救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!

文字の大きさ
9 / 16

第9話 小さな失敗と大きな後悔

しおりを挟む

 飛び出してきたのは、小さな魔獣――“トゲネズミ”。普段ならレグルス隊にとって敵とも呼べないほど弱い相手だ。

 しかしマールは違う。突然のことで判断が遅れ、逃げようとしたものの――


「きゃっ……!」

 小隊が即座に動いたが、その誰よりも早くレグルスが飛び込み、魔獣を一撃で排除した。

「大丈夫か!? 怪我は!!」
「だ、だいじょぶ……いたく、ない……」

 レグルスはマールを抱き起こし、彼女の身体をくまなく確認する。その声音は低く震えていた。

「……油断したな? もしお前の身になにかあったらどうするんだ」

 鋭い金の瞳がマールを射抜いた。怒鳴り声ではない。だが、胸の奥をぎゅっと掴まれるような重さがあった。

 マールは涙をにじませ、うつむく。


「ごめんなさい……」

 アッポロも、フリッツも、ドクペインも。下手に庇うこともできず、気まずそうに視線をそらした。

 沈黙ののち、レグルスが小さく息を吐く。

「この調子では、当分魔の森には連れて行けない」



 拠点へ戻る道すがら、マールの足取りは重かった。つい先ほどまで弾んでいた靴音はどこにもなく、夕陽に照らされた小さな背中は、しょんぼりと丸まって見えた。

(……マール、悪い子だ)

 かごを抱える腕にぎゅっと力が入る。揺れるたび胸がずき、と痛んだ。

 レグルスの言葉は正しい。危ないことをしたのは自分だ。迷惑をかけた。怒られた。――そう思うと、視界がにじみそうになる。

 誰も何も言わなかった。
 夕暮れの風だけがひゅう、と冷たく頬をなでた。


 やがて拠点へたどり着き、いつものように夕食の支度が始まる。だがマールは、どこか手持ち無沙汰で立ち尽くしたままだった。鍋をかき回す音も、食欲をそそるスープの香りも、今日は遠く感じる。

 アッポロがちらりとこちらを見る。普段は大岩のように堂々とした大男なのに、その目はやけに泳いでいた。

「……ちび、大丈夫か……?」

 声は優しいが、マールは顔を上げられない。

「……うん」

 小さく答えたつもりだったが、自分でも驚くほど弱々しい声が出た。

 フリッツが皿を持って近づき、そっと差し出す。

「食べられそうか?」
「……ありがとう」

 受け取ったものの、マールはほとんど食べられず、また視線を落とした。小さな肩がしゅんと落ちているのを見て、三人は顔を見合わせる。

 このままではいけない。

 しかし隊のリーダーであるレグルスは不器用に黙り込み、声をかけることすらできずにいる。言い過ぎたと分かっていても、謝り方が分からない――そんな背中だ。


 フリッツが小さく息を吐き、アッポロとドクペインへ目配せする。

「……マール、ちょっといいか」
「え……?」
「こっちの部屋のほうが静かだ。話したいことがある」

 アッポロが「お、おいで……」とぎこちなく手招きし、ドクペインは無表情のまま「相談室……みたいなものです」とつぶやく。


 アッポロたちに案内され、普段は物置になっている小部屋へ入る。家の中の気配がふっと静まり、薄暗い灯りがゆらりと揺れた。マールは両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、小さく縮こまった。

