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2章1部 アルスタリアへ
姫さまの誘い
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あれからアリシアとしばらく話して、シンヤとトワは教会をあとにしていた。ただリアはほかの信者へのあいさつや、フォルスティア教内での込み入った話などでまだ教会にいるという。
そして現在再び街中へ。すでに陽が完全に沈んで夜になったが、アルスタリアの街はまだまだにぎやか。食べ物屋や屋台からいい香りがただよい、人々が集まっている。普通に買い物を楽しむ人や、買い食いしている人、お酒を飲んでいる人など。各々夜の時間を満喫しており、昼とはまた違ったにぎわいを見せていたといっていい。そんな中シンヤたちは夕食をどうするか話しながら、ぶらぶらしていた。
「あれって?」
ふとトワが足を止め、路地裏を見る。
彼女の視線を追うと、そこには首に鈴をつけた一匹の黒猫の姿が。
「あのネコって確か……」
その黒猫には見覚えがあった。確かリザベルトの街や封印の森で見かけた、ハクアが使役していた猫だったはず。
「にゃー」
黒猫はシンヤたちの方を見て、それからチリンチリンと鈴を鳴らしながら路地裏の奥へと向かってしまう。
「ちょっと待って! ネコちゃん!」
トワは気になったのか、黒猫を追いかけて行った。
「おい、トワ」
なのでシンヤも慌てて彼女を追いかけることに。
「よしよし、こんなところでどうしたの?」
彼女に追いつくと、トワはしゃがみながら黒猫をなでていた。
対して黒猫は気持ちよさそうに、喉を鳴らしている。
ここは穏やかな川に面した裏通り。降りそそぐ月の光によって、街灯が少ない裏通りもかなり明るい。あとみんな大通りを歩いているらしく、この場所にはほとんど人がいなかった。そのためすごく静か。川のせせらぎが響いている、落ち着いた場所であった。
「にゃー」
「あっ!?」
ふと黒猫が近くに設置されていたベンチのところに走っていく。それからそこに座っていた少女の膝の上に乗って、丸まりだした。
「やっほー、シンヤくん! トワちゃん!」
そしてベンチに座った少女が、手を振りながら親しげにあいさつを。
「なっ!? ハクア!?」
「ハクアさん!?」
その人物はなんとハクア。彼女は邪神側の転生者で、邪神の眷属と呼ばれ恐れられていたミルゼの封印を解いた張本人だ。
まさかの人物に驚きながらも、彼女の方へ歩いていく。
「なんでこんなところにいるんだよ?」
「えー、いたらダメなの?」
シンヤたちの動揺する反応に、ほおを膨らませるハクア。
「いや、そんなことはないけど……。ただハクアってケタ外れの力を持つ邪神側の転生者で、なんかすごいことを企んでるラスボスポジの女の子だろ。そんな子がまさかこんな街中で気軽に話しかけてくるとは、夢にも思ってなかったからさ」
「まあ、気持ちはわからなくもないかも。でも実際、魔王の城みたいな最終ステージでずっと居座っていても、ヒマでしょ? それならいろんなところに行って、はっちゃけまくったほうが絶対いいってね!」
「確かに」
「だよね! だから今はアルスタリアを、こうして満喫してるってわけ! ここは交通の便もいいし、お店がいっぱいあるからショッピングやおいしいものめぐりもできちゃう! おまけに外観や景色もよくて、楽しいし! もういっそのことアルスタリアに住んじゃおっかなー!」
ハクアはほおに指をポンポン当て、はしゃぎだす。
「ほんと、いい街だよな。オレたちもしばらくここを活動拠点にするつもりなんだ」
「アハハ、いいこと聞いちゃった! それならワタシもこの街にしばらく滞在しよーっと!」
指をくるくるしながら、なにやら含みがある笑みを浮かべるハクア。
