武器と過ごす日常

篠田正一郎

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聖剣エクスカリヴァーという少女

第1話

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「はぁ~、疲れた」
 固いアスファルトを重い足取りで歩きながら、俺は不意に思ったことを吐き出した。
 今日も一日学校という監獄に閉じ込められて、ただひたすら授業という名の拷問を受けさせられたのである。授業態度という内申点に作用する術が掛けられているため、下手に寝たりさぼったりすることは許されなかった。当たり前だが。
 高校には真面目に入学した俺だが、その真面目さが災いして、未だに同学年はおろか教室内に話せる友人はいない。中学時代は仲のいい友人はそれなりにいたけれど、皆方向性の違う高校へと進学し、見事に真面目な奴特有のボッチになってしまったわけだ。
 だから、という訳でもないだろうが、学校からの帰り道を一人で背中をやや丸めて歩いている。
 同じ道、同じ荷物、同じ体で歩いているはずなのに、何故だか登校から下校に変わり、脳内が帰宅にシフトすると、不思議と体も荷物も重くなる。授業で生気を吸い取られた体にはこの荷物の重みには耐えられないのだろう。
 喋る友人もいなければ、体は疲れてしまっている。家に通ずる何らかのショートカット方法があるのであれば今すぐに利用したい。こんな寂しくて苦しい道からはやく帰りたい。
 それか、何か面白いことでも起きてくれないだろうか。
 俺は空を見上げた。というより、頭が重かったので持ち上げて首に座らせたのだ。
 朝とは逆方向の位置にいる太陽は、疲労感を募らせる俺にお構いなしで、日差しを照りつかせる。その笑顔は憎たらしい。
 太陽の微笑みを最もうれしく感じるのは昼の時間だけだ。飯を食って腹を膨らませた後に、温まった机の上で寝るのはなんとも心地がいい。そのあとに太陽による日差しという温かい布団はつかの間の休息を促してくれる。
 だが、今は話が別だ。朝同様、その温かい笑顔が憎たらしい。お天道様は見守っていると言うが、今はただ単にストーキングされている気分だ。
 なあ、太陽さん。もしよろしかったら、そんなに微笑まなくてもいいので、今日を一日頑張ったこのちっぽけな人間に何かお慈悲をいただけないでしょうか。
 そんな思いを言葉に乗せ、遥か彼方の太陽にお願いを乞う。
「ああ、可愛い美少女でも降ってこないかな~」
 もはや悲しき願望だった。
 自分でいろいろと考えた挙句に口に出したと言うのに、急に恥ずかしさが込みあがってきた。
 だ、誰もいないよな? 辺りをきょろきょろと見渡すが、運のいいことに誰もいない。悲しいことに、誰一人いない。そして、願いは届かず、美少女はいなかった。
「だよな……はは」
 一体誰に笑いかけたのか、むしろこの悲しい自分を嘲笑ったのか、俺の口から出た笑い声は気持ち悪かった。

『――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――』

「ん?」
 薄っすらと叫び声が聞こえたような気がした。周囲に誰もいないという悲しい現実はついさっき確認済みだし、本当に気のせいだろう。もし遠くで誰が叫んでいても、場所もわからない其の人を救うことはできない。
 俺は一度止めた足を再び動かす。

『――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ――』

 さっきよりもわずかに大きくなっている気がする。いやしかし、耳鳴りの一種だろう。音域の高い声のようだが、同時に耳障りな音でもある。気にしたら負けだ。俺は疲れている。耳鳴りや幻聴の一つや二つ聞いたっておかしくないだろう。早く帰ってゲームでもしよう。嫌な現実からはさっさと離れよう。

『――ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!』

 明らかに聞こえた。耳鳴りのような脳内に語り掛けるような音でも、気のせいという四文字で済むような類の音でもない。空気を伝って鼓膜に語り掛ける叫び声だった。
「ど、どこだ? 誰が叫んでるんだ?」
 俺は周囲を見渡した。だが、やはり誰もいない。あるのは民家と塀と数本の電柱。家の中からのものではない。もしそうだったらたとえ壁などで音が籠っても相当な大きさになる。

