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第64話 魔王様、……女心って知ってます?
しおりを挟む「……え?」
なんでそんなことを聞くのか、とでも言いたげに彼女は目を丸くする。
「あんまり人を簡単に信じるのは良くないと思うんだ。もちろん無条件で他人に優しくできるのは、姫様の良いところなんだが」
心配がゆえにそう諭したのだが、彼女はムッとした顔で俺を見た。
「勇者様は心配し過ぎです! 彼らを信じようとすることの、何が悪いって言うんですか!」
「でも素性が明らかじゃないだろ? 彼らが本当にこの村に住んでいたかも分からないんだし」
そんな状態で彼らを村の住民として受け入れてしまうのは、リディカ姫たちの身を危険にさらす行為でもある。領主としてそれは断じて認めることはできない。
「それは……そう、ですけど……」
さすがに俺の指摘を無視することは出来ないようで、彼女のブルーの瞳が揺れていた。しかしそれでも、納得は出来ないといった表情を浮かべている。
「でも私は彼らのことを信じたい……今の私なら、みんなを救えると思うんです!」
それでも彼女は折れなかった。自分の信念を曲げるつもりは無いのだろう。ここでの生活で、自分に自信がついたのは良いことだ。だけど――。
「姫様は英雄にでもなるつもりか?」
「え……?」
俺はため息を吐きつつ頭を搔くと、彼女に向き合った。
「こんなことはあんまり言いたくないんだけど。あんまり魔王に憧れるのも良くない」
リディカ姫は自分を助けてくれた魔王みたいに、みんなを助けられる存在になりたいと言っていた。だけどそれはある意味、盲目的な思考だと言ってもいい。
「全員を助けられる存在になるなんて……そんなの不可能だ」
「……」
リディカ姫は驚きからか目を見開き、言葉を失っていた。
でも彼女が憧れる“英雄”は、確かにカッコイイし尊敬できる。だけどそんなものにはなれないんだ。
人間ひとりが出来ることなんて限られている。ただ自分の周りが幸せにするだけで精一杯だ。
「魔王みたいに誰も彼も救おうとするお人好しは、逆に大事な人を喪うことになる。あんなのは――」
「やめてください!」
俺が何か言おうとして、リディカ姫がそれを遮った。
「それ以上……貴方の口から魔王様の悪口を……聞きたくありません……」
彼女はぎゅっと胸の前で手を握り、うつむいてしまう。
まずいな……言い過ぎたかもしれない。でも魔王に憧れて欲しくないのは本当だし……。
俺の言葉が悪かったのか、彼女の方を見ると耳まで赤くなってしまっている。これはちょっとフォローが必要だな……。
「あー……その、リディカ姫」
「貴方に、魔王様の何が分かるって言うんですか」
彼女が潤んだ瞳でキッと睨んでくる。その鋭さに思わず俺もたじろいだ。
「魔王様を殺したくせに……」
「そ、それは……」
「人殺し……魔王様を殺した人殺しの意見なんて、私聞きたくないです!」
そう言って彼女は自分の部屋へと走り去ってしまった。
“人殺し”という彼女の言葉が頭を反芻する。
「そうだよな、俺はサイテーの人殺し野郎だ……」
自分の目的のために、他人も自分も殺してきた。迷惑も心配もたくさんかけた。
「それでも俺は、自分の守りたいものを……ただ守りたいだけなんだよ……」
俺は結局彼女に謝ることも出来ず、ただ茫然と彼女のうしろ姿を見送ることしかできなかった。
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