「おい、なにを企んでるんだよ?」
「フッフッフッ、企んでるとは人聞きが悪いなー。ワタシはただシンヤくんと仲良くなって、補佐役になってもらおうかなーって思ってるだけだよ? 同じ街にいればいつでもアプローチできて、攻略がはかどるってものでしょ?」
「いや、オレはトワから鞍替えする気はないぞ」
「アハハ、そういっていられるのも今のうちだよ。もっともっと親密な関係になって、いづれメロメロにさせちゃうんだから! というわけでさっそく夜のデートにしゃれこもうよ!」
ハクアは立ち上がり、シンヤの手を取ってかわいらしくウィンクしてきた。
ちなみに黒猫は彼女が立ち上がろうとした瞬間に地面に飛び、そのまま気ままにどこかへ走っていってしまったという。
「ハクアさん! シンヤはわたしのなんだからとっちゃダメ!」
するとトワがシンヤの腕をグイっと引っ張り、抗議しだす。
「いや、トワのになった覚えはないんだが……」
「アハハ、シンヤくんは相変わらず愛されてるねー。でも、あきらめないよ。ワタシは欲しいものは絶対手に入れる主義だから!」
ハクアは胸にバッと手を当て、得意げな笑みを。
「どうしよう!? このままじゃシンヤがとられちゃうかも……」
「トワちゃんも一緒にワタシのもとに来ればいいんだよ! そもそもワタシが攻略しようとしてるのはシンヤくんだけじゃない。キミもなんだから!」
涙目であたふたするトワへ、ハクアが満面の笑顔を向ける。
「え? わたしも!?」
「前にも言ったでしょ! 気に入ったって! だからこれから仲良くしようね! そうだ! 手始めに宿の部屋を隣同士にしようよー! そしたら気軽に遊びに行けて、パジャマパーティーとかし放題だよ! どうかな? どうかな?」
シンヤへグイグイ詰め寄り、目を輝かせてくるハクア。
聞き届けてやりたい気持ちはあるが、相手が相手だけに承諾はできそうになかった。
「それについてはもう少し仲良くなってからで……」
「――うん、そうだね、――あはは……」
「さすがにまだまだ好感度が足りなかったかー。もっとがんばって、二人との距離を縮めないとだね!」
ハクアは胸元近くで拳をにぎり、闘志を燃やしだす。
「ちなみにオレたちのこと気に入ってくれたなら、いっそのことハクアがこっち側に来るとかは? 仲間になってくれるなら歓迎するけど」
ミルゼのときみたいに仲間に誘ってみる。うまくいけば争わず、仲良くやっていけるかもしれない。
「うーん、興が乗って飛び入り参加とかならあるかもだけど、完全な仲間になるのはないねー。世界を守るなんてガラじゃないし、アタシは好き放題やって問題を起こす側。おもしろおかしくやれたら、それでいい。たとえこの世界がどうなろうとも、ね、アハハ」
シンヤの誘いに対し、ハクアは自論をかたりながら不敵に笑って断ってきた。
「ははは、さすがにハクアを仲間にして、すべて丸く収まるって展開にはならないか」
「平和なんて退屈なだけだよ。人生にはやっぱり刺激がないと! それが多ければ多いほど物語はより彩られ、輝きを増していくんだから!」
瞳に淡い狂気の色を帯らせ、無邪気に笑うハクア。
「ははは、またはた迷惑な理論だな」
「そう? シンヤくんならわかってくれると思ってたんだけど」
肩をすくめていると、ハクアがシンヤの顔を下からのぞき込みながら、小首をかしげてきた。
「――うっ、それは……」
彼女の瞳はまるでシンヤの心の内を見透かしているようで、思わず目をそむけてしまう。
というのもハクアの主張に、心の中で同意している自分がいたのだから。そもそもシンヤはそこまで世界を救う気概はない。トワががんばっているから、その手伝いをしているといった感じなのだ。実際この世界に来たばっかりのときなど、全部勇者に任せて自分は好きなように異世界ライフを満喫しようと思っていたほど。結構自分勝手な人間なのである。