『――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ、どいてー!』

「上?」
 その声は頭上から降りかかるように聞こえてきた。俺は視界を空へと向ける。
 そこには青い空が広がっていたが、澄んだ空には場違いな妙に大きい塊がこちらに迫ってきていた。太陽の光でその正体を輪郭だけしかとらえられなかったが、その情報だけで落ちてくるものが何かをとらえるのは簡単だった。
「ひ、ひと⁉︎ なんで人が落ちてるの⁉︎」
 まさかの正体に驚きのあまり自分が立っていたところを中心に走り回っていた。
 なんで人間が落ちてくるんだ。飛行機が通っていないから人が落ちてくるはずがない――いや、もし飛行機から人が落ちてくるのであれば、もっと大量に落ちてくるはずだ。
って、なんでこんな緊急時に落ちてくる理由なんて考えているんだよ! 早く助ける方法を考え出さないと!」
 俺は八時間の労働をつい先ほど終えたばかりの脳みそをフル稼働させ、落下してくる人を助ける方法を考える。腕を組み、目を瞑り、
「そんなことをしている場合じゃないだろ! 早く警察! って、読んでる時間がない! こうしてアタフタしている場合でもない! じゃあどうやって⁉︎」
 予期せぬ出来事に究極の自問自答を繰り広げてしまった。
 辺りに受け止められそうなシーツやマットもないし、カバンで収められるようなことでもない。となれば、この場合。
「俺が受け止めることになるのか⁉ マジかよ!」
 俺を意を決して両腕を大きく広げる。まるで天使を迎え入れるように。
「さあ、来い! 俺が受け止める!」
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ! 早くどいて! ぶつか――――!』
 叫び声も俺の胸の中に吸い込まれるようにすっかり消え、胸には穴が開くほどの強烈な鈍痛が貫通した。
「ぐふっ!」
 心臓をえぐるかのような吐き気のする痛みだ。
 正体が人である以上、頭から落下してきたのだろう。それが今、胸骨を圧迫している。
 気が付くと俺の背中には固い地面の感触が現れていた。腕の中には柔らかい感触が残っている。血の色も鉄のにおいもない。
「助かったようだ……な」
 最後に見たのは悲しいことに、落下した人の顔ではなく、黄色く輝いた太陽の光だった。



