――それよりも早く、復讐の機会は訪れた。
やがて画面が動く。俺がリュックを背負って部屋を出るシーン。応接間に飾ってあったゴルフコンペのトロフィーを手に握りしめて、力いっぱい振りかぶる父の姿がよく映っていた。俺の頭を砕く鈍い音が会場に響き渡る。会場から悲鳴が上がる。父が俺につかみかかる。
「貴様ァ! こんな人前で! こんな場で、恥をかかせやがって! 殺してやる!」
激昂した父の手が俺の首にかかる。車椅子から転げ落ちた俺に父が馬乗りになる。首を絞められても俺は一切抵抗しなかった。ようやく我に返った周囲の人々が止めに入る。
それからは大混乱だった。現職の大臣は逃げるようにその場から立ち去り、警察が呼ばれ、暴行を受けた俺は救急車で速やかに病院に搬送された。父は殺人未遂で逮捕され、当然選挙活動どころの話ではなくなった。
父は与党の公認候補者。現職の大臣までもが応援にやってきている。地元局や大手メディアも取材に訪れていた。
俺の出番は最後だ。それまでは怪我人らしく、弱々しい態度で父に寄り添っていればいい。リハビリの成果もあって歩行に不自由はないが、俺は怪我をアピールするため車椅子に乗せられていた。
生死をさまよう大怪我を負った息子を献身的に介護しながらの選挙活動。有権者の目に、それはそれは感動的に映るだろう。
応援弁士の挨拶に、来賓の挨拶、父の演説が続く。聴衆は父の語る政策やビジョンに感銘を受け、惜しみなく歓声を送る。
やがて俺の出番がやってくる。父に車椅子を押されて、スロープを使って壇上に登る。それだけで拍手が沸き起こった。
数百人の目が俺に集まる。地元局のカメラも回っている。
――死にかける前の俺なら、緊張のあまり震えていたかもしれない。でも今の俺は、この程度の状況で怯んだりはしない。一歩間違えれば、死によって永遠に口を閉ざされることになったのだから。生きている限り、俺は決して口をつぐまない。
進行役にマイクを渡される。一瞬の沈黙の後に、口を開く。声はなめらかに出た。
「まずは、父のために集まって下さった皆様へ感謝を申し上げます。ありがとうございます」
俺が頭を下げると、わっと拍手が湧き起こる。ここまでは原稿通り。拍手の波が引いてから、俺は再び口を開いた。
「父を信じ、父のために集まってくださった皆様にこそ、父が今まで私に対し、何をしてきたのか、お話ししたいと思います」
原稿を用意した伯母が「あれ」という顔をする。俺はよどみなく先を続けた。
「私の養育に関して、父はまず私の尊厳を奪うことから始めました。不従順であれば恫喝するのは当たり前で、言うことを聞いたとしても気分次第で罰を与えられます。幼い頃から週末は食事を抜かれ、衣服を奪われ丸裸にされて、朝まで納屋に押し込まれました。真冬に風呂場で水をかけられることもありました。それでもこれまで生きてこられたのは、父が私を殺さないように加減してくれていたおかげだと思っていました。でもそれはただ私の運が良かっただけでした。この怪我を負ったのも事故ではなく、父が私を殺す気で――」
会場がざわつく。父が俺からマイクを取り上げる。
「申し訳ない、息子はまだ混乱しているようですが、この通り無事回復しましたので――」
慌てて言い訳をする父に構わず、俺はスマートフォンを操作した。あらかじめ用意していた映像が、壇上に用意されたスクリーンへ映し出される。
後援会の人には「サプライズで動画を流したい」と依頼しておいた。打ち合わせでは、数枚の家族写真にエモい音楽を添えたフェイクの動画を見せておいた。アプリで作れる簡単なやつ。しかし画面に大写しになったのは、父の憤怒の形相だった。
『ふざけてるのか貴様は! 誰が育ててやったと思ってる!』
『大学まで進学させていただいたことには感謝していますが、就職先は自分で――』
『この恩知らずの馬鹿者が! せっかく就職先を決めてやったのに、俺の顔に泥を塗るつもりか!? 俺よりもいい大学に入ったからって偉い人間になったと勘違いしていやがるのか、ええ、おい、貴様みたいな世間知らずの間抜けがひとりで生きていけるわけがないんだ、くそったれの餓鬼が――』
スピーカーから父の罵声が大音量で響き渡る。会場がどよめく。父が「映像を止めろ!」と怒鳴っている。
いつも温厚で紳士的な父がひた隠しにしてきた一面を目の当たりにした人々は、誰も動けなかった。後援会の人々も面食らっている。
あの日。一応のけじめとして、実家へ挨拶に向かったとき、念のため録画をしていた。父の顔がよく映るように、ソファにさりげなく置いたリュックのポケットにスマートフォンを忍ばせて。
本来は父の本性を録画しておいて、強権を使ってきたときに牽制しようと思ったのだ。縁を切ることに納得しないなら、この映像をネットに上げてやる。そう脅せば、父は俺に干渉できなくなるはずだ。
それがまさか、殺人未遂の証拠映像になるだなんて、思ってもいなかったけれど。
父は後になって、俺が録画をしていたことに気づいたのだろう。スマートフォンを壊し、SIMカードも破壊して証拠を隠滅した気でいたのだと思う。だけれどデータはクラウドに転送されていた。
昏睡から目覚めた後で記憶を失ったふりをしていたのは、自分の身を守るため。体の回復を待って警察に駆け込もうと思っていた。
そして――それよりも早く、復讐の機会は訪れた。
やがて画面が動く。俺がリュックを背負って部屋を出るシーン。応接間に飾ってあったゴルフコンペのトロフィーを手に握りしめて、力いっぱい振りかぶる父の姿がよく映っていた。俺の頭を砕く鈍い音が会場に響き渡る。会場から悲鳴が上がる。父が俺につかみかかる。
「貴様ァ! こんな人前で! こんな場で、恥をかかせやがって! 殺してやる!」
激昂した父の手が俺の首にかかる。車椅子から転げ落ちた俺に父が馬乗りになる。首を絞められても俺は一切抵抗しなかった。ようやく我に返った周囲の人々が止めに入る。
それからは大混乱だった。現職の大臣は逃げるようにその場から立ち去り、警察が呼ばれ、暴行を受けた俺は救急車で速やかに病院に搬送された。父は殺人未遂で逮捕され、当然選挙活動どころの話ではなくなった。
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