「やっぱりね! それならなおさらこっち側に来るべきだよ! そしたらワタシがシンヤくんに、他では味わえないとびっきりの刺激をプレゼントしてあげる! せっかくの二度目の生なんだもん! どうせならありきたりな正道のルートより、なにもかもぶっとんでるおもしろおかしい裏ルートの方がいいってね!」
ハクアはシンヤの胸板に手を当て、意味ありげにほほえんできた。
「だからシンヤくん、すぐそばでどうか見届けて。ワタシがたどり着くであろう、至大至高の結末を……。絶対後悔させないから……」
そしてハクアは互いの吐息を感じるほどの距離まで詰め寄り、万感の思いを込めて告げてきた。
「――オレは……」
心の中で思ってしまう。ハクアの瞳が見据えているであろう景色を見てみたいと。きっと彼女ならシンヤに、満足して止まない最高の生を実感させてくれるという確信があったのだ。
「――シンヤ……」
ハクアのカリスマ性に吞まれかけていると、トワがシンヤの上着を弱弱しく引っ張ってきた。彼女は不安で不安でたまらなさそうな表情をしていたという。
「トワ」
そんな彼女の頭をやさしくなでる。
どこにもいかないと安心させるかのように。
「ハクア、悪いがそっちにはいけない。もしこれがトワに出会う前なら、脇目も振らずついていったんだろうけどさ」
トワに会う前なら、おもしろそうだとハクア側についていっただろう。しかし今のシンヤには彼女の夢を叶えてやりたいという、強い想いがある。なのでいくら魅力的な誘いを受けようと、最終的にはトワを選ぶのであった。
「フラれちゃったね。でもその様子じゃあ、こっちに来るのも時間の問題かな。ワタシの計画が進むにつれ、シンヤくんは己が欲望に我慢できなくなるはずだから」
ハクアはシンヤの顔を下からのぞき込みながら、不敵に笑いかけてくる。
「アハハ、ミルゼちゃんのこともあるし、これでますます楽しみがふえたよ!」
「ミルゼがどうしたって?」
「彼女が今率いてるミルゼ教。今までは水面下で行動してたけど、ミルゼちゃんを迎え入れ本格的に動き出し始めたみたいなんだよね」
「ミルゼ教。ハクアもあそこに関与してるのかよ?」
「ううん、あれはアタシとは完全に別口。封印を解く件で一緒にいたのは、ただ協力してあげてただけ。ほんとはミルゼちゃんを仲間に引き入れ、あの組織もアタシの手中に収めるつもりだったんだけどねー。結局ミルゼちゃんに反感を買われたせいで、敵対関係になっちゃった」
ハクアはやれやれと肩をすくめる。
「じゃあ、ハクアの方もミルゼ教とやり合うつもりなのか?」
「放っておくよ。せっかく向こうは向こうで、なかなかおもしろいことをしようとしてるんだもん! ここで潰したらもったいない。せいぜい高みの見物をさせてもらって、楽しむとするよ! そしてミルゼちゃんにはしばらく好き勝手暴れてもらって、ある程度気が済んだところで仲間に引き込むつもり!」
「ミルゼのことはやっぱりあきらめてないんだな」
「もちろん! 彼女の強さは申し分なさすぎるし、なによりあの反則級の愛くるしさ! もう仲間にしてかわいがりまくりたいよ!」
両腕をブンブン振りながら、なにやら悶えだすハクア。
「ミルゼのやつ絶対イヤそうにする気が……」
ただでさえ嫌われていたハクアなのだ。なでなでしても、ぷいっとそっぽを向かれ不服そうにされる姿が目に浮かんだ。
「たぶんね! でもそのムスっとしてる反応もまた、それはそれでいいと思うんだ!」
「ははは、気持ちはわからんでもないか」
「アハハ、そういうわけだからシンヤくんとトワちゃんもがんばってね! キミたちの冒険を陰ながら見守り、楽しませてもらうから!」
ハクアはさぞ愉快げに笑いながら、ウィンクしてくる。
「じゃあね! バイバイ! また近いうちに遊ぼうねー!」
そして彼女は手をひらひらさせ、去っていく。
