武器と過ごす日常

篠田正一郎

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聖剣エクスカリヴァーという少女

第2話

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 状況を整理しよう。
 俺は今、学校を終えて家へと向かっている。さっきまで学校にいたという証拠として右肩にはバックが下げてある。
 そして、俺の右隣にはつい先ほど出会った――というか救出した銀髪ロングの少女が歩いている。こんな田舎町にはそぐわない丈の短い白いミニドレスを羽織っている。それは彼女の羽衣か何かで、人間から不可視化する能力がある。さらに再び見えるようになるまで、見えていたという記憶そのものがなくなる。
 そして、「ふっふふふーん♪」と不覚にも可愛いと思ってしまうような鼻歌を歌っている少女は自分のことを武器だと自称している。その名もエクスカリバー。
「やっぱりこの状況おかしい。絶対におかしい」
「どうしたんですか、今更正気に戻って?」
「お前もやっぱり自覚があったんだろ。こんなにファンタジーな小説みたいな天界があってたまるか。絶対何かしらの手違いか何かだろう」
 時間がある程度経って、よくよく考えていたのだが、普通に冷静に考えればこの状況おかしくないか? だって美少女が空から降ってきた時点でおかしいのだから。
「さっきはアドレナリンが出てて状況を冷静に把握することはできていなかったかもしれないが、そもそもお前が空から降ってくる時点でおかしいんだよ。あれは何らかの手違いだ。空からこんな美少女が降ってくるはずがない」
「まったく美少女だなんて、この世界の人間は褒め上手ですね」
 赤く火照った頬を隠すように手で覆うエクスカリバー。
「そもそもお前、本当の名前言えよ。エクスカリバーってなんだ? なめてんのか?」
「それはちょっと酷くないですか? 確かに下界で地面を這いつくばって犬の糞すら食してそうな顔をしたあなたにとって、手中にこんな麗しい絶世の美女が落ちてくるなんて信じられないでしょうが、この高貴な名前を侮辱するのは間違っています。それとヴァ―です。エクスカリヴァー」
 エクスカリバーは銀髪を片手で可憐に掻きあげ、自らの変わった名前を可笑しく扱われたことに異を唱えた。
 だが今までに出会ってきたのが日本人なだけに、いかにも武器っぽい名前には馴染めなかった。本人こそ自らを武器と自称してはいるが、きっとそれは中二病の設定か何かだろう。
「どうせあれだろ? 伝説の聖剣エクスカリバーに憧れて、その名前がカッコイイから自分のハンドルネームにしちゃったみたいな、後々後悔するあれだろ」
 患っていることから目を背けている本人に直接病名を告げるのは残酷かと思い、病名は伏せておいた。なんて悲しき病気。なんて悲しい子なのだろうか。
 エクスカリバーは俺の言っていることを理解できていないのか眉を八の字に曲げていたが、それでも膨らんだ頬からは微かな苛立ちを感じる。
「むぅ! あなたの言ってることが端から理解できないのですが、なんだか私を腫物扱いしていませんか? 私のこの名前は天界にいる武器の神が名付けた偉大なる名前なんですよ。それを侮辱するとうい意味はわかりますか? 神を侮辱するのと同じなんですよ?」
 真剣な眼を俺の目線にぴったりと合わせてくる。
「神って。そんなのいたら俺はそうとう罰当たりだな」
 半分笑いそうになりながら言った。
「そうですよ」
「だったら罰の一つや二つ当たってもいいんじゃないのか? たとえば空からタライが降ってくるとか? まあ、神様のことだし、女の子が降ってくるぐらいだ、きっと槍でも降ってくるんだろうな」
 空を見上げても結局なにも降ってこない。そりゃそうだろう、ありえないのだから。
 ほらな、と両手を挙げてわざとらしくエクスカリバーをおちょくってみる。
「くぅ……、本当にあなたは罰当たりな人ですね。そんなに神を侮辱し、聖剣である私の名を汚したので、後で不幸を見ることになりますよ」
「別にいいさ。じゃあそんな不幸があったら、お前の言ってることを認めてやるよ。でも、現時点でのお前は、頭のおかしな名前の変わった女の子としか俺の目には映っていない。これ以上の変な設定の説得はやめろ。聞いてて恥ずかしい」
 なんだか一、二年前の思い出すようで聞いていて耳を塞ぎたくなる。なんで中学に入った途端あんなことしてたんだろう。何が魔剣だ、何が聖剣だ。あの時の妙に凝っているようで実はくだらない想像が、今となってぶり返し、具現化しちまっている。
 絶対に俺は疲れている。
 俺は一体下校途中にどんな物語に巻き込まれているのだろうか。もし今もなお中二病という病にかかっているのであれば、遂に末期症状だ。見るもの聞くもの全てをファンタジーに置き換えてしまっている。
 自分の黒歴史を思い出し嘆いていると、遠くから、何かを引きずる音が聞こえた。
 まるで地面を金属で引くような音だ。
 俺はこの近くでは初耳の不審な音に、足を止めた。
