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   2章1部 アルスタリアへ

聖女さま

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 シンヤはレティシアと別れ、無事トワとリアに合流。それから三人でアルスタリアにある教会の方へと。そのころには陽が沈み始め、空はきれいな夕暮れ色に染まっていた。

「わぁ! きれい……。なんだかお城みたい!」
「おお、リザベルトの教会も立派だったが、ここのは一段とすごいな」
「ウワサには聞いていましたが、これほどなんて! 入るのが楽しみですね!」

 三人で目の前に広がる光景に、思わず感嘆かんたんの声をあげる。
 というのもシンヤの世界の写真で見たことがあるような、豪華絢爛ごうかけんらんの大聖堂が天高くそびえたっていたのだから。もはやあまりの荘厳そうごんで芸術的な外観に、目を奪われっぱなし。高台の遠くから見るのと、こうして近くで見るのとでは迫力が全然違い、ただただ圧倒されていた。さらに建っている土地が海沿いであるため、海面がオレンジ色の光をキラキラ反射して教会の美しさをさらに際立たせていたという。
 そんな教会の礼拝堂は一般にも解放されており、観光名所でもあるそうだ。そのため多くの人々が訪れていた。

「そうだ。リア、すごく今さらなんだが、フォルスティア教会ってどういうところなんだ?」

 今思うとシンヤはフォルスティア教会について、ほとんど知らない。いい機会なのでここでリアに教えてもらうことにした。

「えっと、かつて邪神の魔の手から世界を救ってくださった、女神フォルスティアさまを崇拝すうはいする組織ですね。その主な行動方針は女神さまが望む、平和で人々が幸せに生きられる世界の実現。そのため教徒たちは、人々に女神さまへの信仰心をいて共に祈り、彼らの心の平静をたもつお手伝いをしたり。慈善活動をしたり」

 リアは祈るように手を組み、信心深く説明してくれる。

「さらには邪神から人々を守ってもいるんですよ。アルマティナの対邪神研究の学者や魔法使いと連携して、邪神側の行動に目を光らせたり。教会の兵士や依頼した冒険者を派遣し、暴れる魔物の討伐したり。すべては女神フォルスティアさまの祝福にむくいるために……」
「へー、フォルスティア教会ってそこまでやってくれてるのか。すごいな」

 信仰心を説いて祈りを捧げたり、慈善活動をしたりするのはイメージ通り。しかしそこに邪神側に対抗する活動もしているとは。これまで人々が平和に暮らせてきたのも、フォルスティア教会あってのことなのだろう。

「フォルスティア教はすでに大陸中に浸透しんとうし、ほとんどの街に教会があるほどなんですよ。そしてその権威は強大で各国も無視できないものであり、国同士の争いになったときなどには介入して仲裁ちゅうさいにあたったりするんです」
「なるほど。フォルスティア教会についてくわしく知らなかったから、事前に聞けてよかったよ。これで無知をさらさずに済んだ」
「そうだね。ところでリアちゃん、今から会う聖女さまってどんな人なのかな? やっぱり威厳に満ちた、ちょっと怖めの人とか?」

 トワが怖じ気づいた様子で、聖女のことをたずねた。
 彼女がそうなるのも無理はない。なんと今からあいさつしに行くのは、フォルスティア教会のトップ。聖女という特別な地位にいる女性とのこと。そんな大物と会うため、シンヤもさすがに緊張きんちょうせずにはいられなかった。

「それについては安心していいかもしれません。聖女さまもリアのように先代から受け継いだばかりの女の子なので。たしか歳はトワさんと同じぐらいだったはず」
「よかった。それならそこまで緊張せずに済みそうかも」

 むねをなでおろし、ほっと息をつくトワ。
 彼女と同じぐらいの歳の女の子なら、確かに気おくれせずにいけるだろう。トワの代わりに話を取りまとめることになるであろうシンヤにとっては、すごくありがたかった。