「なんかある意味、とんでもない展開になったな」
「――あはは……、ほんとにね……」
そんな嵐のように去っていくハクアを、戸惑いながら見送るシンヤたちなのであった。
そして現在再び街中へ。すでに陽が完全に沈んで夜になったが、アルスタリアの街はまだまだにぎやか。食べ物屋や屋台からいい香りがただよい、人々が集まっている。普通に買い物を楽しむ人や、買い食いしている人、お酒を飲んでいる人など。各々夜の時間を満喫しており、昼とはまた違ったにぎわいを見せていたといっていい。そんな中シンヤたちは夕食をどうするか話しながら、ぶらぶらしていた。
「あれって?」
ふとトワが足を止め、路地裏を見る。
彼女の視線を追うと、そこには首に鈴をつけた一匹の黒猫の姿が。
「あのネコって確か……」
その黒猫には見覚えがあった。確かリザベルトの街や封印の森で見かけた、ハクアが使役していた猫だったはず。
「にゃー」
黒猫はシンヤたちの方を見て、それからチリンチリンと鈴を鳴らしながら路地裏の奥へと向かってしまう。
「ちょっと待って! ネコちゃん!」
トワは気になったのか、黒猫を追いかけて行った。
「おい、トワ」
なのでシンヤも慌てて彼女を追いかけることに。
「よしよし、こんなところでどうしたの?」
彼女に追いつくと、トワはしゃがみながら黒猫をなでていた。
対して黒猫は気持ちよさそうに、喉を鳴らしている。
ここは穏やかな川に面した裏通り。降りそそぐ月の光によって、街灯が少ない裏通りもかなり明るい。あとみんな大通りを歩いているらしく、この場所にはほとんど人がいなかった。そのためすごく静か。川のせせらぎが響いている、落ち着いた場所であった。
「にゃー」
「あっ!?」
ふと黒猫が近くに設置されていたベンチのところに走っていく。それからそこに座っていた少女の膝の上に乗って、丸まりだした。
「やっほー、シンヤくん! トワちゃん!」
そしてベンチに座った少女が、手を振りながら親しげにあいさつを。
「なっ!? ハクア!?」
「ハクアさん!?」
その人物はなんとハクア。彼女は邪神側の転生者で、邪神の眷属と呼ばれ恐れられていたミルゼの封印を解いた張本人だ。
まさかの人物に驚きながらも、彼女の方へ歩いていく。
「なんでこんなところにいるんだよ?」
「えー、いたらダメなの?」
シンヤたちの動揺する反応に、ほおを膨らませるハクア。
「いや、そんなことはないけど……。ただハクアってケタ外れの力を持つ邪神側の転生者で、なんかすごいことを企んでるラスボスポジの女の子だろ。そんな子がまさかこんな街中で気軽に話しかけてくるとは、夢にも思ってなかったからさ」
「まあ、気持ちはわからなくもないかも。でも実際、魔王の城みたいな最終ステージでずっと居座っていても、ヒマでしょ? それならいろんなところに行って、はっちゃけまくったほうが絶対いいってね!」
「確かに」
「だよね! だから今はアルスタリアを、こうして満喫してるってわけ! ここは交通の便もいいし、お店がいっぱいあるからショッピングやおいしいものめぐりもできちゃう! おまけに外観や景色もよくて、楽しいし! もういっそのことアルスタリアに住んじゃおっかなー!」
ハクアはほおに指をポンポン当て、はしゃぎだす。
「ほんと、いい街だよな。オレたちもしばらくここを活動拠点にするつもりなんだ」
「アハハ、いいこと聞いちゃった! それならワタシもこの街にしばらく滞在しよーっと!」
指をくるくるしながら、なにやら含みがある笑みを浮かべるハクア。
「おい、なにを企んでるんだよ?」
「フッフッフッ、企んでるとは人聞きが悪いなー。ワタシはただシンヤくんと仲良くなって、補佐役になってもらおうかなーって思ってるだけだよ? 同じ街にいればいつでもアプローチできて、攻略がはかどるってものでしょ?」
「いや、オレはトワから鞍替えする気はないぞ」