「ん、何か聞こえてこないか?」
 この音がエクスカリバーの知っていることに何かしら関係があるのであれば分かるはずだ。とりあえず、こいつにもこの音が聞こえているかどうかだ。
「何がですか?」
「ほら、なんか『ギーー』だか『ジーー』だか、表現は難しいがとにかく金属音みたいなさ」
「なんですか、また私をからかうつもりですか?」
 俺への嫌味を言いながらも、エクスカリバーは耳に手を当て音に澄ました。
「どうだ? 聞こえるだろ? これもお前の知ってる何かか?」
「あのうるさいです。聞こえないです」
「あ、ごめん」
 ついつい気味悪がってしつこく問いかけてしまった。
 この音は、聞きようによってはヤンキーが金属バットを引きづりながら近づいているようにも取れる。
「ここら辺は大きな事件こそ起きはしないが、それなりに治安が悪いからな~。暴走族だって時々出るくらいだから、頭の怒れたヤンキーが登場してもおかしくはないと思うんだよな」
「どうしたんですか、先ほどまで気味悪がっていたくせして、途端に臆病になりましたね」
 エクスカリバーは見えぬ恐怖に身を震えている俺をさっきの仕返しとばかりに小馬鹿にする。
「ですが、確かに物騒な音はしますね。恐らくですが、いきなり出くわしてしまったかもしれないです」
 エクスカリバーは音のする方向に視線を向けてそう言った。
「出くわしたって何に? ついに罰を執行しに来た鬼か? これは金棒を引きずる音か?」
 そう思うと、いくら嘘みたいな状況でもあり得そうに思えてしまう。
くそ、なんだよ。音はどんどん大きくなるし、明らかに近づいてきているし、ここから
動くことはできない。
「確かにあなたの罰当たりな発言に痺れを切らしてやってきたと言っても嘘にはならないでしょう。が、そんなのどうだっていいんですよ。そして、あなたが先ほどから信じようとせず嘲笑っていた事の真相が今目の前に見えますよ」
俺は先ほどからエクスカリバーが視線を一ミリとも動かさず注視している曲がり角に目を向けた。
途切れ途切れながらも確実に近づく音とともに、曲がり角から不穏な空気を漂わせた影が現れた。
毛むくじゃらの太い脚。剛腕の名が相応しい肉付きのいい大きな腕。長い口先に数本の髭。細く長く、鋭い視線を送りつける目。丸みを帯びた二つの耳。
全身を灰色の毛で染めているにも関わらず、胸腹部は鍛え上げられた筋肉を見せつけるように肌色を露出している。片腕には大きな斧を肩に担いで持っている。
人間をはるかに超える大きさに、全体像をとらえるのに時間がかかった。
道角から姿を現したのは、ネズミの頭を持った、凹凸が目立つほどの筋肉質な身体をした化け物だったのだ。
その異様な見た目と、遠くからでもわかる大きな体に、俺は強烈な圧を感じ地面に膝から崩れ落ちた。
「う、うわぁ、ば、ばば、化け物だ!」
「やっぱりこの世界に来てたんですね、異界の者め」
 驚きを露にする俺とは対極的に、エクスカリバーはネズミ頭の化け物を知っているかのように対峙した。
「グルルルルルルルルゥ……」
 怪物は仁王立ちで構え、怖気づいていないエクスカリバーに威嚇する。
 怪物は肩に担いでいた斧を両手で掴み直した。
 エクスカリバーはその行動で冷静な顔に汗を浮き上がらせた。
「あの、こんな状況で説明する時間すらない状態なんですけど、私と契約を結んでもらえますか?」
「契約……、何の?」
「私を武器として使用する契約です。詳細な説明は諸々カットします。今は戦うか死ぬかの二択を、契約を結ぶか結ばないかで答えてください」
 先ほどまで冗談めかしく言っていたエクスカリバーとは異なり、張りつめが空気に対抗するような引き締まった真剣な横顔だった。
 斧を握る腕を力ませ太くした怪物は、眉間を埋めるようにしわをぎゅっと引き寄せていた。俺たちに、特に武器であるエクスカリバーに恨みの念を抱くような強い表情だ。
「……っく。俺たちが毎度毎度こちらに来るたびに邪魔しに来やがって。今回も道を塞ぐようだな」
「っく、異界の物め」
 そんな単語を吐き捨てるように男性に言ったエクスカリバー。
 二人の理解の範疇を超えた対局に、俺は唖然としていた。
「どうするんですか? 死ぬんですか? 戦うんですか? あなたが選択しなければ、私もろとも切られて終わりですよ?」
 そう言ったエクスカリバーの目は早く選べと急き立てる念が籠っていた。
「た、戦うって、そんな馬鹿な……。何をどうしろと……?」
「それは契約を結んでからです。いいから選んでください! 結ぶ⁉︎ 結ばない⁉︎ 死ぬ⁉︎ 生きる⁉︎」
「い、生きる‼︎」
 もはや即答だった。
「じゃあ契約を結ぶ! この紙に手を押し付けてください!」
 そう言って俺に投げつけたのは、先ほど説明しようとして見せてきた契約書だった。
 なんだこの子は。先ほどまで穏やかかと思ったら今度は怒ったりして。情緒不安定におほどがありすぎるだろ。そしてこの状況。一体なんだ? 何がどうなってるんだ? 俺はただ空から落ちてくる少女を救っただけなのに! この契約書だって何が書かれているのか分からないし!