「安心したところ、さっそく行くとするか」

 こうしてシンヤたちは教会の中へと。




 一般にも解放されている大規模な礼拝スペースは、もはや息を飲むほど見事なもの。色とりどりのステンドガラスや、荘厳な彫刻やオブジェが数々あり、神秘的な雰囲気で立ち込めていたという。
 そんな礼拝スペースを抜け、シンヤたちは関係者以外立ち入り禁止のエリアに。それから明らかに偉い人がいるであろう、部屋の前へと案内された。どうやらこの先に、聖女がいるらしい。
 そしてリアがシンヤたちを先導しながら、扉を開けて中へ。部屋の中は執務室らしく聖女の作業机や年季が入った本が入れられたたな、来客用のソファーやテーブルなど。どれも高級な家具でそろえられていた。

「あれが」

 執務室の中央付近には少女が一人たたずみ、シンヤたちを待ってくれていた。

(すごく絵になる子だ。聖女ってイメージにピッタリだ)

 彼女は神秘的なオーラをまとう、高潔でいかにも慈愛に満ちていそうな少女。はかなげな美人でもあり、淑女という印象を強く受ける。

「わぁ、きれいな女の子」

 トワも彼女の容姿に、小声で感嘆かんたんの声を。
 そんな聖女の女の子に見惚れていると、彼女が先に口を開こうと。
 だがここで予想外のことが。

「てい!」
「あわわ!?」

 なんと彼女はいきなりリアを、ガバッと抱きしめにいったのだ。
 もはやあまりの出来事にリアも事態が読み込めず、目を丸くするしかない様子。

「ああ……、かわいすぎる。このままお持ち帰りしたい」

 そして聖女の少女はリアをぎゅーと抱きしめ、なにやらうっとりしだす。

「ハッ!? ごめん」

 だが彼女はすぐに我に返ったようで、再びさっきの位置へと戻った。

「ええと、聖女さま?」
「あまりに愛くるしすぎて、つい……」

 困惑するリアに、聖女の少女は胸を押さえながら気まずそうに視線をそらす。

「ごほん、私の名前はアリシア。あなたたちのことは報告で聞いてる。リアさんと、勇者のトワさん。どうかよろしく」

 そしてアリシアはやわらかくほほえみ、自己紹介を。

「あれ、オレのことは?」
「あなた誰? というかなんでここにいるの?」

 ツッコミを入れると、彼女がさぞ怪訝けげんそうな表情を向けてきた。

「ひどっ!? オレは勇者のトワの補佐ほさ役、シンヤなんだが」
「そういえばそんなことも報告にあったっけ。まあ、そんなことはどうでもいい」

 シンヤの補足に、アリシアは肩をすくめながらきっぱり言い放つ。

(うわ、オレに関してまったく興味がなさそう)
「それより封印の巫女であるリアさんに出会えて、すごくうれしい」

 アリシアはリアにひざまづき、祈るように手を組んだ。

「アリシアさま!? なにを!? 顔を上げてください!?」
「敬意を払うのは当然のこと。封印の巫女は辺境の地で邪神の眷属けんぞくの封印を管理し続け、これまでの平和な世界を守り続けた存在。フォルスティア教会の人々は、みんなあなたに感謝している。私自身、幼少のころよりずっとあこがれを抱いていた」
「えっと……、えへへ、なんだかテレちゃいますね」

 リアは困惑しながらも、はにかんだ笑みを。

「もしかして封印の巫女であるリアの立場って、教会内だとかなり上なのか?」

 実はアリシアの執務室にたどり着く前、教会の人々がリアにうやうやしくあいさつしたり、羨望せんぼうのまなざしを向けていたりしたのだ。中にはいかにも高位の聖職者らしい人も、みなと同じような反応をしていたという。

「知名度でいうなら聖女である私と並ぶと思う。平和が続いているのも封印の巫女さまのおかげというのが共通認識だし。ただ教会内での発言力とかでみると、そこまで高くないかも。これまで封印の管理に徹してくれていた分、教会の運営の方には基本ノータッチだったから」