「あ……ああ……、うう……」
 目が覚めると胸が押しつぶされそうか感触を最初に感じた。おかげで、生きていたことを知ることになる。
「どうやら、バイオレンスエンドだけは避けられたようだな」
 空はもう橙色に染まろうとしていた。こんな時間までここに放置されていたということは、ここは相当人気がないらしい。それか、俺がボッチなのが災いしたか。
 起き上がらないと。と、この仰向けの体を起き上がらせるために、両肘を地面についた。だが、それ以降力を入れても体が上がらない。
「てか、おもっ」
 腹の上に何かが乗っかっていることに今頃気が付いた。目が覚めたのが早かっただけで、まだ体の感覚は完全に戻り切っていないらしい。
 だが、この重さは何なのか。
「スー……スー……スー……」
 腹の上には白くて長い髪を辺り一面に広げた女性の姿があった。女性というよりも、その身の丈からして少女。俺と同い年ほどの女の子だった。
「この子が空から降ってきた子か。無事でよかった……」
 単純に安堵した。口から零れた小さな息も、緊張から解放された証だろう。
「こんな俺でも人を救えるんだな」
 俺はすやすやとお姫さまのように眠る少女に手を伸ばした。頭を優しくポンポンと二度撫でて起床を誘う。
「おい、起きろ」
 微かながら寝息が聞こえているから、残念な展開にはならないはずだ。それに彼女の服装と髪色が白いからこそ分かることだが、血らしき赤い色はどこにも見受けられない。これは
俺の体も無事であったことでもある。
「気を失っているだけなのか?」
 そうとしか考えられなかった。こんな窮地で寝ていられるような強気な人は存在しないだろうし、俺もさっきまで気を失っていたからな。逆に俺が起きるのが早過ぎたのかもしれない。
 だけど、起きないとは別に、彼女が腹の上に乗っかっている以上俺が起き上がれないのも事実だ。ここは強引ではあるが、彼女を退かすしかない。
 一応目には見えない怪我をしている可能性もあるため、慎重に丁寧を重ねた施しでずらす必要がある。もし、実際のところ臓物に肋骨の一本でも食い込んでいる状態であれば大変だ。
 俺はそっと髪をかき分けて肩を探すと、これまでにないほどゆっくりと上体を起こしてあげる。さっきまでは乾いていた手に汗が染みだし、髪の毛が絡まりそうだった。しかし、そんなことはなく、むしろ髪は清水のごとく俺の手の隙を通っていった。
 そして、長い銀髪は一本たりとも彼女の顔にも俺の顔にも纏わりつくことはなかった。まるで人形のようだ。言葉の綾ではあるかもしれないが『お人形さん』という表現をした方が似つかわしいほどに、その透き通った髪からは印象を受けた。
 初めて顔を見合わす。
「人形……?」
 思っていたことをこうも容易く口に出してしまうほどに、彼女の顔はお人形のようだった。真っ白な雪のような白い肌に、髪と同じ透き通って銀色となった白い眉。熟す前の優しい桃の色をした唇。どれも同じ人間とは思えないほどに美しく、儚さを帯びていた。
「ん、んー……」
 薄っすらと、瞼が開かれ、美しく澄んだ青い瞳を覗かせた。
 その宝石のような瞳と目が合うと、魔法にかかったように頭が熱くなっていった。ただ退かそうとしていたのに、そのことを忘れ、ただ少女の二つの瞳に硬直してしまった。
「ここは……?」
 緊張し沸騰しそうな俺に、彼女は薄く開いた口でそう問いかけた。
「――、日本だよ」
 俺は何を思ったのか、地名でも場所でも地上とでもなく、国の場所を答えていた。彼女の銀に輝く髪と光を当てられたサファイアのような瞳に、引き寄せられてしまったのだろう。天使のような風貌の少女に対して答えを差し上げてしまった。
「にほん……それでは、私は本当に着いたようですね」
「着いた?」
 彼女は今目が覚めたようだが、慌てる素振りを見せることはなく、先ほどの冷めた表情を保っていた。俺の腹を何かの段差に見立てるようにして冷静に地面に下りていた。
 俺は彼女の気の落ち着いた様に無言の驚きを見せながらも、起き上がることを思い出し、立ち上がった。
 立ち上がって知った。彼女は俺より目線一つ身長が低かった。美女というより美少女。人形というよりお人形さんと思うのも無理はない。
「それで、あなたは?」
 少女は小首をかしげて俺の目を覗いてきた。
「あ、あなたはって、記憶がもしかしてないのかな? 俺は君を助けた人なんだけど……」
 堂々と言っていい、むしろ大声で叫んでもいいはずのことなのに、俺は頭を掻きながら照れ臭そうに言った。こんな大事な局面で挨拶するところで、高校生になって染みついたボッチ気質が現れてしまうとは。おかげで名前を言いそびれた。
「助けた……、どうして?」
「どうしてって、君が空から降ってきたからだよ」
「降ってきた……私が?」
「ああ」
「…………」
「…………」
