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相次ぐトラブル
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「お父様……」
「すまない、ミーア。私の力ではどうにもできなかった……」
さめざめと泣くミーアを侯爵が腕の中に抱き寄せた。
悲嘆に暮れる二人だったが、その場に居た他の貴族たちはミーアを羨望の眼差しで見つめている。
普通に考えれば、次期王の妻。この国の王妃となれるのだ。玉の輿を狙う令嬢からしたら、羨ましくないわけがない。
だが王の言う、王子に相応しい者というのが問題だった。
なにしろどんなに魅力的な令嬢にも、シルヴィニアスは一切興味を示さなかったのだ。
そんな彼が生まれて初めて興味を示したのが、よりによってミーアだった。
だが彼女にとって、それはあまりにも唐突に引き起こされた悲劇でしかない。
幼いながらに淡く燃え始めた、初めての恋心。これからゆっくりと育まれるはずだったものが、大人の都合で無情にも踏み躙られたのである。それも、たった一晩の間に。
国や貴族の事情でそう決まったから、と言われて到底納得ができるものではない。
彼女はパーティ会場から帰る馬車の中で、父親である侯爵に慰められながらポロポロと大粒の涙を溢し続けた。
愛妻家で、子煩悩で知られるキャッツレイ侯爵。彼は嘆き悲しむ娘の姿を見て、心を深く痛めていた。
――王妃の父になれる? そんなものはどうだっていい。
愛娘のミーアがいつまでも笑顔で居てくれる方が、彼にとってよっぽど大事だった。
泣き疲れてしまったのか、ミーアは父親の膝の上でスヤスヤと寝息を立て始める。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、侯爵は少し疲れた様子で馬車の外をぼんやりと眺めていた。
星空は闇よりも黒い雲に覆われている。
天より落ちる冷たい雨は吹き荒れる風に乗って、馬車をザァザァと激しく打ち付けていた。
来た時は気持ちの良い晴天だったのに。それが今では、まるでミーアの心中を表したかのような酷い荒れ模様だ。
「ああ、どうにかしてやれないものだろうか。私に、もっと力があれば……」
可愛い娘の為ならば、なんだってしてやりたい。だが相手は王家で、しかもあの神獣人だ。いっそ、何か不慮の事故であの王子さえ居なくなってしまえば……
不穏な考えが、脳裏を一瞬だけよぎる。
だが、そんなことをしては駄目だと頭を振った。
「……ん? なんだ、急に」
もうすぐ我が家に着くというところで、馬車が急停止した。
何か問題が起こったのだろうか。馬車の外が、何やらザワザワと騒がしくなった。
「んっ……どうしたんですか、お父様……」
異変に気が付いたのか、ミーアが身じろぎをして起きてしまった。
心配するなと彼女を宥めつつ、事情を説明しにやって来た御者と護衛に何事かと尋ねる。
「すみません、旦那様。実は……」
彼らによれば、道端に行き倒れが転がっていたので、慌てて馬を止めたのだと言う。
「そうか、なら仕方がない。ミーア、このままでちょっと待っていなさい。お父さんが様子を見てくる」
「はい、お父様。お気をつけて……」
普通の貴族であれば部下に任せて処理させるか、そのまま轢き殺していくだろう。しかし彼は貴族には珍しい、心優しき善人だった。
雨に濡れることもいとわず、彼は護衛を連れて馬車の外へと降り立った。
「おい、こんな所でどうした……って、まだ幼子じゃないか!!」
御者に案内された場所に来てみれば、地面で倒れていたのは小さな子供だった。
全身が泥まみれで、着ている服もボロボロだが、間違いなく生きた人間の女の子だ。
「……ミーアとよく似た顔をしているな。まるで双子のようだ――だが」
ミーアとは身体つきがまるっきり違う。
服の隙間から見える肌はガサガサで、あばら骨が浮き上がるほどに痩せていた。明らかに栄養が足りていない状態だし、雨に濡れて衰弱もしている。
放っておけば、いまにも死んでしまいそうだ。
この冷たい雨の降りしきる、嵐の暗闇の中たった独りで。