 アリシアは立ち上がり、シンヤの疑問に答えてくれる。

「なるほど有名人って感じか」
「ああ、それにしてもウワサで聞いたとおり、ううん、それ以上のかわいさ。もう我慢できない。リアさん、頭なでてい?」

 なにやら感激しながら、そわそわとリアの頭へ手を持っていこうとするアリシア。

「いいですよ」
「では」

 了解を得たことで彼女はリアの頭をやさしくなでる。
 するとリアは気持ちよさそうに目を細めた。

「えへへー」
「だめ、こんなにかわいいなんて反則すぎる」

 アリシアはバッと跳び引き、両ほおに手を当てながら打ち震えだす。

ひかえめに言ってもうどこかに閉じ込めて、一生面倒みてあげたい」

 そしてぐへへと笑いながら、聖女としてあるまじきことを口にするアリシア。

「おいおい、なんかすごい怖いことを言い出したぞ」
冗談じょうだんに決まってる。こんないたいけな女の子を監禁して、あんなことやこんなことするなんて……、ぐふっ」
「この聖女さまやばいぞ!? リア離れるんだ」

 なにやら妄想し興奮のあまりむせだすアリシアから、リアを遠ざける。

「さっきからあなたなに? あとそんなに彼女に気やすく触って、リアさんとはどういう関係?」

 ジト目でうったえてくるアリシア。

「どういう関係って」
「シンヤさんはリアのお兄ちゃん的存在なんですよ。よく頭とかなでてくれて、すごく甘やかせてくれるんです」

 するとリアがシンヤの上着のそでをちょこんとつかみ、はにかんだ笑みを浮かべながら答えてくれた。

「お兄ちゃん? しかもなんてうらやましいことを。警備の兵士! このロリコンヤロウを今すぐ牢屋ろうやにでもぶち込んで!」

 アリシアはシンヤに指を突き付け、いらだちげに命令しだす。

「ちょっと待て、それはさすがにシャレになってないから!」
「そうですよ! シンヤさんはなにも悪くありません!?」
「ごめん、ちょっと取り乱した」

 リアと一緒になだめることで、なんとかアリシアの暴挙を止めることに成功する。

「全然ちょっとどころじゃないけどな」
「うるさい。リアさんとのあいさつはこのぐらいにして。トワさん、勇者であるあなたにお会いできてとても光栄」

 アリシアは胸に手を当て、粛然しゅくぜんとした態度でトワに会釈えしゃくした。

「――あはは……、どうも……」

 対してトワは人見知りが発動しているのか、手をもじもじさせながらおそるおそるあいさつを。

「フォルスティア教会はトワさんに力を貸す所存しょぞん。なにかあったときはぜひ我々に頼ってほしい。できる限りのサポートはさせてもらう」
「いいの?」
「トワさんは女神さまにつかわされた勇者。なら我々はあのお方の意にしたがい、協力するのは当然のこと。すべては女神フォルスティアさまの祝福にむくいるために……」

 祈るように手を組み、はかなげにほほえむアリシア。

「だからトワさん、共にこの世界を邪神の魔の手から守りぬこう」

 そして彼女はまっすぐな瞳でトワを見え、手を差し出した。

「そうだね。みんなで力を合わせて!」

 トワも賛同し、アリシアの手をとる。

(おお……、今はちゃんとした聖女だ)

 そのトワとのやり取りを見て、思わず感心してしまう。
 というのも今、さっきまでのリアに対するヤバげな反応をしていた彼女はいない。そこにいるのは聖女の名にふさわしい、高潔で慈愛に満ちた少女の姿だったのだから。もしかしてさっきまでのが幻覚だったのではないかと、思うほどであった。
 しかし。

「それはそれとして、まさか勇者が、こんなにも可憐かれんなはかなげ美少女だなんて……。正直、すごく好み。ふふっ、トワさん、個人的にあなたともっとよろしくしたい。今から私の部屋にどう?」

 アリシアは突然トワに恋人つなぎをするかのように手をからめ、グイっと彼女に詰め寄った。そしてトワの耳元でいろっぽくささやきだす。

「え!? え……?」

 これには顔を赤らめ、あわあわするしかない様子のトワ。

(リアだけじゃなくトワにも!? やっぱりこの聖女さまダメなんじゃ……。こんな子がトップで大丈夫なのか? フォルスティア教会……)

 アリシアの美少女に対するちょっとアレなアクションに、心の中でツッコミを入れるしかないシンヤなのであった。
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