 あれ、なんか俺が嘘をついているような雰囲気ではないか? 確かに俺は空から降ってきた彼女を胸で受け止めたはずなんだけどな。
「もしかして、記憶喪失ってやつ?」
「きおくそーしつ?」
 その言葉の意味すら彼女には理解できない様子だった。そりゃそうだよな。
「そりゃそうだよな。空から落ちてきたんだ、記憶を失うほどのショックを受けていて当然か」
 待てよ、それじゃあ俺も記憶を失っているかもしれない。もしかしたら、実は俺、もうすでに記憶がないのかもしれない。よし、名前は?――田井中広樹。趣味は?――ゲーム。誕生日は?――十二月二十日。彼女の名前は?――…………! 記憶がない。彼女との思い出も、馴れ初めも、顔も覚えてない! そりゃそうだ、だって彼女いないもん。
 悔しいことに俺の記憶は現実の細部まで鮮明に覚えていた。大丈夫だった……。
 ところで、この記憶喪失な女の子はどこから来たのだろうか。
「ところで、君はどこから落ちてきたの?」
 空から落ちてくるなんて特殊中の超特殊な事情がない限りあり得ない。
 ファフロツキーズとか怪雨とかいう空からカエルや肉塊が降ってくるという現象があるが、それでも人が降ってくることはない。そんなことがあったらどこぞの映画監督が我先にと作品にしている。我ながら狂気的な発想だ。
 しかし、彼女は俺の求めている回答に合致しているようで最も遠い答えを示した。一本指を立てて空を差したのだ。ただそれだけで、何も言うことはない。
「そりゃそうだろうけど。空と言っても、ほら飛行機とかから落ちてきたんだよね?」
「ひこーき?」
 飛行機という乗り物はおろか、この四音の音を初めて耳にしたようなしぐさを見せた。
「そうだったね、記憶喪失だったよね。物分かりの悪いお兄さんでごめんね」
 そういや少女は記憶喪失だ。そんな彼女に事情を聴いたところで覚えているはずもない。
彼女が空を差せたということは、空から落ちてきた時までの記憶があるということだろう。だが、それまでの話だ。今のこの子に名前や親のことを聞いたところで分からないと言うだけだろう。決めつけは良くないが、かえって目覚めたばかりの人を刺激するような発言は控えたい。
しかし、記憶を失っているとはいえ、あんなにぎゃーぎゃー叫んでいたとは思えないほど落ち着いている。人格が入れ替わっているかのようだ。
「あの」
 彼女が少ない口を開いた。大切に聞かないと。
「ん? どうした?」
「あなたは英雄?」
 身長差のある俺に、首を上げ目を合わせて純正な澄んだ瞳で問いかけてくる。こんなにきれいで吸い込まれるような目を見たことはない。
「ゆう…なんだって?」
「あなたは英雄ですか?」
 あれ、おかしい。こんなに鮮明に聞こえているというのに、言っていることがさっぱりわからない。口数の少なそうな子だから大切に聞かないといけないと気を付けているのに、こればかりは、分からない。
「んと、俺が英雄だって?」
 念のため確認をとるべく、俺は自分の顔を指し示して聞き返した。
「はい。」
 しっかりと紛れもない返事をした。確認をとっては何だが、彼女は俺が英雄であることを確認しているのか? それであっているのか?
「そうだな……」
 純粋無垢である今の彼女に嘘をつくわけにはいかない。こんな平凡な高校生(つい数か月前はちゅーがくせい)の俺にこんな出会いがあっただけありがたいことだ。きっと、さっき空へ呟いた中身のない願望を叶えるためだけにこの女の子は俺のもとに舞い降りたのだろう。悔しいが、ここは正直に答えるしかない。
「はい、英雄です」
 まあ、英雄にはいろいろな形があるはずだ。よく簡単に想像される剣を握って悪鬼を倒す、ゲームとかに登場する者がいれば、男子の中で学園のマドンナに告白するような奴だって英雄として称えられる。そして、今日の俺みたいに――美少女を救っちゃう奴だって、いるわけ、だ。
「やはりあなたが英雄だったのですね。ここで出会えて嬉しいです」
 さっきとは態度を一変し、俺の手を取り、きらきらと期待のまなざしを向けてきた。
「お、俺も嬉しいです」
 こんな美のつく少女に手を握られて、眼前に顔を寄せられたら、嬉しいと言わない男がどこにいるだろうか。
 もしかしたらこの子が求めている答えとは違うことを言ってしまったかもしれないという申し訳ない気持ちが頭の中を過ったが、そんなこと今になって言うわけにはいかない。こんなに喜んでくれるのだから、ここでは命の恩人と言おう意味で英雄と言ったのだろう。そのはずだ。よし、俺は何も間違っていない。純粋で固い信頼を寄せてくる彼女に嘘を吐いたわけではない。こんなところで、何急に後ろめたい気持ちになってるんだよ俺。
「でも、英雄がどうしたの? 何か用事でも思い出したのかい?」
「ええ、私は今英雄の方と契約しなければならないのです。武器として」

