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ヘリオス王国編

第34話 おばあちゃんの味

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 王都へ向けてテトリアの街を出発してから、休憩を挟みつつ魔導機を走らせること約六時間。俺たちは最初の村"インダール"に到着した。


「ジャン君の話によると、この村では獣人は忌避されていないらしい。……だが万が一もある。まずは俺が最初に一人で様子を見てくるよ」

「分かったわ。私はリタと一緒に魔導機で待ってるから。もし誰かが武器を持って襲ってくるようだったら……」

「轢き殺すかアキラ様を置いてスタコラサッサです!」

「お、おう。逃げてもいいが、き殺すのは勘弁してやろうな?」


 さすがに人を轢いた魔導機で旅を続けたくは無い。そんなことを思いつつ、人が居そうな村の入り口に向かう。

 すると、畑帰りと思われるクワを持ったお婆さんを見つけることができた。優しそうな見た目だし、ちょっと尋ねてみよう。


「んぁあ? お前っさん、見ない顔だぬ。この村に何か用だぬ?」

「こんにちは。この村の方ですか? 私はテトリアの街から王都に向かっている、旅の者なんですけど……」

「あぁ、はぁいはぁい。途中の村でモンスターが出たっちゅう話やんでな。さぁいきん世の中物騒で困っちくればや!」

「あー……はい」

 うーん? おばあちゃんの話す方言があまりにもキツいのか、神様に貰った翻訳チートが上手く機能していない。ちょっと何を言っているのか分からない部分があるな。

「それで今は、この村を経由して王都に向かっていたんです。もう夜になってしまうので、この村のどこかにテントを張る場所を借りられないかと思いまして」

「んだしゃっかろなもぉ! この村にゃあ宿もねぇけんなぁ。もし良がったらオラさ家泊まっけ?」

 おばあちゃんの家に泊っていけってことか?
 その提案は嬉しいけれど……。

「それは嬉しいんですが、連れがもう二人いまして。それで、実は……一人はなんですが……」

「んぉお? 獣人はこの辺じゃ珍しいかんなぁ! 隣の村にゃ何年か前までは居たんだぎゃあ、介抱者かいほうしゃだか辛抱者しんぼうしゃだか、ワケの分からんやからが来た所為せいで家族もろとも死んじまってよぉ。かぁわいそうに、まだちっこいガキっちょもいたんちゅうに……」


 多分今言っていた隣村の獣人は、ジャン君の家族だ。心配してくれていたようだし、言葉の感じだとこのおばあちゃんは解放者かいほうしゃ達とは無関係そうだ。
 あとは村の人みんながそうであってくれるなら……


「この村には獣人の方はいらっしゃるんですか?」

「うんにゃぁ。隣村の話を聞いて、このままじゃ殺されるっちゅーて、獣人だけで集まった避難村に行きおったわ。おらがぁの村にも、いつ危にゃあ奴らが来るか分からんけぇ。……ただなぁ。あいつらはなぁんも、悪いことしとりゃんのになぁ。」

「そうですか……」

 どうしよう、それじゃあこの村に滞在するのは控えた方が良いだろうか。この人たちにも迷惑が掛かってしまいそうだし。

「おお、そんな顔するでねぇよ! 来ぉ来ぉ!! そんな気にせんで良かでよ!! 村の連中も、最近は獣人と話せんと寂しい言うちょったからの! おら達は大歓迎じゃき!」


 ……良かった。最初の村からこんなにヒヤヒヤするとは思わなかったけど、なんとかなりそうだ。
 俺はおばあちゃんにお礼の言葉を告げると、魔導機で待機している二人の元へと戻った。


「ロロル、リタ。この村は大丈夫そうだ。会ったお婆ちゃんも、わざわざ家に泊めてくれるって」

「本当? 良かった。私、運転で疲れちゃったし、屋根のある家で寝られるのは助かるわ」

「ボクはご飯が食べられれば、どこでもいいですよ~?」


 リタは笑って冗談を言っているが、リス耳がションボリしている。
 やはり獣人が差別された地域に入るのは、いくぶんか怖いのだろう。
 歩くスピードも普段よりちょっとゆっくりだ。