「くそ、全然読めないけど、なるようになれ!」
 俺は契約書を平手で地面に押し付けた。
 この紙が一体何だと言うんだバカバカしい。どうせ映画の宣伝か何かに巻き込まれているのだろう。
 直前までそんな思いがあったが、ついに俺は信じることになる。
 目の前の男性のことを。少女のことを。この契約書のことを。
 契約書は俺の手の型を縁取りするように光だした。紛れもなく、この光の柱は紙から伸びていた。
 その神秘的な光景にあっけに取られている俺の気を戻すかのように、エクスカリバーは紙を抜き取って紙面を見た。
「確かに、契約は成立しました。これであなたは私の契約者です。田井中広樹さん」
「契約者ですって、何をすればいいんだよ? これで強くなれるのか? てか、俺の名前……」
 彼女にはまだ俺の名前を言っていなかったはず。それなのに、俺の名前を一発で当てた。あの紙に一体何が書かれているのだろうか。
 そもそもあの紙に手を乗せただけで、手形の光が光っただけで特に何も起きていない
「今は細かい説明はカットします」
「でも、どうやって戦うんだよ? あの紙は何だったんだ?」
「ただの契約書ですよ」
「なんでそんなものをこの窮地に渡すんだ? 今はそんな契約結んでる暇は――」
「広樹さん、こっちに来ますよ!」
「⁉︎」
 怪物が地面を揺るがす勢いでこちらに走ってきた。一歩ずつ近づいてくるたびに巨体は膨れ上がり、威圧感が増していった。
 俺は足元と視覚から伝わってくる恐怖に足をすくわれていた。動けない。
「邪魔者め! ここで散れ!」
 頭上にあったのは怪物が振り上げた斧だった。一枚の刃が俺の視界を分断線と振り下ろされる。
 間一髪のところで横に交わしたが、斧は俺の足先数センチ手前の地面に食い込んでいた。「あ、あっぶねぇ!」
「何やってるんですか⁉︎ いきなり死にますよ!」
 上手く回避えきたというのに、エクスカリバーから飛んできたのは叱咤の言葉だった。
「避けなきゃそりゃあぶねぇだろ!」
「くそ、避けなければいいものを」
 地面から斧を重そうに引き抜いた怪物。次の一手を出してくるはずだ。
「ヤバイ、逃げろ! 行くぞエクスカリバー!」
「ちょ、戦わないと!」
「今は逃げるしかないだろ!」
 俺はエクスカリバーの手を取り、怪物のもとから走りだす。
「待ちやがれ! お前らがいると俺の仕事が務まらないんだ!」
 ネズミ顔のくせに、流暢な日本語を喋って追いかけてくる。
「おいエクスカリバー、さっき紙に手を合わせたのに全然足が速くならないぞ。あれは俺にすごい力を与えるための契約だったんだろ?」
「違いますよ。あれは私を武器として使うための契約です」
「武器? 何だよそれ? お前が剣にでも変わるってのか?」
「その通りです」
「そんなのやってられるか。じゃあお前を使って戦うのは俺じゃないか! 結局死に際に立つのは変わらないんだな!」
 あんな大きな斧を振り下ろされれば、おくら剣を持っていたとしても剣ごと両断されておしまいだ。だったらこのまま逃げ切って、助けを乞う方が生存率は高いに決まっている。
「よし、大通りだ! あれだけ人が集まっていれば目が錯乱して見失うはずだ」
「ちょっと、広樹さん、私もう疲れました……」
「もう少しだ。あそこまで辿り着けば」
 俺は持てる体力をすべて消費するつもりで全力で足を動かした。
 肺がつぶれそうなほどわき腹が痛いが、これでやっと助かる。助けを求めることができる。
 その一心で走っていたのに、俺の足は道路に出る手前で止まってしまった。
 先に進むことが物理的にできなかったのだ。
「おい、なんだよこれ。こんなの聞いてないぞ!」
 見えない壁が前方に広がっていた。空間に手を這わせると、眼前に広がる車が行きかう道路の景色が手を中心に波紋を描いて揺らいだ。
「なんだよこれ、出られないじゃん! おい!」
 壁を叩くも、空間が脈打つだけで、敗れる気配はない。しかも虚空を叩いているようで、壁の感触は一切なかった。
 道路の方から一人のサラリーマンがケータイ片手に近づいてくる。
「ははは、それいいっすね! じゃあ来週あたり言っちゃいますか! 俺も半分出しますよ!」
「ちょっとあの! 助けてください! あの!」
「で、本当にかわいいんですか、その三人の女性は? 嘘だったら許しませんからね」
「助けてほしいんですけど!」
 かなりの大声で叫んだつもりなのだが、男性の耳には一切届いていなかった。
 このままでは助けを呼ぶどころから、この男性がこちら側に迷い込んでしまう。
「こっちに来ちゃだめだ! 怪物がいる! ダメだ!」
 だが声は届かず。そのまま壁に近づき――消えた。歩く方向を変えわけでもなく、目のまえで急に姿を隠したのだ。
「どういう……ことだ……」
「これは私が張った聖域の壁です」
