救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!

文字の大きさ
2 / 56

第2話 初めて知る温かさ

しおりを挟む

 「グルルルッ……!!」

(……いや……)

 地面は冷たく、体は思うように動かなかった。赤い目をした“狼型の魔獣”が涎を垂らしながらマールを覗き込んでくる。

(……うごけない……)

 声は出ない。ただ、胸の奥が必死に早く打っていた。

 魔獣の影が覆いかぶさり──牙が光った、その瞬間。


 ――ズドォンッッ!!

 大きな衝撃音がして、魔獣の体が横に弾き飛んだ。土煙の向こうに、大きな斧を振り下ろした“巨体の男”が立っていた。

 丸太のような腕を持つその男は、何が起きたか説明もしないまま、魔獣の位置を確認して構えをとる。

「こっち、片付いた」

 落ち着いた声が森に響いた。


 ヒュンッ──。
 鋭い音とともに、別の魔獣の脚へ矢が突き刺さる。矢を放ったのは細身の男。表情は静かで、矢を番える動作も無駄がない。

「まだまだ居ますよってば……矢の無駄打ちになるんで、しっかり倒してくださいよ!」

 淡々とした声で文句を言いながらも、視線は敵から外さない。


 さらに奥から毒霧をまき散らす魔獣が現れた。黒衣の青年が小瓶を軽く放ると、紫色の煙が広がり、毒霧が触れた瞬間に消えていく。

「あ、よかった。試作の解毒薬でしたが、成功したようです」


 そして──最後に、ゆっくりと一歩踏み出す気配があった。

 日焼けした肌。全身のところどころには、龍人族特有の黒い鱗がある。神々しさすら感じられる金色の瞳が、静かに光っている。

 その男が現れただけで、空気が変わるのがわかった。

(すごい……)

 男が剣を抜くと、一瞬で数体の魔獣が倒れていく。音が消え、森から気配が一気に薄れた。


 静かになった後で、彼らは倒れているマールに気づいた。

「……子ども?」

 驚いた声が落ちる。
 金の瞳の男が歩み寄り、マールをそっと抱き上げた。その体温の低さに、彼は眉を寄せる。

「っ……マズイな、かなり弱っている……!」

 呼吸は浅く弱い。声もほとんど出ていない。男は言葉を発することなく、背後にいた仲間たちに視線を送る。

「周囲、もう一度確認する」
「毛布持ってきます!」
「私は薬の準備を」

 短い言葉に、全員がすぐ反応し動き始める。慣れた連携だった。視界が暗くにじむ中で、マールは思った。

(……たすかった……の……?)


 ◆

 ぱち、ぱち。

 焚き火の小さな音が、静かな森に広がっていた。冷えた朝の空気の中で、火のそばだけがほっとするように暖かい。

 マールは浅い眠りからゆっくりと目を開けた。体のだるさはまだ残っている。それでも、先ほどまで感じていた息苦しさは薄れていた。

(……あったかい……)

 視界に入ったのは、焚き火と、その前でしゃがんでいる男の背中だった。大きな体に似合わず、鍋を扱う手は驚くほど静かで丁寧だった。

 男は木のスプーンでお粥を混ぜ、器によそい、マールの様子を一度だけ見てから歩み寄ってきた。


「……起きたか」

 低い声だったが、責めるような響きはない。

 マールは返事をしようとしたが、喉がまだうまく動かず息が漏れるだけだった。男は気にした様子もなく、器を差し出す。

「無理に話さなくていい。……薬が入った粥だ。少しでも食べられるか?」

 震える指でスプーンを受け取り、そっと口へ運ぶ。

 ──とろり。

 温かいお粥が舌に触れた瞬間、胸の奥がじんわりとほぐれる。

 味は薄いのに、どうしてかとてもおいしかった。胃に落ちていくたびに、寒さで固まっていた身体がゆっくり温まっていくのがわかる。


(……おいしい……)

