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第1話 破滅への序曲~婚約破棄を添えて~
しおりを挟む「今この瞬間をもって、僕はヴィクトリアとの婚約を破棄させてもらおう!」
煌びやかな夜のパーティー会場。美酒と美食に酔いしれていた人々の間にざわ、と動揺が走った。
今宵は我がキルメニア侯爵家で、貴族を招いた宴が開かれている。そして招待客の中で、ヴィクトリアという名に該当する女性は唯一人だけ。
「そんな……ローラン殿下! それはあんまりですわ!」
あぁ、やはり。奇跡に縋る思いで声の発生元を探してみれば。そこには私の唯一の友人であるヴィクトリアの姿があった。
しかし、彼女の顔には怒りよりも悲しみの色が強く浮かんでいる。
無理もない。たった今、彼女はこの国の第二王子に婚約の解消を言い渡されたばかりなのだから。
「すまない、ヴィクトリア。だが僕はアンジェリカという素晴らしい女性に出逢ってしまったんだ」
絹のように滑らかな金髪をかき上げると、王子は隣にいた女性を腕に抱き寄せてそう言った。殿下が彼女に心を奪われていることは一目瞭然だ。
「ローラン殿下が辺境伯の娘との婚約を破棄したぞ……?」
「殿下は正気なのか……?」
「おい、そんな言い方をしたら不敬だぞ!」
「だが殿下たちの婚約は陛下が……」
会場の人々は顔を引き攣らせながら、殿下たちのやり取りを窺っている。そして少し離れた場所から見ていた私も、客人たちとまったく同じことを考えていた。
しかし何よりの問題は、殿下の言う素晴らしい女性が、私そっくりの顔をしていることだった。
「何を考えているのよお姉様……控えめに言って最悪だわ……」
私はこの後に起こるであろう波乱を思い、思わず天を仰いだ。
◇
王子による突然の婚約破棄宣言により、パーティーはそのままお開きとなった。
私は王子とそのままどこかへ消えようとしていた双子の姉、アンジェリカの腕を引っ掴み、お父様の居る執務室へと連れてきていた。そして彼女が開口一番、私に告げたのは――。
「わたくしが飼っていた男たちはもう要らないから、あとは全部シャーロットに譲ってあげるわ」
話すのも気怠そうな雰囲気の姉は、お父様の執務机にしな垂れかかりながらそう言った。
椅子に座っていたお父様もそんな態度の娘を叱りもせず、むしろ機嫌が良さそうに机の上にあったブランデーを口にしていた。
困惑して固まる私を見て、姉は苛立たしげに舌打ちをする。どうやら私がすぐに理解しなかったことにご不満らしい。相変わらず短気な人だ。
「ま、待ってください! アンジェリカお姉様がご自分の意志で、殿方たちをこの屋敷に住まわせたのではありませんか!? それを急に私に譲るなんて言われても……」
私の言葉を聞いた姉は眉間に深いシワを寄せると、盛大にため息を吐いた。
そして呆れたようにこちらを見ると、面倒くさげに口を開いた。
「だって、飽きちゃったんだから仕方がないじゃない」
「飽きっ……?」
「これからわたくしは殿下の妻になるのよ? お古相手に構ってなんかいられないわよ」
姉はわざとらしく肩をすくめると、小首を傾げた。
随分と自信過剰な物言い。だけどそれに見合う美しさを持っているのは間違いない。
天使の様な、という意味の名の通り、アンジェリカお姉様は天使のように愛くるしい顔立ちをしていた。
だけど私からしたら、姉は天使というよりも悪魔に近い存在だ。
姉は自身の魅力を最大限に使い、気に入った男性をこの家に連れ込み、自分の手元に置いていた。
彼女は自分が欲しいと思ったものは必ず手に入れるし、事実それが許されてしまっていた。
(片や私は『小さな子』のシャーロット。眼鏡を掛けていて、地味で愛想のない姉の出涸らしにしか過ぎない)
ずっと姉の陰に居たせいで、私は随分と卑屈に育ってしまった。しかも私を姉と見間違えた男に手を出されそうになった過去があるせいで、今でも私は男性に対する苦手意識が抜け切れていない。
だから私の気持ちなど知りもしない姉に、いい加減腹が立った。
それに今回の婚約破棄の件は、私の友人のこともある。
「ローラン殿下と辺境伯の娘であるヴィクトリアの婚約は、隣国へのけん制と国境防備の強化という国王陛下の意向があったのですよ? それを勝手に破談にしてしまっては、陛下の逆鱗に触れてしまいます!」
今から謝って、もう一度婚約を結んでもらいましょう、と私が声高に訴えた。それを見た姉は、つまらなそうな表情を浮かべた。
しかしそれも一瞬のこと。次の瞬間には、彼女は妖艶な笑みをその唇に浮かべていた。そしておもむろに立ち上がるとこちらに近寄り、私の頭を撫でながら耳元で囁いた。
「もう、嫉妬しないでよ。十八歳にもなって、嫁の貰い手が見つからない気持ちも分かるけど」
「はぁ? 誰が嫉妬なんかっ!」
「あぁ、そういえば。ヴィクトリアさんって、シャーロットの数少ないオトモダチなんだっけ? 大事な婚約者を横取りされてお可哀想に~、うふふふっ」
心底楽しそうな笑顔を見せるアンジェリカ。
さすがの私も、思わず頭にカッと血が上る。文句を言おうと口を開いたところで、あることに気が付いた。
「……お姉様? 以前、私から取り上げたお母様の形見の指輪はどうされたのですか?」
口元を押さえて笑うアンジェリカの手を見ながら、私はそう訊ねた。見間違いでなければ、姉の指には見たこともない大粒のダイヤモンドの指輪がはまっていた。
「あのルビーの指輪? ローラン殿下からもっと素敵な指輪を貰ったし、要らないから暖炉に捨てたわ」
「はい? す、捨てたですって!?」
あまりの言葉に私は絶句してしまった。
「あっ、いっけな~い。またアンタの大事な物を踏み躙っちゃったみたい、ごめんなさいね?」
そんな私を見て、アンジェリカは満足げに微笑んでいた。
そうだった。昔からこの人は私の絶望する顔を見て喜ぶような、正真正銘の悪魔だった。
何かを言ったところで、聞いてくれるような人じゃない。私は説得を諦め、もう一人の人物を頼ることにした。
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