 俺の疑問に率直に答えたのは、息切れから回復したエクスカリバーだった。
 エクスカリバーは自らが編み出したという見えない壁に手を這わせる。
「私たち武器には戦闘で他の人間を巻き込まないため、そして、戦闘の光景で混乱を生まないためこうして聖域という一定範囲の景色を切り取った別次元の亜空間を作り出すのです。しかし、それには限界があり、こうやって壁が出来てしまうのです」
「聖域……、じゃあここにはもう誰も助けが来ないのか?」
「そうなりますね。この空間に入ることができるのはほかの武器使いと武器、神、そして聖域に呼ばれた者――今でいうあの怪物です」
 そう言って理葉が壁とは反対側に指を伸ばした。その先には、斧を掲げて迫りくる怪物がいた。
「広樹さん、これで分かりましたよね、戦うしかないと。私は武器として人間たちを守るためにもこの聖域を壊すわけには行かないのです。だから、今この中にいるあなたは生きるか死ぬかの二択を選ばなけらばならないのです。そして、生きるを選択した以上、戦うしかないのです」
 もう一度俺は壁の向こうを見た。地面を歩く一匹のアリも、頭上を飛ぶ一羽のカラスも、この壁の前に来ると姿を消す。そして、逆にOLの女性や自転車を漕ぐ学生が壁の向こうに突如として現れ、平然とそのまま先に広がる街並みの景色に溶け込んでいく。
 すぐ近くにいると言うのに、こちらの存在には一切気づいていない。向こうからは見えず、声を届かせることもできないに、気づかせることはできない。
 助けはこない。
「どうしますか?」
 エクスカリバーの二度目となる問いに、俺は振り向いた。正面からはネズミ頭の怪物が斧を振りかぶって近づいてきている。後ろは壁。まさに背水の陣を何も知らないまま作ってしまった。
 俺の意思がどうとか、怖いとか関係なくなった今、俺にできるのは戦うことだ。
 くそ、半ばやけくそだがやってやる!
「……どうすればいい?」
 
「だから私がいるんです」
 待ってましたとばかりに胸を叩いたエクスカリバー。
「やっと私の存在理由が証明されますよ。ここまで来るのに何時間かかったことやら……まあ、この空間には時間という概念はないんですけどね」
 ついに自分の出番が回ってきたとばかりに調子に乗って俺の知らない異世界ジョークを飛ばすエクスカリバー。そんなことをしている間にも、怪物は俺たちのもとへ走ってきている。
「貴様ら、ようやく見つけたぞ! 次は逃がさん、これで終わりだな!」
「おいそんなこと言ってないで早くしろよ! もう来るぞ! あいつ来る――」
 エクスカリバーは緊張と高ぶりで焦る俺の口元に人差し指を当てて、ニコリと余裕の微笑みを浮かべた。どう見たって笑ってる場合じゃないだろ!
「さあさあ、せっかくの初仕事なんですから気合を入れていきましょう。私に武器になれと命じて下さい。そうすれば、あとはあなたの番です」
「何だよそれ」
大雑把な口調と投げやりな感じ。そっちがその気なら、こっちもその気に乗ってやろうじゃないか。
 別に信じるわけではないけど、エクスカリバーの言ってることに悪乗りするつもりでやるしかない。考えたら負けだ。
「もうどうだっていい。どうとなれ。エクスカリバー、〝 武器になれ 〟!」
 天にも轟く大声を上げる。
「かしこまりました! さあ行きますよ、ちゃんと見といてくださいよ、これが我が真の姿」
 俺の言葉に反応を示したエクスカリバーの体は、神々しく発光し、輪郭さえも捉えられないほどに光り出した。無数の光の矢に目を瞑らずにはいられなかったが、眩しくもどこか温かく、暗闇という概念を消し飛ばすほどの輝きを放っていた。
「な、なんの光だコレは⁉︎ 前が見えん‼︎」
 勢い殺さず走ってきていた怪物が、目をくらまし足を止めていた。俺もまじかで光を浴びているからよくは見えないが、足止めができていることが確認できた。
「お、聞いてるぞおい! よしこのまま攻撃だ!」
 一瞬の発光、瞬き一つの時間に起きた煌めき。だが、その一念の時間に魅せられていた。
 目を覚まさせるように、光はすぐに収縮していく。だが、光はエクスカリバーという少女の輪郭を通過し、さらに小さく縮んでいく。
「エクスカリバーどこに行った? お前がいないと俺は戦いえないぞ! 攻撃は? おい攻撃は?」
「っく、迷惑な光だ。ああ、視界がパチパチする」
 目を押さえて縮こまっていた怪物が立ち上がり、斧を振り回して辺りを探りながらこちらに向かってくる。 
「おい、これが攻撃なら全然聞いてないぞ?」
 縮みながら細長く形成されていく光に俺は問いかける。
 微かな光の中からエクスカリバーの声が出る。
「そりゃそうですよ。これは単なる変身なんですから。こんなんでやられてしまうような魔族だったら、私が派手に変身した甲斐がありませんよ」