「可哀想に……おい、誰か手伝ってくれ! 急いで我が家で治療するぞ!!」
「すまない、ミーア。私の力ではどうにもできなかった……」
さめざめと泣くミーアを侯爵が腕の中に抱き寄せた。
悲嘆に暮れる二人だったが、その場に居た他の貴族たちはミーアを羨望の眼差しで見つめている。
普通に考えれば、次期王の妻。この国の王妃となれるのだ。玉の輿を狙う令嬢からしたら、羨ましくないわけがない。
だが王の言う、王子に相応しい者というのが問題だった。
なにしろどんなに魅力的な令嬢にも、シルヴィニアスは一切興味を示さなかったのだ。
そんな彼が生まれて初めて興味を示したのが、よりによってミーアだった。
だが彼女にとって、それはあまりにも唐突に引き起こされた悲劇でしかない。
幼いながらに淡く燃え始めた、初めての恋心。これからゆっくりと育まれるはずだったものが、大人の都合で無情にも踏み躙られたのである。それも、たった一晩の間に。
国や貴族の事情でそう決まったから、と言われて到底納得ができるものではない。
彼女はパーティ会場から帰る馬車の中で、父親である侯爵に慰められながらポロポロと大粒の涙を溢し続けた。
愛妻家で、子煩悩で知られるキャッツレイ侯爵。彼は嘆き悲しむ娘の姿を見て、心を深く痛めていた。
――王妃の父になれる? そんなものはどうだっていい。
愛娘のミーアがいつまでも笑顔で居てくれる方が、彼にとってよっぽど大事だった。
泣き疲れてしまったのか、ミーアは父親の膝の上でスヤスヤと寝息を立て始める。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、侯爵は少し疲れた様子で馬車の外をぼんやりと眺めていた。
星空は闇よりも黒い雲に覆われている。
天より落ちる冷たい雨は吹き荒れる風に乗って、馬車をザァザァと激しく打ち付けていた。
来た時は気持ちの良い晴天だったのに。それが今では、まるでミーアの心中を表したかのような酷い荒れ模様だ。
「ああ、どうにかしてやれないものだろうか。私に、もっと力があれば……」
可愛い娘の為ならば、なんだってしてやりたい。だが相手は王家で、しかもあの神獣人だ。いっそ、何か不慮の事故であの王子さえ居なくなってしまえば……
不穏な考えが、脳裏を一瞬だけよぎる。
だが、そんなことをしては駄目だと頭を振った。
「……ん? なんだ、急に」
もうすぐ我が家に着くというところで、馬車が急停止した。
何か問題が起こったのだろうか。馬車の外が、何やらザワザワと騒がしくなった。
「んっ……どうしたんですか、お父様……」
異変に気が付いたのか、ミーアが身じろぎをして起きてしまった。
心配するなと彼女を宥めつつ、事情を説明しにやって来た御者と護衛に何事かと尋ねる。
「すみません、旦那様。実は……」
彼らによれば、道端に行き倒れが転がっていたので、慌てて馬を止めたのだと言う。
「そうか、なら仕方がない。ミーア、このままでちょっと待っていなさい。お父さんが様子を見てくる」
「はい、お父様。お気をつけて……」
普通の貴族であれば部下に任せて処理させるか、そのまま轢き殺していくだろう。しかし彼は貴族には珍しい、心優しき善人だった。
雨に濡れることもいとわず、彼は護衛を連れて馬車の外へと降り立った。
「おい、こんな所でどうした……って、まだ幼子じゃないか!!」
御者に案内された場所に来てみれば、地面で倒れていたのは小さな子供だった。
全身が泥まみれで、着ている服もボロボロだが、間違いなく生きた人間の女の子だ。
「……ミーアとよく似た顔をしているな。まるで双子のようだ――だが」
ミーアとは身体つきがまるっきり違う。
服の隙間から見える肌はガサガサで、あばら骨が浮き上がるほどに痩せていた。明らかに栄養が足りていない状態だし、雨に濡れて衰弱もしている。
放っておけば、いまにも死んでしまいそうだ。
この冷たい雨の降りしきる、嵐の暗闇の中たった独りで。
「可哀想に……おい、誰か手伝ってくれ! 急いで我が家で治療するぞ!!」
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