救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!

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第2話 初めて知る温かさ

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 「グルルルッ……!!」

(……いや……)

 地面は冷たく、体は思うように動かなかった。赤い目をした“狼型の魔獣”が涎を垂らしながらマールを覗き込んでくる。

(……うごけない……)

 声は出ない。ただ、胸の奥が必死に早く打っていた。

 魔獣の影が覆いかぶさり──牙が光った、その瞬間。


 ――ズドォンッッ!!

 大きな衝撃音がして、魔獣の体が横に弾き飛んだ。土煙の向こうに、大きな斧を振り下ろした“巨体の男”が立っていた。

 丸太のような腕を持つその男は、何が起きたか説明もしないまま、魔獣の位置を確認して構えをとる。

「こっち、片付いた」

 落ち着いた声が森に響いた。


 ヒュンッ──。
 鋭い音とともに、別の魔獣の脚へ矢が突き刺さる。矢を放ったのは細身の男。表情は静かで、矢を番える動作も無駄がない。

「まだまだ居ますよってば……矢の無駄打ちになるんで、しっかり倒してくださいよ!」

 淡々とした声で文句を言いながらも、視線は敵から外さない。


 さらに奥から毒霧をまき散らす魔獣が現れた。黒衣の青年が小瓶を軽く放ると、紫色の煙が広がり、毒霧が触れた瞬間に消えていく。

「あ、よかった。試作の解毒薬でしたが、成功したようです」


 そして──最後に、ゆっくりと一歩踏み出す気配があった。

 日焼けした肌。全身のところどころには、龍人族特有の黒い鱗がある。神々しさすら感じられる金色の瞳が、静かに光っている。

 その男が現れただけで、空気が変わるのがわかった。

(すごい……)

 男が剣を抜くと、一瞬で数体の魔獣が倒れていく。音が消え、森から気配が一気に薄れた。


 静かになった後で、彼らは倒れているマールに気づいた。

「……子ども?」

 驚いた声が落ちる。
 金の瞳の男が歩み寄り、マールをそっと抱き上げた。その体温の低さに、彼は眉を寄せる。

「っ……マズイな、かなり弱っている……!」

 呼吸は浅く弱い。声もほとんど出ていない。男は言葉を発することなく、背後にいた仲間たちに視線を送る。

「周囲、もう一度確認する」
「毛布持ってきます!」
「私は薬の準備を」

 短い言葉に、全員がすぐ反応し動き始める。慣れた連携だった。視界が暗くにじむ中で、マールは思った。

(……たすかった……の……?)


 ◆

 ぱち、ぱち。

 焚き火の小さな音が、静かな森に広がっていた。冷えた朝の空気の中で、火のそばだけがほっとするように暖かい。

 マールは浅い眠りからゆっくりと目を開けた。体のだるさはまだ残っている。それでも、先ほどまで感じていた息苦しさは薄れていた。

(……あったかい……)

 視界に入ったのは、焚き火と、その前でしゃがんでいる男の背中だった。大きな体に似合わず、鍋を扱う手は驚くほど静かで丁寧だった。

 男は木のスプーンでお粥を混ぜ、器によそい、マールの様子を一度だけ見てから歩み寄ってきた。


「……起きたか」

 低い声だったが、責めるような響きはない。

 マールは返事をしようとしたが、喉がまだうまく動かず息が漏れるだけだった。男は気にした様子もなく、器を差し出す。

「無理に話さなくていい。……薬が入った粥だ。少しでも食べられるか?」

 震える指でスプーンを受け取り、そっと口へ運ぶ。

 ──とろり。

 温かいお粥が舌に触れた瞬間、胸の奥がじんわりとほぐれる。

 味は薄いのに、どうしてかとてもおいしかった。胃に落ちていくたびに、寒さで固まっていた身体がゆっくり温まっていくのがわかる。


(……おいしい……)

 視界がにじみ、涙がぽたりと落ちた。

「……あったかい……」

 小さくこぼれたその声に、近くで見ていた男たちの動きが止まる。大柄な男は眉をひそめ、細身の男は静かに目を伏せ、黒衣の青年は表情を曇らせた。

 その一言だけで、彼らには十分だった。
 この子が、どれほど過酷な環境にいたのか。

 スプーンを握るマールの手はまだ震えている。それでも必死にお粥を口へ運ぼうとする様子が、いじらしいほどだった。


「元気になったか?」

 気づけば大柄な男が隣にいた。強面なのに、目つきはどこか心配そうだ。
 
「アッポロ。近い。その子が怖がるだろ……で、薬師としての見立てはどうなんだドクペイン」

 細身の弓使いの男が小声で注意した。落ち着いた口調だが、こちらは少し不器用な優しさがにじんでいる。

 黒衣の青年はマールの脈を確認しながら、淡々とした声で言った。

「フリッツは心配性ですね。大丈夫、私が作った薬粥を食べれば、すぐに歩けるようになりますよ」

 その言葉にマールはほんの少しだけ安心した。まだ怖くて体を強張らせているが、敵意は感じなかった。

 そして、最後に。
 マールを助けた中心人物──金の瞳の男が静かに歩み寄り、膝をついて目線を合わせる。


「……大丈夫だ。俺たちは敵じゃない」

 低く落ち着いた声。その目は鋭いのに、不思議と怖くなかった。マールは返事ができず、わずかに瞬きで応えた。

 それを確認すると、男は簡潔に名乗った。

「俺はレグルス。こいつらは俺の仲間だ」

 大柄な男が胸を張る。

「アッポロだ」

 弓使いは軽く手を上げる。

「フリッツ」

 黒衣の青年は控えめに頷いた。

「ドクペイン。薬と毒、どっちも扱えます」

 「いや、毒の部分は今言わなくてもいいでしょ……」とフリッツが小声で突っ込むと、ドクペインは「事実なので」と真顔で返す。そのやり取りに、マールの緊張がほんの少しだけゆるんだ。

 会話の流れの中で、自然に「レグルス隊長」という呼び名が聞こえ、マールはこの人たちが何かの“部隊”なのだと理解する。


 レグルスは焚き火の影を背に、状況を簡潔に説明した。

「俺たちは、リヴィア龍帝国で魔物狩りの傭兵をやっている。その最中に、魔の森で蛇神ヒュドラと遭遇してな」

「あやうく全滅するところでしたよね!? 逃げているうちに王国領に迷い込んじゃうし……まったく、アッポロがうっかり巣に踏み入れるから!!」

 フリッツがアッポロの丸刈り頭をペシンと叩く。だが当のアッポロはポリポリと後頭部を掻くだけで、いまいち反省の様子は見られない。

「それで、お前の名前は? 近くに親はいるのか?」

 レグルスが少しだけ声を和らげて尋ねた。急かすでもなく、ただ待ってくれている空気があった。

 マールは胸元をぎゅっと握ったまま、小さく息を吸う。焚き火の音が心臓の鼓動と重なるように響く。

「……マール」

 かすれた声が、やっとの思いでこぼれた。
 レグルスは短くうなずく。

「一刻も早くマールを家に返すべきだ。子どもをこんな危険な場所に置いておくわけにはいかない……おい、家はどこなんだ?」
「え、う……おうちは、えっと……」

 ただ、当然のことを確認しているだけ。
 けれどマールは返事をすることができなかった。
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