「それはどういう……」
 エクスカリバーが元居た場所に、一本の長剣が光をその身に吸収するかのように表れていた。
「なんだこれ? これが武器か?」
 白く輝きを放つ、鏡のように仕立て上げられた刃。
金の装飾と中央部に青い珠が施された鍔。
青い布を厚く巻かれた持ち手。
「……聖剣エクスカリバー……」
 ゲームや小説での知識しか持ち合わせていないが、それでもこの武器が、かの聖剣であることは知っていた。
「だから、ヴァーですって。そう、これが私の第二の姿。さあ、これからが勝負ですよ!」
「剣が喋った⁉︎ え? どこから声が出てんだ?」
 剣の隅々を確かめるが、口のような動きをする部分も、それらしき形の部位も見当たらない。
「ふふん、この武器そのものが私の体であり、口であり、耳であり、眼であるのです。つまり、声も音も景色も、武器全体から見渡すことが可能なのです!」
 ただの一本の剣だから、エクスカリバーの顔の表情は見れないが、自慢げな態度であることは十分に伝わってくる。
「それじゃあこの珠はなんだ?」
 外せそうで外せない。
「ちょ、やめてもらえますか? 全然前が見えないんで。レンズが汚れちゃうんで。音もボーボーってして煩わしいんですけど。ちょ、んんんんんん~ん!」
 これがあいつの言う目であり耳であり口であるところだな。声も籠っているし間違いないだろう。
「それにしても、俺がこんな剣を持ったところで、どうやって戦うんだよ?」
 試しに素振りがてら野球のバットのようにスイングしてみる。初めて手に取ったはずなのに、驚くほど手になじむ。空を切る感触も、刀身からの振動で手に流れるように伝わってくる。そして軽い。ただの剣のくせして、不思議と体の一部のような感触だ。
「こんな剣とは何ですかこんな剣とは! これでもあまたの戦闘を切り抜けてきた聖剣ですよ? まあ、初めての代物を手にして戸惑いを隠しきれないのでしょうけど、戦い方はそのうち身に着けるかして勝手に出来るはずですよ」
「なんだよその投げやりな説明は。第一な、お前はさっきから説明が適当過ぎるんだよ。もっとわかりやすくしてくれれば俺だって戸惑わずに――」
「来ましたよ!」
「え?」
 エクスカリバーの唐突な声掛けに前を見ると、すぐ目前で怪物が斧を高く掲げていた。
「よやく視界が戻った。これでやっとお前を切れる!」
 反応するのが遅れたから、上から落ちてくる斧を避ける暇はなかった。
 振りかぶられた斧は、止まっているようで視界の中央目掛けて降りてきている。
 俺は目を塞いだ。ふざけて剣をいじったりスイングしたりしてなきゃ良かった。己の好奇心が憎い。
「ほほう、なかなか素早く動けるんだな」
 目を開けると、不気味に口角を引きつらせるネズミ顔と俺の顔の間で白刃と黒刃が十字に交差していた。防御している剣は、俺の眼球に当たる寸前だった。
「か……かか……体が、勝手に……」
 自分でも何が起きたか、何をしたのか、自分の身に起きたことだというのに分からない。
 ただ、身体が勝手に動いていた。
 剣は避けられない。このままでは斬られる。そう思った時に、勝手に腕が上がって防御の姿勢を作っていた。
 攻撃を弾かれるとは思っていなかったのか、怪物はすぐに後ろへ地面を蹴って後退した。
「なぜあの一瞬で反応できた? 完全に不意を突いたはずだったのに」
「お、俺が聞きたいよ! 何が起きたんだ?」
「わ、私が聞きたいですよ! すごいじゃないですか!」
「「お、お前が現状を理解できていなくてどうする!」」
 剣で最もこの場を把握していると思っていたエクスカリバーの言葉に、不安を感じざるを得なかった。
「人間の分際で馬鹿にしよって! まぐれだまぐれ! 剣を初めて握った赤ん坊に不意を隠す手段を持ち合わせているとは思えん!」
 鼻根にしわを寄せるほど、俺が攻撃を防いだことが気に食わなかったらしい。
「そもそもなんでこの怪物は怒ってるんだよ? 俺たち何もしてないだろ!」
 そもそもこの状況を一番知りたくてうずうずしているのはこの俺だというのに。
 俺の怒りをなだめるようにエクスカリバーが言う。
「このネズミ野郎こそが、異界からの使者なんですよ。こいつら、自分たちの世界での支配が滞っているからって、こちらの世界にまで手を出し始めたんですよ」
 エクスカリバーがこの怪物、訂正「ネズミ野郎」を発見したときに異界の者と言ったのもようやく理解できた。
「こんな奴がこの世界に来ていただなんて知らなかった」
「そうです。私たち武器とその使用者たちはこういう怪物が出るたびに聖域を張って孤独に戦っているんです。知らなければ知らない、世界戦争ですよ」
 俺が今こうやって得体の知れない化け物相手に剣を握っていることは、さっき通ったサラリーマンや学生、OLたちには知る由はない。聖域とかいう結界の中では何もかもが向こうの世界と断絶されている状態だということらしい。