「おばあちゃん、この二人が旅の仲間だよ。……大丈夫かな?」

「あんれまぁ、随分とめんこい女子おなごだっぺぇ! あんちゃんやるだぎゃあ! ん? そっちの茶毛の娘っ子は隣村の子だか!? 生きてたのかい!!」

「……ボクは、隣村タオフェンの子じゃないです。でもその子は逃げ延びていて、今は新しい家族と一緒に元気にしてるです。だからおばあちゃんも安心してほしいです」

「ほっ? そ、そうかぁ。お前さんと同じように可愛らしい子だったけぇの……でも生きてただか。そりゃ良がっただ~」


 おばあちゃんはしわくちゃの目尻に涙を滲ませながら、住んでいる家に案内してくれた。

 このおばあちゃんはミールと言うお名前で、この村で一人暮らしをしているそうだ。

 ミールばあちゃんの家は、田舎にあるような平家の木造家屋。土間特有の土の匂いと、干してある野菜の匂いに思わず懐かしくなってしまう。あぁ、田舎のじーちゃん元気してるかなぁ。


「たいしたモンはねぇが、食ってけろ」
「ありがとうございます……!」

 ミールばあちゃんが出してくれた手料理は、この村で収穫された野菜をメインとした温かな料理だった。

 そして驚いたことに、なんと"ぬか漬け"があった。
 普通日本におけるぬか味噌といえば米でできた糠なのだが、小麦の生産が豊かなこの村では麦が使われているらしい。

 ちなみに麦を使ったぬかは別名"ふすま"とも呼ばれているが、一般的には英語名の"ブラン"の方が有名かもしれない。
 朝に牛乳と一緒に食べるシリアルや栄養バーなんかに使う、燕麦えんばくのオートブランなんかもその仲間だね。

 その麬を使った、ミールばあちゃん謹製のぬか漬けをポリポリ食べながら、この村周辺の話を聞いてみることにした。


「昔はねぇ、人族の子も獣人の子も仲良く畑を走り回って遊んでいたもんだよ。それがねぇ『獣人は悪魔を信じてる』だの、『獣人が作る作物は呪われてる』だのと迷信を語る輩が出てくるようになっちまった」

「まさかそれは、解放者たち……?」

「わしらの村にもそんな奴らが一度来やがってなぁ。みんなでクワさ持って追いかけ回したら、訳分からんこと喚き散らしながら逃げ帰っちょったよ。『天罰が~祟りが~』なんてゆうとったけど、わしゃあ達はこうして変わらずピンピンしとるよ」

 俺たちが提供したプリュネ酒を気に入ったミールおばあちゃんは、カパカパと呑みながら平和だった昔を懐かしむように語った。
 だが実際に人格が変わった人や、不審な死人が出始めると、そうは言っていられないのが現実だ。


「隣村のタオフェン村ではな、村長の息子がおかしくなっちまったんじゃ。なんでも突然夜に鎌を持って、父親である村長に襲い掛かったらしいのぅ。聞いた話にゃ、『悪魔が今夜俺を拐いにくる』だのなんだのと言うとったと」

 うーん。それだけだと、村長の息子が精神病だったとしか思えないんだけどな。


「息子に襲われた村長は、家の外に助けを求めてなんとか逃げられたそうじゃ。じゃが大事には至らなかったものの、息子をそそのかし、狂わせた奴をとっ捕まえてやるとやっきになってな。それで息子がおかしくなる直前に会っとった奴を、犯人として決め付けたっちゅうんじゃ」

 ――ガシャンッ!!

 おばあちゃんが言い終わった瞬間、囲炉裏の火が揺らめく空間に陶器のカップが割れる音が突然響き渡った。



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