 視界がにじみ、涙がぽたりと落ちた。

「……あったかい……」

 小さくこぼれたその声に、近くで見ていた男たちの動きが止まる。大柄な男は眉をひそめ、細身の男は静かに目を伏せ、黒衣の青年は表情を曇らせた。

 その一言だけで、彼らには十分だった。
 この子が、どれほど過酷な環境にいたのか。

 スプーンを握るマールの手はまだ震えている。それでも必死にお粥を口へ運ぼうとする様子が、いじらしいほどだった。


「元気になったか?」

 気づけば大柄な男が隣にいた。強面なのに、目つきはどこか心配そうだ。
 
「アッポロ。近い。その子が怖がるだろ……で、薬師としての見立てはどうなんだドクペイン」

 細身の弓使いの男が小声で注意した。落ち着いた口調だが、こちらは少し不器用な優しさがにじんでいる。

 黒衣の青年はマールの脈を確認しながら、淡々とした声で言った。

「フリッツは心配性ですね。大丈夫、私が作った薬粥を食べれば、すぐに歩けるようになりますよ」

 その言葉にマールはほんの少しだけ安心した。まだ怖くて体を強張らせているが、敵意は感じなかった。

 そして、最後に。
 マールを助けた中心人物──金の瞳の男が静かに歩み寄り、膝をついて目線を合わせる。


「……大丈夫だ。俺たちは敵じゃない」

 低く落ち着いた声。その目は鋭いのに、不思議と怖くなかった。マールは返事ができず、わずかに瞬きで応えた。

 それを確認すると、男は簡潔に名乗った。

「俺はレグルス。こいつらは俺の仲間だ」

 大柄な男が胸を張る。

「アッポロだ」

 弓使いは軽く手を上げる。

「フリッツ」

 黒衣の青年は控えめに頷いた。

「ドクペイン。薬と毒、どっちも扱えます」

 「いや、毒の部分は今言わなくてもいいでしょ……」とフリッツが小声で突っ込むと、ドクペインは「事実なので」と真顔で返す。そのやり取りに、マールの緊張がほんの少しだけゆるんだ。

 会話の流れの中で、自然に「レグルス隊長」という呼び名が聞こえ、マールはこの人たちが何かの“部隊”なのだと理解する。


 レグルスは焚き火の影を背に、状況を簡潔に説明した。

「俺たちは、リヴィア龍帝国で魔物狩りの傭兵をやっている。その最中に、魔の森で蛇神ヒュドラと遭遇してな」

「あやうく全滅するところでしたよね!? 逃げているうちに王国領に迷い込んじゃうし……まったく、アッポロがうっかり巣に踏み入れるから!!」

 フリッツがアッポロの丸刈り頭をペシンと叩く。だが当のアッポロはポリポリと後頭部を掻くだけで、いまいち反省の様子は見られない。

「それで、お前の名前は? 近くに親はいるのか?」

 レグルスが少しだけ声を和らげて尋ねた。急かすでもなく、ただ待ってくれている空気があった。

 マールは胸元をぎゅっと握ったまま、小さく息を吸う。焚き火の音が心臓の鼓動と重なるように響く。

「……マール」

 かすれた声が、やっとの思いでこぼれた。
 レグルスは短くうなずく。

「一刻も早くマールを家に返すべきだ。子どもをこんな危険な場所に置いておくわけにはいかない……おい、家はどこなんだ?」
「え、う……おうちは、えっと……」

 ただ、当然のことを確認しているだけ。
 けれどマールは返事をすることができなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

おせっかい転生幼女の異世界すろーらいふ!

はなッぱち
ファンタジー
赤ん坊から始める異世界転生。 目指すはロマンス、立ち塞がるのは現実と常識。 難しく考えるのはやめにしよう。 まずは…………掃除だ。

【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...

婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました

Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。 「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」 元婚約者である王子はそう言い放った。 十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。 その沈黙には、理由があった。 その夜、王都を照らす奇跡の光。 枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。 「真の聖女が目覚めた」と——

ひとりぼっちの千年魔女、転生したら落ちこぼれ令嬢だったので、家族を守るために魔法を極めます! 〜新たな家族ともふもふに愛されました!〜

空月そらら
ファンタジー
千年の時を孤独に生き、魔法を極めた大魔女。 彼女は唯一の弟子に裏切られ、命を落とした――はずだった。 次に目覚めると、そこは辺境伯家の屋敷。 彼女は、魔力コアが欠損した「落ちこぼれ」の幼女、エルシア(6歳)に転生していた。 「魔力がすぐに切れる? なら、無駄を削ぎ落とせばいいじゃない」 エルシアは前世の膨大な知識を駆使し、省エネ魔法を開発。 サボり魔だが凄腕の騎士を共犯者に仕立て上げ、密かに特訓を開始する。 すべては、今世で初めて知った「家族の温かさ」を守るため。 そして、迫りくる魔物の脅威と、かつての弟子がばら撒いた悪意に立ち向かうため。 「おねえちゃん、すごい!」 可愛い弟デイルと、拾った謎の**黒猫に懐かれながら、最弱の令嬢による最強の領地防衛戦が幕を開ける!

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

異世界に転生!? だけどお気楽に暮らします。

辰巳 蓮
ファンタジー
「転生して好きに暮らしてください。ただ、不便なところをちょっとだけ、改善していってください」 とゆうことで、多少の便宜を図ってもらった「ナッキート」が転生したのは、剣と魔法の世界でした。 すいません。年表書いてたら分かりにくいところがあったので、ちょっと加えたところがあります。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!

本見りん
恋愛
 魔法大国と呼ばれるレーベン王国。  家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。  ……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。  自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。  ……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。   『小説家になろう』様にも投稿しています。 『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』 でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

処理中です...