「じゃあ、この世界で俺が死んだら……」
 俺はネズミ野郎に剣先の照準を合わせつつ聞いた。
「大丈夫です。あなたがたとえ致命傷を受けたとしても、私から流れ出ている神力でなんとかなります」
「神力?」
「ええ。まあここでは聖なる力とでも思ってください。この力である程度の傷はすぐに治りますし、安心してください」
「安心してくださいって……」
 そうは言われても、ある程度の回復がどの程度の物なのか疑問でしかないんだが。そしてそれが結構怖いんだが。
 でも、こうやって四の五の考えていたってこの魔族? 怪物? とりあえずネズミ野郎を倒さなきゃならないから、まずは戦いに集中しよう。
 おれは剣を握りしめた。思い出せ、体育の授業でやった剣道を、小さいころに友達とやった傘チャンバラごっこを。ああ、そうだ俺友達いなかったんだ~、あれは親父だったわ~。「くそ、どうして俺たちが来る場所にはいつも厄介な武器使い共が待ち構えているんだ!」「それは、あなたがたがプンプンくっさい魔力を放つからでしょうよ。あーくさいくさい」
 いらだつ怪物を煽るエクスカリバー。その言葉に怪物の目が鋭く向けられる。
「んだと小僧!」
「おいエクスカリバー! お前が喋ると俺が喋ってるように勘違いされるだろ!」
 なんだよこの武器、俺が戦うってのに俺の意に反する自信満々な煽りを入れやがって。
「まあいい、俺と遭遇してしまったことを後悔させてやろう!」
 ネズミ野郎は大きく振りかぶった斧を俺の首元目掛けて振るってきた。
 大ぶりな斧だと言うのに、振り上げから攻撃まで素早い動きだった。
 俺は半分エクスカリバーの発言に気を取られ反応に遅れてしまったが、刃が首に届く前に剣を盾にした。
 だがすぐにそれが失敗だと気づく。
「――っう!」
 質量と勢い、そして何より巨漢から出される力によって繰り出された斧の攻撃は、俺をそのまま薙ぎ払った。
 地面に背を向け倒れる俺。
 頭への攻撃だったからしゃがんで良ければよかった。だが、そんな判断、攻撃がされる前にすぐに思いつくはずがない。
「これで終わりだなッ」
 ネズミ野郎は仰向けに倒れる俺に斧を振り下ろす。だがそれも剣でガードしてしまう。
 ダメだ。回避しようとしても、敵に背を向けるとなると怖い。
「そうやってまたガードするのか。なら、いつまで耐えられるんだろうなぁ!」
 ネズミ野郎は俺が剣を盾にするだけで攻撃ができないと判断したようで、ひたすら斧振り下ろしてくる。
 目前で鳴り響く金属が耳に響く。
「広樹さん攻撃ですよ攻撃! 知ってますか? 剣て攻撃する道具なんです!」
「知るか! いや、し、知ってるわ!」
 今求めてるものはそんな答えじゃない。
「おいエクスカリバー、この状況をどう打破すればいいんだ?」
 武器なら知っているはずだ。俺がこんなに必死になって戦ってんのに、呑気なことを言ってるくらいだ、こいつにとってはこの戦闘は余裕なんだろう。
「さあ……、武技とかまだ使えないようですし……、とりあえず押し返してみては?」
「なんだよ他人事みたいな言い方!」
「どうだどうだ! そろそろキツくなってきたんじゃないのか?」
 ネズミ野郎は連撃を繰り出すのに夢中になっている。
 なら、不意打ちを突く攻撃が効くんじゃないのか? 分からないけど! やるしかないよな!
「おるぅあ!」
 ネズミ野郎の斧が振りかざされたと同時に両手で横に持っていた剣で押し返した。案の定、不意を突かれたようで斧を大きく振りあげた。
 今の隙に! と、俺は地面を這うようにして逃げ、ネズミ野郎から距離をとる。
「ふう……ふう……ふう……やっと、出れた……」
「やれましたね。やっぱり私のアドバイスのおかげですね」
 いやお前明らかに自信なさそうに言ってたじゃねぇか。もし間違っていたら俺斬られてたかもしれないんだぞ。ま、今は結果オーライだ。よっしゃあ。
「貴様、反撃する勇気があったんだな」
 態勢を整えたネズミ野郎が再び俺と対峙する。
「おいエクスカリバー、こいつはどうやって倒せばいいんだ? ただ斬りつければいいのか?」
 そもそも勘でアドバイスを言うようなやつに聞くのもどうかしているかもしれないが、今はエクスカリバーに頼るしかない。
「まあ、そうですね。ただ斬るだけじゃダメです。刺さないと」
「さ、刺すのか?」
「ええ、それはもうぐっさりと。そうじゃないと魔族を浄化するための神力を注げないんですよ。なので一発、お願いします」
「そんな簡単に言いやがって……また他人事な……」
 だがエクスカリバーが言うことだし、神力だとかいう謎の力を出してきたのだから信じるしかない。
「いい加減終わらせるぞ! これで最後だ!」