「アハハ、そういっていられるのも今のうちだよ。もっともっと親密な関係になって、いづれメロメロにさせちゃうんだから! というわけでさっそく夜のデートにしゃれこもうよ!」
ハクアは立ち上がり、シンヤの手を取ってかわいらしくウィンクしてきた。
ちなみに黒猫は彼女が立ち上がろうとした瞬間に地面に飛び、そのまま気ままにどこかへ走っていってしまったという。
「ハクアさん! シンヤはわたしのなんだからとっちゃダメ!」
するとトワがシンヤの腕をグイっと引っ張り、抗議しだす。
「いや、トワのになった覚えはないんだが……」
「アハハ、シンヤくんは相変わらず愛されてるねー。でも、あきらめないよ。ワタシは欲しいものは絶対手に入れる主義だから!」
ハクアは胸にバッと手を当て、得意げな笑みを。
「どうしよう!? このままじゃシンヤがとられちゃうかも……」
「トワちゃんも一緒にワタシのもとに来ればいいんだよ! そもそもワタシが攻略しようとしてるのはシンヤくんだけじゃない。キミもなんだから!」
涙目であたふたするトワへ、ハクアが満面の笑顔を向ける。
「え? わたしも!?」
「前にも言ったでしょ! 気に入ったって! だからこれから仲良くしようね! そうだ! 手始めに宿の部屋を隣同士にしようよー! そしたら気軽に遊びに行けて、パジャマパーティーとかし放題だよ! どうかな? どうかな?」
シンヤへグイグイ詰め寄り、目を輝かせてくるハクア。
聞き届けてやりたい気持ちはあるが、相手が相手だけに承諾はできそうになかった。
「それについてはもう少し仲良くなってからで……」
「――うん、そうだね、――あはは……」
「さすがにまだまだ好感度が足りなかったかー。もっとがんばって、二人との距離を縮めないとだね!」
ハクアは胸元近くで拳をにぎり、闘志を燃やしだす。
「ちなみにオレたちのこと気に入ってくれたなら、いっそのことハクアがこっち側に来るとかは? 仲間になってくれるなら歓迎するけど」
ミルゼのときみたいに仲間に誘ってみる。うまくいけば争わず、仲良くやっていけるかもしれない。
「うーん、興が乗って飛び入り参加とかならあるかもだけど、完全な仲間になるのはないねー。世界を守るなんてガラじゃないし、アタシは好き放題やって問題を起こす側。おもしろおかしくやれたら、それでいい。たとえこの世界がどうなろうとも、ね、アハハ」
シンヤの誘いに対し、ハクアは自論をかたりながら不敵に笑って断ってきた。
「ははは、さすがにハクアを仲間にして、すべて丸く収まるって展開にはならないか」
「平和なんて退屈なだけだよ。人生にはやっぱり刺激がないと! それが多ければ多いほど物語はより彩られ、輝きを増していくんだから!」
瞳に淡い狂気の色を帯らせ、無邪気に笑うハクア。
「ははは、またはた迷惑な理論だな」
「そう? シンヤくんならわかってくれると思ってたんだけど」
肩をすくめていると、ハクアがシンヤの顔を下からのぞき込みながら、小首をかしげてきた。
「――うっ、それは……」
彼女の瞳はまるでシンヤの心の内を見透かしているようで、思わず目をそむけてしまう。
というのもハクアの主張に、心の中で同意している自分がいたのだから。そもそもシンヤはそこまで世界を救う気概はない。トワががんばっているから、その手伝いをしているといった感じなのだ。実際この世界に来たばっかりのときなど、全部勇者に任せて自分は好きなように異世界ライフを満喫しようと思っていたほど。結構自分勝手な人間なのである。
「やっぱりね! それならなおさらこっち側に来るべきだよ! そしたらワタシがシンヤくんに、他では味わえないとびっきりの刺激をプレゼントしてあげる! せっかくの二度目の生なんだもん! どうせならありきたりな正道のルートより、なにもかもぶっとんでるおもしろおかしい裏ルートの方がいいってね!」