 ぽかーん

 俺の頭にはその四文字が浮かび、何も言わずに開いた口は塞がることを忘れていた。
「申し訳ないんだけど、どういう意味かな? ちょっと意味を理解しずらくて」
「それもそのはずでしょう。あなたにはまだ記憶が再起していないのですから」
「ど、どゆこと?」
 急に軽やかに口を動かすようになったかと思うと、今度は何を言っているんだろうか。
「いや、記憶喪失なのは君のほうなんじゃないかな?」
「またまた、そんなの演技に決まってるじゃないですか。あなたが英雄かどうかわからなかったので、距離をとって接していたんですよ」
 何この子! さっきと全然キャラ違くない? いつの間にキャラが変わったんだ? 変わり目を見逃したせいか、話にも付いていけない。追いかけることすらできない。
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 な、名前が聞ける。これで何かの手が課アリになるはずだ。この支離滅裂な現状をどうにか打破できるヒントとなってくれ。もう俺には今何が起きているのか分からない。
 少女は胸をポンと手で叩き、自らを誇るように名前を言った。
「私はエクスカリヴァーです」
 何を言ってるんだこの子は?
「え、えく、エクスカリバー?」
「違いますよ。エクスカリヴァーですよ、ヴァ―」
 妙なこだわりを持っているのか、下唇をかんで丁寧に教えてくれた。思いのほか、可愛い顔を省いて、うざかった。
「えっと、アーサー王伝説の武器のことかな?」
 もしかしたらこの子が言っていた英雄というのはアーサー王のことかもしれない。俺もゲームでの知識しかないが、確かローマ皇帝を倒して全ヨーロッパの王になったり、円卓の騎士と共に聖杯を探したりしたなんかカッコイイ人だった気がする。
そうなれば大差の人違いだ。軽い弾みで言ったつもりだったが、俺は凄い過ちを犯してしまったかもしれない。俺は彼女の言葉から耳を塞いだ。ムンクの叫びのような状態になっていた。何も聞きたくない、何も聞きたくない。
 そんな英雄でも何でもない俺の事情をつゆ知らずしてか、眉根を潜めていた。
「アーサー王? それは一体誰のことでしょうか? 王と付くのできっとどこかの国の偉い方であることは察しますが、あいにく私はそのような名前も人物も知りません」
「あーあーあー……あ?」
 俺のムンクタイムは終わった。エクスカリバーを知っているこの子がアーサー王を知らない? そんなことはあり得るのだろうか。アーサー王と聖剣エクスカリバーはセットのはずだ。ドアとドアノブのような関係だ。それを知らない、とは。
「でも、君、エクスカリバーって」
「いえ、だから私はエクスカリヴァーです。聖剣エクスカリヴァー。確かにエクスカリバーという武器は知ってますが、そのようなあるのかないのか分からない武器と一緒にしないでください。私は私です。エクスカリヴァーです」
 熱弁していたが、正直何が違うのかわからなった。だが、え、エクス? カリヴァーが求めていた英雄がアーサー王ではないことは言質とれた。これで俺は堂々と英雄と名乗れる。ありがとうアーサー王。後で世界史の糧になってくれ。
「どこに敬礼しているんですか?」
「ああ、いや、何でもない。改めて聞くけど、君が求めている英雄と契約するってさっき言ってたけど、それは一体何の契約かな?」
「それがですね、こちらになるんですが……」
 そう言って、白いスカートの傍からは見えないポケットに手を入れると、明らかに規格外の筒状に丸めた紙を取り出した。
 スカートと言ってもロングスカートではなく膝まで届くかどうかの長さのセミロングスカートぐらいの長さしかない。それにポケットだって普通の物は手首までが限界だろう。その中から前腕ほどの長さの筒を取り出すなんてありえない。現実で目の前であり得てるんだけど。
「それが? そこから? ドラ〇モン?」
 まさしくアニメの世界だ。
「なんですかそのなんたらエモンは。この羽衣は特殊な施しがされてるんですよ。ある程度の物ならしまうことができますし、『カミノミゾシル』の施しによって、周囲から私の意思で見えるようにしたり見えないようにしたりできるんですよ」
「そう……なのか……。はは、まさかな」
 現実から目を背くために、俺は少女を視界から外した。もう何度も背きたいファンタジーがいくつか目の前で起きているんだけど。
だが、俺のその小さなぼやきを聞き逃さなかった少女は。
「では、はい」
「え? ってあれ? どこに? 後ろか?」