 ネズミ野郎は斧を後ろに引くと、そのまま地面を蹴って飛び掛かるようにして間合いを詰めてくる。
「や、やるしかないか!」
 迫りくるネズミ野郎に向けて剣を構える。
 だが、近づくにつれてネズミ野郎は恐怖を運んで来る。
 怖い。また逃げたい。走っていきたい。だけど、そうすればさっきと同じことの繰り返しだ。さっきはたまたま避けることができたけれど、今度はどうだろうか。
ここでやらなきゃ、こっちがやられる。
 ネズミ野郎は直前まで近づき、頭上高く斧を振り上げていた。空から輝く太陽の光を遮断し、大きく肥大化したように影を膨らませる斧。
 ここで反撃でも隙を突いた攻撃でも、とにかく一撃入れなければ俺は死ぬ。
 だが――、体が動かない。
剣を握った状態で硬直していた。腕が動かない、肩が上がらない、視線を離せない。ゆっくりと落ちていく斧の刃は連射した写真を見返しているようで、ゆっくりと感じられた。
「広樹さん!」
 耳はしっかりと機能しているのに、体は目の前から振り下ろされる恐怖で自由を失っていた。いや違う。目の前の恐怖の恐ろしさに、死を覚悟していた。
 終わった、俺の人生。
「ううぉっ、何だと⁉︎ なんだこの炎は⁉︎」
 怪物と俺の間に、何の前触れもなく燃え上がる槍が降ってきた。
 驚くよ要りも先に、体が燃え盛る炎に反射し反応を取り戻す。
「あ、熱い……」
 動かなかったはずの体があまりの熱さに硬直を溶かしたのだ。
怪物の一撃を強制的に封じたその火槍を掴んでいるのは俺と同じ制服を着た青年だった。
掴んでいる、というよりも掴まっている。槍につかまってここまで来たとでもいうのだろうか。
 陽照を反射させて天使の輪を作り出す艶やかな黒髪、鏡のように視界に映るものを写し出す黒い瞳。この状況をものともせず、むしろ勇士を漂わせる口角。
「間に合いましたね、炎華さん」
 好青年は槍に話しかけていた。槍に対して「炎華さん」と名前と敬称を付けて呼んでいる。
 炎華と呼ばれた槍は炎の勢いを矢先に収まらせると、強い口調で答えた。
「ったく、強敵出現と思ったがたかが雑魚風情じゃねぇか。わざわざ聖域を張ってやったのに、必要ねぇじゃねぇかよ」
「まあまあそうは言わずに」
 槍が燃えているからだろうか、何かに怒っているような口を発するのを青年が苦笑いを浮かべて宥めた。その後、初めから気づいていたかのように俺の顔を見る。
「君、大丈夫かい? 武器を持ってる事だし、僕と同じ武器使いのようだけど、苦戦しているようだね」
「おいおい、そんな剣を飾りみてぇに持ってるガキと喋る時間が合ったらさっさとこいつを天界送りにしてやろうぜ。こちとら、わざわざ飛んできたってのに相手の弱さ加減に軽く苛ついてんだ」
「分かったよ、炎華さん……君、おっと君たち、危ないから下がってた方がいいよ。僕が扱っているのもなんだけど、この槍相当強いからさ」
 俺の剣を一瞥して言い方を変えた後に、俺たちに離れるように言った。
「ここはしたがった方がいいですよ」
「お、おう」
 いまいち状況はつかめなかったが、エクスカリバーの助言もあり槍から離れろという指示に従った。
 先ほどまで死を覚悟していた体だ、歩くのもままならなかったが、怪物そして槍から5メートルほど離れた。
「そんじゃあ行くぜぇ」
「炎華さん、武技は使う?」
「いいや、こんな奴に強力な神力は必要ねぇよ。小指一本分の力があれば十分だ」
「なんだと貴様ら、俺の狩りを邪魔しやがって」
 怪物にとっては突如乱入した槍に怒りを覚えて仕方がないのだろう。まさに横やりを入れられている。
「そーゆー口答えは嫌いなんだよ!」
 槍の刃先は刃物のように婉曲しており、槍と言いうよりも薙刀だった。その刃先の付け根から猛々しい炎が湧き上がっていた。
 青年が一振りすると炎は竜のように青年の体の周りを蜷局をまいて囲んだ。
 距離をとったはずなのに炎の熱はこちらに十分届いていた。
「離れても熱いじゃないか」
 額に腕を当てないと視界すら確保できないほどの熱だ。
 怪物は青年から一歩、また一歩と後ずさりする。その手に握る斧からは明らかに力が抜けて下がっていた。
「お、おい、こんな強い奴に出くわすなんて聞いてねぇぞ! くそ、撤退だ。お、覚えてろよ!」
 地面を蹴って青年から距離を大きく取ると、斧を横に大きく振るった。空間は割け、暗闇の亜空間が開いた。
「おい、逃げるつもりかよ!」
「これは戦略的撤退だ」
「くそ、公一、武技を使え」
分かりました」
 槍の一言にすぐ答えると、公一と呼ばれた青年は素早く槍を背中側に反らした。
「≪武技:炎斬≫‼︎」
 雑誌の表紙を飾ってもおかしくないほどの美しくイケメンなその顔から出たとは思えないほどの声を出すと、薙刀を振り下げた。
 たちまち刃のように薄くなった炎が怪物の後を勢いよく追いかける。薙刀から見事に繰り出された炎の斬撃だ。