ハクアはシンヤの胸板に手を当て、意味ありげにほほえんできた。
「だからシンヤくん、すぐそばでどうか見届けて。ワタシがたどり着くであろう、至大至高の結末を……。絶対後悔させないから……」
そしてハクアは互いの吐息を感じるほどの距離まで詰め寄り、万感の思いを込めて告げてきた。
「――オレは……」
心の中で思ってしまう。ハクアの瞳が見据えているであろう景色を見てみたいと。きっと彼女ならシンヤに、満足して止まない最高の生を実感させてくれるという確信があったのだ。
「――シンヤ……」
ハクアのカリスマ性に吞まれかけていると、トワがシンヤの上着を弱弱しく引っ張ってきた。彼女は不安で不安でたまらなさそうな表情をしていたという。
「トワ」
そんな彼女の頭をやさしくなでる。
どこにもいかないと安心させるかのように。
「ハクア、悪いがそっちにはいけない。もしこれがトワに出会う前なら、脇目も振らずついていったんだろうけどさ」
トワに会う前なら、おもしろそうだとハクア側についていっただろう。しかし今のシンヤには彼女の夢を叶えてやりたいという、強い想いがある。なのでいくら魅力的な誘いを受けようと、最終的にはトワを選ぶのであった。
「フラれちゃったね。でもその様子じゃあ、こっちに来るのも時間の問題かな。ワタシの計画が進むにつれ、シンヤくんは己が欲望に我慢できなくなるはずだから」
ハクアはシンヤの顔を下からのぞき込みながら、不敵に笑いかけてくる。
「アハハ、ミルゼちゃんのこともあるし、これでますます楽しみがふえたよ!」
「ミルゼがどうしたって?」
「彼女が今率いてるミルゼ教。今までは水面下で行動してたけど、ミルゼちゃんを迎え入れ本格的に動き出し始めたみたいなんだよね」
「ミルゼ教。ハクアもあそこに関与してるのかよ?」
「ううん、あれはアタシとは完全に別口。封印を解く件で一緒にいたのは、ただ協力してあげてただけ。ほんとはミルゼちゃんを仲間に引き入れ、あの組織もアタシの手中に収めるつもりだったんだけどねー。結局ミルゼちゃんに反感を買われたせいで、敵対関係になっちゃった」
ハクアはやれやれと肩をすくめる。
「じゃあ、ハクアの方もミルゼ教とやり合うつもりなのか?」
「放っておくよ。せっかく向こうは向こうで、なかなかおもしろいことをしようとしてるんだもん! ここで潰したらもったいない。せいぜい高みの見物をさせてもらって、楽しむとするよ! そしてミルゼちゃんにはしばらく好き勝手暴れてもらって、ある程度気が済んだところで仲間に引き込むつもり!」
「ミルゼのことはやっぱりあきらめてないんだな」
「もちろん! 彼女の強さは申し分なさすぎるし、なによりあの反則級の愛くるしさ! もう仲間にしてかわいがりまくりたいよ!」
両腕をブンブン振りながら、なにやら悶えだすハクア。
「ミルゼのやつ絶対イヤそうにする気が……」
ただでさえ嫌われていたハクアなのだ。なでなでしても、ぷいっとそっぽを向かれ不服そうにされる姿が目に浮かんだ。
「たぶんね! でもそのムスっとしてる反応もまた、それはそれでいいと思うんだ!」
「ははは、気持ちはわからんでもないか」
「アハハ、そういうわけだからシンヤくんとトワちゃんもがんばってね! キミたちの冒険を陰ながら見守り、楽しませてもらうから!」
ハクアはさぞ愉快げに笑いながら、ウィンクしてくる。
「じゃあね! バイバイ! また近いうちに遊ぼうねー!」
そして彼女は手をひらひらさせ、去っていく。
「なんかある意味、とんでもない展開になったな」
「――あはは……、ほんとにね……」
そんな嵐のように去っていくハクアを、戸惑いながら見送るシンヤたちなのであった。
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