 アッポロは巨大な体を気遣うように壁際へ腰を下ろし、フリッツは腕を組んで無言で立つ。ドクペインはきちんと椅子に座り、眼鏡を指で押し上げた。

「……マール」

 フリッツが静かに呼びかける。責める色は一切ない。

「さっきのこと、気にしているだろう」

 マールはびくりと肩を震わせ、視線を落とす。

「……マール、わるい子。レグルスおじさんに、めいわくかけて怒らせちゃった……」
「それは違うと思うぞ」

 短いが、驚くほど優しい声で否定したのはアッポロだった。

 マールは顔を上げる。大岩のような大男が、困ったように眉尻を下げていた。

「ちび……いや、マール。隊長はな……怒ったんじゃない」

 アッポロは、ごつい手をぎゅっと握りしめる。

「……隊長は昔、軍にいたんだ。そんで……無茶な命令で、仲間を失った」

 言葉は不器用で少ない。けれど、その一つひとつに重みがあった。マールは瞬きをし、そっと耳を傾ける。

 続けたのはフリッツだ。


「その任務は“不可能に近い作戦”だった。本来なら誰も行かせるべきじゃなかった。だが上層部は撤退命令を出さなかった」

 淡金髪の弓兵は静かに続ける。

「結果……隊長の部下が数名、生きて帰れなかった。隊長は自分を責めたよ。あれほど理不尽な命令だったのに、全部自分のせいだと思い込んでな」

 マールの胸がじくりと痛む。

「それで……隊長は軍を辞めた。俺たちは隊長についていくと決めた。一人にさせちゃいけないと思ったんだ」

 フリッツの言葉に、アッポロが力強くうなずく。最後に、ドクペインが口を開いた。

「……隊長は自分よりも、大切な誰かが傷つくのを、誰よりも恐れているんです」

 眼鏡の奥の瞳が、ほんの少し柔らかくなる。

「だからあなたが怪我しそうになった時……隊長は、また“守れなかった”って自分を責める未来を想像したんですよ」
「……じゃあ、おこったんじゃ、ない……?」
「はい。怒ったわけではありません。怖かったんです」

 その言葉は静かで、嘘がひとつもなかった。


 部屋を出て、マールはそっと廊下を歩いた。足音は小さく、誰にも気づかれないほど静かだ。胸の奥には、まだちくりとする痛みが残っていたが――それ以上に、さっき聞いた言葉が何度も反芻されていた。

(……レグルスおじさん、こわかった……マールが、けがしそうで……?)

 自室の扉を開けると、薄暗い部屋に夜の気配が染み込んでいた。ベッドも机も、何もかもいつも通りなのに、今は心が落ち着かない。

 マールはぎゅっと拳を握る。

 今日の失敗が頭をよぎる。
 飛び出してきたトゲネズミ。
 焦って、驚いて、怖くて――結界が不完全になってしまった。

(……マール、もっと、つよくならなきゃ。レグルスおじさんが、あんな顔しないように……)

 その思いが胸に宿った瞬間、マールはそっと両手を前に掲げた。


「……でる、かな……?」

 集中して、ゆっくり息を吸う。魔力が指先に集まる、あの感覚。しかし――

 ぱちん。
 小さな火花のように魔力が弾け、光は消えてしまった。

「……む、ずかしい……」

 けれど、マールは諦めなかった。
 もう一度、両手を見つめる。

(……マール、つよくなる。レグルスおじさんも……まもれるくらいに)

 守られてばかりじゃいけない。
 いつか、レグルスを――みんなを、守れるくらいに。


 深く息を吸って、今度はゆっくり魔力を流した。ぽう、と淡い光が生まれ、揺れながらも手のひらに留まる。

「……でた……!」

 まだ弱い光。しかし確かな一歩だった。

 その光は、薄暗い部屋をそっと照らす。
 マールの表情も、決意で少しだけ強く見えた。


 その様子を、廊下の影からひとりの男が静かに見守っていた。
 レグルスだ。

(フリッツ達に言われて様子を見に来たが……)

 彼は気づかれぬよう息を殺しながら、幼い背中を見つめる。

(……この子は、強い子だ)

 魔力の光に照らされる横顔は、幼いのに、どこか逞しく見えた。

(……いつか……きっと立派な大人になる。だけどそれまでは俺が守らなければ)

 ふっと、レグルスの表情がわずかに締まる。
 静けさに満ちた夜は、そのままゆっくりと更けていった。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

【完結】妹は庶子、文句があるか? 常識なんてぶっ飛ばせ!

青空一夏
ファンタジー
(ざまぁ×癒し×溺愛) 庶子として公爵家に引き取られたアメリアは、 王立学園で冷たい視線に晒されながらも、ほんの少しの希望を胸に通っていた。 ――だが、彼女はまだ知らなかった。 「庶子」の立場が、どれほど理不尽な扱いを受けるものかを。 心が折れかけたそのとき。 彼女を迎えに現れたのは、兄――オルディアーク公爵、レオニルだった。 「大丈夫。……次は、俺が一緒に通うから」 妹を守るためなら、学園にだって入る! 冷酷なはずの公爵閣下は、妹にだけとことん甘くて最強です。 ※兄が妹を溺愛するお話しです。 ※ざまぁはありますが、それがメインではありません。 ※某サイトコンテスト用なので、いつもと少し雰囲気が違いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

処理中です...