 怪物が慌てふためく顔を露にして、暗闇の中に張り込むと、空間は割け目を閉じるように閉まっていく。
 炎の斬撃は微かにまだ閉じ切っていない隙間に入り込み、暗闇は消えた。
「っくそ! 逃がしたか。武技を使わないつもりが使っちまい、挙句に逃がした。っくそ! 今日は調子がわりぃなぁ!」
 公一の手元から怒りをまき散らす薙刀。
 俺はあの一時の戦闘シーンを目に焼き付けたまま、二度目の硬直をしていた。唖然と青年紘一と薙刀炎華のやりとりを見ていた。
 エクスカリバーが何も言わないのも、おそらく俺と同じくあんぐりとしているからだろう。
「帰るぞ公一……今日はもう休む」
「分かったよ炎華さん。という訳で、急に出てきちゃってごめんね。じゃ」
 そう残すと、公一は薙刀を後ろに引くように持つと、槍投げの容量で空に向かって投げた。炎の尻尾を伸ばした薙刀を掴んで、公一はそのまま遠くへ飛んでいった。
「なん、だったんだ、さっきのは……」
 怪物が現れて、俺を襲いに来て、そこに薙刀を持った青年が現れて、燃えだして、怪物逃げて、青年飛んでって――ここまで一部始終を捉えていたのに脳の処理が追い付いていない。
 過剰に高まっていた緊張と恐怖、疲労が一気に湧き上がり、俺は膝から力が抜けるように地面に倒れた。
「いてッ……夢じゃないのかやっぱ」
 尻から伝わってくるジンジンとした痛みはこれが夢ではなく現実である証拠。さきほどの戦闘も夢じゃなかったようだ。いや、夢じゃなかった。俄かに信じがたいが、手に握る剣にも感触があることだし、これで信じない方が逆におかしいだろう。
 剣は光を放ち、みるみる膨らむ様に大きくなっていき、やがて人の形となり、一人の少女エクスカリバーの姿へと戻った。
 剣が発光する前には柄を握っていたはずの手は、エクスカリバーの手をしっかりと握っていた。
「なんだったんだよさっきのは」
「私も、まさか別の武器が加勢してくるとは思いませんでした」
 そう言い、エクスカリバーは手にぐっと力を込めてきた。俺はその手を引っ張り立ち上がる。
 立ち上がって気づく、俺は美少女の手を触っていた。
「あ、ご、ごめん」
「ん? 何がです?」
 土壇場のどさくさに紛れて女子の手を握ってるとか、ヤバイわー。しかも初めて握ったし。めっちゃ柔らかかったし。
「あ、あのネズミ野郎は一体どこに消えたんだ? また現れるんだよな?」
 俺は場を紛らわすようにそう問いかけた。ちなみに目線は遠くの景色を向いている。
「ええ。あのネズミ野郎は異界へ戻ったんですよ。おそらく形勢を整えてからまら来るでしょう」
「次いつ来るかは、お前の持ってるその神力だとかいう力で分かるのか?」
「ええ、彼らは魔族で魔力を持っていますからね。それと相反する力である神力ならある程度察知できると思います。が、やはりある程度です。確実に分かるには、実際に見るしかないですね」
「そうなのか……、じゃあまたあいつが俺の前に現れるんだな」
 次こそは俺は立ち向かうことができるだろうか。またさっきみたいに逃げた挙句に戦えず終わってしまうのではないだろうか。さっきは炎の薙刀が降ってきたがいいが、その助太刀も二度はないだろう。同じ高校に通っている人らしいが。
「なあエクスカリバー、さっきのあの薙刀はなんだったんだ? 助けてくれたってことは俺たちの味方だよな?」
「そのはずですが、ちょっとムカつきますね」
 くくく、と親指の先を噛んで悔しさを出していた。
「なんですか、突然人の獲物を横取りして。その挙句に私たちをわき役扱いして……、しかもあの人たちのせいでネズミ野郎は逃げたんですよ? 本当にありえないですね、ええ」
 エクスカリバーはもともと俺たちが開いていしていた怪物をあの炎の薙刀に邪魔されたことに怒りを覚えているようだ。
「だけど、あの人たちが来なかったら俺たちがやられてたんだぞ? 俺的には感謝してるんだけど」
「いやいや、そもそもあなたがいけないんですよ。あんなネズミごときに恐怖を覚えて手を止めてしまったんですから」
「そんなこと言わないでくれよ。俺だって気持ち的には頑張ったんだぞ。しかも初めて戦ったんだ、そりゃ怖いに決まってるだろ」
 言い訳というものが忌み嫌われるのは知っているが、目の前の恐怖に死の危険を察知したら、誰だってあまりの怖さに何も考えられず逃げられず、その場に立ちつくすだろう。
 俺は俺で結構頑張ったと思うんだけどな。あの公一と炎華とかいう俺と同じ境遇のやつらには敵わないけど。
 とにかく、魔力だとか魔族だとか、神力だとか、こいつには聞かなければならないことがいろいろとあるようだ。
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