 少女の姿はきれいさっぱり跡形もなく消えていた。後ろを振り向いても足跡すら残っていない現状。
 そもそも、俺は何を探しているんだ? どうして振り向いた?
「あれ、俺こんなところで何してたんだっけ? やばいな。疲れてたんだな。早く帰ろう」
 そう言って前に向き直ると、目の前に銀髪の少女が立っていた。なぜか俺はその少女を知っている。
 その少女は――エクスカリヴァー。さっきまで話していた人物、だ。
「はい。これでどうですか? というか、そろそろ私の言っていることを信じる気にはなれましたか?」
「っぅうわっ、ビビったー。マジで見えなくなるのかよ」
「はい。事細かに説明すると、この羽衣にかけられた紙の施し『カミノミゾシル』は、その名の通り、神・武器・契約武器との契約者にしか知らせないという施しなんです。だから今あなたは私の存在を忘れました」
「んー、今までで一番何を言ってるか分からない」
「まー私も理屈は分かるんですけど、どう説明すればいいか分からないんですよねー。まま、そんなことより、重要な話はこの紙のことなんです」
 もっと重要な説明をいろいろと聞かないといけないと思うんだが、さっきみたいに適当かつ曖昧に説明されるくらいなら、この紙切れの説明を聞いた方がましだろう。どうせ理解できないんだ、耳に入れるだけ入れて聞いて流すか。
「これは簡単に言えば契約書と言いまして――」
 エクスカリバーは紙の表を俺に見せて、一文ずつ指をあてて説明し始めようとする。その契約書である紙面には読むことができない一風変わった文字が羅列されていた。それが箇条書きのように幾層にも重なって紙全体を埋め尽くしている。
 文字で言ったらヒエログリフや楔形文字などを彷彿とさせるが、別にそれらの字も嫁はしないが、どこか違う造りを持った異字だ。
「待て、その説明は一体何時間かかるんだ? そもそもこの段階で俺には一文字も理解できていない。書かれていることを丸暗記しなければならないような内容であれば、こんな所で立ち話をしていたら足が棒になってしまいそうだ」
「そんなご冗談を。足が棒になるわけないじゃないですか。で、まず最初に書かれていることが」
「ちょっと待って、今の冗談じゃないから。なるって普通に。だから、一旦俺の家に来てよ。いい加減喉が渇いたし、君も喉乾いていないのか?」
 説明をさえぎるように提案すると、エクスカリバーは不満そうな顔色を浮かべるも、すぐさま否定することはなかった。
「そうですねー。確かに言われてみれば喉が渇いたかもしれないです」
 しめた。こんなところで授業同様のつまらなそうな長話を聞かされるよりも家に帰っておかしでも貪りながら聞いた方がましだ。聞く気はないけど。
「だよな! そうだよな! そりゃそうさ、ずっと今まで話をしていたんだから乾いているに決まってる。それに疲れているはずさ。さっさと帰ろう!」
 そう決まれば行動は早かった。俺は道端に投げたまま置いていたカバンを取りに行った。学校から帰った時は重く感じていたこの荷物も、気分次第で軽くなるもんだな。気の持ちようで、何でも変わるらしい。はっはっは。
 と、エクスカリバーのもとへ戻ると、俺の顔に何かついているかのようにまじまじと目を這わせていた。
「なんだか、契約書の説明を受けたくないようでいませんか? 早く帰りたい、聞くつもりはない、そんな類の気を感じるんですが。これでもかつては人に使われた武器ですんで、ある程度ならわかるんですよね。雰囲気とか、振舞い方とかで」
「そ、そんなことないよ。別に。初対面だし……ネ?」
 やば、なんだよさっきまで意気揚々としていたのに今度は冷静沈着な分析家の一面を見せてきた。一体この子にはいくつの顔があるんだろうか。何も考えず、何も知らずに行動をとったのがまずかっただろうか。
 俺の無駄な思い込みは過ぎ、エクスカリバーの顔はぱっと晴れたように先ほどの表情に戻った。
「それもそうですね。勘違いして申し訳ございません。ただ、なんとなくあなたから何かを隠しているような雰囲気が漏れ出していたので、ちょっと疑ってみただけです。さあ、あなたの家に行きましょう」
「あ、ああ……」
 何この子、やっぱり怖いんですけど。実は冷酷な一面とかあったりするのかな……? 武器とか言っていたけど、よくよく考えてみればそれってどんな武器なのかな。処刑道具? 拷問器具? 何故だろう、この湧き上がる恐怖心は。
 俺は美少女を横目に、肩にかけたカバンの持ち手をぐっと握りしめた。
 
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